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「遅いねぇ……力王君」
 丸々と太った中年男は壁の時計に目をやると、そう呟いた。
 力王はああ見えて、時間は守るタイプだ。休む時や遅れそうな時は電話の一つも入れてくる。少なくとも、今まではそうだった。
「中央の方じゃ、また騒ぎが起こってるっていうし……。大丈夫かねぇ」
 例の怪物騒ぎだ。
 最近何度も起こっているし警察も防衛軍も大丈夫というから、中央から離れたこのあたりに避難勧告は下されていない。だが、中央に出かけていた力王がその戦いに巻き込まれている可能性は……否定できない。
「冬絵。力王君から何か聞いてないかい?」
「……う。うん。別に……」
 まさか戦っているのが当の力王です、などとはとても言えず。
 ミナは笑って誤魔化すしかなかった。


テラダイバーリキオウ
第11話
『リキオウの死』


「繊……丸?」
 目の前に立つ白い戦士に、力王は呆然と声を掛けた。
「なんだい? 兄さん」
 答えるのは、穏やかな声。他人には聞こえぬはずのテラダイバーの声に答えるのは、間違いなく台場繊丸の声だった。
 全身が蒼い筋肉で覆われたリキオウの巨躯とは対照的な、痩せぎすなほどに細い体。2mの身長はリキオウと同程度だが、巨躯というよりは長身といった方がしっくりくるだろう。
 背中から生えた一対の帯状の器官が特徴的な、純白の戦士。
 それが今の繊丸の姿だった。
「別に、兄さんだけがダイブ出来ると思ったら……」
 ゆらゆらとたなびく帯状の器官がゆっくりと丸まり、筒状のパーツを成していく。細く長い砲身となったそれに、短い、断続的な稲妻が走り、周囲にパチパチという撥音を撒き散らし始める。
 砲身の先が向くのは、力なく崩れたままの蒼き闘士。大蛇型ギガダイバーの攻撃にさらされた弟を庇って倒れた、リキオウだ。
「大間違いだよ」
 放たれたのは、しゅっ、という短い音だった。音が響く寸前に体を起したリキオウを、雷をまとった小さなつぶてがかすめ……。
 凄まじい炸裂が周囲を揺るがした。
 火薬銃よりも静かな音で弾丸を放ったそれは、火薬銃などはるかに凌ぐ破壊力を持つ、必殺の兵器。その威力は先程ギガダイバーを一撃のもとに葬り去った事からも保障済みだ。
「……それが、お前の武器か」
 ボロボロの体のまま立ち上がり、リキオウは苦々しげに言葉を放った。体はさっきまでよりもいくらか回復している。だが、センマルと戦えるほどでは……ない。
 立っているのが精一杯なのは、周りから見ても明らかだった。
「そう。電磁加速砲……レールガンって知ってる?」
 リキオウの様子など興味なさそうにセンマルは呟く。
 レールガンとは、弾体を高圧の電気で磁化させ、電磁の反発でそのまま発射する電気式銃のことだ。銃身と弾丸が直接触れず抵抗がないことと、電磁反発の特性上、火薬銃など比べ物にならない弾速を与える事が出来る。
 唯一の欠点は、あまりに高い電圧が必要なため、ほとんど実用化されていない……という事か。
「知るかっ!」
 立ち上がったリキオウはそのまま駆け出し、センマルに拳を振り上げた。
 目の前の少年から言葉と共に伝わるのは、明確な敵意……いや、殺意。
 すなわち、『敵』だ。
「だから、兄さんは学がないって言われるんだよ」
 無謀にも突っ込んでくるリキオウに長大なレールガンを構え、放つ。
 あっさりと避けられた。
「な……っ!」
 そのまま懐に飛び込まれ、重厚な拳がコンパクトに振りかぶられる。
「学はなくても、経験はテメェよりはマシだろ」
 レールガンの銃身は長く、弾道は所詮まっすぐだ。銃身の向きさえ見ていればかわすのは比較的容易い。少なくとも、扇状に襲ってくる大蛇の衝撃波よりは楽な相手だ。
 だが。
「…………ッ!」
 吹き飛んだのは、リキオウの方。
「兄さん程度の経験で何言ってんの?」
 軽蔑の笑み。
 センマルはレールガンの銃身を短く縮め、近接で撃ったのだ。銃身は帯状の器官が丸まっただけだから縮める事は造作もない。紙を丸めて作った筒が簡単に長さを変えられるのと同じようなものだ。
 威力は下がるが、一旦引き離してしまえば近接専門のリキオウに分はない。
「自分の弱点くらい、把握ずみだよ」
 銃身を伸ばした2門のレールガンが吼え、リキオウの両腕を容赦なく貫いた。


