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 そいつは、夕陽の中に立っていた。
 広い背中に、厚い肩。足元まで裾のある長く黒いコートは、いわゆる長ランというやつだ。
「……行くのか?」
 かけられた問いに、そいつは応、とだけ答えた。
「あくまで愚直な最強を求めるか……まあ、いいけれどな」
 それ以上の言葉にはそいつは無言。無言を貫く事こそ我が道よ、とでも言うふうに。
 肩をいからせ、歩き出したそいつは夕陽の中へ消えていく。

 吹きすさぶ風が、不思議とよく似合っていた。


テラダイバーリキオウ
第17話
『テラダイバー対ケンカ番長』


「ンだよ……。相変わらず付き合い悪ィなぁ」
 力王は不満げに呟きながら、自分の席へと戻った。
 時刻は昼。いつものようにハルを誘うと、返事はにべもなく。どうやら本当に文化祭実行委員になってしまったらしいのだ。
 文化祭まで日がないから、まあ仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
 他の連中は既にグループになっているから、今さら入るのも少し辛い。
 まあいいか……と思い直し、机の隣にぶら下げたカバンから、財布を取り出す。
 どん。
 ふと、机の上に何かが置かれる音がした。音からすれば、けっこうな重量物のようだ。
「……?」
 顔を上げれば、そこにあるのは……
「鞠那?」
 重箱の包みと、長い髪の少女の姿。
 鞠那静。
「……お弁当」
 静は表情すら変えず、ぽつりとそれだけを呟く。
「お弁当、ってお前……」
 家を出てからずっと自活している力王だ。弁当など持ってくる以前に、作った事すらない。それに何より、一般男子としては恥ずかしい方が先に来る。
「要らない?」
 いらない……と言いかけ、財布の中身を一瞬だけ思考。
 残金は確か、100円と少々。
「……いるけどよ」
 そう言ってふとあたりを見回すと。
 人の悪そうな笑みを浮かべているハルと、苦笑しているミナとセイキチと、興味津々にこちらを眺めているその他大勢がいた。
「何だよ。何かおかしいかっ! こちとら貧乏高校生なんだよっ!」
 だが。
「ああ、おかしいね」
 堂々とそう答えたのは、それ以外の声だった。


 それは二人組だった。
「……誰だ? お前ら」
 力王に似た体躯を持つ巨漢と、長身だが細身の青年の二人組。細身の方は普通の制服だが、巨漢の方はすそを極端に長くした長ランという、今時見ない格好だ。
 ちなみに、答えたのは細身の方である。
「何だい? 女の子とのご飯にかまけて、御剣の果たし状を見てくれなかったのか、君は」
 穏やかな声で軽く肩をすくめ、細身は苦笑。
「……てことは、そっちのデカイのが御剣権之助か」
「ああ。よろしく頼むよ」
 重箱を手にしたまま言う力王に、微動だにしない御剣。代わりに細身の方が軽く頭を下げる。
「今時、靴箱に果たし状なんて時代錯誤もいーとこだろうが。ちったぁ時代考証しろよ」
 そう言った瞬間、力王のPHSが小さな音を立てて震えた。
「悪ィ」
 短くそう言い、届いたショートメールをチェック。
「……喧嘩屋力王殿。尋常に勝負されたし。本日午後5時、西院の河原にて待つ。同業者・御剣権之助無敗(代理人・鷹見風成)」
「今風にやってみたが、これでいいか? 125文字以内に簡潔にまとめるの、微妙に苦労したんだが」
 顔を上げれば、軽くPHSを振ってみせる細身が笑っていた。代理人と言うからには、こいつが鷹見風成という奴なのだろう。
「あのな……」
 ため息を一つつき、メールを削除。
「言っとくが、俺がケンカ屋なんてやってたの、中学ン時の話だぞ?」
「知らん」
 ようやく口を開いた巨漢・御剣の言葉はごく短かった。
 言葉は短いが、動きは迅い。
 バシィッ!
 豪速球がミットに叩き込まれるような音が教室に響き、全ての雑音を一瞬で打ち砕いた。
 放たれたのは御剣の拳。
 受け止めたのは力王の掌底。
 がらん、と重箱の落ちる音だけが響き渡る。
「ひとたび喧嘩屋を名乗ったからには、売られた喧嘩は全て買え」
 静まりかえった教室に、喧嘩屋の静かな声が重く響いた。
「待っているからな。台場力王」
 言うべき事だけを言い残し、長ランのすそを翻して教室を後にする現職の喧嘩屋。
「そういうワケだ。アイツも同業者の意地ってのがあってな。悪いが、よろしく頼むわ」
 軽く一礼して風成も姿を消し……。
「戦わないからな、俺は」
 後に残されたのは、重苦しい空気に包まれた一同だった。


