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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その15)



「どうしよう……」
 困っていたのは、実はシュナイトだけではなかった。
 ラーミィ・フェルドナンド。
「アズマく〜ん……。起きてよぅ」
 ぺちぺちと気を失っている少年の頬を叩いてみたりするが、少年が目覚める気配は
ない。シュケルとの戦いで精神的な消耗の方が激しいから、治癒術をかけてはみたも
のの大して効果はないように見えた。
「どないしよ。ワイとラーミィじゃ、こいつ運ばれへんで」
 女の子の細腕と1mに満たないサイズの珍獣にとっては、この瓦礫の中でアズマを
運ぶ事は至難の業だ。いきなり始まった激しい火山活動で土の精霊達はどこかへ逃げ
てしまったし、唯一元気そうな火の精霊は上がりすぎたテンションで触れた物全てを
灼き尽くしかねない。
 ごぉぉぉぉぉぉぉん!
 激しく揺れる大地に、ラーミィは慌ててアズマの上に覆い被さる。闘技場の真ん中
だから崩れ落ちてくる瓦礫がないのがせめてもの救いだったが……
「危ないっ!」
 ポッケの叫び声にそちらを見てみれば。何と、闘技場の四方を支えていた巨大な柱
にヒビが入り、こちらへと倒れて来るではないか!
「アズマくんっ!」
 必死に腕の中の少年を抱きしめ、堅く瞳を閉じるラーミィ。
「…………」
 永遠とも思える沈黙が辺りを支配し……
「…………」
 支配し……
「あれ?」
 本当に、いつまで経っても柱が落ちてくる気配がない。
 恐る恐る閉じていた瞳を開き、ラーミィは辺りを見回した。
「お花……畑?」
 目の前に広がるのは、桜吹雪の中を舞う巨大な龍の姿。
「ボク、死んじゃったの……?」
「ワシの桜吹雪がお花畑に見えるようじゃ、重傷かもしれんのう……」
 少なくとも『彼』の背中に彫られている刺青は、お花畑などといったふぁんしぃな
ものではないはずだ。どちらかといえば、笑う子は泣かせ、泣く子に至ってはもっと
泣かせてしまうような感じに近い。
「……なんだ。ポッケかぁ……」
 安心したような口調で、ラーミィは小さくため息をついた。
 ポッケが昔教えてくれた話では、彼はもともと『ものすっごく強い、異世界の凄い
奴』から今の姿に変えられた、魔法生物なのだそうだ。特定の解除呪文で元の姿に戻
れるとか何とか言っていたが……。はっきり言って、ラーミィは2割強くらいしか信
じていなかったりする。
 とりあえず元の姿に戻れたらしいので、5割アップかな。と、ラーミィは思った。
「まあ、ポッケでもええんじゃが……この姿の時は、龍て呼んで欲しいのう……」
 ポッケという可愛らしい名前には全然そぐわないえらくそのスジの人っぽい外見で、
男は呟く。確かに、崩れ落ちてくる巨大な石柱をアッサリと打ち砕くようなゴッツイ
兄さんをポッケと呼ぶのはかなり抵抗がある。
「ま、どっちでもええか。とりあえずここは脱出せんと、どうしようもないの」
「そうだね。ポッケ……じゃなかった、龍さん。アズマくん、大丈夫?」
「おう。おやすいご用じゃ」
 相変わらず意識を回復させる兆しを見せないアズマをひょいと小脇に抱えると、龍
は着物のすそをまくりあげてラーミィと共に走り出した。


「ふぅ……」
 石の壁にその身を持たせ掛け、クリオネは何度目かのため息をもらした。
 一体、どれだけのディルハムを狩ったのだろう。『力』が打ち止めになってからだ
けでも数十騎。『力』が打ち止めになる前も合わせれば、数える気すら失ってしまう。
「それで、このオチとはね……」
 自嘲気味に呟くと、周りを取り巻く崩れ落ちた瓦礫をゆっくりと見上げる少女。瓦
礫は微妙なバランスで組み上がっていて、足を触れただけで崩れ落ちそうだ。とは言
え既に体力もヴァートも限界で、山のような瓦礫を飛び越える元気などなかったのだ
が。
 多分、あと、もう一度地震があれば……
「ディルド。キミは逃げないの?」
 ディルド以外に風の精霊の気配はどこにも感じなかった。地震が起こっているから
大地の精霊くらいはいそうな物だったが、激しく騒ぐ炎の精霊の力がよっぽど強いの
か彼等すら見当たらない。
「言ったろ? 俺はお前に最後まで付き合うって。……まあ、まだ最後にはするつも
りも、する気もないけどな」
「……バカ」
 そういいつつ、クリオネは地面に軽く腰を下ろす。
ごぉぉぉ……
「……ほら。ディルドが馬鹿な事言ったから、地震が始まった」
 その揺れと共に、辺りの瓦礫が少しずつ動き始めた。ほんの僅かの微妙なバランス
をギリギリに保ち、瓦礫はゆらゆらと揺れる。
……ぉぉおぉんっ!……
 そして、本震。
「流石にここまでかしらね。今までありがとう、ディルド。ここまで生きて来れたの
も、全部キミのおかげ。ありが…」
「畜生っ! まだ……終わりにしねえって、言っただろうがぁっ!」
 崩れ落ちる瓦礫を静かに見上げてぽつりと呟くクリオネと、
 崩れ落ちる瓦礫を鋭く睨んで叫ぶ風の妖精。
……どどぉぉぉぉぉぉん!……
 激しく大地が揺れる中、ここでも巨大な轟音が響き渡った。


「伝説の地の最後……か……」
 崩れ始めた古代の都市を眺めながら、ティウィンは静かに呟いた。
 レリエルに気絶させられた彼が気がようやく意識を取り戻したのはついさっきの事
である。当然ながらユノスの所へは行けず、今では彼等は既に霧の大地が崩壊に巻き
込まれない安全な所にまで辿り着いていた。
「フォルさん……クリオネさん……」
 隠れ家にいた老人達や別働隊として行動していたアズマ達とは合流できている。無
理な戦いで負傷していたジェノサリアやマナトはラーミィの治癒術によって何とか意
識を取り戻し、相変わらず意識を取り戻さないアズマはユウマと共にまだ眠っていた。
 残るはシーク達と、たった一人で戦いを繰り広げていたクリオネ。
 そして、熱気渦巻く縦坑へと姿を消したフォルと……ユノス・クラウディア。
「ん?」
 悲痛な想いに囚われていたティウィンはふと気配を感じ、天を仰ぐ。
「やっといたか……」
 そこにいたのは、蒼き外套に細長い帽子をかぶった、異装の青年。時折霧の大地か
ら吹く熱い風にゆるゆると外套をなびかせ、悠然と中空に浮かんでいる。
 だが、青年のその異装に、ティウィンは見覚えがあった。
「あなたは、確か……」
「ああ。確か、ここに入る前にちょっと会ったっけな」
 そう。霧の大地に突入する直前……ユウマがクリオネの駆る鋼鉄の竜から落ちたと
きだったか。ティウィンのみが見ることの出来た、その青年。
 再び少年の前に、彼は姿を現したのだ。
「悪いが、こいつを頼む。何とか連れてきたけど……俺はこの辺が限界みたいでな」
 彼の腕の中にいたのは、一人の少女。
「クリオネさん! 無事だったんですね!」
 規則正しい寝息を立てている少女を青年から受け取り、ティウィンは嬉しそうな表
情を浮かべる。
「気を失ってるだけだから、そのうち起きるだろう。まあ、当分は無理させないよう
にしてくれた方が俺としちゃぁ嬉しいんだが。……今回は無理しすぎてたしな」
 と、青年の姿がほんの少しぼやけた。
「あれ? えっと……あの……」
「ああ。俺も限界みたい……だな」
 軽い苦笑を浮かべる青年は透け始めた腕でティウィンの肩をぽんぽん……っと軽く
叩いた後、彼の腕の中で眠っている少女の頬にそっと唇を寄せる。
「それじゃ、クリオネのこと、宜しく頼む。元気でな、俺の愛しい娘」
 穏やかな寝顔の少女に満足げな笑みを浮かべると。
 蒼い青年は……青い空に溶けるかのようにその姿を消してしまった。
続劇
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