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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その2)



「あれ神殿? おっきいねぇ……ご主人さまぁ」
 丘の向こうに遠く見える巨大な建造物をほぁーっと見遣り、『ご主人さま』と呼ん
だ少女にしがみついているのは、一人の女の子。
「そうだよ、ルゥちゃん。あそこに、バベジ様がいらっしゃるの……」
 神殿。この霧の大地の中枢部にして、この閉鎖世界の神である『バベジ』の本拠地
である。傍らにいる少女……ユノスの話では、神殿とそこに奉じられた『バベジ』こ
そが機獣・ディルハム・果ては天候に至るまで……要は人間以外の全ての存在の源で
あるという。
 ルゥには難しいことはほとんど理解できなかったが、まあ、何だか物凄いモノなの
だろう…という予想くらいはできた。
「バベジ様……」
 穏やかな性格である『神』に護られた、平和な土地…霧の大地。閉鎖空間の常とし
て人口の危機は常にあったものの、それさえ除けば至って平和な……まさに理想の世
界。
 しかし、それはある日を境に少しずつ変わっていく。
 戦闘用ディルハムの配備数の増強、戦闘訓練の増加、そして、何やら考え込む事が
多くなっていったバベジ。
 そして、神の暴走。
 神を諫め、止めようとした人間達は反乱者として捕らえられ……
「ご主人さま、恐いの?」
 と、ユノスの思考を遮るように掛けられた、声。
 ふと気が付くと、ルゥが心配そうな表情でこちらを覗き込んでいる。
「ううん。大丈夫よ。あ、兄様とシュナイトさんが呼んでるから……」
 こちらに向かって手を振る眼帯の青年……シュナイトの向こうに広がる神殿の丘に、
三条の煙が立ち上っているのが見えた。どうやら、今はここにはいない三人……ジェ
ノサリア・ユウマ・カイラによる陽動作戦が始まったらしい。
 彼等、そして更に別行動を取っている何人かが霧の大地に散らばる無数のディルハ
ム達を引き寄せ、その隙を突いてユノス達は神殿を目指す。陽動作戦を使うのは、少
数精鋭の戦いにおける常套手段だ。
「うん……」
「ほら、行こ」
 ルゥの不安げな表情に、ユノスはいつもの穏やかな笑みを返した。


「ちっ…まさか、これ程までに有能な指揮官がいるとは…」
 既に四本に減ってしまった強化槍を構え直し、ジェノサリアは悔しげに呟いた。
 どのような用兵を用いているものか、こちらの弱点を着実に突いた作戦を瞬時に組
み立て、一糸乱れぬ統制でもって間断無く攻め立ててくるのだ。ディルハム単体の戦
闘力自体は兵卒級程度と相手にもならないが……死を恐れない猛攻を掛けてくる上に
数がまとまっている分、厄介な事この上ない。
 ヒットアンドアウェイを基本とするジェノサリアにとっては、負担の大きい消耗戦
になるのはどうしても避けたいところだったのだが……持久戦は必至だろう。
「仕方ないか……。行くぞ! セラフ……」
 ジェノサリアは迫る来るディルハムの群れに向かって加速し、一気に間合いを詰め
た。背中の巨大な真紅の翼を微妙なタイミングで制御し、絶妙なまでのバランスとス
ピードを叩き出す。
 そのスピードとバランスは、常識では考えられないような体捌きを可能にし……
「イリュージョンっ!」
 一瞬生まれた四つの残像が、四騎のディルハムの体を全く同時に貫いた!
 だが、その刹那。
「何っ!」
 その四つの残像に投げつけられる、無数の槍!
 ディルハム達は、待っていたのだ。
 技を放った直後に発生する、ほんの一瞬。まさに刹那の……いや、それ以上に短い
時間だけ発生する、彼女の必殺技の隙を。
 合図する事など絶対不可能な、しかし完璧なまでの統一性で、ディルハム達は槍を
投げたのだ。
 まるで、全てのディルハムがたった一つの巨大な意志に統一されているかのように。
 だが。
「たった一人に……何人で掛かっておるかぁっ!」
 その叫びと共に、ジェノサリアを包み込むようにして巻き起こった炎が、襲い来る
槍の全てを焼き尽くした!
「な…………」
 燃え盛る炎は一瞬のうちにその勢いを増し、瞬く間に緋色の豹へとその姿を変える
と……突然の事で対応しきれないディルハム達に次々と襲いかかり、一片の容赦もな
く灼き尽くしていく。
「あれは、レーヴァという。ちょっと手加減が効かないのが困り者だが……私の大事
な相棒だ」
「カイラか……。礼を言う」
 現れたのは、カイラ・ヴァルニ。ジェノサリアと同じく、ユノスを神殿へと送り届
けるために陽動部隊に参加した、もう一人の女性だ。
「私だけではないぞ」
 それは、レーヴァと見事な連携を見せている、小さな男の子。獰猛な戦い方を見せ
るレーヴァとは好対照な鋭い一撃を以て、ディルハム達を打ち払っている。
「こちらも協力して事に当たらねば、連中に負けてしまうだろう? ジェノサリア。
お前も力を貸せ」
 カイラ本人も背中の大剣を軽く引き抜くと、ジェノサリアに不敵な笑みを向けた。


