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−第2話(後編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街 だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプ テリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものと なっていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。  街は、静かだった。  まるで、嵐の前の静けさのように。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第2話 嵐の前の……(その5)



Act8:3−Days・三日目

 「あ、シュナイトさん……」
 掛けられた声に、シュナイトは足を止めた。
 目の前にいたのは、ユノス=クラウディア。この『氷の大地亭』で働いている、ア
ルバイト兼行き倒れの娘だ。何が入っているのか、少し大きめのバスケットを提げて
いる。
 「や、やあ」
 だが、一方のシュナイトの態度は今一つぎこちない。一応自然な態度を取ろうとは
しているようなのだが……
 「あの、フォルさんの所に行かれるんですか?」
 「そ、そうだけど?」
 半歩退いたまま、シュナイトは相槌を打つ。
 フォリントは、先日破壊された『歩くプレートメイル』…ディルハムの残骸を調査
しに向かっている、学者っぽい青年の事だ。今は残骸の運び込まれた図書館に篭も
りっきりになっている。
 「それだったら、ついでにフォルさんに頼まれたお弁当を届けて欲しいんですけ
ど。今日は団体のお客さんが来る事になってて……きゃっ」
 と、そこへ一陣の風が吹いた。風はユノスの黒髪に絡み付き、折角丁寧にまとめた
長い髪を台無しにする。
 「もぅ……。折角ルゥちゃんがやってくれたのに…あら?」
 風が収まった頃には、シュナイトの姿は消えていた。
 まるでユノスを避けているような態度に、少女は小さく首を傾げる。
 「私…何かシュナイトさんに嫌われるような事……したかしら?」


 「はぁ……。無実なんスよ、本当に〜」
 昨日のユノスよりも『どよ〜ん』とした空気を背負いつつ、アズマは呟く。本当は
ほとぼりが醒めるまで部屋の中で落ち込んでいたかったのだが、カイラがそれを許し
てくれなかったのだ。
 今は無理矢理部屋から引きずりだされ、罰として男湯と女湯を仕切る板塀の製作作
業をさせられていたりする。
 「まあ、若いモノなら一度は…そういう若気の至りというものをしたくなるもの
よ。結構結構」
 「ですね。若いうちは無茶をするのもいい事ですよ」
 隣で無責任に笑うのは、ガラとレディン。ガラはただの手伝いだし、レディンは
ポッケの所から派遣された監視役である。どっちも至ってお気楽な身分なのだ。
 「そういうガラさん達だってそんなに歳じゃないでしょ…」
 珍しく泣きそうな声のアズマ。特に年寄りのような喋り方をしてはいるが、ガラは
まだ20歳の若者である。少なくとも、そう人生を達観するような歳ではない。
 「最近の若者から見れば、20歳なんて立派なおぢさんですよ」
 無論、レディンもだ。ちなみに彼は23歳の好青年である。
 「そうじゃのう…」
 相変わらず笑うガラ。殊に彼は歳に似合わぬアンバランスな口調の上に、水色の髪
に紺色のメッシュという奇抜な髪型なのだ。正直な所、世間ごとに長けたレディンに
もどこまでが彼の本気なのかよく分からない。
 そんな事をしていると、地面が揺れる。ユノス=クラウディアにここ数日頻発して
いる、群発地震だ。
 「けど、この地震、いつまで続くんスかね…。精霊でも怒ってるんでしょうか?」
 大地の精霊を怒らせ、大地震によって滅ぼされた街の伝説は掃いて捨てる程に多
い。もともとあまり怒らない性質の精霊ではあるのだが……
 「それはないな。少なくとも、大地の精霊はこの件に関わっておらぬよ」
 地震で打ちそこなった釘を釘抜きで引っこ抜きながら、ガラが妙に自信たっぷりに
言い放つ。大工仕事は庭師のように本業ではないから、たまには失敗もあるのだ。
 「? ガラさん、魔法でも使えるんですか?」
 運んできた材木を力晶石製のブーメランで板塀用の板に切り分け終わると、アズマ
はそう問い掛ける。
 「ああ、勘じゃよ、勘。わしの勘はよっく当たるからな」
 ガラはいつものひょうひょうとした口調でそう言うと、本気とも冗談とも付かぬ笑
みを浮かべた。