 男はスーツ姿の美女からの報告を受け、眉をひそめた。
「リキオウとセンマルが?」
 背格好はやや長身と言った所か。
 年の頃は40半ば。堅実で実直そうな印象を与えるが、重々しいプレッシャーさえ与えるこの会長室の主に据えるには……やや、役不足といった感がある。
「はい。お止めした方が宜しいのでは……?」
 対する女性は完璧だった。
 長い黒髪に、若く知的さを感じさせる顔立ち。派手さはないが、優雅で落ち着いた物腰と装いは、台場グループの総裁秘書として相応しいもの。
 名を、鞠那日美佳という。
「そうだな」
 日美佳から絶妙のタイミングで渡された資料をざっと眺め、男は軽く頷いた。目を通し終えた資料は不要と判断し、忌々しげにシュレッダーへと放り込む。
「日美佳君。頼めるかね? 前総裁の残務処理が忙しいとは思うが……」
 分厚い紙が粉々に切り裂かれる耳慣れた音を聞きながら。
「……どうしたね?」
 わずかに動揺する様子を見せた日美佳に、男は首を傾げた。男が『前』総裁の跡を継いで総裁になってからまだ数日しか経っていない。だが、それまでの数年も、彼女の一分の隙もない完璧な秘書ぶりは見てきたつもりだ。
 その彼女が、動揺している。
「いえ、別に」
 内心の想いを押さえながら、日美佳。軽くうつむき、顔を上げた時にはもとの完璧な秘書に戻っている。
「そうか。なら頼むよ」
「かしこまりました、新総裁。それも、私の役目ですから」
 それからわずか3分の後。
 台場グループの本部ビルから、一台のオートバイが走り去っていった。


  「兄さんには3つ、欠点があると思うんだ」
 崩れたままのリキオウを、センマルは軽く蹴りつけた。
 軽くといっても見た感じの話だ。人外の力を持つテラダイバーの蹴打、自動車を粉砕する程度の破壊力は持ち合わせている。
「く……ッ……。ンだと……?」
 吹き飛ばされ、壁に叩き付けられて崩れ落ちるリキオウにゆっくりと歩み寄りつつ、センマルは続けた。
「一つは、自分の弱点を気付いていない点」
 レールガンを伸ばし、照準を腹に定める。
 電磁の槍が吼えた瞬間、炸裂音が響き渡った。
「どこが……弱点って?」
 片膝を着いたまま拳を正面に突き出し、リキオウは不敵に笑う。
 破壊の拳『ストライカー』を撃ち出された電磁弾丸の正面に叩き付け、粉砕したのだ。
 近接戦しか出来ない事など百も承知。なら、その近接で襲い来る全てを打ち払えばいい。血の吹き出した拳を構えたまま、無言でそう笑う。
「……まだそんな力が残ってたんだ? でも、限界だよね?」
「うっせえ!」
 立ち上がったリキオウのフラフラの拳を軽く避け、がら空きの腹に膝を打ち込んだ。
 杭打ち機のような鈍い打撃音が無人の市街に木霊する。
「ほらほら。人の話を聞かないのが、二つ目だね」
 あくまでも口調は穏やかに。やや気色ばんでいるのは、同格の強さを持つはずの相手を一方的にいたぶれる優越感からか。
「テ……メェェッ!」
 だが、リキオウはまだ屈しない。時折よろけ、バランスを失い掛けながらも、白き敵へと歩み寄る。
 しかし、最後の力を振り絞ったリキオウの体当たりは、むなしく空を切るだけだった。
「最後は……」
 周囲をゆらゆらと舞う帯状の器官を広げ、白きテラダイバーはふわりと空に舞い上がった。電磁を操る彼は、その力を応用させて空を舞う事も出来るのだ。
「僕みたいに、自分の力を使いこなしてない点だけど……。聞こえないみたいだね」
 体当たりを避けられて倒れ込んだリキオウからは、動く気配すら失われていた……。


