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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第2話 嵐の前の……(その4)



Act7:予感

 「そうか…。まだ見つからぬか……」
 そう言ったのは、一人の影。辺りを包む夜の闇より黒い全身鎧をまとっているか
ら、顔や性別は分からない。声の調子から、男性であろう…と予想できるのみだ。
 「は。ですが、ディルハムどもも未だ見付けておらぬ様子…。奴らよりは早く捜し
出してみせます」
 男に答えるのは、片膝を着いた影。ヴァストークの『忍』の如き覆面を付けている
から、こちらの顔も分からない。声の調子と体のラインから、女性と判断する事は容
易であったが。
 しかし、その女性の言葉に、男は小さく首を振る。
 「いや、連中は既に二度目の襲撃で目標を見付けている。三日ほど前に兵卒級が一
体消された故、今は慎重になっているようだがな……」
 その言葉に、絶句する女性。三日前に兵卒級ディルハムがこの街に来た事は噂で
知っていたが、事態がそこまで切迫しているとは思わなかった。
 認識の甘い自分に怒りを感じたのか、覆面の下、小さく唇を噛む。
 「数日のうち…そうだな、最短で一週間と言った所か…。一週間後には、奴らの主
力がここを襲うだろう。我らが王は大分錯乱なさっているご様子だからな……下界の
民の街を一つ滅ぼすなど何とも思われまい」
 男は夜空を見上げ、誰ともなくそう呟く。その声の調子は、自らの主の事を語る時
に相応しい口調ではない。
 ごぅ…ん……
 その足元が、唐突に揺れた。このユノス=クラウディアの街を襲っている、群発地
震だ。
 「時間も手数も圧倒的に足りんか……」
 先程の不機嫌そうな口調ではなく、極めて真剣な口調で呟く。それ程までに、彼ら
の事態は逼迫していたのだ。
 「では、私は『王国』に戻らねばならん時間のようだ」
 男は『時計塔』を一瞥すると、彼の後に控えていた巨大な鋼鉄の塊に飛び乗った。
掛かっていた手綱を取ると、塊が折り畳んでいた巨大な鎌首を持ち上げる。
 そこに生まれたのは、分厚い鎧をまとった、龍。
 「とにかく、私が信頼できる部下はもうお前しか残っていないのだ。頼むぞ、ナイ
ラ!」
 「はっ!」
 そして、龍に乗った騎士は夜の空へと飛び立って行った。


 「例の覆面の女らしい人影を見ただと? 何時、何処でだ?」
 ふと呟いたシュナイトの言葉に、カイラは思わず大きな声を上げていた。
 「何時って…今日の昼だよ。例の『時計塔広場』だっけ。そこでちょっとね、それ
らしい人に……」
 物凄いカイラの剣幕に、思わず圧倒されてしまうシュナイト。半歩下がったところ
で思わずぶつかった酒場のテーブルが、がたんと揺れる。
 「そうか。だが…」
 ちらりと、背後を見遣るカイラ。
 「この不届き者に正しい人の道を説いてやらねば……」
 そこにはアズマが正座して(させられたとも言う)座っていた。カイラは覗き行為
をしていたアズマに、全開で説教をぶちかましていたのである。
 「いや、カイラさん…。俺の事はいいから、自分のやりたい事をしなよ…」
 魔法だとか打撃だとかネコ缶だとかの直撃を受け、ボロボロになっているアズマは
小さな声でそう言う。
 だが、それは墓穴だった。
 「やりたい事を……だと?」
 カイラはむこうに向けていた顔をギリギリとアズマの方へ動かし、当たり全てを灼
き尽くすような鋭い視線をアズマへと叩きつける!
 「そう言う気持ちで行動するから、覗きなどするのだっ! お前! そこへ直
れっ!!!」
 既に直っているのだから、これ以上の直りようは無いのだが…アズマはそれにツッ
コむ気力も残っていない。
 「だから、あれは不可抗力だってさっきから…」
 「口答えするなっ!」
 延々と続く説教。まだ、数時間は止まる気配はないだろう。
 その傍らでは、ラーミィやクレアが心底困ったような顔でアズマを見つめている。
 「災難だな、アズマ君も……」
 そんな光景を見遣り、シュナイトは小さく肩をすくめた。


