そいつは、再び立ち上がった。 護るために、戦うために。 破壊を破壊するために。 強い想いが疲労を凌駕し、恐るべき再生能力が貫かれた胸さえ元に戻していく。 黒き力。 破壊の力。 ダイブ、の呼びかけの元に現れた、より深き、より昏き力。 だが、黒いそいつは微動だにしない。 できない。 その、圧倒的な力ゆえに……。 第14話 『台場の血の呼び声 テラダイバー復活』 「今日は大丈夫かねぇ……」 中心区からのライブ映像が映されたTVを心配そうに見やり、丸々と太った中年男はそう呟いた。本来はコンビニの店内にこんな物を持ってきてはいけないのだが、今日は非常時ということで部屋の奥から引っ張り出してある。 「あの青いのもやられたって言うじゃないか。力王君も結局来ないままだし……ホントに巻き込まれちゃったのかねぇ」 この街区に出されていた避難勧告も避難命令に切り替わっていた。しかし、災害用品を取り扱っている店である以上、ギリギリまで営業を続ける……というのが店長の出した結論だ。 もっともその災害用品もほぼ売り切れてしまい、後はミナ達が逃げるだけなのだが。 「ううん……」 カラになった冷蔵庫と食品の棚をちらりと一瞥しつつ、ミナ。 その時、ドアがカランと鳴った。 「ああ、すいません。食べ物と水はもう売り切れちゃったんですよ」 苦笑しながら頭を下げる店長に、答えはない。 佇むのは、清楚な和服に身を包んだ、長い髪の娘が一人。 「……鞠那さん?」 鞠那静だった。 そこは、闇の中だった。 手を伸ばし、引き上げ、共に戦おうとして…… 支えを失い、逆に引きずり込まれた。 闇の中。 深い、昏い、果てなき水の底の底。 その底で彼は……。 まだ、動かない。 「力を……貸して欲しいの」 静が言ったのはその一言。だが、ミナにはその一言で彼女の言わんとする全てが理解できた。 「だって、あたしは……。鞠那さんも知ってるでしょ? それに、鞠那さんの方が……」 「あの人にはみんなの力が必要なの」 ミナの言葉に頷きはするものの、それでも静は呟く。小さな声だが、大音量のTVの音にも負けずに届く、透き通った不思議な声。 その瞬間、全てが沈黙した。 TVの音も、煌々と光る蛍光灯の輝きも。 停電が起こったのだ。 「お願い」 薄暗いコンビニの中、広がるのは静の言葉のみ。 「行ってあげなさい、ミナ」 それにふわりと重なったのは、男の穏やかな声だった。 「父さん……」 母親の持ってきた避難用の荷物を背負い、丸顔の男は細い目をなお細めて笑う。口数の多い父親だが、珍しく何も言おうとしない。 「……分かった」 「ええ」 そして、少女達は走り出す。 そこに、彼はいた。 体は縛され、思考すら封じられて。 黒く染まった体に命の輝きはなく。意志の激しさもなく。 ただ、静かに。 静かに……。 学校は避難にやってきた住民であふれかえっていた。あちこちに広げられたビニールシートの上、持ち込まれた携帯ラジオやテレビを中心に、いくつもの輪が出来上がっている。 その輪の少し外れた所に、二人の少年がいた。 「行かないのか?」 ぽそりとそう言ったのはそのうちの一人。相方よりはやや背が高いが、全体から見れば平均値といった所か。 「……分かってるだろ、セイキチぃ。俺、アイツに顔合わせ辛いって」 苦笑するのはその相方。小柄な体に活動的な雰囲気を持つ少年、小飼春人。背の高い方はもちろんセイキチこと、荒柴誠一だ。 「ああ。知ってる」 さらりと答えたセイキチにハルはこけた。 「お前なぁ……」 起きあがりつつ突っ込もうとして…… 「鞠那は行くって言ってたぞ。途中で源河も誘うって」 言葉を止める。 「で、お前は行くのか? 行かないのか?」 「……叶わねえなぁ、真面目なバカには」 突っ込みの代わりに放ったのは、彼にしては珍しい文句と、苦笑い。 「お前はバカなバカだろうが」 「待て、そりゃどういうコトだっ!」 そして、少年達も走り出す。 