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−第1話(後編)・Prologue−
 天空を舞う影がある。  今は夜の闇の中に隠れて分からない。だが、輝く太陽の光の下ならばその真紅の翼 が青い空にさぞかし映える事だろう。  影の名は、ジェノサリア・ヴォルク。  真紅の翼を持ったベルディスの戦乙女は足元に広がるユノス=クラウディアの街を 眺めつつ、小さく呟く。  「いたな………」  彼女の瞳が捉えるのは、街にわだかまる霧の塊。その中に在るものこそ、彼女の標 的となる可能性を持つ『モノ』だ。  「悪意は感じない……。しかし、強すぎる力ならば滅ぼさねばなるまいな……」  その霧の一点を見据え、ジェノサリアは一気に急降下を仕掛けるべく身を構える。  「な…に……?」  だが、彼女はそれ以上の行動を行なう事が出来なかった。  足元の街にわだかまる、霧の塊。  その塊の数が、増えていたのだ。  「なるほど……まさか複数いたとはな…。思いもしなかったぞ…」  風になびく銀の髪と同じ色を持った瞳を閉じ、ジェノサリアは街中に点在する霧の 中にある戦いの波動を感じ取ろうとする。  幸いというか何と言うか、最も乱戦と言っていいのは最初に目標としていた霧の塊 だ。  「行くぞ………」  そう言ったジェノサリアは大地の方に向けていた瞳を開くと、ゆっくりと降下を開 始した。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その4)



Act6:前哨

 「あら? キミも夜の散歩に?」
 夜の闇に紛れた少女は、目の前に突然現われた影に向かってそう声を掛けた。
 「なんだ、先客がいたのか」
 声を掛けられた方…まだ子供といえるだろう男の子…は、少なからず驚いたよう
だ。まあ、屋根の上に人がいるだろうなどとはあまり思わないだろうが。
 「丁度いいわ。キミ、どっちがいい?」
 唐突な少女の言葉に男の子は小さく首を傾げる。
 「? 何がだ?」
 男の子の問いに少女は無言で市場の方向を指差し、さらにその細い指を街の中央部
の方へと動かしてみせた。
 二つの方向にあるものは、わだかまる霧。
 「なるほど…そういう訳か」
 「で、悩んでたのよ。どっちにしようかな、って」
 少女の口調からは、あまり悩んでいるようには聞こえない。だが、男の子はその妙
に淡々とした台詞を聞き終えると、小さく笑って一言だけ呟いた。
 「フ……悩んでいる時は、前だけを見るものだ。行くぞ、眼魔!」
 彼が向いているのは市場の方向だ。男の子が走り出すと、傍を飛んでいた小さな魔
物も追従するかのように追い掛け始めた。
 「なるほど。前だけを見ろ…ね」
 すでに向こうの屋根に渡ってしまった男の子の手には、どこから取り出したのか2
mはあるような巨大な剣が握られている。
 「なら、わたしも行くとしますか…」
 少女の正面は街の中央部。
 「ディルドは戻ってくるかと思ったけど…まあ、いいか」
 誰にも聞こえないような声で小さくそう呟くと、少女もまた、まっすぐに走り始め
た。


 「ふぅ……。まさか一人で歩く事になるとは思わなかったな……」
 区画整理されたユノス=クラウディアの街をのんびりと歩きながら、シークウェ
ル・ヒュークリスは少しつまらなそうに口を開いた。が、返事がどこからも返ってこ
ないので、つまらない事この上ない。
 『歩くプレートメイル』の話を聞いてから、誰ともなしに同行者を誘ってはみたの
だ。しかし、「美術品としての価値が分からぬうちは、傷つけてはならない」と言っ
た途端、ほとんどの人間は彼の同行を拒むのであった。
 「まあ、芸術を解さないような輩などこちらからお断わりだが…。しかし…」
 のんびりと歩いているから、まだ『氷の大地亭』の近所の市場である。夕方は賑
わっていたが、深夜になると露店すらも完全に片付けられてしまい、だだっ広い空間
が広がっているのみだ。
 「ユノス・クラウディア。あの娘の反応は……」
 もちろん、彼女も見物に誘ってみた。彼女はこの事件の事を全く知らなかったの
で、説明してやったのだが……。
 「あそこまで嫌がるとは……。嫌われてしまったかな」
 ユノスのあまりにあからさまな動揺っぷりを思い出し、苦笑を洩らす。結局それで
ルゥをも巻き込んだ大騒動になってしまい、夕食の支度にラミュエルが駆り出される
事になっていたのだが…それは彼にはあまり関係のない話だ。
 「しかし、プレートメイルは剣…か」
 シークは考えても仕方のない事を考えるのをやめ、新しい考えを巡らせ始める。芸
術を愛でるシークにとって、まだ見ぬ鎧に対する憧憬はそれなりに深い。無論、それ
を踏まえての感想も既に、ある。
 「剣では面白みがないな……。どちらかと言えば……」
 青年の張りのある声が、霧の漂い始めたユノス=クラウディアの街並に静かに響く。
 「ハルバードの方が絵になるのだがな」
 そして、青年はその歩みを止めた。
 厚く垂れ込めた霧の向こうにある、巨大な影を見据えて。
 「やれやれ……。何もそこまで気を使わなくても……」
 苦笑を浮かべる青年の目の前に現われた『歩くプレートメイル』。分厚い鎧に覆わ
れたその手に握られているのは、究極とも言える性能を持った至高の竿状武器…ハル
バード。
 まさに青年のリクエスト通りであった。


