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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その3)



Act5:騒乱の昼(その3)

 ぎぃ……
 「『歩くプレートメイル対策本部』…というのは、ここか?」
 そう言いながら酒場に入ってきたのは、一人の有翼人。性別は…その雰囲気から
一目では男に間違えてしまうかもしれない。だが、彼女はれっきとした女性だっ
た。単に男装しているだけの。
 しかし、彼女を目の前にした時、そんな些細なことは問題にならないであろう。
 彼女を見た瞬間に一番に目に焼き付くのは、真紅に染まった巨大な翼。
 「………?」
 そんな翼を持つ彼女は酒場に漂っている異様な気配に気付き、形の良い眉を小さ
くひそめる。
 「済まないが…ここが『対策本部』かどうか教えてくれると有り難いのだが…な」
 「あ、ああ…。けど、『歩くプレートメイル対策本部』なんかじゃないよ、ウチ
の店は」
 何とかあっちの世界からの帰還に成功したクローネがそう返す。店にいる他の人
間…無論、当事者であるルゥを除いて…は、相変わらず硬直したままだ。
 「……そうなのか? それは…悪い事をした。失礼する」
 相変わらず異様な状況に陥っている酒場を少々不審に思いながらも、紅翼の女性
は『氷の大地亭』を後にした。


 「だから、ここは『氷の大地亭』なんだろ? 『歩くプレートメイル対策本部』
の」
 そう言った男の子に、応対に出たアズマは困惑しつつも首を横に振った。
 「ユウマ君だっけ? 確かにここは『氷の大地亭』だけど、『歩くプレートメイ
ル対策本部』じゃないぜ。分かるか?」
 最初のベルディスの女性が来てから、一時間が経つ。それ以来、『歩くプレート
メイル対策本部』を探しにやってくる客が絶えないのだ。
 ちなみにクローネはこの騒動の真偽を確かめる為にギルドへ行ってしまったし、
ユノスはネコ耳の少女ルゥを説得する為に彼女の部屋へ行ってしまった。今この酒
場の常駐スタッフはアズマだけしかいない。
 「じゃあ、あれは何だ?」
 ユウマは子供の外見にあまり似合わない大人びた口調でそう言いつつ、店の奥の
方のテーブルを指差した。
 「げ………」
 さすがにそれには返答に困るアズマ。そのテーブルにはいつの間に仕掛けられた
のか、『歩くプレートメイル対策本部』というプレートが堂々と置かれていたのだ。
 「お客さーん、困りますってば……」
 「……ま、いいや。今日はここに泊まろう、眼魔」
 アズマは客を注意しに行ってしまった。相手もいなくなったユウマは、隣でふよ
ふよと浮かんでいる自分の相棒に向かってそう呟いた。


 「では、ここの責任者の方は…?」
 ベルディスの女性の言葉に、青い髪の美女はゆっくりと首を横に振った。
 「ええ。今はお留守にしているらしくって……」
 所在無げにカウンターに立っているのは、何故かクレスである。たまたま歌の休
憩に来た所で、客ともめていたらしいアズマに捕まってしまったのだ。
 「とりあえず立っているだけでいいと言われたのですが……」
 クレスは酒場のカウンターに立つ、という経験は生まれて初めてだった。歌えと
言われたならどうにでもなったのだが、まさかバーテンや料理人の真似事など出来
ようはずもない。
 「お姉さん、何か安くて腹にたまるモノ一つ頼むわ」
 だが、客の方から見れば、ただの美人な酒場のおかみさんとしか見えないのだ。
当然注文も来る。…というか、カウンターのお姉さんが逆に美人なものだから、逆
に客足が増えつつすらあった。
 「…わたくし、どうすればいいのでしょう……」
 困り果てているクレス。しかし、ベルディスの女性はそれを見てにっこりと微笑
む。
 「私、料理には少し自信があるんですよ。よかったら、お手伝いしましょうか?」
 そう言った彼女…ラミュエルの職業は、料理人だった。


