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−第5話・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。古代文明の時代に天然の要害として創り出され た難攻不落の地形は、現代でもコルノやプテリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として 機能しているのだ。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものとな っていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。地震や謎の怪物などの不安事は あるにしても、その程度の不安など、今の世界では何処にでもある事なのだから。  そして、その街の…いや、世界の命運すら賭けた戦いは。  大半の人間の与り知らぬ所で、人知れず始まるのだった。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その1)



Act1:道を斬り拓くもの

「すまんな、クリオネ……」
 誰が放ったとも知れぬその声は、静かに響いた。だが、その声は廃墟と化した低い
塔の上にただ一人立っている少女の放ったものではない。
「何が?」
 返す声は僅か。今度の声は、間違いなくこの少女……クリオネの声だ。
「俺にもっと力があったら、俺がちゃんとお前を守ってやれたんだろうけどな」
 相変わらず、姿は見えない。とは言え、その姿も、声も、精霊の力を強く感じるこ
との出来るクリオネにのみ、届くのであるが。
 少女の瞳に映る青年の表情は、暗い。
「別に気にしなくて良いわよ、ディルド。キミの力があってこそ、私はこれまで生き
て来れたんだから…。そうは見えないかも知れないけど、結構感謝してるのよ? こ
れでも」
 クリオネが浮かべたのは、左右の動きが今一つ釣り合っていない、不思議な表情。
 しかし、それが彼女の『笑顔』と知っている精霊の青年は、ようやっとおだやかな
表情を浮かべた。
「ありがと……な」
 そう言った時には、既にクリオネの意識はこの霧の大地に立ち並ぶ廃墟の向こう…
…歩み寄る鋼鉄の兵士・ディルハムの軍勢の方へと向かっている。まるで彼女の相棒
の青年の存在のことなど忘れているかのような、その視線。
(死ぬなよ、クリオネ……)
 腰に束ねていた細い鞭を構える少女を愛おしげに抱きしめるかのように。
 一陣の風が、ひぅ……と、鳴った。


「待ってたぜ……」
 ゆっくりと拳を握り、少年は呟く。
「うむ。待たせたな、少年」
 それに答えるのは、鋼鉄に覆われた、巨大なモノ。
 シュケル。
 それが、その物の、名。
 鋼鉄のモノである彼は、今、自らの意志のみでこの場に立っていた。
 彼の唯一の望みを、叶えるために。
 そして、彼の無意識の望みに、少年も応えた。
 己が激しい心の内に眠る、何かを感じ取って。
 時間など……いや、場所すらも決まっていなかったというのに。
「今日は心ゆくまで相手しようぞ。いざ、尋常に……」
 だが、彼等は今、向かい合っている。
 ユノス=クラウディアの大通りから、霧の大地の円形闘技場へと決着の場を移して。
「アズマ君っ! あれ!」
 と、戦いの行く末を見守らんとしていた、少女の声。
 彼女の指差した先に見えるは、無数の鋼鉄の影。
 彼等もまた、ディルハム。鋼鉄の力を秘めた、霧の大地の意志無き兵隊。
「ちっ……。皇帝め……無粋な邪魔を……」
 闘技場の出入り口から現れた鋼鉄の影の群れに、同じ鋼鉄の存在であるはずのシュ
ケルは忌々しげに舌打ちをする。
「少年よ。決着はあやつらを片付けてから、という事になりそうだ」
「いや……」
 感情の起伏少なく放たれたシュケルに。
「いいウォーミングアップになりそうだ」
 少年は小さくにやりと笑って応えた。
「……少年よ」
 少女を連れて走り出そうとした少年を呼び止めるシュケル。当然ながら、既にその
手には3mを越えんとする体格相応の巨大な剣が握られている。
「今一度聞かせてくれ……。汝の、名は?」
「アズマ。アズマ・ルイナーだ」


 がしゃぁんっ!
「それにしても、無駄に多い……」
 青年は、半ば呆れたようにその言葉を紡いだ。
 ディルハムが出現し始めて、まだ10分ほどだろうか。だが、彼の操る真紅のサー
ベルが打ち倒したディルハムの数は……18騎を越えた所で、面倒になって数えるの
を止めてしまっていた。
「確かに…これだけあれば美術的価値は無いでしょうね」
 少し離れた所で戦っている黒髪の女性を横目でちらりと見遣り、彼女が出会った頃
に彼に言った台詞を思い出す青年。昔と言っても、まだそれほど前の事ではないのだ
が。
「シークさん! フォルさんが、『ベース』の方に移動しますって!」
 尽きる気配を見せないディルハムを薙ぎ払いながらそんな事を懐かしんでいると、
向こうの方から凛とした少年の声が聞こえてきた。霧の大地やディルハム研究の手伝
いをしていた少年で……確か、名をティウィンとか言ったはずだ。
 一騎のディルハムが戦闘へ望む準備を完全に終えるまでには、かなりの時間がかか
る。その為、霧の大地の全軍が戦闘態勢を整えるには一日や二日では足りないのだ。
そこで霧の大地への奇襲に成功したティウィン等は、ディルハムの戦闘への準備を阻
止する為に彼等が待機している本拠地『ベース』へ向かおうとしているのである。
「分かりました。すぐに移動しましょう」
 移動する手はずが整ったのなら、この程度の連中を相手にする事もない。シークは
たっ…っと駆け出し、一瞬の隙を突いてディルハムの包囲網を難なく突破した。本拠
地という事でディルハムの性能は強化されているようだし、もともと夜型だったシー
クにとって早朝からの奇襲作戦は負担であったが……それだけのハンデを差し引いて
も、兵卒級のディルハムなどシークの敵ではない。
 十字に斬り裂かれ、塵となって姿を消した数体のディルハムの最後を、シークは一
度も振り返ることはなかった。
続劇
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