「ち……っ!」 次の瞬間、そいつはやってきた。 音速超過による衝撃の鎧をまとい、それに触れる全てを打ち砕いて。 ヤバい。 そう思った瞬間には体が動き、腕を十字に組んだガードの姿勢を取ったまま、横へと跳躍した。 大地がえぐれ、砕け散り、先程までリキオウがいた6車線道路を真ん中に巨大な溝を穿ち……次の瞬間には急上昇。拳の届かぬはるか天空へと飛び去っていく。 「……くそっ」 小さく舌打ち。衝撃波に巻き込まれ、ボロボロになった腕は再生し始めているが……かすっただけでこれでは、拳を当てる事など叶わない。 「やぁ」 そこに、声がかけられた。 「困ってるみたいだね、兄さん」 そこに立つのは白い姿。 純白に彩られた、もう一人のテラダイバー。 「……センマル」 第18話 『天空からの使者 Wダイバー共同戦線』 「テメェ、何しに来やがった」 ふわりとビルの屋上から舞い降りた白いテラダイバーに、リキオウは尖った声を投げつけた。 とん、という軽い音を立て、2mの白い悪魔は優雅に着地。 「お前の相手はしてらんねぇぞ。後回しだ」 リキオウはセンマルの方を見もせずに拳を握り、はるかな天空を見据える。 最初に現れた時は突然だったのだ。力王や静が知覚できる範囲より外から、知覚するより速く襲いかかってきた。 衝撃波の鎧とあまりのスピードに形すら分からぬ、超音速のギガダイバー。 リキオウはダイブし、周囲にいた者達をガードするので精一杯だった。 「奇襲されて困っていた方が何をおっしゃいますやら」 「……アイツらが逃げるまでの時間を稼いでただけだ。苦戦してたワケじゃねえ」 今日一緒だったのは、幸いにも静と誠一の二人だけ。 避難する連中と共に逃げるように言いはしたが、まだ二人はこちらが知覚できる範囲の中にいる。二人が逃げ切れるまでもう少し時間稼ぎをしなければならない。 「まあ、いいでしょう」 歩きながら両脇の帯を丸め、センマルはリニアガンを構える。 一瞬だけ身を固くした力王の脇を抜け…… 向いたのは力王の背後。 同じく天空を見据え、小さく呟く。 「僕も今日は兄さんを殺しに来たワケじゃありませんから。僕は僕のやり方で、奴を狩らせてもらいます」 「……勝手にしろ」 「……甘いねぇ」 飛行機雲を引き、巨大な弧を描きながら、そいつは小さくせせら笑った。 言葉は出ない。仮に出てきたとしても、それは己のはるか後に置いてけぼりになってしまうだけだ。 180度を超える扇の弧を滑り、進行方向を弧から直線に修正。 「本当に、甘い」 意識を集中すれば、目標の姿は手が届くほどの距離にある。超音速の機動を行う彼の知覚範囲は驚くほどに広い。 自らを音速の槍としてさらに加速。 立ちふさがる大気の壁をまとめて貫き、完全な静寂の世界をさらに超える速度を叩き出す。 「この効率に、どこまで耐えられるかな? 最強のダイバーよぅ」 来る。 音はない。この距離では敵の姿も見えない。ただ、敵意を伴った気配だけがやって来る。 「……何っ!?」 違う。 槍の矛先がこちらではない。 「野郎……っ」 大地を蹴り、急加速。槍の矛先めがけて全力でダッシュ……いや、水平の跳躍を仕掛ける。 間に合わない。 こちらから離したのが逆にアダになった。 「テメェの相手は俺だろうが……」 力はいざしらず、速さはリキオウの得意とする所ではない。もともと小細工を苦手とし、力押しを貫いてきたのが力王という男なのだ。 「奴らを巻き込んでんじゃねえよっ! クソ野郎が!」 だが、それでも黒いテラダイバーは吼え、跳躍を繰り返す。 槍の到達まで、もう時間はない。 「……来た」 ぽつりと呟く静に、セイキチも足を止めた。 「来たって……何が」 考えるより速くセイキチも気が付いた。 これでも剣道の有段者。強い気配には、いくらか敏感なつもりだ。 