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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その4)



Act:3 霧の中の皇帝

「なぁ……マナトさん」
「何だ?」
「この戦いが終わったら、マナトさん、どうするんだ?」
 黒い長剣に付いた水を払いながら、眼帯の青年……シュナイトは、隣のマナトに声
を掛けた。
 ディルハムを斬ったとしても、生物ではないディルハムからは血は出ない。しかし、
代わりに彼等の体内を巡っている蒸気が血飛沫のごとく吹き出してくる。シュナイト
の剣に付いている水は、その蒸気が冷えて液体となったものだ。
「そうだな……」
 ブロック状に固めた携帯食をかじりながら、マナトは静かに答える。流石に機獣の
使えない今日は、いつもの全身鎧を身につけていない。軽装の鎧に長剣という、歩兵
戦に向いた装備である。
 ユノスとルゥが神殿に入ってから、そろそろ30分が経とうとしていた。神殿を隅
から隅まで知っているマナトの知識では神殿には罠など無かったし、ディルハム達が
入り込んでいないのもシュナイトの相棒であるレリエルによって確認済みだ。そうい
うわけで、マナトとシュナイトは神殿に群がってくるディルハムを迎え撃つ役目を開
始したのだが……
 何が起こったのか、後続のディルハム達がやってくる気配がない。陽動の方が功を
奏しているのか、ディルハムの本拠地であるベースに向かったティウィン達が上手く
やったのかは定かではなかったが、その時間を利用して二人は束の間の休息を取って
いたのだ。
「今まで忙しくて…考えた事もなかったな。そういう事は」
 携帯食の最後の一欠片を飲み込み、マナトは答える。
 バベジの暴走が始まって、数ヶ月。王国の将軍という地位を利用してディルハムの
地上侵攻計画を攪乱させ、ユノスやナイラに指令を与えて安全な下界へ逃がし、バベ
ジ達に気付かれないように少しずつ、少しずつ反抗の準備を重ねて来た。人ならぬ存
在であるバベジ達には夜も昼も関係ないから、真夜中といえど気は抜けない。
 正直に言えば、昨日の晩にゆっくり眠れた事すら久しぶりだったのだ。
「そっか……」
 腰の袋から乾燥させた木の実を取り出し、幾つか口に運ぶ。
 栄養の方は分からないが、よく分からない味のする霧の大地のブロック食はシュナ
イト達の口には合わなかったのだ。ザキエルやレリエルは何か嫌な思い出でもあるの
か近寄ろうともせず、好奇心から口にしてみた者達も二つ目に手を出そうとはしなか
った。
 二つ目を口にしたのは、霧の大地の人間を除けば物好きなフォルくらいのものであ
る。
「だったら、マナトさん。ユノスちゃんやナイラさん達と、俺の実家……ソードブレ
ーカー領って言う自治領なんだけどさ、そこに来ないか? 人も景色も良い所だし、
きっと気に入ると思うんだけど……」
 だが、マナトからの返事はない。
 そばに立て掛けてあった長剣にゆっくりと手を伸ばしつつ、神殿に通じる大通りの
向こうへとじっと視線を伺わせるのみ。
「その件は考えておこう……。まずは、招かれざる客どもを片付けてからな」
「……だな」
 マナトの視線の向こうにいるのは、偵察から戻ってきた漆黒の天使。眼帯に覆われ
ていない片方の目でレリエルのお世辞にも楽しそうではない表情を見遣ると、シュナ
イトも短くそう答えて自らの剣に手を伸ばした。


「ねぇ、ディルド……」
 一軒の家屋に身を潜めつつ、クリオネは小さなため息をついた。
「どうした?」
 周りにいるのは、数えるのも面倒なほどにうろついている通りのディルハムを除け
ばこの精霊の青年だけだ。当然ながら、クリオネのため息も彼にしか聞こえない。
「この戦いが終わったらね、私……少し、傭兵の仕事を休もうかな、と思っていたの」
 鋼より堅いディルハムの装甲を斬り裂いてボロボロになった今の鞭を戸惑うことな
く捨て、腰につけてあった予備の鞭を取り出す。
「そうだな……。たまには、休んだ方がいいだろうな……」
 クリオネも他の所で戦っている者達の例に洩れず、今のようなたまの休憩を除けば
ほとんど戦い詰めだった。しかもディルドは戦う力を持っていないから、実質的に彼
女は一人で戦っている事になる。
「霧の大地をゆっくり見て回るのも、悪くないわね……」
「ああ。今日はちょっと余裕が無さ過ぎるからな」
 ほぅ……と上がった息を整え直し、クリオネは新しい鞭を構えた。自らの役割であ
る以上、全力は尽くす。ギャラはないが……傭兵であれば当然の心構えだ。
「さて、と。もう少し、陽動は出来るかしら」
「クリオネ……」
 今日何度目かの休息を終え、駆け出すクリオネ。
「『あの力』にだって、限界はあるんだ。絶対、絶対……無理すんじゃないぞ!」
 再びディルハムをその鞭で斬り裂き、彼等の体から吹き出す蒸気の中にその身を踊
らせる白き血煙の魔女に、ディルドは悲痛とも言える表情でそう叫んでいた。


「う〜ん……」
 少女は悩んでいた。
 ポケットの中には、小さな小瓶が入っている。さらにその中には、まだ幾つかの小
さな紙包みが入っているはずだ。
「どうしよう……」
 その紙包みの中にあるのは、黄緑色の粉末。飲んだ者の魔力を短時間の間だけでは
あるが、爆発的に増やすことの出来る魔法の薬だ。
 だが、それにはささやかな副作用があった。魔力の増幅……というか、まるっきり
暴走なのである。全然ささやかじゃない気がしないでもないが、彼女のイトコの女性
の基準で言えばあくまでも『ささやかな……』なのだろう。多分。
「今だったら、暴走しても役に立つ……かなぁ」
 暴走するとはいえ魔力の威力は確かに上がるし、見渡す限りが敵という今の状況で
は無差別攻撃をしても特に害があるわけでもない。
 そして何よりの問題は、目の前で戦っているアズマである。故郷の闘技場で鳴らし
た腕前を持っているし、ラーミィも信じていないわけではない。が、もう何時間もぶ
っ続けで戦っているのだ。この後はどうせシュケルとかいうディルハムの長と戦う気
だろうが、彼だって普通の人間。限界は、間違いなくあるはずなのだ。
 しかも、必殺のブーメラン『ライトニングホーク』が失われている今……。
「やっぱり、使お…………」
 小瓶をポケットから取り出し、蓋を開けようとした……
 その、瞬間。
「やめんかぁぁぁっ!」
 すぱぁぁんっ!
 見事なまでのタイミングで、ラーミィの頭にスリッパが叩き付けられていた!
続劇
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