行く場所は……ただ一つ! その時、声が響いた。 空耳だったかも知れない。けれど、声が響いた。 「……」 ぴくり。 縛され、封じられて動かぬはずの指先が、わずかに動いた気がした。 「……やはり、ダメか」 ビルの屋上。避雷針の上にふわりと降り立ち、センマルは失望したように呟いた。 表情のない貌で、静かに見回す。 誰もいない街は静かなものだ。フェムトごと吹き飛ばした廃ビルと戦いのあった周辺以外、目立った破壊の跡もない。 ゴーストタウンと化した街には、悪夢から抜け出たような外観を持つ、白い戦士がただ一人。 「……おや?」 そこに、二つの影が加わった。 一つは、ビルの影からぬるりと滑り出てきた8mほどの巨大な獣。白くあまりに長い毛に覆われているため、全体の形はよくわからない。 もう一つは6車線道路の真ん中に。逆光を浴びて立つ、巨大な鋼鉄のサソリ。両腕にハサミを構え、粒子砲を備えた尻尾を逆立てる。 叫びのギガダイバーと、メガダイバー・ゲンオウ。互いにいがみ合う風はなく、どちらもビルの屋上、避雷針の上へ標的を定め、構えたまま。 「ライメイの手先か」 対するセンマルはつまらなそうに漏らすのみ。ただ、多少感情の機微に聡い者が聞けば、彼の放ったその名前にはいくらかの憎悪が込められていたと気付くだろうけれど。 周囲をゆらゆらとたなびいていた純白の帯が主の感情の動きに応じ、ゆっくりと筒状の形を成していく。小さな放電の始まった二丁の電磁加速砲が指し示すのは、白き叫びのギガダイバーと、赤銅色の鋼のサソリ。 やがて白が叫び、赤の粒子砲が吼えた。 「お爺様がいないと思って……好き勝手にやる!」 ヒステリックな声に放電が激しさを増した。 着弾。 加速された重粒子のビームは雷をまとった白の槍が容易く切り裂き、収束された破壊の叫びは白き狂気に対してそもそも全くの無力。サソリが近接戦に持ち込むには、センマルはあまりの高みにある。 「……終りだ。父上」 チェック・メイトは一瞬で。 放たれた無数の音速弾丸が、白と赤、二つの影を粉々に打ち砕いた。 イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ! 断末魔の絶叫と鋼鉄の金切り声があたりに響き渡る……。 「リキオウ!」 「応!」 応じる声。 黒い体から漆黒の炎が膨れあがり、爆発し、無数の鎖を打ち砕き。 闇を引き裂き蘇るは、破壊の守護神。 「早く呼べよ……遅いっつの!」 縛るものは何もない。思うままに動く右腕を軽く回し、自由を確認。 構える。 往くべき場所はただ一つ。 「行くぜぇ……センマルっ」 漆黒のテラダイバーは一条の弾丸と化し、蒼い空へと飛び立った。 「来たね……リキオウ!」 そう知覚した次の瞬間、センマルは既に殴り飛ばされていた。 「来たぜ……センマル!」 岩盤のように分厚い筋肉に覆われた、振り抜かれた腕の向こう。無貌のはずのテラダイバーに凶暴な笑みが浮かぶのを、センマルは確かに見た。 それを確認するよりも迅く。漆黒のリキオウは空中で左足を踏み込み、流れる体を力任せに引き返すや返す刀で裏拳を叩き込んだ。 「とりあえず、さっきのぶんだ」 「なるほど……ね」 舞う体を安定させ、体勢を取り直したセンマルも失笑。 既にリキオウの顔に笑みはない。体の色を除けば、いつと同じ無貌のテラダイバーだ。 「まあ、いいよ」 左右のレールガンを伸ばし、直刀として握り直す。 「第2ラウンド開始といくか? センマル!」 「……大丈夫か?」 上空で始まった壮絶な打撃戦を見上げ、セイキチはようやく合流した顔ぶれを確かめていた。 「ああ。何とか……な。ミナも大したコト無くてよかったわ」 苦笑するのはハル。どこで迷ったか、ミナと共に途中からいなくなっていたのだ。 「ゴメンね……。なんか、石が当たったみたいで」 ミナの方は頭に飛び散った破片を受けて流血していた。ただ、医者の家出身のセイキチの応急処置で事なきを得、今は彼に背負われている。 