 「ラーミィさん、ごめんなさいね……」
 朝食の忙しい時間も過ぎ、一段落付いた時間。ラミュエルはカウンター席に座って
いるラーミィにそう言うと、頭を下げた。
 ラミュエルは、生れ付き『魅了』の呪文が掛かっているという何とも厄介な体質で
あった。普段は封印の効果のある髪留めで押さえているからいいようなものの、その
封印が外れると……
 昨日の夜のようになってしまうのだ。
 「ううん。そんなに気にしなくっても。それに…」
 カウンターの上で毛繕いをしているミューの相手をしながら、ラーミィは答える。
 「どっちかって言えば、アズマの方が心配なんだよね…」
 あれからもカイラの説教は延々と続き、アズマが解放されたのは夜が明けてから
だったのだ。しかも、日が上った後は速攻でカイラに連れ出され、今は男湯と女湯を
仕切る板塀を作らされているらしい。
 「う〜ん……。アズマさんにも本当に悪いことをしましたね…」
 アズマが覗きをするようなタイプではないというのは、ラミュエルにも分かってい
た。あの場にいたのはカイラを除けば氷の大地亭のスタッフと彼の事を知る者達だけ
だったから、特に後腐れもなく済むではあろうが…
 ちなみに、思いっきりグーでぶん殴ったり、渦巻く水流を全力でぶつけたり、ネコ
缶をぶっつけた挙げ句に引っ掻き回した…などというのは、その場の勢いにしか過ぎ
ない。
 「そのお詫び…というわけではないのですが、これ、アズマくん達へのお弁当で
す。よかったら、持って行ってあげてください」
 ラミュエルはそう言いつつ、料理を詰め込んだ大きめのバスケットをカウンターの
上にそっと置く。
 「うん。ありがとう。ラミュエルさんのご飯おいしいから、アズマたちきっと喜ぶ
よ」
 そのバスケットをよっこらしょ…と抱えつつ、ラーミィはにっこりと笑った。


 「へぇ……。あんたがこんな時間にいるなんて、珍しいな」
 分厚いフードで顔を隠している青年に、ユウマは特に驚く素振りも見せずにそう声
を掛けた。
 ユウマがこのユノス=クラウディアの街に来てから、この夜を愛する青年がこんな
時間に外に出ているのを見た事は、多分初めてのはずだ。
 「考え事をしていたら夜が明けてしまいましてね…。太陽はあまり好きではないの
ですが…」
 青年はその体質上、あまり昼間が好きではなかった。だが、別にその体質を疎まし
く思った事はない。昼間は寝れば済む事だし、夜の闇は彼にとっては心地の良い場所
だ。
 「ナイラの事か?」
 倍以上も歳の離れた少年の短い言葉に、シークウェル・ヒュークリスは首を縦に動
かす。分厚いフードに隠れてその動きはほとんど見えなかったが、少年には分かった
ようだ。
 「貴方は既にどうするか決めているようですね」
 「迷いは僕の美学に反する」
 相変わらずの単純明快な行動理念に、シークはフードの奥で小さく笑みを洩らし
た。
 ごぉぉ………ん
 ふと、地面が揺れる。
 「しかし…ナイラ嬢の台詞ではありませんが、時間がないかも知れませんね…」
 もし、この揺れがシークの予想通り…火山活動のせいならば、本当に時間は無いの
だろう。このユノス=クラウディアの街を取り巻くラフィア山地はかつて火山性山地
だったと聞くし、温泉がわいたという事実もある。そうなると、この地震の行く末は
……
 「ああ。そうだな……」
 ユウマが思うのは、ディルハムの大部隊が襲来するという、ナイラの残した台詞の
こと。
 それぞれの想いを秘め、二人の男は深刻な表情で顔を見合わせた。
 「そこっ! 屋根なんかの上で内緒話するんじゃない! というか、屋根は登る所
などではないぞっ!」
 下から聞こえてきた声で、さっさと姿を消してしまったが。


 「ああ、お弁当ですか。どうも有難うございます」
 「まあ、ついでだったしね…」
 クリオネはそう言いながら、空いた机の上にバスケットをとんと置く。
 「これが、あの『歩くプレートメイル』?」
 彼女は霧の中でしかディルハムを見た事がないから、ここまでの物を見るのは初め
てだった。随分と形が変わってはいるが、言われてみればディルハムの面影がある気
が…しないでもない。
 「まあ、溶けて原型は留めていませんがね…」
 フォルはそう言ってディルハム(だった物)を軽く叩いてみせる。既に魂を失った
鋼鉄の塊は、返事を返す事もなく沈黙を守っていた。
 「中には人が入っていなかったって聞いたけど?」
 図書館の司書に聞いた話では、転移系の魔法か何かを使って脱出したのだろうとい
う話だ。誰にでも情報を流す男である。
 「ええ。中に人は入っていませんでした」
 首肯いてみせるフォル。だが、クリオネはその口調の中に、何か違和感を感じてい
た。目の前の青年は、彼女達の予想している事柄とは根本的に違うものを見付けてい
る、と。
 「何か言いたそうね」
 「まあ、少し」
 フォルはそう言うと、傍らに置いてあった短剣を取った。ゆっくりと鞘から引き抜
き、構える。
 「見ていて下さい」
 軽いステップで一瞬のうちに間合いを詰め、フォルはディルハム(だったもの)に
向けて鋭い斬撃を放った。
 がらん……と、空虚な音を立て、ディルハムの腕が床へと落ちる。
 「迅いわね……。貴方、実力を隠してるでしょ?」
 刃こぼれ一つしていない短剣を鞘に収めつつ、フォルは苦笑を洩らす。
 「別に僕の事なんかどうでもいいんですよ。それより、これです…」
 彼が拾ったのは、落とされたディルハムの腕。その断面を見たクリオネは、不審そ
うな声を上げた。
 「何これ……」
 空っぽと思っていたプレートメイルの中は、規則的な形を持って加工された金属の
欠片と、鋼鉄製の細い管がびっしりと詰まっていたのだ。カイラの炎を受けて所々変
形してはいるが、どちらにせよ人間の入る隙間どころか、子供の腕の入る隙間も見当
らない。
 「これがこの『歩くプレートメイル』…ディルハムの正体ですよ。魔法に一切頼ら
ずに圧倒的な力を発揮する、古代文明の遺産……私は『霧の遺産』と呼んでいます
が」
 「霧の…遺産……」
 クリオネはこぼれ落ちていた金属片の一つ…円周部分に深い溝の彫られた、硬貨の
ような真円の物体…を拾い上げ、小さな声で呟いた。


Act9:カウントダウンの始まり

 「へぇ……。休みが明けたら、戻らないといけないんですか…」
 夜空の下、テラスのベンチに腰を降ろし、ユノスは傍らの女性に向けて声を掛け
た。ちなみに、彼女の膝の上ではルゥがくぅくぅと寝息を立てていたりする。
 「ええ。次回の公演が始まるまでには戻らないと」
 傍らの女性…クレスはメリーディエスの有名な劇団の女優なのだ。このユノス=ク
ラウディアには単にバカンスに来ているにしか過ぎない。
 「お仕事……大変ですね」
 「そうかしら?」
 ユノスの言葉に、クレスは小さく首を傾げてみせる。
 星明かりが綺麗だから、明かりはなくても相手の表情くらいは分かった。
 「わたくしはこの女優という仕事に誇りを持っていますから。もちろん大変だと
思った事が一度もないとは言わないけれど…少なくとも、やめたいと思った事はあり
ませんわ」
 本当に女優という職業を愛しているのだろう。クレスの言葉には、一点の迷いもな
い。
 「お仕事……。私も頑張って探さないと…」
 妙に神妙な、まるで自分に言い聞かせるような口調で呟くユノス。クレスも最初
は、この氷の大地亭の仕事の事だろう…と思ったのだが、どうやら違うらしい。
 「ユノスさんはこのユノス=クラウディアの街に来るまでは、何をしてらしたんで
すの?」
 クレスはふと、前から気になっていた事を口にした。別に他意はない。ただ、ユノ
スの事を少しでも理解したい…という、純粋な気持ちからの言葉だ。
 「ここに来る前の事…ですか?」
 「変な事聞いちゃってごめんなさいね…。言いたくないのなら…」
 誰しも言いたくない事の一つや二つあるだろう。だが、ユノスは口を開いた。
 「私、兄が一人いるんです。それから、お姉さん代わりの人も……」
 「お姉さん代わり…ですか?」
 クレスの問いに、ユノスは小さく首肯く。
 「兄の下で働いている人なんです。兄と一緒でとっても優しい人で、お仕事のない
日には私に剣の使い方を教えてくれたり、話相手になってくれたりして…」
 そこまで言うと、ユノスは自らの長い髪をそっと手に取り、少し淋しそうに笑う。
 「この髪も、その人の真似して伸ばしてたんです。その人は少し前に切っちゃたん
ですけどね…綺麗な黒い髪だったのに…」
 その日こそが、今に繋がる運命の始まりの日。その時の事を思い出し、ユノスの表
情が少しだけ険しくなる。
 「う〜ん……。ご主人さまぁ……」
 と、ユノスを膝枕にして眠っていたルゥが、突然に寝言を洩らした。
 「あ、変な事話しちゃいましたね。ルゥちゃん、こんな所で寝ると、風邪ひいちゃ
うよ…」
 「むにゃ……ご主人さまぁ…もうちょっと……」
 軽く揺するが、ルゥの起きる気配はない。
 「しょうがないなぁ……」
 ユノスは苦笑を浮かべると、自分の羽織っていた外套をそっとルゥに掛けてやる。
その様子を見ていたクレアは立ち上がり、氷の大地亭の方へと歩きだす。
 「あ、クローネさんにお願いして、毛布を借りてまいりますわ。ついでに皆さんで
飲むお茶でも…」
 クレアが去って少しして。
 「ナイラさん、今頃どうしてるのかなぁ……」
 ユノスは満天の星空を見上げ、小さく呟いていた。
第3話へ続く
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