「ベースに行かない……って? どう言う事です? フォルさん」
 走るスピードを緩めつつあるフォルに、ティウィンは思わずそんな声を掛けていた。
「僕は走るのが苦手なんですよ」
 実際フォルの息はかなり上がっていたりする。多分、あと数百mも走ればダウンし
てしまうだろう程に。
 そんな基礎体力のない彼がどうしてベースに行こうとしたかというと、学者根性丸
出しの好奇心……と言うしかなかった。単に、研究対象であるディルハムの本拠地が
見てみたかったのである。
「一応独立しているとは言え、暴走する可能性のある機獣は使えませんし、ベースに
辿り着くのは出来るだけ早い方がいいですから。それに、僕がここで後続のディルハ
ム達を食い止めれば……ティウィン君達もそれだけ早くベースに辿り着けるでしょ
う?」
 確かに、フォリントもそれなりに剣は使えていた。先程追い付かれたディルハムと
戦っていた時も相手を何とか押していたし、むざむざやられることはないだろうが…
…。
「大丈夫ですか?」
 それでも、不安感は拭えない。何と言っても走るだけで息の上がる学者さんである。
一団となって走っているシークやナイラはおろか、ティウィンや彼の相棒であるザキ
エルですら息など切らせていないというのに。
「後で無理しない程度に追い付きますよ。それに、ベースはティウィン君とナイラさ
んがいればどうにでもなるでしょう。君には既に僕の研究した事は全て教えてありま
すし、ね」
 苦笑を浮かべ、ついにフォルは止まってしまった。
「ベースを片付けたら、急いで回収に来るしかないだろう……。急ぐぞ」
「……はい。フォルさんも……無理しないで下さいね!」
 スピードをほんの少しだけ緩めたナイラに背中を押され、ティウィンとザキエルは
再びスピードを元に戻す。シークに至ってはこちらをちらりと一瞥しただけで、スピ
ードを緩める気配すらない。
「さて…と。十分に、時間を稼がせてもらいましょうかね」
 道の向こうに消えた四人を手をひらひらやりながら見送ったフォルは、後ろに迫っ
てきた二十騎を越えるディルハムの方にゆっくりと向き直る。
「では、始めましょうか」
 息一つ乱していない白髪の青年は、走って下がり気味になっていた小さな眼鏡をそ
っと直し……持っていた短剣を、軽く構えた。


「やめた」
 男の子は唐突にそう言い切ると、崩れ落ちるディルハムから一足飛びに下がり、構
えていた剣を下ろした。
「止めるだと? ユウマ、お前気でも触れたか?」
 男の子……ユウマの下がった包囲から侵入してくるディルハムを構えていた炎の剣
で切り払いつつ、カイラが叫ぶ。いくら彼女が説教ばかりしているとは言え……こう
までディルハムの攻勢が激しいと、いつものド突きながら説教するというスタイルを
やる暇など与えて貰えない。
「ユノス達が神殿に突入したという報告があれば分かる。我らとて犬死にするつもり
など更々ないのだからな。が、それすら分からない今、任務を放棄するのは人間とし
て……」
 ……無論、口を動かすだけならそれこそノンストップで動かせたりするのだが。当
然ながら、この間もディルハムを斬りつけ、焼き払い、さらにジェノサリアやレーヴ
ァに的確な指示を送る手の動きは全く止まる気配を見せない。
 というか、口が動いていた方が手の動きも指示の速度も抜群にイイ感じだった。
「……別に、戦いを止めるとは言っていないぞ」
 そんなナイラの様子を特に気に留めることもなく、ユウマは巨大な剣の姿を取らせ
ていた魔獣……眼魔をもとの小さな姿へと戻し、一応ぽそりと答えを返す。
 そして襲いかかってきたディルハムの剣をその小さな体を生かして軽く躱すと、デ
ィルハムの巨大な体を軽く踏み台にし、天空へ高く跳躍した!
「ただ、こうまで効率だけを求めた戦いというのも……面白くなくてな」
 そのまま眼魔を日の高くなった蒼穹へとかざし……。
――――――ィィィィィィッ!
 魔獣である眼魔がその小さな翼を一杯に広げたかと思いきや。その翼は、その体は
漆黒の奔流……光すらその内に吸い込む、まさに真の闇と形容すべき漆黒……に姿を
変え、ユウマ少年の小さな姿を一瞬のうちに覆い尽くす!
「なるほど。魔の力か……。だが、その過ぎた力、『喰われる』でないぞ?」
 延々続くかと思われた説教をその一言で不満そうに打ち切ったカイラに、漆黒の内
より姿を現した青年……ユウマ、いや、『融魔』は、静かな一言を以て言い放つ。
「なに……。それまでには、片を着けるさ」
 陽光すら弾かぬ闇色の外套が一陣の風に軽くなびき、ばさり、と鳴った。
続劇
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