-Back-

読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第2話 嵐の前の……(その2)



Act3:焔鎮め

 「ご主人さまぁ。温泉って……これ?」
 ユノスの腕にしがみ付いたまま、ルゥは少しがっかりした声でそう言った。
 「う〜ん……。そうねぇ…」
 そのルゥの声に、ユノスも少し間の抜けた相槌を打つ。
 まあ、ルゥががっかりするのも無理はないだろう。まだ工事も始まっていない温泉
は、ただ湯気が立っているだけの池にしかすぎないのだから。
 当然ながら見ても面白くも何ともない。
 「あ、ご主人さまっ! あっちの方が面白そうだよっ」
 既にルゥの注意も別の所に移っているようだ。気紛れな少女の反応に、ユノスもや
れやれ…と嬉しいような困ったような、複雑な表情を浮かべる。
 「そうね…。あっちの方に行ってみましょうか…」


 「ポッケに任せたぁ? 大丈夫なのかよ……」
 給仕の手伝いに入ってきたアズマは、ラミュエルからそう話を聞くなり呆れた声を
出した。
 「クローネさんは『まあ、いいんじゃない? あの迷惑な間欠泉を何とかしてくれ
るんなら』って言ってましたけど…」
 アズマはあの珍獣の性格を良く知っている。まあ、この氷の大地亭を一人で仕切っ
てきたクローネがそれほど間違った判断や賭けに出るとは思えないが……。
 「アズマさんは今日はお休みなんですよね?」
 ラミュエルの問いにアズマは首を小さく縦に振る。
 「あ、はい。ちょっとラーミィと人探しに……」
 行方不明になった兄。その兄を探す事は、アズマが旅に出た目的の一つだ。外では
既にラーミィが待っている事だろう。
 「見つかるといいですね、その人」
 心配そうなクレスにも、アズマは小さく首肯いた。
 「ええ」
 本当に真剣な表情で。


 凄まじいスピードで生け垣が刈られていく。
 「そんなにわしの仕事が珍しいかのう……?」
 「うん。すごいねぇ」
 男の声に、ルゥは感心したように首肯く。
 「ご主人さまもすごいって思うよね。ね?」
 「え、ええ……そうね」
 男の「ほぅ…。おぬしら、そのような関係なのか…」というカンジの視線にジト汗
を流しながら、ユノスも適当に相槌を打った。
 「まあ、これがわしの仕事じゃからな」
 そう言いつつも、男の声は何だか嬉しそうだ。自分の仕事である『庭師』に誇りと
自信を持っているのだろう。彼の生け垣を刈る手は、この地震の中でも乱れる事はな
い。
 「仕事……ですか…。凄いですね、ガラさん…」
 「に? ご主人さま、どうかしたの? 今日のお仕事はご主人さまもユノスもお昼
からだよ?」
 何か嫌な事を思い出したらしいユノスに、ルゥは心配そうな声を上げた。ルゥはそ
ういう関係(謎)になってからは常にユノスと一緒にいるので、ユノスの喋り方一つ
で感情の変化も大体分かるようになっていたのだ。
 「ん? 何でもないよ、ルゥちゃん」
 そう言いながら「よしよし…」とルゥの頭を撫でるユノス。二人の様子を見て「や
はりこの二人…」などと男…ガラは思ったが、さすがに口には出さなかった。
 「そうじゃ。いい機会じゃから、わしの取って置きの必殺技を見せてやろう!」
 その場の雰囲気を一変させようというのか、ガラは剪定バサミをヌンチャクのよう
に動かして植木を刈り始める。
 うなる剪定バサミ!
 「わぁ、すごいすごい!」
 ルゥが歓声を上げた一瞬の間に、植木は謎の物体の形へと剪定されていた。まるっ
こい胴体に小さな手足の生えた幻獣『ぷりん』の姿へと。
 「ぷりん植木、フィニイッ………」
 すぽっ………。
 最後にかっこいいポーズを決めようとしたガラ。だが、地震の揺れで手が滑り、肝
心な所で剪定バサミがすっぽ抜ける。
 がす。
 「ド突かれたのが柄の所でよかった…」と思いつつ。そしてユノス達の呆気に取ら
れた視線を一身に受けながら。
 ガラは燃え尽きたボクサーのようにくずおれていった…。
 そんな、のんびりとした…少なくとも呑気な時間。三人の背後の温かい池から、一
本の水柱が勢い良く吹き上がった。すっかり地震と並んだ名物となってしまってい
る、間欠泉だ。
 打ち上げられた温水が、通り雨のように辺りに降り注ぐ。
 だが、そののんびりとした時間を打ち砕くかのように。
 少女の悲鳴があたりに響き渡った。


