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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その5)



Act8:反撃

 「ラーミィの奴……やっぱ来ちまったか…」
 目の前の相手を金と銀、二つの色を持つ瞳で見据えながらアズマは小さな声で呟い
た。
小さな頃からずっと一緒にいた彼女の事だ。来るだろうという確信はもちろんあっ
たし、そんな時にどうするかもちゃんと考えていた。
 だが、時には彼も誤算をしてしまう。
 目の前の相手は、逃げられるような相手ではなかったのだ。
 ぎぃ………
 その呟いた一瞬の隙をついて放たれる、フル=プレートの一撃。足元から振り上げ
られたその一撃はすでに斬撃というレベルの物ではない。石畳を粉々に吹き飛ばし、
その欠片をも巻き込んだ衝撃波の塊を、果たして斬撃と呼ぶだろうか。
 すでにフル=プレートとアズマの戦闘半径内には、綺麗に整備されていた頃の石畳
の痕跡すらなかった。
 「ちっ…!」
 もう回避して間に合う間合ではない。小さく舌打ちをし、アズマは持っていた巨大
なブーメランで襲い来る破壊の奔流を強引に薙ぎ払う!
 「はぁぁぁぁっ!」
 ブーメランを構成する漆黒の力晶石に宿らせた光剣の輝きが消えぬうちに、アズマ
は衝撃波で僅かに痺れた腕を動かし、ブーメランを放った。
 アズマの持つ力晶石のブーメラン『ライトニングホーク』が光剣の輝きを放つ時
は、オーガ…いや、ストーンゴーレムの岩石の体すら容易に切り裂く程の威力を見せ
る。その必殺の一撃が……
 受けとめられた。
 からん…と、妙に空虚な音を立て、漆黒のブーメランがフル=プレートの足元へと
落ちる。
 だが、そのような事はアズマの予想の範囲内の出来事にしか過ぎない。アズマの真
の狙いは、ブーメランを叩き落とすために伸ばされた、フル=プレートの『腕』。
 いつの間に回り込んだのか、フル=プレートの懐にまで接近したアズマが不敵な笑
みを浮かべ、叫ぶ。
 「その腕、折らさせていただきますっ!」
 『黒き雷獣』の異名で呼ばれたもと剣闘士の、必殺の『骨折り宣言』が、厚く立ち
こめた霧の中に響き渡った。


 「戦わない理由? 簡単な事だ。芸術品に傷を付けるような野暮な事はしたくない
んでね」
 ハルバードの暴風のような斬撃を柳のごとき優雅さで受け流しつつ、シークはそう
返した。
 もちろん返した相手は無口で無愛想な『歩くプレートメイル』ではない。シークと
共に『歩くプレートメイル』の斬撃を躱している覆面の影…ナイラに向かってだ。先
程上から降りてきたのだが、ハルバードとは相性が悪いのか苦戦を強いられていた。
 「芸術品? この世界の芸術がどういうものか分からないが……ディルハムに芸術
的価値などないぞ?」
 シークの台詞にいちいち真面目に返すナイラ。だが、その台詞にシークはすぅっと
瞳を細める。
 「おや? この辺りでは見た事もない様式だから貴重な物かと思っていたら……違
うのか?」
 「ああ。外装部品だけならば城にいくらでもあるしな」
5mはあろうかというハルバードの斬撃に邪魔されて剣を抜くチャンスがないナイ
ラは、少しつまらなそうに返事をした。ハルバードは突く・斬る・薙ぎ払うの3つ
の攻撃を自在に行なう事が出来る変幻自在の竿状武器だ。常人ならともかく、力の
ある相手が使うととんでもない武器に化ける。
 たとえば、『歩くプレートメイル』のような。
 「ならば、女性の手を煩わせることもないでしょう。奴の相手は不肖、この私めが
…」
 シークは相変わらずハルバードの斬撃を避けながら、まるで宮廷にいるかのような
冗談めかした台詞を放つ。
 「しかし、貴女のお相手をする者が居なくなってしまいますかな?」
 「……別に構わない。それに、今気配が幾つかこちらに来ているしな。暇な誰かが
私の相手をしてくれるだろう」
 それはシークも感じていた。一つがごく近く、そしてそこから少し離れた所に、
みっつ。
 「では……」
 そう言うと、シークはハルバードの斬撃を避ける事をやめ、襲い来る鋼鉄の暴風に
その身をさらす。
 次の瞬間。
 ガキィッ!
 鋼鉄の暴風が、止まった。
 細く鋭い『針』に貫かれ、関節を封じられて。
 「私に敵対する以上、貴方にはここで滅んでもらおうか」
 ナイラに向けていた呑気な声とは次元すら異にする、凍てつく程に冷たい声で、青
年は小さく言葉を放った。