 がしゃん……
 『彼』はそこで、足を止めた。
 霧の中に漂う、強烈な存在感に気付いて。
 「気配を感じたから来てみたら…大当たりだったな」
 その存在感の源……目の前に現われた人間は背中に背負っていた巨大な漆黒のブー
メランを構え、さらに続ける。
 「手合せ、願いたい!」
 それに応じ、『彼』も剣を抜き放った。『彼』も誇り高き武人の一人。真っ向から
勝負を挑まれた以上、答えない訳にはいかない。
 それに、目の前の人間の放つ巨大な闘気は、『彼』が相手をするのに相応しいレベ
ルに達している。
 「ならば……行くぞっ!」
 この相手ならばかなり楽しめそうだ。『彼』もそう思いつつ、少年との間合を詰め
るべく走り始めた。


 「今日は……一緒に寝てもいい? いや、こんなのじゃダメだよね……」
 ラーミィ・フェルドナンドは『氷の大地亭』の廊下で、一人ぼそぼそと呟いてい
た。しかも、少し大きめのパジャマに大きな抱き枕というある意味とんでもない格好
である。
 彼女の目の前の部屋は、『氷の大地亭』の一室…アズマ・ルイナーの部屋だ。
 「ね、ポッケ。これで大丈夫かなぁ……。アズマ、ダメなんて言わない……よね?」
 ラーミィは心配そうに足元のポッケに向かって声を掛けた。
 だが、心配そうな彼女の態度とは対照的に、コダック似の珍獣はちっちっち…と、
あるのかないのか分からないような小さな指を振ってみせる。
 「大丈夫やて。ラーミィの『ソレ』で落ちん野郎はおらん! オレが断言するさか
いにな!」
 そう。昼間にポッケのした『助言』とは…まあ、見ての通りの事…だったのだ!
 なお詳細は自主規制(笑)
 「そうかなぁ……」
 しばらくそうやってうつむいていたラーミィだが、決心をしたのか思い切って顔を
上げる。
 「よし。それじゃ、行ってくるよ」
 そして、ラーミィは扉を叩いた。


 「うに?」
 暗がりの中、少女はベッドの上で丸めていた体を伸ばし、辺りを見回す。鎧戸が閉
まっているためわずかな月明かりしか差し込んでこないが、彼女の猫の瞳にはその光
量で十分だ。
 「ご主人さまぁ…?」
 部屋の反対側にあるベッド…ユノスが眠っているはずのベッド…に誰もいないのを
見て、ルーティアは首を傾げた。
 『ご主人さま』のユノスにくっついて『氷の大地亭』のバイトまで始める事になっ
たルゥは、今までいた客室から使用人室へ移っていたのだ。ちなみに使用人室は二人
部屋なので、ルゥは当然のようにユノスの部屋に押し掛けている。
 「ご主人さまってばぁ……」
 妙に不安になったルゥはユノスの名前を呼びながら、暗い部屋を後にした。


Act7:動乱の夜(その1)