 「知らないねぇ……。そういう人は…」
 「ごめんね、力になれなくて…」
 「悪いな。他ぁ当たってくれるか?」
 ………。
 「これで……100人目かぁ」
 ラーミィは公園のベンチに腰掛け、ほぅ…とため息を吐く。
 大方の予想通り、アズマの兄探しは一行に手がかりが掴めなかった。今日こそは何
か手掛かりが…という希望も、既に地震で揺れる地面のように不安定な物となってい
る。
 「まあ、それほど期待はして無かったけどな」
 そう言うアズマの声はごく軽いもの。本当に期待はしていなかったらしい。
 「アズマ。そろそろ探しに行こっか?」
 「無理しなくっていいぞ。今日は一日休み貰ってんだから」
 ラーミィはひょいと立ち上がると、アズマの腕を取って強引に立ち上がらせる。
 「大丈夫だってば。それよりも丸一日あるんだったら、沢山人に聞いてみないと。
ね?」
 にっこりと笑ったラーミィに、アズマは苦笑しつつ首肯く。
 「あ、ああ……そうだな…って、ラーミィ」
 「ほら、今度は市場の方に行ってみようよっ」
 どさくさに紛れて腕にしがみ付いてしまったラーミィに半ば困惑しながら、アズマ
達は再び街中へと歩き始めた。


 頭の上から降ってくる水…雨。
 「嫌……」
 『そいつ』から呼び起こされるのは、断片的なイメージ。
 落ちてくる石。血だらけ、泥だらけの自分。そして、失われていく暖かさ………
『命』
 「嫌…嫌ぁ……」
 うずくまったまま、少女は小さくかぶりを振る。
 そのイメージを繋げたくない。忌まわしい出来事を思い出したくない…。
 オモイダスト、コワレテシマイソウニナルカラ。
 「ルゥちゃん……」
 その時。
 ルゥの小さな頭が、優しく抱きしめられた。
 「ご主人……さま?」
 ユノスの、暖かい手で。
 「もう、大丈夫だから。恐がらなくっても、いいよ」
 ふと我に返って自分を見るルゥ。濡れたはずの服も乾いているし、間欠泉も吹き上
がっていない。
 自分は夢でも見ていたのだろうか?
 「そろそろお昼だけど、お仕事は…今日はお休みする?」
 街の名物である『時計塔』から、お昼を示す鐘の音が聞こえてきた。もうすぐ、ユ
ノスやルゥも仕事に入らなければならない。
 「ううん。もう、大丈夫だよ」
 心配そうなユノスに、ルゥは少し疲れた声で返事を返した。


 「デートかい? お熱いねぇ……」
 果物屋のキープは、目の前の二人組に向かってそう声を掛けた。
 「デ…デートに…見えますかね、やっぱり…」
 二人組の男の方…アズマは顔を真っ赤にしているだけ。年頃の男女がこうやって歩
くって言うのは、もしかして『デート』になっちゃうのかなぁ…と思い始めた矢先の
ツッコミだったのだ。焦るのも無理はないだろう。
 「あ、あのね、アズマのお兄さんを探してるんだけど…」
 こちらも焦りつつ、アズマの兄の特徴を果物屋のオヤジに話すラーミィ。
 「ふむ……。クローネさんからも聞いてはいるが…強そうなデカい兄ちゃんっての
は沢山いるからなぁ…。見てるのかもしれんが、分かんねぇなぁ…」
 しかし、オヤジの返事も今までに尋ねた人達とあまり変わるものではなかった。
 「そうですか…。それじゃあ、もうちょっと探してみます」
 「ああ。俺もお客さんとかにそういうのがいないか、確かめてみるわ」
 歩いてすぐの所にある『時計塔』からの鐘の音が響く中、アズマとラーミィは市場
の喧騒の中へと姿を消した。


 「ふむ……」
 一人になったガラは、何か考え込むような声を漏らした。
 無論、考え事をしていても剪定バサミを動かす手は止まらないし、寸分とズレる気
配もない。剪定バサミにド突かれたコブは、ユノスが帰りぎわに治癒してくれてい
た。
 (あのユノスという娘……)
 水を被ったルゥという娘の態度は問題ない。何か嫌な思い出でもあったのだろう
し、彼もそんな事を詮索するほど野暮な男でもなかった。しかし…
 (間欠泉をあのようにたやすく制圧するとは……)
 吹き上がる間欠泉を、短い呪文一つでいとも簡単に鎮めた少女…ユノス=クラウ
ディア。吹き上がった温泉を魔術で抑えるという事は、言う程に簡単な事ではない。
 ぐらぐら
 そして、この異様な頻度で群発する地震。
 (少し、調べてみる必要があるのう……)
 ガラは言葉も放たず、金の瞳で青い空を見上げる。
 刈っていた『ぷりん植木』は、すでに普通の植木へとその姿を戻していた。