 ぎぃぃ……
 目の前に迫った槍の穂先を静かに見つめつつ、クリオネは風の結界に注ぎ込む魔力
を増した。
 だが、目の前に迫ったフル=プレートの槍は、弾き返される気配を見せない。それ
どころか、風の結界を貫かんばかりの圧倒的な力を加えてくる。
 疾風の中だというのに霧が少しずつ濃くなり始め…
 キ…ィン!
 そして響く、澄んだ音。
 その音こそ、クリオネとフル=プレートの槍を隔てていた、風の結界の打ち砕かれ
た音だ。
 しかし、彼女に死を運ぶと思われていた鋼鉄の槍は、彼女のほんのすぐ目の前で止
まっていた。
 クリオネの再び展開した、新たな風の結界に阻まれて。
 「おかしいなぁ……?」
 絶体絶命…いや、死亡必定の危機だというのに、クリオネの口調は普段と少しも変
わらない。いや、常人から見れば、発狂したのかと思えるのかも知れなかったが。
 何しろ、何もない空間へと声を掛けているのだから。
 「お前なぁ……。もう少しで死ぬところだったんだろ…。少しは焦れ……」
 しかし、彼女の声を掛けた所には、常人には見えないある『もの』が、いた。
 「別に君の力を疑ってるわけじゃないわよ。ディルド」
 ディルド…彼女の相棒である、風の精霊だ。ユノス=クラウディアに入ってから姿
を消していたのだが、ようやく彼女の所へ戻ってきたのである。
 「けど、今の結界でもあんまり持たないぜ。どうやらあのデカブツ、空気の流れに
対する加工がしてあるみたいだしな!」
 ディルドの言う通り。一時は離れるかに見えたフル=プレートの槍は、再びクリオ
ネの目の前に迫りつつあった。
 「で、どうするんだ? あ、俺の力なんて当てにすんなよ。お前にやった力でもう
全部なんだからな」
 「分かってるわよ。作戦も考え済み。結界を解くわ」
 そのあまりの指示に、ディルドはなかば唖然としつつ、反論を返す。
 「な……。いくらお前の力が『自動的』とは言え……死ぬ気か、お前!」
 だが、クリオネは小さく笑みを浮かべるのみ。
 「まだ死ぬ気はないわ。ただ、この結界は『あの人』の邪魔になるだろうから…
…。それに、今の私とキミだけじゃこいつには勝てないしね。何か意見は?」
 「……ったく…心配する方の身にもなってみろよ」
 渋々といった風で、ディルドはクリオネに了承の意を返す。
 僅かな間を置いて……
 「今よっ!」
 誰に向けたとも知れぬクリオネの声と共に、風の結界が解除された。クリオネの目
の前に迫っていた槍が束縛から解き放たれ、目の前の少女へと襲いかかる!
 そして、エレンティアの少女の目の前は、真紅に染まった。
 「ヘルズ…ダァァィブっ!」
 遥かな天空より舞い降りた神速の戦乙女…ジェノサリア・ヴォルクの巨大な紅き翼
によって。