「狙いは俺らか……」 さきほどリキオウと戦っていた奴と同じ気配がこちらに向けられていた。 あの速度と気配の近さ。それだけで、もう助からない事が分かる。 「鞠那さん。少しでも離れてな」 広範囲を砕く衝撃波を前にして、少々離れるなど意味がないのは承知の上だ。それでも、何か抵抗の意を示さなければ…… 男として、人として負けた気がした。 「野郎……っ」 だが、静は首を横に。 「……大丈夫」 迫り来る『そいつ』が見えた。もう逃げる時間すらない。 音より速い破壊の塊は、不思議とゆっくり迫るように見えた。 そして、二人の目の前に白い姿が舞い降りるのも……。 雷の弾ける音が淀んでいた時間を吹き飛ばした。 一瞬の間。 音速衝撃の弾丸が破壊の渦に叩き込まれ、弾き飛ばされる。 それでも白き破壊神は電磁弾丸の乱射をやめる事はなく。 打ち込み、弾かれ、わずかにゆるんだ破壊の一瞬を突き。二条のレールガンは解かれ、一条の長大な砲身へと姿を変える。 巨大砲が完成したのは、砲身の先端が衝撃波に触れる僅か数瞬前だ。 雷撃の咆吼。 直後、ようやく追い付いてきた爆音が響き渡る。セイキチの肩をガレキがしたたかに打ち、静の髪が舞い、ようやく追い付いたリキオウが二人の盾となった。 零距離で超速弾の直撃を受け、さすがの音速のギガダイバーも急上昇。爆音を残し、はるかな天空へと飛び去っていく……。 リキオウが身を起した時には、全てが終わっていた。 「甘いね、兄さんも」 二人の少年少女の前で、センマルは静かに呟く。 ギガダイバーが上昇した時の衝撃波も、二人のテラダイバーが盾になったおかげで二人には届いていない。 「……すまん。助かった」 さすがのリキオウも今度ばかりは立つ瀬がない。素直に頭を下げる。 「別に、兄さんに頭を下げてもらうためにやったわけじゃないけどね」 軽く拳と帯状の器官を動かして再生の様子を確かめ、センマルは再び天を見上げた。 「ちっ……」 センマルの知覚能力はリキオウより優れているはずだったが、それでも敵の動きの方が速い。……最強を誇るテラダイバーが、なんてザマだ。 「……センマル」 「何?」 不機嫌さを隠そうともせず、センマルはなおざりな返事を投げつける。 「お前の何とか言う弾丸、あの衝撃波がなくなったらどうだ?」 「僕のリニアガンが?」 愚かしい兄の質問に、白き狂気の戦士は嘲るような笑みを浮かべた。 「愚問だね……ギガダイバーごときが、僕らに正面からぶつかって勝てると思うかい?」 「ククク……」 はるか天空の果て、そいつも嘲るような笑みを浮かべていた。 最強の火器と言われる白きテラダイバーのリニアガンは、己の音速の鎧に通じなかった。 最強の力を持つ黒きテラダイバーに至っては、己の速さに追い付くことすら出来ない。 「やっぱり、効率の良さってのは大事だよなあ……」 既に学園都市からは数十キロの彼方にある。テラダイバーの知覚範囲の外からのヒットアンドアウェイ。長距離砲撃では狙いが甘くなるから、やはりこれが一番効率がいい。 「力任せのバカどもや、殴るだけのミツルギなんかとは違うぜぇ……この俺様はなぁ」 圧倒的な速度故の長大な回転半径をこなし終え、再び直線軌道へ。この回頭だけが効率が悪いな……と静かに笑い、加速を開始する。 今度は正面から。これだけハンデがあるのだから、少しは連中の流儀に合わせてやっても構わないだろう。 超音速の鎧の前に、敵はない。 「次で最後だ。正面から打ち砕かれろ! テラダイバー!」 さらなる加速で大気の壁を叩き割り、超音速のギガダイバーは学園都市へと飛翔する。 「……来た」 迫る気配に、リキオウは軽く息を吐いた。 今度はリキオウの正面からやってくる。静やセイキチが狙われているのではない。 「代わろうか? 兄さん」 「いらん。