Act4:一日目の終わりに


 「ふぅ……。やっと終わったようですね…」
 「ええ。夜はゆっくり眠れそうですね」
 クレスは小さくため息を吐いた。その隣で小さな動物…アキヤマネのミューの背中
を撫でていたラミュエルも、ほっとしたように答える。
 「すいませんね……」
 そう謝ったのは、カウンターで水割りを飲んでいたレディンだ。仕事の後の一杯を
やりにきたガラをとっ捕まえて、ブラックジャックなんかをやっている。
 「工事自体はもう終わったので、明日はもうあんなにうるさくありませんから」
 そう。クレスやラミュエル、後は氷の大地亭のお客さん連中に軒並み迷惑を掛けて
いた謎の騒音の正体は、温泉浴場の工事だったのだ。
 「あら…もう開業出来るんですの?」
 三つ編みの先に付いている髪留めにじゃれ付くミューを引き離しながら、ラミュエ
ルが少し驚いたように呟く。
 「ええ。ああいう作業は精霊魔法を補助に使いますから。速いですよ」
 レディンはギャンブル仲間である大工ギルドの親方の受け売りを話す。あまり知ら
れてはいないが、精霊魔法を工業に応用するのは昔からの技術だという。金属加工業
には火、酒造業には水…といったふうに。
 それに応じたのはクレス。
 「だったら、音の方も何とかして頂けないでしょうか…」
 今日は本当にうるさかったのだ。お客さんからの苦情も相次いだし、彼女自身も何
度工事現場に文句を言いに行こうと思ったか分からない程に。
 「そうですね。明日にでも親方に話しておきましょう」
 と、次の声は、唐突に響いた。
 「ふふふ。余所見をしておる暇などあるのかのう?」
 「おや……」
 気が付くと、ガラの方が勝っているではないか。
 「有閑貴族相手に鍛えておるからな。わしは強いぞ」
 「では、もう一戦お願いできますかな?」
 ギャンブラーの血が騒ぐとはまさにこの事。レディンはカードを受け取ると、手際
よく切り始めた。


 「ねえ、ご主人さま……」
 酒場の床をほうきで掃きながら、ルゥは小さな声でユノスに声を掛けた。
 「ん? 何……?」
 ユノスは布巾でテーブルの上を拭いている。その手を止め、ルゥの話を聞くために
こちらを向く。
 「……ううん。何でもない」
 その言葉にユノスは特に問いただそうとせず、テーブルを拭く作業を再開した。彼
女にはルゥが何を言いたいのか何となく分かってはいたが……別に急かすような事で
もない。
 「それから…今日は心配掛けて、ごめんなさい」
 ルゥはそれだけ言うと、再びホウキを動かし始めた。


 「そう…。お兄さんの手がかりはなかったの」
 カウンターでコップを洗いながら、クローネは残念そうにそう言った。
 「ええ。まあ、クローネさんの情報もなかったし、期待はしてなかったですけどね
…」
 一方のアズマはカウンターに座ったままそう答える。ちなみにラーミィは喋り詰め
で少し疲れたらしく、自分の部屋に戻っていた。
 「この半年も、あたしなりに探してはみたんだけどねぇ」
 アズマは半年ほど前にも一度、このユノス=クラウディアの街を訪れた事があった
のだ。クローネはその時に話を聞いてから、情報を集めようとしていたのである。
 「さて……」
 街の名所『時計塔』から、夕方の鐘の音が聞こえ始めた。これからが、酒場の忙し
くなる時間だ。
 「掃除終わったよ〜」
 ルゥとユノスもホウキや布巾を抱えて戻ってきた。ラミュエルやクレスの休憩も、
そろそろ終了する頃だ。
 「今日も一日、よろしく頼むよ、みんな」
 夜は、これからであった。


 大地が、揺れる。
 だが、青年は一人、分厚い書物の頁をめくるのみだ。
 夜は長い。何やら騒音の激しかった昼間と違って静かでもあるし、階下の酒場の馬
鹿騒ぎも『時計塔』の深夜の鐘と共に一段落着いたようだ。
 書物を紐解くにこれほど都合の良い時間もなかった。
 「ふむ………。本当にこの説が正しいとする…と…」
 彼が読んでいるのは、地形…それも、火山活動に関するもの。そして、傍らに置い
てあるのはこの辺りに伝わる伝説の本だ。
 昼間出歩かない彼は、同じ夜の住人たる知り合いに頼んで何冊かの本を借りてきて
貰ったのである。
 ごぉぉ……ん…
 また、揺れ。
 活発な火山活動は、往々にして激しい群発地震を引き起こす。その結末は大抵の場
合……
 「我々はこんな事をしていていいのか? 本当に…」
 形の良い眉をひそめ、青年……シークウェル・ヒュークリスは一人、そう呟いた。


 夜は更けていく。
 僅かな者しか気付かぬ、終末への道程を刻みつつ。
続劇
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai