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「18年……か」
 広い机の上。
 沢山の書類の中、埋もれるように置かれた小さなフォトスタンドを取り、男は誰に言うでもなく呟いた。
 広大な机には不釣り合いなほど、スタンドは小さい。中に収められた古い写真に至っては、さらに小さかった。
「……総裁」
 男を呼ぶ声が広い執務室に響く。
「ああ。出るとしようか」
 もう一度フォトスタンドの中の写真に目を落としてから、男は立ち上がった。
「君にも苦労をかけるな。もう一度引き継ぎを頼まねばならんとは……」
「いえ。これも仕事ですから」
「そうか」
 いつもと変わらぬ様子。いつもと変わらぬ調子で。男は執務室を出、秘書の控え室を抜け、エレベーターに乗り、専用のリムジンへと歩いていく。
「往くぞ。破壊神よ」
 もう二度と戻れぬ場所と知りながら、男はいつもと変わらぬ様子を保ち続けた。


テラダイバーリキオウ・スペシャル
第20話
『決戦の学園都市 最強ギガダイバー・ライメイ』


 遅れ気味に花火が開く。
「ンだぁ? 科研の奴ら、今ごろ花火上げやがって……」
 紙コップのビニール包装をびりびりと破りながら、ハルは不機嫌そうに呟いた。
 既に時間は昼の十時を回っている。学園の文化祭が始まってから一時間も経っているのだ。開幕の花火にはやや……というか、かなり遅い。
「まあ、トラブルでもあったんじゃね?」
 隣の力王も苦笑気味だ。こちらは紙コップではなく、紙皿の包装を破っていた。
「二人ともー。注文の追加が入ったんだけどー。6番テーブルねー」
「あーはいはい。すぐやりますよー」
 フリルの着いたエプロンを着た女生徒からの声に、半ばヤケ気味に返す。
 ハルや力王のクラスの出し物は喫茶店だった。調理関係は保健所の指示で禁止されているので、紙の食器に既製品のジュースとお菓子を乗せて出すというごく普通なものだ。
 ただ、一部のノリのいい女子がフリル付きの可愛らしいエプロンを大量に調達してきたおかげで、ありきたりな内容の割に店内は賑わっていたりする。
「セイキチは休みやがるしよぉ。ったく、薄情な奴らばっかだぜ」
 開けたばかりの紙皿にクッキーを乗せ、ジュースを注いで出来上がり。
「ほらリキ。持ってってこーい。ついでにレジよろしくなー」
「へぇへぇ」
 裏方の相棒を蹴り出せばハルの仕事はオシマイだ。
 積み上げた机に腰を下ろし、ぼんやりと窓の外を眺める。
「リムジンねぇ……どこの金持ちだよ」
 校庭の半分を占める駐車場に止まっている高級大型車に気付き、実行委員の少年はつまらなそうに呟きをもらした。


 少年は困っていた。
「えっと……その」
 目の前にいるのは、一人の少女だ。
 墨色の長い髪と黒いセーラー服に、白磁の肌と純白のエプロン。鮮烈なまでのモノトーンに身を包んだ頭の上には、誰の趣味だかフリルの付いた飾りまで乗せられていた。
「……何?」
 小さいはずの言葉が、妙に耳を打つ。
 あたりにいる女生徒と同じ格好をしているはずなのに、明らかに異質な空気を持つ少女。敵意や悪意が無いのは分かる。それでも、声をかけられ、吸い込まれるような黒い瞳に見つめられれば、少年は言葉を放つ事すら許されない気がしてくるのだ。
 告白するわけでもない。意見するわけでもない。ただただ、喫茶店の食券を売ってもらいたいだけなのに……。
「あー。すいませんね。何?」
 そこへ救世主が現れた。
「あ、えっと……」
 そいつは180ほどの身長に重厚な肩幅。長身と言うよりは、巨漢といった方がしっくりくる体型だ。
 対する少年は160に満たないくらい。クラスでも身長順に並ぶ時は一番前だったりする。
「……何スか?」
 20cm上から見下ろされれば、それだけでも桁外れの威圧感。加えて、少年の人相はあまりいいものではなかった。どちらかといえば、コワい。
「……すいません、僕が悪かったですっ!」
 神も仏もない。
 少年は逃げ出しながら、心底そう思った。


「何だぁ? 今の」
 逃げ出した少年を不思議そうに見送って。
「……何?」
「交代だとよ」
 声をかけてから、相手が誰だったかに気付く。
「……」
 再び静に「なに?」と問われて、力王はようやく我に返った。
 制服以外は和装の多い少女だけにギャップは激しいものの、今のエプロン姿もよく似合っている。
「……レジ交代だとよ」
「わかった」
 どもりかける力王を気にする気配もなく、最低限の言葉だけで返答する。外見はともかくとして、雰囲気といい態度といい、レジ係に向くタイプではあまりない。
 自分の事は棚に上げておいて、そんな事を考えながら静と入れ替わろうとして。
「……鞠那?」
 ふと動きを止めた静に客が来たのかと振り返った。コンビニでバイトをしているだけあって、その辺の機微には割と聡い。
「いらっしゃ……」
 挨拶しようとし、静と同じく言葉が止まる。
「……テメェ」
 そこにいたのは、三人の客だった。