 ユノスとクレスは氷の大地亭のさして広くもない庭を逃げ回っていた。フル=プ
レートの動きはそれなりに迅いが、軟らかい芝生の上を歩くようには出来ていないら
しく、クレス達でもとりあえず何とかなっていたのだ。
 だが、世の中そう上手く出来ている訳でもない。
 「きゃぁっ!」
 何の事はない、ユノスが芝生に足を取られてしまったのだ。
 「ユノスさん!」
 転んでしまったユノスを助けるべく、彼女の所へ駆け寄るクレス。
 「クレスさん、今のうちに誰か呼んできてっ!」
 「え、けど……」
 当然ユノスを見捨てるわけにはいかない。しかし、このままでは二人ともフル=プ
レートの斧…幸いにも、まだ構えられてはいないが…の餌食になってしまうだろう。
 (こうなったら…仕方ありませんわね………)
 クレスの決断は早かった。
 大きく息を吸い込み、悲鳴を上げようとしたのだ。
 たかが悲鳴と馬鹿にしてはいけない。プロの女優…発声のプロの本気で出す悲鳴で
ある。その悲鳴の到達半径はユノス=クラウディア全域に届く可能性だってあるの
だ。無論、そんな無茶な発声をした後の喉は、当分は使いものにならないだろうが…
…。
 しかし、大きく息を吸い込んだ所で、クレスは見た。
 綺麗な放物線を描き、宙を舞う一つの空缶を。霧の中というのに、徳用サバとか書
いてあるラベルまではっきりと。
 かぁぁぁん…………
 のんきな音を立てて空缶はフル=プレートの兜に当たり、ノーダメージで跳ね返る。
 どがぁぁぁっ!
 だが次の瞬間、フル=プレートは庭の生け垣の所まで弾き飛ばされていた。
 「ご主人さまっ! 大丈夫っ!?」
 「ルゥちゃん!」
 屋根の上からフル=プレートに体当たりを掛けた猫耳の少女に、ユノスは思わず抱
きついていた。


Act9:動乱の夜(その2)

 「貴様等は……やはり滅ぼさねばならぬようだな……」
 ジェノサリアは辺りの惨状を見渡し、そう呟いた。先程二匹目の怪蛇を葬った所と
状況は大して変わらない。こちらの方が、やや転がっている人間の数が多いような気
はするが…そんな事は霧が晴れればはっきりするだろう。
 「とりあず助かったわ。けど…」
 すぐ後にいたクリオネは、そう声を掛けた。その言葉に、ジェノサリアも小さく首
を縦に振る。
 「ああ。まだ仕留めてはいない。さすがに蛇ごときとは違うようだな……」
 ぎぃぃ……
 吹き飛ばされ、半ば石壁にめり込んだ体を起こし、フル=プレートも彼女に対抗す
るべく槍を構える。
 「槍使いか……面白い」
 それに答えるようにジェノサリアも槍を構えた。
 「だが、私は今大変機嫌が悪い。反撃できるなどと思わないほうがいいだろう……」
 顔に浮かぶは、不敵な笑み。
 「手加減はせんぞ! セラフ…イリュージョン!」
 刹那。
 ジェノサリアの姿が、消えた。


 「ふむ……。子供と思ったが……」
 子供の放った黒い斬撃を3mの長い刃で器用に受け止め、ナイラは小さな声でそう
言った。
 一瞬、子供の漆黒の大剣の鍔に付いていた不気味な眼がぎろり…と動き、覆面の奥
のナイラの瞳を捉える。
 霧の中でも輝きを失わぬ、澄んだ黒い瞳を。
 「なるほど。魔剣使い……か」
 彼女達の近くでは前からいる貴族じみた男と新しく来た眼帯を付けた男が、二体の
ディルハムども…この街の俗称では『歩くプレートメイル』というらしいが…と戦っ
ている。どうやら人間達の方は戦いに乗り気ではないらしいが、それでも勝負の結果
は目に見えていた。
 人間側が、少しずつ押し始めているのだ。
 「兵卒級では相手にならんようだな……。伝説も万更ではない…という事か…」
 自分に戦いを挑んできたこの子供ですら、一端の魔剣使い。伝説の地の民の実力を
少し見てやろうと、丁度向かってきた人間…ほんの子供だったが…を相手にしたのだ
が…少し認識が甘かったようだ。
 「勝負中に考え事とは余裕だなっ!」
 その子供の放った声で、別の方向に向かっていた思考を目の前の小さな相手へと戻
すナイラ。この子供ですら、兵卒級のディルハムならば互角に戦うだろうと、思う。
 「隙だらけだぞ! 秘剣・朧三日月っ!」
 だが思考を戦闘へと戻した瞬間には、子供の背丈よりはるかに大きな大剣から漆黒
の衝撃波が放たれていた。
 「ちぃっ!」
 衝撃波を半ば本気で弾き返しつつ、ナイラは自分の考えを完全に訂正していた。
 この子供ですら、兵卒級ならば一蹴するだろう、と。


