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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その14)



Act15:山へ(3-days[after] ・10日目)

 「にしても、よくもまあ、勝てたものね……」
 酒場のカウンターで軽くグラスを揺らし、クリオネは小さく呟く。
 確かに、ディルハムは全て倒した。だが、こちらの犠牲は遙かに大きかったと言え
るだろう。前回の戦いに引き続いて傭兵団の大半は深刻な被害を受けていたし、大地
亭から戦いに出た人間の中にも、怪我をしていたり寝込んだりしている者が出ている
のだ。
 相変わらず住民に被害が出ていないのだけが、不幸中の幸い……というヤツだろう。
 「あの、お水貰えますかぁ?」
 そんな事を考えていると、ザキエルとラーミィが二階から降りてきた。
 「ティウィン君とアズマ君の様子はどう?」
 瓶の入った籠を渡しながら、クローネが問いかける。アズマとルゥは療養中、ユノ
スはそのルゥに付きっきり、そしてクレスは臨時の野戦病院と化した精霊王の神殿の
方に出払っているのだ。今この『氷の大地亭』でまともに動ける常駐スタッフは、ク
ローネとラミュエル、そしてガラの三人だけしかいない。
 「うん。さっき起きるには起きたし、2、3日寝てれば大丈夫だとは思うけど……」
 そうは言いつつも、二人の心配そうな表情は晴れない。無理もないと言えば、無理
もないのだが。
 「ラミュエルさんが帰ってきたら、何か栄養の付く物を作って貰うよ」
 そのラミュエルは買い出しだ。スタッフの数が圧倒的に足りない以上酒場を開ける
事は不可能だが、それでも宿にいる客の食事は作らなければならない。
 「うん。ありがとう」
 少しだけ安心した様子で、二人は階上へと戻る。
 「さて……と。私も……」
 その様子を見ていたクリオネも、空になったグラスの側に代金を置き、カウンター
から立ち上がった。
 「誰も心配してくれる女の子のいない、可哀想な男の子の所に行きましょうか」
 クローネの準備してくれた、水桶とタオルを手に取って。


 「魔法水晶ぉ? ンなもん、あったかなぁ……」
 露天商のオヤジはがさがさとそこらの棚を引っかき回した挙げ句、ぽつりと呟く。
 「似たようなモノで、力晶石じゃダメかな。あれなら売るほどあるんだが……」
 魔法の道具を扱う店なのだから、当たり前だ。だが、目の前の女性はそんな冗談が
通じるほどウィットに富んだ性格ではなかったりする。
 「ダメなんです。魔法水晶じゃないと……」
 「って言ってもなぁ……。魔法水晶なんてマイナーな物、よっぽどの事じゃないと
手に入らねえぜ?」
 一つで様々な使い道のある力晶石はともかく、ごく限られた用途にしか使えない魔
法水晶は需要が桁外れに少ないのだ。需要が少ないから、流通量も自然減ってくる。
流通量が減れば、こんな場末の露天商の所などの所には回って来はしない。
 「にしても、姉ちゃんも災難だな」
 渡された髪留めにくっついている赤い水晶を空にかざし、オヤジはぼやく。力を失
った魔法水晶の色は、赤い。見事なくらい、その魔法水晶は赤い色。
 「はぁ……」
 「ま、見つかるようにがんばんな。俺っちも八方手は尽くしてみっからよ」
 てくてくと市場の向こうに消えていく女性を見送り、オヤジはあきれたような声で
ぼそりと一言口にする。
 「どんな呪いか知んねえけど、あれじゃ日常生活も遅れねえよな……」
 女性の後に続く大量の人間の波は、途切れる気配を見せなかった。


 ユノス=クラウディアからほど近い森の中。
 「へえ……すごいな」
 そこに偽装された大量の鋼鉄の蛇を見遣り、シュナイトは思わず呟く。
 右翼と左翼のディルハム達は乗騎たる鋼鉄の蛇に乗っていた。しかし、中央を突破
してきたディルハムは鋼鉄の蛇には乗っていなかったのだ。
 理由はただ一つ。
 昨日の戦いの指揮を執っていたマナトが、鋼鉄の蛇を使わせなかったのだ。
 『霧の大地』に侵入するための手段として。
 「これを使えば3日で『霧の大地』にたどり着ける。私の『ワイヴァーン』ならば
数時間しか掛からないが……ここには私の物と合わせても二機しかないからな。『サ
ーペント』を使うしかあるまい」
 「飛べるのか? ラフィア山地は乱気流が多いと聞くが……」
 シュナイトの言葉に、マナトは小さく首を振る。
 「その為の、機獣だ」
 機獣。霧の大地の『カガク』の力で生み出された、鋼鉄の獣の名前である。現在の
霧の大地では飛行能力を持った竜、機動力に長けた猿、運搬力と安静性に長けた蛇の
三種類の機獣が作られていた。
 乱気流を強引に押し切って飛ぶことが出来るからこそ、マナトはこの『ワイヴァー
ン』を愛用しているのだ。重量のせいで蛇型機獣『サーペント』しか使うことの出来
ないディルハムにはない、数少ない利点だった。
 「確かにこれなら『霧の大地』まで乗り込めるな……」
 霧の大地へ徒歩で乗り込むのは不可能だという。機獣でしか越えられない岩場や、
急な崖などが数多く存在しているからだ。
 シュナイトがそんな事を考えていると、頭の上から響いてきた。
 いつの間にか木の枝に腰を下ろしていた、レリエルだ。
 「だが、貴様を信用していいのか? 昨日のがディルハムの主力部隊だったとか言
うけどよ……誰もそんなの見てきたわけじゃないんだぜ?」
 眠たげな……しかし、全てを見通すような深い金色の瞳で、レリエルはマナトへと
視線を向ける。
 「少なくとも、俺様は貴様の事は信用してねえしな」
 誰もが思っていて、誰もが口に出来なかった言葉を、レリエルはさらりと口にした。
第4話へ続く
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