 中央のそいつは、明るく笑った。
「客に対する態度ではないなぁ、力王」
 あくまでも穏やかに。大組織の長たる鷹揚さを併せ持って。見る者が見れば、それだけで男の懐の深さが分かるほどの、その余裕。
「……誰が客だと?」
「僕たちに決まってるじゃない、兄さん」
 後に控える細身の少年も、穏やかに笑う。そんな彼らに力王は最大限の丁寧さで口を開いた。
「当店ではお客様方にお出しする商品はございません。ご理解頂けましたら、とっととお引き取り願えますでしょうか?」
 だが、そんなあからさまな敵意にも男と少年は笑顔。
「……ははは。嫌われたものだな」
「たりめーだろうが」
 乱暴な会話だが、周囲は彼らを親子だと気付いたらしく、割り込んでくる様子はない。大概の生徒は、自分の親が来れば本気で嫌がるものだからだ。
「まあ、それなら他の所を回ってくるとしよう。後で待っているよ」
 くるりと振り向き、校舎の奥の方へと歩き出す男。それに少年も続き、最後に残った秘書風の美女も軽く一礼して、その後に従う。
「……お前らに用はないつってんだろうが」
 険のこもった言葉で追い払い、ふと、気付いた。
 自分の大きな手に絡む、細い指の存在を。
「……鞠那?」
 まだ寒いほど気温は下がっていないというのに……震えている。
 感情など何一つ表に出そうとしなかった少女が、怯えているのだ。
「大丈夫……か?」
 絡む指を片手でそっと包み込んでそう呟き、力王は言葉を失った。
 体に伝わる柔らかい感触。
 厚い胸元に埋められた、小さな頭。
「……来た……」
 どうしていいか分からないまま手を回せば……。
「おい、鞠那!?」
 ぐっしょりと濡れた背中はひどく冷たい。
「しっかりしろ、おい!」
 冷や汗にまみれ、小刻みに震え続ける少女をどうする事も出来ず、少年はただ叫ぶしかなかった。


 風が、吹いている。
 静かな風だ。
 屋上。
 ぐるりと見回せば、さして広くもない学園都市の大半を臨む事が出来る。
「少し、やりすぎだったのでは?」
「何がだね?」
 固さを秘めた静かな声に、もう一つの声は穏やかに返した。
「……いえ、何でも」
 年を経た言葉に若く鋭い言葉は容易く絡め取られ、続くべき言葉をあっさりと封じ込められる。
「何か言いたそうだな、繊丸」
 だが、男はあえて少年の言葉の続きを促した。
「ああでもしなければ力王に火は点くまい」
 まだ少年は言葉を紡がない。風に吹かれるままじっと立つ少年には、男のため息も聞こえなかった。
 わずかにうつむいた顔を上げ、三度口を開く。
「そのための、贄だ」
 どん。
 衝撃が来た。
 言葉ではなく、放たれた右の拳によって。
「……それがお前の答えか」
 純白に染まった少年の右拳を『素手で』受け止めつつ、男は僅かに唇を歪ませ、呟く。
「嬉しいですよ。今の僕には、あなたのその答えが」
「そうか。まあ、いいだろう」
 秋の高い空に、鋭い雷鳴がひとつ、轟き渡った。


 一発の雷鳴が止んだ屋上に、ばたんという乱暴な音が響いた。
「……おい」
 静かな風に、言葉が流れる。
「……来たか」
 やや早い北風のごとき冷たい言葉を受けるのは、春風のような穏やかな声。
 ただし、その風がはらむのは血の臭い。人に在らざる存在の。それでも、人と同じ臭いを含んだ。
「繊……丸?」
 屋上に上がった途端漂ってきた異臭の源に気付き、巨漢の少年は呆然と呟く。先程響いた轟音と、あたりにぶちまけられた真っ赤な液体と、今は姿の見えない少年……この三つの意味する所は、ただ一つ。
「さっきの音……。静だけじゃなくて、繊丸までか……無差別かよ、テメェはっ!」
「あの娘、圧されたか? まあ、フェムトならばそういう事もあるだろうな」
 ゆらり、風が巻いた。
 穏やかな春風が、思い出したような寒風へと変わる。
 真冬の風すら及ばぬ、鋭き刃を含んだ風に。
「分かっているのだろう?」
 それでも、口調は穏やかなままに。
 鞘を払った刀のように、気配のみが鋭さを得、力王の存在を傷つけていく。静の心を触れただけで切り裂いたように。
 不安げな風に呼ばれたか、雲に覆われ、日が陰った。
「……野郎」
 陽光が消え、寒風の吹く屋上の上。拳を構え、力王は返答。
 集中し、構えなければ、刃の気には抗する事さえできない。
「馬鹿な男だったよ。私を最後だと言ってな……」
 一瞬だけ風が刃を失い、ゆらりと流れる。
 次の瞬間。
「力王……いや、黒のテラダイバーよ」
 風が吼えた。
 疾風が巻き、光を失った空はいつのまにか暗雲が支配している。
「お前も、私に挑むか?」
 空が光り、雷光が轟いた。
 瞳を灼く紫電に思わず目を閉じ、力王は腕を掲げる。閉じた瞳に飛び込む光が消えて瞳を開けば……目の前は、漆黒に染まっていた。
「な……ッ」
 無意識のダイブ。圧倒的な気配に感じ、リキオウの本能が意識を飛び越えてダイブする事を望んだ結果だ。
 漆黒の腕をおろし、気配の源を見る。
「……野郎」
 そこにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた中年紳士ではない。
 3mを超える、金色の巨人。
 2mのリキオウを見下ろし、悠然と腕を組む。
「お前も、私に挑むか?」
 ライメイ。
 誰に教えられるでもなく、少年はそいつの名を知った。


後編に続く
続劇
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