−くそっ……−
 沈みゆく意識の中、力王は求めていた。
 力を。
 全てを守れる力を。
 迫り来る敵を退け、打ち払い、守りたいものを護れるだけの力を。
 破壊のための力ではなく、護るための力を。
 ゲンオウよりも強い、ストライカーよりも強い、テラダイバーよりもさらに強い、さらなる力を。
 ごぼり。
 沈みゆく意識の底に、何かがいた。
 蒼い闘士がいた場所よりもさらに深く、深く、昏い場所に。
 力王は沈んでいくのは、そいつのさらに底の底。
 多分、死、と呼ばれる深みまで。
−お前は誰だ−
 傍らを過ぎる瞬間、力王はそいつに声を掛けた。
 返事はない。
 だが、感じた。
 力を。
 誰にも負けぬ、圧倒の力を。
 死の底からでも立ち返れるほどの、強烈な意志を。
−力を貸してくれ。もう一度、全てを護るために−
 だからもう一度、声を掛けた。
 永遠とも思える一瞬の後。
 応、と、返事があった。


 天空を漂っていたセンマルは、小さく感嘆の声を上げた。
「……へぇ」
 リキオウが立ち上がったのだ。
「根性だけは誉められるね」
 はるか下の大地から、ゆっくりとこちらを見上げる蒼。
「……っ!」
 その赤い色に、センマルは一瞬息を飲んだ。
「……そうだよ。それでいいんだ、兄さん」
 圧された、と気付き、腹の底から笑いが込み上げてくる。気で呑まれた事に対する怒りはあまりない。むしろ、悦びの方が強かった。
 眼下に兄を見下ろし、センマルは笑い続ける。


 弟の笑い声は、大地に立つ兄にも届いていた。
「……野郎」
 全身の痛みは消えていた。筋肉を動かすとやや軋むが、その程度だ。戦うには何の問題もない。ただ、構えた右腕だけが、なぜか黒く染まっていた。倒れるまでは蒼一色だったはずなのに……。
「まあ、いいか」
 そう思い、悩むのをやめた。
 考える代わり、軽く膝を折って標的を見定める。近寄るために跳躍なんて芸がないとは思ったが、不思議と外れるとは思わなかった。
「行くぞ」
 力を込めた瞬間、両の脚が漆黒に染まり……。
 足元が爆裂し、アスファルトが砕け、周囲の全てが吹き飛んだ。
 そこから生まれた一条の閃光が、上空の白までの空間を一瞬で切り裂いていく。


「……来い!」
 迫り来る閃光に白き戦士は槍を構えた。帯状の器官を丸めて先を細めた長槍はもろそうに見えるが、テラダイバーと同じだけの強度を誇る。
「……往くぞ!」
 槍を構えた白に蒼き闘士は拳を構えた。蒼い鋼鉄の筋肉が震え、膨脹し、徐々にその色を強め、光さえ弾かぬ漆黒に染まっていく。
 片や拳、片や槍。
 交差し、打ち砕き、貫く。
「なっ……!」
 放たれた声は、同時だった。
 槍の色は赤。迫り来る蒼の胸板を貫いて。
 拳の色は蒼。突如として漆黒の力を失って。
「ぐ……っ」
 ずるり、と二本の槍から2mの巨体が滑り落ち、血まみれのリキオウははるか大地へと落下していった。


「沈静化……だと……」
 落ちていくリキオウを、センマルは半ば呆然としたまま見送っていた。
 眼下の森の中。蒼い巨体が消えた後、ゆっくりと顔を上げる。
「……おのれ」
 呆然が醒めたセンマルは、暗い眼で辺りを見回した。
 誰がやったのかは分かっている。こんな事が出来るのは、この世でただ二人……。
 いた。
 廃ビルの上。こちらに手を伸ばしたまま立つ、灰色の戦士。
「……鞠那……日美佳。貴様ァ……ッ!」
 血塗られた二条の槍をレールガンへ戻し、センマルはこみ上げる怒りにまかせて廃ビルの上へと電磁弾を乱射した。一撃でテラダイバーをも吹き飛ばす一撃だ。着弾と同時にビルはチーズのように削られていく。
「父上……それにフェムト……。何故僕の邪魔をする……くそっ!」
 忌々しげに呟くと、ようやく血塗られた帯を本来の形態へ戻した。既にビルなど影も形もない。瓦礫すら粉砕され、ほぼ完全な更地となっている。
「リキオウ。あの程度で死ぬなど……許さないからな!」
 白きテラダイバーは足元に広がる森を見下ろし、震える声でそう吐き捨てた。



−次回予告−

 リキオウが死んだ。

 蒼き守護神が失われた時、明かされるのはギガダイバー達の真実か?
 それとも、白き刺客の目論見か?

 最強のギガダイバーが姿を見せる時……。
 漆黒の破壊神が今、目覚める!

 次回 テラダイバーリキオウ
 第14話『台場の血の呼び声 テラダイバー復活』
続劇
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