 そいつは、戦いを求めていた。
 手段の為なら目的を選ばず……いや、手段そのものを目的としていた。
 だから、手段を選ばなかった。
 戦うために。
 戦いの中にしか、己の居場所は無いと信じて。


「……ねぇ」
 授業も終わり、珍しく早く帰ろうとしていたセイキチは、かけられた声に靴を取ろうとしていた手を止めた。
 長い髪に、校則通りに完璧に整えられた制服。化粧やアクセサリーの類も一切ない。何もかもが校則通りのはずなのに、それでいて周囲の空気と明らかに異質な雰囲気を持つ少女……。
「どうしたの? 鞠那さん」
「行くつもり……かな」
 慎重に言葉を選びつつ喋る静に、セイキチは穏やかに笑った。
 代名詞すら使わない会話でも、彼女が何を問いたいかくらいは分かる。
「行くだろうね。あいつ、辞めたって言っても生粋の喧嘩屋だから」
「そうなの……?」
「力王から昔の事……聞いてないよね」
 あいつが昔の事なんて言うはず無いよな、と思い直し。頷く静に確信を深め、笑う。
 力王が荒れていたのは中学の頃だ。家庭の事情がどうこうという話もあったが、それを知るミナも力王も話そうとしないため、セイキチは知らない。とにかく、ケンカに次ぐケンカ、補導に次ぐ補導で学園都市にその名を轟かせており、セイキチの病院にもよく転がり込んできたものだ。
「まあ、今思えば、あいつが補導されても釈放されてたのは家のせいだったんだろうけど……」
 わずかに顔を曇らせた静に気付き、口を閉ざす。
 よく考えたら静の実家は台場の分家筋だ。本家の事を悪く言われていい気分はしないだろう。
「とにかく、高校に入ってからは何でか落ち着いてたな。ケンカ屋を廃業したって話も本当だし……。そうだ」
 ふと思いだし、話題を変える。これ以上力王の昔の話をしても、場が暗くなる一方だと思ったからだ。
「鞠那さん、あの話なんだけど……」
 そう言われた静が話の内容を思い出すまでに、数瞬を要した。
「……ごめんなさい」
 数瞬の後、小さく一礼。丁寧に切り揃えられた黒く長い髪が、さらりと細い肩に流れる。
「そっか。そう言うと思った」
「私だけでも、あの人の味方でいたいから……」
「……だな。悪かったね、変な事言って」
 彼女の答えはセイキチにしてもとうに予想済みだった。ただ、彼女の口からちゃんと確認しておきたかっただけだ。
 静の決意に安堵しようとして……少女の様子にいぶかしげな表情を浮かべた。
「……鞠那さん?」
 対する返事は短い。
「来た」
「来たって……まさか」