 「どうやら当たりだったようだなっ!」
 3mの巨体から繰り出される斬撃を漆黒の刃で受けとめつつ、シュナイトは叫ぶ。
 『歩くプレートメイル』見物に出掛けた彼の目の前に現われたのは、濃い霧をま
とった巨大な影…『歩くプレートメイル』だった。剣を持っているから例の吟遊詩人
と戦って首を刎ね飛ばされた鎧らしいが、今は首から上もちゃんとくっついている。
 「大将! 一旦離れろ!」
 漆黒の刃から響く声に、シュナイトは反射的に間合いを取ろうと下がった。そこま
で慎重にならなければいけない程の相手では無いはずだが、『彼』の鋭い勘に助けら
れた事は五本の指では足りないほどだ。
 「どうした? 刃でも欠けたのか?」
 しかし、彼の漆黒の魔剣には傷一つ付いてはいなかった。訝しがるシュナイトのそ
のセリフに不満を洩らすかのように、剣から不機嫌そうな声が響く。
 「こんなザコ相手にこの俺様の宿る『シャハリート・封夜』が欠けるかよ…」
 その刹那、シュナイトの刃から漆黒の霧が湧き出し…
 次の瞬間には、一人の少年が現われていた。コウモリのような翼を持つ、『黒』に
彩られた少年が。
 「ちょっと出ようと思ってな。大将、もう遠慮なくやっていいぜ!」
「それだけか、レリエル……ま、いいや。とにかくこいつはこの街の人に随分と迷
惑かけてるみたいだし、倒すだけ倒しとこうか!」
そしてシュナイトは再び剣を構えた。
 天使の名を冠され、夜の天使の宿らせた黒の魔剣『シャハリート・封夜』を。


 「だ…誰だか知らんが助かった。恩に着るぞ…」
 頭から血を流した傭兵の一人がジェノサリアにそう声を掛けた。着ている鎧の紋章
は有名な傭兵団のものだ。
 「別に恩に着る必要はないが……酷い有様だな」
 そのジェノサリアは辺りを見回しながら呟く。
 確かに辺りは酷い有様だった。折れた剣、砕けた鎧の破片、吹き飛んだ兜。霧に覆
われていた先程までならともかく、霧の晴れた今はその惨状が手に取るように分かる。
 「ああ。俺達も『歩くプレートメイル』退治に来たまでは良かったんだ……。何せ
こっちは20人、相手はたった一匹だったんだからな。しかもヤツは人ですらなかっ
たんだぜ? けどよ……」
 冒険者の男は流れ出た血を拭い、そこで言葉を止めた。決して軽傷とは言えない彼
ですら、生き残ったメンバーの中では最も傷が浅い。
 「何人残っている?」
 「ここの後始末が出来る程度には残ってる。アンタは出来れば、『歩くプレートメ
イル』退治に戻ってくれ。街道一の実力を誇る俺達コルナ傭兵団でもこの有様だ。フ
ル=プレート本人に出会ってる連中はどうなってるやら……」
 先程の一方的とも言える殺戮を思い出したのだろうか? 男の口調は重い。
 「分かった。それでは、そろそろ私は次へ行くとしよう」
 「ああ。頑張ってくれよ」
 ジェノサリアは男の言葉を聞くと、『そこ』に突き刺さっていた槍を引き抜いた。
 8mはあろうかという巨大な鋼鉄の蛇の頭蓋を一撃で貫き通した、鋭い槍を。


 「やれやれ。無理な事するから…『剣道三倍段』って言葉を知らないのかしら……」
 霧の中に辿り着いたクリオネは目の前の光景を見て、ヴァストークに伝わるらしい
古いことわざを口にしていた。
 彼女の目の前の通りに広がるのは、無数の冒険者の骸。中にはまだ骸になっていな
い者もかなりあるようだが、戦いに耐えられる者は一人もいないだろう。
 そして、冒険者達の向こうに立つ者は…
 『歩くプレートメイル』
 その鎧は太い槍を片手で構えたまま、こちらを無言で見据えている。
 「生きている人はさっさと逃げなさい。あいつの相手は私がするから」
 生気の篭もらぬプレートメイルの視線を正面から受けとめつつ、クリオネは辺りの
怪我人達にそう言い放った。
 「あんたなんかにヤツの相手が出来るものか! 俺達は30人がかりで勝てなかっ
たんだぞ! 早く逃げろ!」
 だが、一人の怪我人がクリオネにそう叫ぶ。彼女の細い体には、3mを越えんとす
る巨大な全身鎧の相手をする力などあるようにはとても見えなかったのだ。
 「数がいれば勝てるというものでもないでしょうに…」
 クリオネは琥珀の瞳でその男をちらりと見遣った。深い神秘的な光を湛えた、精霊
の血を秘めたその瞳で。
 男は一瞬、その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。彼の知る限り、こんな瞳を持
つ一族はたった一つ…
 「あ…あんた、エレンティアか……」
 精霊の血を受けたその種族の名を、呟く。
 「いくらエレンティアとは言え…死ぬぞ、あんた…」
 槍を構え、こちらに向かってくる鎧を静かに見据えたまま、クリオネは一言だけ言
葉を返した。
 「平気よ…。私には平和に生きる資格も、つもりもないから…」

