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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その5)



「ここが……『ベース』?」
 金属か何かで作られているらしい床に靴音を響かせつつ、ティウィンは辺りをゆっ
くりと見回す。
 全てが石造りの霧の大地の建築物の中で、そこはただ一箇所異質な場所だった。
 見回せば、金属の床と、辺りに縦横に走っている金属の管。
 耳を澄ませて聞こえるのは、どこかから吹き出しているらしい蒸気の鋭い音と、闇
の底から響いてくるような重厚な低い音。
 匂うのは、金属臭を含んだ油の臭い。
 それは、金属だけで構成された異世界に迷い込んだような錯覚すら、少年に抱かせ
ていた。
「マスター。多分、こっちだと思いますぅ」
「分かるの? ザキエル」
 進もうとした方向と反対の方向を指した小さな少女に、ティウィンは小さく首を傾
げてみせる。
「お父様に、こういう施設のお話を聞かせてもらった事がありますから……」
 半分本当で、半分は嘘だった。ザキエルの父親……即ち、天使剣シャハリート・封
嵐の創り主である男からこういった金属製の建築物の話を聞いたのは確かだ。だが、
この建物自体の造りまで教えてもらったわけではない。
 道順が解ったのは、ティウィンが先程ナイラから受け取っていた地図を覚えていた
からにしか過ぎないのだ。複雑そうに見えてもその構造に慣れた者にとっては単純な
造りだったから、少し見ただけのザキエルも覚えていられた。
「あ、ほんとだ。ありがとう、ザキエル」
 シークとナイラの二人は外でディルハムを引きつけているから、ベースの中の事は
ティウィンが何とかするしかない。簡単な地図をナイラからもらっていたから、それ
が地理に慣れるまでは迷ってばかりいる少年に取ってのせめてもの救いと言えた。
「ここをこう行けば……」
 そうこうするうちに辿り着いたのは、一枚の大きな扉。
 ディルハムの出入りを考えているわけではないのだろう。大きいと入っても、今ま
でにベース内で見てきたような見上げるほどに大きな扉ではない。
「それじゃ、入るよ」
 金属製のドアノブをキリキリとひねって重い金属の扉を開き、ティウィンは部屋の
中へと足を踏み入れた。


 ユノスは、大理石に覆われた回廊を静かに歩いていた。
 少し前までは、毎日のように通った道だ。
「けど、この回廊ってこんなに長かったのかしら……」
 その毎日歩いていたはずの回廊が、今のユノスにとってはやけに長く感じられた。
ほんの数ヶ月前までは、ほんの数歩で抜けられるような感覚だったのに。
「ねぇ、ご主人さまぁ」
「何? ルゥちゃん」
 彼女の側を寄り添うように歩いている少女に返事を返す。
 だが、少し声が固い。
 緊張しているのだろうか。まるで、初めてこの回廊を通り、あの人に初めて会った
あの時のように。あの時はすぐにその緊張も解れたけれど、今のこの緊張はいつまで
続くのだろうか……。少なくとも、もうすぐに迫った扉をくぐってすぐ解れる、とい
うわけにはいきそうにはない。
「ね、ご主人さまってばぁ。聞いてる?」
 と、再び掛けられた声と腕を捕まれた感触に、ユノスは現実の世界へと強引に引き
戻された。
「あ、ええ、何?」
 慌てて取り繕うユノスに「ルゥの話、全然聞いてなかったでしょ……」という感じ
の非難っぽい視線をひとしきり浴びせておいて、ルゥはその言葉を再び繰り返す。
「ルゥ、ご主人さまと、ずっと一緒にいても…いいよね?」
 もう何度目の問いだろう? 霧の大地に戻る途中でも何回か聞いた覚えがあるし、
今日の戦いが始まってからも、事或る毎に尋ねられた、その問い。
「ねぇ、いいよ……ね?」
 ルゥの不安げな表情にユノスは小さく苦笑を浮かべると、ポンポン……とその頭を
撫でてやった。
「ルゥちゃんがそうしたいのなら、ね」
「うん!」
 彼女もこうやって不安と戦っているのだろう。
 ユノスは進めていた歩みを止めると、目の前にある見上げるほどの扉にゆっくりと
手を伸ばした。その手には、既に先程までの緊張感はない。
「それじゃ、ルゥちゃん。行くよ」
「うん」
 そして、ユノスはそっと扉に力を込め……扉を、開いた。


 しゅぅぅぅぅぅぅぅ………っ
「「あなたは……?」」
 広い部屋の中、霧の中に見える姿に畏敬の念を込めて声を掛けた。
 姿は見えずとも、その空間に満ちあふれた雰囲気を感じ取れば自然とそんな声が出
る。
「「待っていた……汝を。そして、小さき少女よ」」
 深く立ちこめる霧の向こう。ゆっくりとその身をこちらへと翻し、『彼』は答えた。
「我はバベジ。いや…今は『皇帝』とでも呼ぶが良かろう」
「私はバベジ。いえ…今は『亡霊』とでも呼んで下さい」
 かたや激しき黒い意志。
 かたや静かな白い意志。
 神殿と、ベース。
 遠く離れた二つの場所で、『彼』は同時にその二つの言葉を放っていた。
続劇
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