 「なんだ、こいつ…?」
 酒場のカウンターに着いたユウマは、そこで酒を飲んでいた珍妙な生物…ポッケ
に向かってそう声を掛けた。
 「もきゅ?」
 ユウマの問い掛けに、ポッケは可愛く答えてみせる。
 「へぇ……。珍しいイキモノだな」
 その反応に興味をそそられたのか、ユウマはポッケの頭をくしゃくしゃと撫でな
がら、さらに声を掛けた。
 「もきゅ〜ん」
 ポッケの真の顔を知っているのなら、爆笑は必至だろう。とんでもないネコ被
りっぷりで甘えてみせるポッケ。
 「あ、この子はポッケって言うのよ。ホントはこんなじゃないんだけどねぇ……
…」
 この辺りでポッケのヤクザな正体を知っている数少ない人間の一人が、くすくす
と笑いながらユウマにそう声を掛けてきた。言わずと知れた、ラーミィ・フェルド
ナンドその人である。
 「………」
 と、普通ならここで「へぇ…そうなんだ? 面白いイキモノだな」とかの返事が
返ってきそうなものだったが、目の前の男の子の反応はいささか違っていた。
 「へ、へ、そ、そそそ、そ、うな、なだ? お、おもし、尾も白いイキモノだな」
 思いっきりどもった上に意味の崩壊したセリフを、三歩半身を引いた姿勢で顔を
真っ赤にしながら喋るのである。
 「ん? ボク、どうかしたの?」
 真っ赤に染まったユウマの顔を彼の真ん前から覗き込みながら、ラーミィはそう
声を掛けた。
 ちなみに小柄な12歳児のユウマと16歳のラーミィの身長差は結構ある。故
に、ラーミィがユウマの顔を覗き込もうとするにはかなり身を屈める必要があっ
た。さらにラーミィは一般水準から言えばかなり露出度の高い服を着ているワケ
で、付け加えて言うならばラーミィの胸はかなり大きい部類に入っていたりする。
 「な、ななななななっ」
 ユウマは真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせ、視線を思わずそらしてしまう。
 美形の小さい男の子がそういう反応を見せるのは、女の子にとってはなかなかな
モノがあるらしく…
 「可愛い〜っ」
 ラーミィは思わずユウマをぎゅーっと抱き締めていた。
 「な…………」
 ぷしゅ〜っ………
 あまりといえばあまりの事にユウマは妙な擬音を放ち、そのまま気を失ってしま
う。
 「ちょっとキミ、大丈夫、ねえ〜」
 ラーミィはユウマをゆさゆさと揺さ振るが、何の反応もない。ユウマの頭がその
揺さぶりにあわせ、力なく揺れる。
 「ねえってばぁ〜」
 「ぷきゅぅ」
 自らの主人の有り様を一つしかない眼で見遣り、眼魔が一声そう鳴いた。


 「何か騒がしいようだが……何かあったのか?」
 不幸な事故(笑)のあったカウンターの反対の端でワインを飲んでいたシーク
は、カウンターでグラスを洗いに戻って来たユノスにそう問い掛けた。彼はこのユ
ノス=クラディアに来て日が浅いので、プレートメイルの噂をまだ耳にしていない。
 「さぁ? 私もここに来たばっかりだからよく知らないんですけど……。ルゥ
ちゃんは知らない?」
 ユノスはシークにそう答えると、自分にくっついているネコ耳の少女…しかも今
は、ユノスとお揃いのメイド服まで着てたりする…ルゥにその質問を回す。
 「ルゥも分かんない。…ごめんね、ご主人さま…」
 ルゥはこのユノス=クラウディアでずっと暮らしていたのだが、最近の出来事は
全くと言っていい程知らなかった。
 「ルゥちゃん…その、『ご主人さま』って言うのは、やめてくれない…かな?
 ユノスでいいよ…」
 が、ルゥのその返事にユノスは汗を浮かべながらそう呟く。関心なさそうなシー
クはともかく、その隣でワインを飲んでいるクリオネの無言の視線が妙に痛い。
 「でも、ご主人さまはご主人さまだよ。それとも……ダメ…なの?」
ルゥは消え入りそうな声でそう呟く。
 だが、ルゥは決して涙だけは見せなかった。
 その代わりに、笑顔を見せるのだ。とても寂しげな、触ると一瞬にして崩れ落ち
てしまいそうな笑顔を…………。
 「……いいよ。ルゥちゃんの好きに呼んで」
 …結局、ユノスは折れた。
 「……で」
 思いっきり無視された状況のシークは、一言だけ呟く。面白いものが見られたの
で別に気にしてはいないらしいが。
 「この騒ぎは何の騒ぎなのだ?」