 「あ、やっと見付け…」
 ラーミィはそこまで言って、セリフを続けるのをやめた。
 通りの向こうで『歩くプレートメイル』と戦っている少年の放つ、強烈な闘気に気
付いたからだ。
 ちなみに、ラーミィが部屋を訪れた時にはすでにアズマは部屋にいなかった。ラー
ミィは例の変装セットを即座に着込み(抱き枕の中に隠していたのだ)、決死の大追
跡作戦を開始していたのである。女の勘かはたまた愛のパワーか、アズマを見付けた
のは追跡行を開始してから10分ほどであった。
 「アズマ…凄い本気だ。剣闘士の頃にもあんなに本気になった事ないのに……」


 「あ、ラミュエルさん…。あのね、ご主人さま、知らないかなぁ?」
 ユノスを探しに階下まで降りてきたルゥは、台所で翌日の仕込みをしていたラミュ
エルを見付け、そう声を掛けた。
 「ユノスさん? さぁ…見てませんけど…」
 これから休憩に入る所だったのだろう。ラミュエルはカウンターにあったグラスに
冷やしておいたミルクを注ぐと、ルゥにもそれを手渡す。
 「外にでも出ているのでしょうか? 最近は『歩くプレートメイル』なんかが出て
いて物騒らしいですけど…」
 「うん……」
 月明かりとロウソクの明かりだけの薄暗い厨房を、静かな静寂が包み込む。
 「ミルクありがとね。ちょっと外の方、探してみるよ」
 ミルクを飲みおわったルゥは腰掛けていた椅子から飛び降りると、ラミュエルにそ
う声を掛けた。
 「そうですか。それじゃ、私も明日の準備が終わったら探すの手伝いますね」
 受け取ったコップをカウンターの流しに置きながら、ラミュエルもそう返す。
 「うん。それからね……」
 「何ですか?」
 ルゥはラミュエルに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で、一言だけ呟いた。
 「今日は片付け手伝わせちゃって……ごめんね」


 「そりゃ、3対1なら逃げるよなぁ、普通……」
 シュナイトは苦笑を浮かべながら、そう呟いた。辺りを包んでいた厚い霧は、すで
に薄い。
 「悪かった。1対1の戦いを邪魔するつもりはなかったんだが……」
 シュナイトに並走しながらそう答えたのはユウマ。
 彼はシュナイトとフル=プレートの戦いを見物するために屋根の上から降りてきた
だけだったのだが……それを見たフル=プレートは、割とあっさり撤退してしまった
のだ。今はそのフル=プレートを追い掛けている最中である。
 「まあ、それはいいとして……」
 シュナイトはそのまま片方だけの目を閉じ、相手の気配の欠片を探ろうとした。目
視より気配で戦っているという話は本当なのだろう。目を瞑ったままでもその歩調に
は、全くの揺らぎがない。
 「あっちだな。幾つか闘気がある」
 閉じていた目を開き、小さく呟く。
 「大将! あっちの方で誰かが戦ってるぜ!」
 先行していたレリエルも戻ってくるなりシュナイトと同じ方向を指した。その返事
を聞くと同時に、シュナイトは走るスピードを上げる。
 (なんだ……結局『歩くプレートメイル』は複数あったのか…。悩む必要はやっぱ
りなかったんだな)
 シュナイトに並走するために走る速度を上げつつ、ユウマはそんな事を思い出して
いた。


 「あら、ユノスさん……。眠れないの?」
 氷の大地亭の庭にいたクレスは、出てきたユノスにそう声を掛けた。バイトが終
わっているので、ユノスはメイド服ではなく前から着ていた神官のような服を着てい
る。
 「はい……。あの…ここ、座っていいですか?」
 問われたクレスは無言の微笑で承諾の意を返す。
 「あの……クレスさん…」
 「何かしら?」
 だが、クレスがそれ以上を口にする事はない。無理に聞き出す事ではないのかも知
れないし、ユノスが望むなら、続きは話してくれるだろう。しかし…
 「霧が出てきたから寒いでしょう? わたくしの物だけれど…」
 クレスはそう言うと、自分の羽織っていた肩掛けをユノスにそっと掛けてやる。ま
だ霧は薄いが、濃くなってくると冷えてくるだろうと思ったからだ。
 「え…? 嘘……。もう気付かれたの?」
 そう。辺りには霧が漂い始めていたのだ。
 「クレスさん、さがってて!」
 ユノスは立ち上がると、霧の濃い方向をじっと見据える。
 「まだ帰らない……兄様との約束を果たすまでは……」
 がしゃ……がしゃ……
 やがて、重厚な金属音と共に『それ』は現われた。
 巨大な戦斧を持った、『歩くプレートメイル』が。
続劇
< Before Story / Next Story >



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