余裕だ」 センマルに短く返し、拳を握って真っ正面に構える。 込めた力。腕に渦巻く、漆黒の旋風。 きた。 六車線道路を、周囲のビル群をなぎ倒し、減速する気配すらなく超音速の槍が飛来する。 「砕け散れ! ストライカー!」 叩き込まれた拳は真っ向勝負。アスファルトの大地を踏み抜き、破壊の螺旋を描いての正拳突き。破壊の拳は音速の槍の先端を捕らえ、衝撃と加速の全てを一点で受け止めた。 「ぐっ」 加速と衝撃に耐えきれず、足元が砕け、構えたまま後方に押し込まれていく。常識を超えた力のぶつかり合いに耐えきれず、突き込んだ右腕から血が噴き出し、骨格がひしゃげ、筋肉が潰れていく。 一瞬のうちに数百mの直線道路に溝を穿ちつつも、音速の鎧はまだ砕けない。 「だから、甘いっつの」 「なるほど」 それでもリキオウは、笑み。 −ギガダイバーごときが、僕らに正面からぶつかって勝てると思うかい?− 「繊丸もたまには……いい事を言う!」 刹那。無貌のはずのテラダイバーの口元が歪み、凶暴な笑みを造り出す。 轟音と共にもう一度の衝撃が音速のギガダイバーを激しく揺さぶった。 潰れた右を引いて、左の一撃。 右で受け止め、左で砕く。ストライカーの二連撃。 先程を上回る打撃に音速の鎧もついに吹き散らされ、中から現れたのは5mほどのエイに似た異形の姿。 それが、そいつの本体だ。 「センマル! 見せろよっ!」 「……当たり前だろう」 無敵の鎧を失ったギガダイバーに、最強の火力を防ぐ術などありはしなかった。 同刻。 移動中の車の中で、男は穏やかに呟いた。 「カザナが?」 「はい」 答えるのは秘書然とした美女。報告を受けたばかりの携帯電話をブリーフケースに戻し、優雅な動作で元の姿勢に戻る。 「……そうか」 男の感慨は短い。 自分のカバンに入っていた缶コーヒーを取り出し、赤信号で止まった所で開ける。男が何かを考える時の癖だ。 一口飲んで一息ついた所で、車は静かに走り出す。 「日美佳くんも飲むかね?」 「いえ、私はコーヒーはあまり」 「そうか。缶コーヒーは糖分をとるには最適の手段なのだがね」 高級車とはいえ僅かに揺れる車の中。男はコーヒーを器用に飲み干し、隅のゴミ箱に放り込んだ。 「さてと。カザナが消えたとなれば、残るギガダイバーは……」 「……はい。残るギガダイバーは……」 「やらないのか?」 エイ型のギガダイバーが大気に崩れるように消えた後、リキオウはセンマルにそう声をかけた。 リキオウの右腕は原形を留めておらず、左腕もボロボロだ。再生能力が働きつつはあるが、それでも戦闘可能になるまでまだ時間がかかる。 対するセンマルは全くの無傷。今ならリキオウを攻撃する事も思いのままのはず。 だが、センマルは首を横に振った。 「言ったろう? 今日は兄さんに用事があるわけじゃないって」 レールガンを解除し、帯状の器官をなびかせながら。白きテラダイバーはゆらりと空に舞い上がる。 「そうだ、兄さん」 「何だ?」 「今日のアイツで、ギガダイバーは……」 「あと一人」 「……あと、一人」 繰り返すように、小さく呟く。 「そう。あと一人」 対する声は、歌うように。 「全てが終わり、全てが始まる」 決戦の序曲。 破滅への前奏曲。 「リキオウよ。お前は何を選ぶ?」 沈黙の中、そいつは朗々と歌った。 「千年にわたる悪夢に、最後の一幕を」 答える声は何もない。 ただ、そいつの伸びやかな声だけが響き渡っていく。 世界に混沌をもたらす8つのギガダイバーは滅びた。 全ての終りは全ての始まり。 最後の一人。 学園祭に現れた雷のギガダイバーは、本当の終りを示す者なのか? 二人のテラダイバー対最後のギガダイバー。 決戦の行方やいかに? 次回 テラダイバーリキオウ 第20話『決戦の学園都市 最強ギガダイバー・ライメイ』 |