 「お前……人間じゃないな?」
 ゆっくりと立ち上がりつつ、アズマは言葉を洩らした。
 フル=プレートの関節を極めた瞬間、彼は凄まじい違和感に襲われたのだ。
 コレハ…人間ノ関節デハナイ、と。
 無理に例えるならば、太い針金の束を抱えた時のような金属的な感覚をアズマは感
じたのである。
 「けど、騎士道はあるみたいだな……」
 関節から強引に振りほどかれて弾き飛ばされたアズマが立ち上がるまでの間、フル
=プレートは全く攻撃の意志を見せていないのだ。ただ静かに、剣を提げているのみ。
 「準備はいいぜ、続き…やろうか?」
 だが、フル=プレートは持っている剣を構えようとすらしない。闘気はあるから、
戦わない気ではないのだろうが…
 「? ああ、コレじゃ戦えないよな。すまん」
 思わず苦笑を浮かべ、アズマは十歩ほど横に動く。
 そこに至って、フル=プレートもようやく剣を構えた。迎う相手は、『黒き雷獣』
アズマ・ルイナー、ただ一人。
 「今度こそ……行くぜっ!」
 こうして第二ラウンドは始まった。
 フル=プレートの斬撃の射線上から、戦いを見守る少女の姿を外した状態で。


 「う〜ん………。どうしましょう」
 他の所と違い、ユノス達は大変困っていた。
 対する相手は、戦斧を構えた『歩くプレートメイル』ただ一人。それに引き換えこ
ちらにはクレス、ルゥ、ユノス、そしてユノスを探しにやってきたラミュエルの四人
がいる。
 4対1で戦況が全く変わらないまま、睨み合っているのだ。
 「誰か、戦い方を知っている方は……?」
 だが、ラミュエルの言葉に、返事はない。
 格闘技の出来るルゥに分厚いプレートメイルを貫く程の力はないし、クレスとユノ
スが知っているのは護身術程度。かく言うラミュエルも、今は肝心の槍を持っていな
い。
 「おや? 皆さん、どうかしましたか?」
 と、その深刻な所へ極めて場違いな、あまりに呑気な声が掛けられた。戦いとは最
も縁のなさそうな男、学者バカのフォリントである。
 「フォ、フォリントさん!!! 逃げて下さい!」
 「は?」
 クレスの声に、軽く首を傾げてみせるフォル。その首も、目の前のフル=プレート
の斧にかかっては一撃で撥ね飛ばされてしまうだろう程に細い。
 その声に反応したのか、『歩くプレートメイル』は標的を目の前の優男へと変えた
ようだ。ゆっくりとフォルへ向けて斧を振り上げ……。
 ギィっ!
 一瞬で振り下ろした。
 その衝撃で濃い霧の粒が乱れ、大量の土が舞い上がる。
 「フォリントさんっ!」
 フォルは4人とはフル=プレートを挟んで反対側に立っていたため、状況は全く見
えない。
 だが。
 「はい? 何でしょう」
 濃い霧に紛れて気が付かなかったのだろうか?
 既にフォリントは4人の隣に立っているではないか!
 「ラミュエルさん。食堂に置き忘れてましたよ、槍」
 フォリントの無造作に束ねられた白い髪が、さらに濃くなり始めた霧の中で、僅か
に揺れた。


 「フ……。面白くなってきたな! それでこそ戦い甲斐があるというものだっ!」
 ユウマの方は目の前の剣士の力量に素直に感嘆していた。本気を出せば大木すら容
易に切り裂く『秘剣・朧三日月』を、一撃のもとに弾き返されたのだ。
 「いくぞ、眼魔!」
 魔獣の化身した剣を構え、ユウマは剣士へと打ちかかる。
 既に相手の剣士にも油断はないらしく、小柄な少年の重みに欠ける一撃は軽く受け
止められてしまう。
 だが、通常はないだろう身長の差から出来る、剣士の僅かの隙をユウマはしっかり
と見抜いていた。
 「隙ありっ!」
 その一瞬の隙を突き、剣士の懐へと突っ込むユウマ。
しかし、ユウマの動きはそこで止まった。
 「き…………」 
 無意識の内に突き出した左手から伝わる、異様な感触に。
 「きゃぁぁぁっ!」
 霧深いユノス=クラウディアの街に、絹を引き裂くような乙女の悲鳴が響き渡った。
続劇
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