 龍に乗った黒鎧の騎士を見送った後。
 「盗み聞きとはタチが悪いな……」
 ナイラは持っていた長剣の柄に手を掛け、闇の中へと声を放った。
 「おや……盗み聞きするつもりは無かったのですが。もし失礼と感じたのであれ
ば、ご容赦を」
 響く、優雅な声。
 それと共に、闇が、動く。
 いや、その表現はおかしいのかもしれない。青年…シークの髪の色は闇の中でも映
える白銀だし、肌の色は闇と最も対極に位置する色…白なのだから。
 しかし、青年の存在は紛れもなく…『闇』
 「まあ、いい。聞かれたのであればしょうがないからな。…それで、ここで何をし
ていた?」
 相手の正体が分かったからだろうか? シークが呆気に取られる程にあっさりと、
ナイラは戦闘体勢を解いた。
 「何……ですか?」
 ナイラのその問いに、シークはくすりと笑う。
 「ここからの街の眺めは最高でしてね……この景色を肴に、ワインでも飲もうかと
思っていたのですよ」
 彼の言う通り、この『時計塔』からの眺めは良い。屋根の上だから知っている人が
少ないだけで。
 シークはどこからともなくワインの瓶とワイングラスを取り出す。ワイングラスの
数は一つではなく、何故か…二つ。
 「宜しければ、貴女もいかがですか?」
 ワインの瓶とグラスを器用に持ったまま、シークは優雅に一礼を返した。

 「一人……という訳では無かったのですね」
 ワイングラスをのんびりと傾けつつ、シークは傍らの女性に声を掛けた。
 「? 一人だと何かあるのか?」
 「いえ。貴女のように美しい女性がどうして孤独な戦いを繰り広げているのか…と
思いまして」
 そう。
 シークはまさか覆面を取りはしないだろう…などと思っていたのだが、ナイラは
あっさりと覆面を取っていたのだ。理由は特に問わなかったが、ナイラの表情は「こ
んな物を付けていたら酒など飲めないだろう?」と如実に語っていた。
 覆面をしていたのは特に顔を隠す…という意味ではなかったのだろう。
 「美しい……、か」
 こちらもワイングラスを傾け、ナイラは小さく呟く。その横顔は短めの黒髪と合わ
せ、憂いを帯びた、静かな美しさを湛えていた。
 そのナイラの顔を見たシークの脳裏に、一人の少女の姿がよぎる。少女の黒い髪は
長かったが…
 (似ているといえば似ている……か)
 「?」
 と、ナイラがシークの方へと意味ありげな視線を送り、小さく笑みを浮かべる。
 「ふっ………今日は千客万来だな」
 「全く、野暮な連中ですよ…」
 二人のもとに、二つの気配が近付きつつあった。


 目の前に現われた男の子は、ナイラに向かっていきなり土下座した。
 「僕の出来る事なら何でもしよう。それで僕のした事が償えるとは思わないが…」
 真剣な口調でそう言い、ユウマは再び頭を下げる。
 「……? 何をしているのだ、お前は?」
 突然の事に呆気に取られているナイラ。その彼女に、男の子と一緒に現われた少女
…クリオネが表情も変えずに口を開く。
 「こういう時は、とりあえず相手を立たせるのが礼儀だと思うのだけど?」
 「そうなのか?」
 ナイラに困ったような視線を投げ掛けられたシークも、無言で「そうですよ」と答
える。
 「この辺りの風習はよく分からんな…」
 クリオネのアドバイスに首を傾げつつ、ナイラはユウマを立ち上がらせた。
 「で、お前は私に何の用なのだ? それに、私はお前に償われるような事をされた
覚えはないが……」
 「だから、この間……」
 そこまで言って、顔を真っ赤にして口篭もるユウマ。
 先日の事件の事を思い出した事と、目の前の美しい女性の姿。その途端に、ユウマ
の口調がどもり始める。
 「そ…その……」
 現場にいたシークはその原因を思い出したらしい。小さく苦笑し、傍らで首を傾げ
ているクリオネにも教えてやる。
 「ナイラさん。ユウマ君はね、キミの胸を触った事でこんなに悩んでるそうよ?」
 「ああ、その事か………」
 ようやく合点がいったらしい。というか、今の今まで忘れていたのだろうか。
 「あの時は取り乱してしまったが…私は既に女を捨てた身だ。お前が気にする必要
はない」
 「だ、だが…それでは僕の気持ちが納まらない。何か手伝える事はないか?」
 なおも食い下がるユウマ。今は下を向いているから、どもる事はない。
 「そうだな………」


 「人探しだと?」
 「そうだ。人を一人、捜してもらいたい。この娘だ」
 怪訝そうなユウマの声にナイラは首を縦に振り、彼に一枚の紙を手渡す。
 「この人を見付けてどうするんだ? まさか……」
 紙を一瞥したユウマの口調が、にわかに真剣味を帯びた。悪事の手伝いだけは、い
くら償いの為とは言え出来ない。
 「? お前の思っている通りだったらどうする?」
 ナイラの瞳がすぅっと細くなり、ユウマを見据える。
 「この場で君を斬って、僕も命を絶つ」
 単純明快。
 あまりにもまっすぐで真剣な少年の言葉に、ナイラはふっ…と、その肩の力を抜い
た。
 「私の任務はそのお方を見付けだし、ディルハムどもから護る事だ。それ以上で
も、それ以下でもない。少なくとも、お前達に敵対する行為になる事はないだろう」
 「保障はあるの? キミが本当にその人を護るという、保障が。それに、キミ達の
正体も私達は全く知らない」
 今度はクリオネだ。だが、この疑問はこの場にいる全ての人間が少なからず思って
いる事だった。
 長い剣を携えた女性に、3人の視線が集まる。
 「そこは私を信じてもらうしかないな。それに、私達の事を語るのは私の仕事では
ない」
 「随分と都合の良い話ね…」
 呆れたような、クリオネの声。
 「都合の良い話だというのは分かっている。だが、それでも協力してくれるという
のならば、三日後の晩、またここに来て欲しい」
 またもや揺れる地面を一瞬だけ見遣り、ナイラは深刻な口調で続ける。
 「どちらにせよ、時間は残されていないのだ……」
 そこまで言うと片手を上げ、自らの鋼鉄の獣を呼び寄せた。
 わずかな時間で目の前に現われた巨大な猿にひらりと飛び乗り、一瞬でその場を離
脱する。
 「一週間後にはここの街はディルハムの大部隊の襲撃を受けるはずだ。私の話を信
じるか否かは別として、この事だけは心に留めて置くがいい。さらばだ!」
 残された3人に、その言葉を残して。


 「で、あの人は君に何を渡したの?」
 クリオネはそう言うと、ユウマの手元を覗き込んだ。
 彼が渡されたのは、一枚の紙だった。妙にすべすべした質感を持つ紙で、明らかに
普通の紙や羊皮紙の類ではないと分かる。
 「ほぅ……。凄まじく精巧な絵ですね……」
 反対側から覗き込んだシークは、驚いたような声を上げた。
 描かれていたのは、一人の黒髪の少女。どこかの森を背景に微笑んでいるという、
ごくありきたりの構図だ。
 だが、水彩や油絵、版画とも違う技法で描かれている。強いて言えば細密画などが
少しだけ近い気もするが、それでもこれ程に精密な描画は不可能だろう。
 シークの知識を持ってしてでも、このような絵に該当するものは存在しなかった。
 「けど…この娘って……」
 クリオネが小さく呟く。
 その紙に描かれた少女がナイラの探している少女で正しいのならば……この場にい
る全ての人間が、その少女を知っている事になる。
 「だが、まだユノスには言わない方がいいだろうな…」
 そう。
 そこに描かれていた少女は、ユノス=クラウディアであった。
続劇
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