 「そう…。うちは最低限のスタッフしかいないから……。ごめんなさいね」
 クローネはそう言って頭を下げた。同じくギルドに行っていた紅翼の美女を伴っ
てギルドから戻ってきたのは、ユノスが復帰して来てすぐの事だ。
 ちなみに『氷の大地亭』のスタッフは必要な時間だけしか出てこないという特殊
なシステムを採っている。部屋係の9割は仕事のある午前中しかいないし、酒場の
スタッフも混み始める夕方から出てくる者がほとんどだ。終日勤務のアズマやユノ
スはかなり特殊な部類に属すると言っていい。
 「いえ、大変なのはやってみてわたくしも良く分かりましたから。それに、ラ
ミュエルさんがいなければ何も出来ませんでしたし……」
 そう答えたのはクレス。ユノスが復帰してきた時点で本来ならカウンターから降
りても良かったのだが、何となく悪い気がしてクローネが戻って来るまで降りな
かったのだ。
 「そんな事ないわ。クレスさんもラミュエルさんも、手伝ってくれて本当に助
かったもの」
 料理を買って出たラミュエルはもちろんの事、カウンターにいたクレスが全く役
に立たなかったわけではもちろんない。彼女の容姿と声は多くの客を引き付け、そ
の穏やかな物腰はさらに多くの客を和ませていた。
 「あの、クローネさん。実は、その事でお話があるんですが…」


 「『歩くプレートメイル』?」
 「ええ。ここ数日の話らしいですけどね」
 カウンターに戻ってきたアズマが、シークの問いにそう答える。
 「らしいな。霧とともに現われる不死身の鎧の戦士…どこまで本当かは分からな
いが、この街のギルドまで動いているとなると…かなり信憑性は高いのだろうな」
 そう言ったのは、クローネと共にギルドから戻って来た紅い翼の美女…ジェノサ
リア・ヴォルク。彼女は噂の真偽を確かめようとしてギルドへ行ったところでク
ローネと会い、ギルドから半ば対策本部の任を押しつけられた形の『氷の大地亭』
へと戻ってきていたのだ。
 「ほぅ、動く鎧。…それはまた神秘的な……」
 彼女の話を聞き、シークの琥珀色の瞳がすぅっと細くなる。
 「お前……」
 シークの琥珀の瞳が一瞬だけ紅いように見えたのは、そして一瞬だけ闇の気配を
感じたのは、ジェノサリアの気のせいだったのだろうか?
 「はい? 私が何か?」
 だが、今のシークの瞳は先程までと変わりのない、琥珀色の輝きを静かに湛えて
いるのみだ。
 「いや、何でもない」
 まあ、災厄をもたらす存在ならばいずれ分かるはず。
 ジェノサリアはそう自分に決着を着けると、そのまま席を立った。


 「そう……。それで、ウチの料理番がやりたい…と?」
 そう呟いたクローネに、ベルディスの女性…ラミュエルは首肯いてみせる。
 「ええ。料理も給仕も出来ますし……ぜひここで働かさせてもらえればと思いま
して…」
 ラミュエルの料理の腕はすでに実証済みだ。多少乱暴な言い方ではあるが、先程
の一件はラミュエルにとってはいい腕の見せ所であった。
 「そうね。あなたの腕ならば料理人として歓迎するわ。それじゃ、明日の朝から
お願い……」
 がしゃぁぁぁん!
 「…ふにゃぁぁぁっ! ご主人さまぁっ! 大丈夫?」
 「きゃあっ! ルゥちゃん、そっちは!」
 どがぁぁっ!
 ………………がらんがらんがらん…
 厨房から聞こえてきた音にクローネは小さなため息を一つつき、一言だけ呟いた。
 「前言撤回。今から手伝ってくれるかしら?」
 これからは夜の時間。厨房は夜の支度で忙しくなり始める時間であった。
続劇
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