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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第4話 越えるもの・残るもの(その8)



Act6:待ち焦がれるものたち

「他の連中は全員無事に辿り着いたか。まあ、結構な事だ」
 竜の背中に7本となった強化槍のうち6本を結びつけ、ジェノサリアは軽く手綱を
構えた。2本増えているのは、何の事はない、鍛冶屋がこっそり作っていた販売用の
品を没収したのである。
 シュナイト達が出発する前に決めた時間と場所にほとんど狂いもなく、鋼鉄の竜は
ユノス=クラウディアの近くの森に姿を現していた。ジェノサリアとしては計画が予
定通りに進むとはあまり思ってはいなかったのだが、こうして無事に竜が現れたと言
う事は計画は予定通りに進んでいるのだろう。喜びこそすれ、悪い事ではない。
「が、私の方は出発が少し遅れそうだな……」
 結んでおかなかった一本を軽く手に取り、ジェノサリアは茂みの向こうへと殺気を
叩き付けた。隠す気配も無く漂ってくるのは、凄まじいまでの闘気。その闘気だけで
も、霧の大地へ向かった一人一人を遙かに凌ぐほどの強さを持った存在……という事
が解る。
「返事がないと言う事は、敵と見なすぞ?」
 そこに至っても、返事はない。ジェノサリアは槍を構え……
「行くぞ! セラフイリュージョンっ!」
 竜の背より夜空にひらりと舞い上がるなり、いきなり必殺の技を放った。


「にしても、寂しくなるものじゃな……」
 酒場のカウンターで、ローザはぽつりと呟いた。
 既に酒場は看板を迎えている。ほんの三十分前までは爆発的な混雑具合を見せてい
た酒場も、今では宿泊客の彼女くらいしかいない。
「まあねぇ……。ま、たまにはいいんじゃない?」
 そう言いつつ、銀髪の女性は鮮やかな手つきで洗い物の仕事をこなしていく。こち
らは特に目的のない旅の、暇つぶし兼生活費稼ぎである。
「けど、魅了の呪いかぁ……。また、面倒なものが相手よねぇ……」
 厨房の方をちらりと見遣り、小さな声でローザに囁く女性。
「そうじゃのう……」
 魅了の呪い自体を押さえる事自体は、絶大な魔力を持つローザにとって児戯にも等
しい事だった。しかし、いかにローザが強力な魔法力を持っていようと、魔術を無効
化する空間にはどんな魔術も通用しないのだ。
「私も、何度もそう言おうとしたんですが……」
 厨房の方から出てきたラミュエルは、二人の前に湯気を立てている皿を置く。女性
の方は遅い夕食、ローザの方は単なる余り物のサービスだ。
「ふむ……。それを阻害するのも、呪いの一環かのう」
 どういう効果か、二人やクローネにはラミュエルに掛けられた魅了の呪いは全く影
響なかった。それなりのヴァートを持っている人間には通用しないのだろう……と、
ローザは適当に見当を付けている。
「ま、当分は出歩かない事ね。その髪留めの魔法水晶は、あたしが何とか探したげる
から……」
 ラミュエルが魔法水晶を探して出歩く度に彼女の魅了の呪いは辺りの人間を巻き込
み、ひいては大地亭の酒場の客を増やしていたのだ。と言う事は、ラミュエルが出歩
かなければ魅了の効果は現在の状況を維持か……最悪でも、客が山ほど増えると言う
事はない事になる。
「あの……」
 と、階上の方から誰かの声が掛けられた。
「酒場があまりに賑やかだったので夕食を食べそびれてしまったのですが、まだやっ
ていますか……って、姉様っ!!」
「あら、キリュシエル……」


「伝言……だと?」
 巨大な剣に鋭い刺突を止められたままの姿勢で、ジェノサリアはぽつりと呟く。
 セラフイリュージョンが止められた事に関しては、さほどのショックはない。もと
もと牽制に放った一撃ではあるし、相手の闘気の強さを考えればこの程度の状況は幾
らでも予想がつく事だからだ。
「ああ。お前の仲間の中に、アズマ・ルイナーという少年がいるだろう。彼に、伝言
を頼みたい」
 戦う意が無い事を示すために槍を受け止めた巨大な剣をゆっくりと引き、男は短く
答えた。
「仲間かどうかは知らんが……まあ、会えば伝えておこう」
「それで構わない。助かる」
 ジェノサリアに丁寧に封印までされた羊皮紙の巻紙を渡し、青年はそのままどこか
へ行ってしまった。
「アズマ……か」
 アズマ・ルイナー。
 確かに、氷の大地亭の人間の中にそういう奴がいたような気はする。しかし、どい
つがアズマかは正直なところ、あまりよく解らなかった。
 まあ、解らないのならその辺の人間に聞けばよいし、こんな所での意味のない戦い
で無駄な力を使うのは出来るだけ避けたい所だったから快諾はしたのだが。
「まあ、いいか……」
 そして、ジェノサリアは夜の空へと舞い上がる。
 黒い青年の、弟へのメッセージを託されて。
続劇
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