「小さい……?」
 それが第一印象だった。
 全高は2mほど。今まで8mや10mといった巨体ばかりだったギガダイバーにしては、随分と小さい。いつものギガダイバーと同じ気配を漂わせていなければ、リキオウにも信じられなかっただろう。
 黒いそいつは6車線道路の真ん中に不動の姿勢で立ち、軽く腕組み。余分な腕や足などもない完全な人型だ。
 と、人型ギガダイバーはこちらに気付いたか、伏せていた顔を上げた。
 鋭い視線の色は、深い赤。
「……いい目だ」
 視線を合わせたまま、リキオウは拳を構える。
 対する人型も、拳を構える。
 ただ暴れるだけの今までのタイプとは違う。そんな感情がリキオウの中にはある。闘志を秘めた瞳の色を見てからは、それは確信へと変わっていた。
 構えたまま、無言で対峙。
 伸ばした拳、曲げた脚、相手の構えから互いの手の内を読む。
 リキオウは格闘家ではないが、負けられぬ責を背負うのは喧嘩屋も同じ。むしろ、負けられぬ戦いをしているという意味では格闘家を凌ぐかもしれない。
 拳打、蹴撃、乱打の応酬。
 既に心の内では数十合の撃ち合いが終わり、互いの手の内をさらに読む段階へと進んでいる。
 その頬に、流れぬはずの汗が流れる感覚が伝わるほどに。
「……どう出るか」
 ふと、人型が構えを解いた。
「……何?」
 そいつは背と片腕を伸ばし、指先だけでこちらをくいくいと招く。
 その後、己の拳と拳をがっきと打ち合わせ、再び構えを取った。
 一瞬の間。
「…………くくく」
 言葉はない。
「ははははははっ!」
 声なき声で、だがそれでもリキオウは笑った。
 構えを解き、隙だらけのままで、リキオウは笑い転げた。今相手が攻撃してくる事は、絶対にないと分かっているから。
 ひとしきり笑い転げ、こちらも再び構えを取った。
 安定や防御など考えぬ、極端に攻撃的な姿勢だ。
「そうか。そう来るか! あんた偉いよ!」
 もう相手の動きを読む事はない。読む必要も、意味もない。
 何も考えず、漆黒の右腕をかざして全力で突っ込むのみ。
 同じく全力で突っ込んできた黒いギガダイバーの拳を真っ正面から顔に受け止め、リキオウも渾身の鉄拳を相手に叩き込む。
 力も技もない。
 殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返す。回避などは考えもしない。
 ただ受け止め、叩き付け、打ち砕く。
 打ち砕かれた方が負け。立っていた方が勝ち。勝ったからといって何があるわけでもなく。ただ、『立っていた方が勝者』。極めてシンプルなルールの上で、凄絶な打撃戦は淡々と進んでいく。
 リキオウの肩が砕け、黒い人型の腕が鈍い音を立てて折れた。
 だが、まだ終わらない。
 どちらも膝を屈さない。
 戦車と戦車がぶつかるような地響きすら立て、究極にして愚かしい殴り合いは果てしなく続いていく。


 そして。
 最後に立っていたのは、ボロボロのテラダイバーだった。


 夕陽が沈んでいく。
 既に時刻は6時半。西院の河原に伸びる影は、長い。
「……悪い。遅くなった」
 ようやく現れたリキオウは悪びれる風もなく、無言でこちらを見据える巨躯にそう声をかけた。
「気にするな」
 腕組みを解き、拳を構える御剣に。
 力王は背と片腕を伸ばし、指先だけでこちらをくいくいと招く。
 その後、己の拳と拳をがっきと打ち合わせ、こちらも構えを取った。
「……よく分かってるな」
 無表情だった御剣の唇の端がニヤリと歪んだ。
「当然だろ、喧嘩番長」
 対する力王も不敵な笑み。
 立っていた方が勝ち。倒れた奴が負け。勝者が得るのは、勝者の称号。敗者が叩き付けられるのは、敗者の称号。
 シンプルなルール。
 拳と拳が正面からぶつかり合うまで、わずかも掛からなかった。


「ったく、懲りないねぇ……」
 日が暮れても殴り合いを続ける二人の巨漢を離れた所から眺め、鷹見風成は苦笑を浮かべた。
「まったくだ」
 そんな風成にショート缶のコーヒーを渡しつつ、力王の様子を見に来た誠一も笑う。とりあえず、力王は無事だったようだと一安心だ。
「お互い、気合の入った友達を持つと苦労するな」
「ははは。まあ、慣れると楽しいけどな」
 それそれ、と笑う風成だが、表情の端にわずかに冷静な色があった。
「もちっとうまくやろうとか思わないのかねぇ……ミツルギも」
 声なき声で呟く風成の言葉は、誠一には届かない。
 プルタブを開け、一口。
「あ。これ砂糖ナシっすか。俺、甘党なんだけど」
 のんきな会話をよそに、殴るためだけの殴り合いはまだまだ終わる気配を見せなかった。



−次回予告−

 そいつは空からやってきた。
 リキオウを超える速さと、センマルを超える力を持って。

 けれど案ずることはない。
 我らは持っているのだから。
 そいつを超える力と……そいつを超える速さを。

 次回 テラダイバーリキオウ
 第18話『天空よりの使者 Wダイバー共同戦線』
続劇
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