「気にしなくていいって。俺が何とか出来る範囲で良かったよ。ま、帰ったら親父にみてもらおうぜ」 「……うん」 穏やかに笑うセイキチに、ミナはきゅっとしがみつく。 「それより、重しになってる方を気にしようぜ」 「うっさい!」 へらりと笑うハルにセイキチの背中からげしげしと蹴りを叩き込んでおいて、静の方に向き直る。 「鞠那さんもありがとね。助かった」 「……気にしないで」 「何だ? 見つけてもらった礼か?」 例によってバラバラになっていた二人を見つけたのは静なのだ。まあ、前のリキオウの時といい今回といい、勘がいい方なのだろう、と3人は適当に見当を付けている。 「いいの。あんた達には関係ないの」 「それより、早くこの辺から離れようや。リキオウも無事だったしよ」 「だな」 そして、4人は戦場を後にした。 「……始まったか」 二人の戦いを見守る者が、ここにもう一組あった。 堅実で穏やかそうな男と、秘書然とした美女。美女の方は、腕や脚に巻かれた包帯と吊られた腕が痛々しい。 「お止めしますか? 総裁」 「君にこれ以上の無理をかける事もないだろう。ここは……私がいこう」 ビルの上。安物のタバコをふかしながら、男は穏やかに呟いた。 「総裁が?」 「たまには父親の威厳も見せなければ……な」 そう言って気安く笑う男は、とても世界企業の長には思えない。 台場グループの新たな総裁におさまった男。 名を、台場雷名という。 「……その力だ。その力だよ、兄さん!」 圧倒的な力の込められた拳。直撃を受け、片腕を折られながらもセンマルは歓喜の叫びを上げた。 半歩下がって使い物にならない腕から直刀を引き抜き、瞬時にレールガンへ展開。短射程で三発を速射する。 「何言ってやがる!」 対するリキオウは、拳の連打で電磁加速された音速弾丸を迎撃に出た。ストライカーすら使わず、音速の衝撃を与えられた弾丸のうち二発を撃砕。受けきれなかった一発は右腕に直撃するが、半分めり込んだだけで腕を吹き飛ばす様子はない。 「だらぁっ!」 着弾の衝撃で後に流れた右腕を力任せに押し切って、カウンターでそのまま拳打。センマルの腹にブローを叩き込む。 「いつも力押しだね、兄さんは!」 対するセンマルも折れた腕を帯で固定し、残る直刀を両手持ちで大上段に。懐に入る寸前のリキオウの頭を狙い、鋭く振り下ろす。 「悪いか!」 着弾の瞬間に螺旋を描いた衝撃は、大気をねじ曲げ、破壊の疾風を巻き起こし……リキオウのストライカーと成す。 「美しく……ないっ!」 斬撃の瞬間に重なった二本の雷の帯は、同調により普段の数倍もの力を発動させ、超電磁の刃……センマルのストライカーを生み出した。 「なら……」 「……お前がっ!」 拳と刃。 旋風と電光。 破壊と破壊。 二つのストライカーが交錯するその時! 突如、あたりに猛烈な雷撃音が響き渡った。 「……?」 唐突に響いた雷鳴にリキオウは拳を止め、思わずあたりを見回した。辺りを見回す余裕があったのは、センマルも超電磁の刃を止めていたからだ。 「……まだ、ヤツの相手には早すぎる」 小さく呟き、白きテラダイバーは雷に包まれた自らのストライカーを収めた。 「……今日はここまでのようです」 「何?」 センマルが雷が苦手という話は聞いた事がない。だが、確かに彼は雷が鳴った瞬間、刃を収めた。 「それでは兄さん、ご機嫌よう。次までには、ご自分の力をもう少し使いこなせるようにしておいて下さいね」 そして一礼。リキオウには追いつけぬ速度で雷鳴の中を去っていく。 「お、おい待てっ!」 後には、何も分からぬ黒いテラダイバーだけが残されるのだった。 ようやく訪れた平和な一時。 けれど、それは穏やかとは微妙に縁遠い学園生活の再開を意味していた。 力王の靴箱に入っていた挑戦状とは? そして、夕焼けの河原で繰り広げられる激闘の果てにあるものとは? 次回 テラダイバーリキオウ 第17話『テラダイバー対ケンカ番長』 |