はるか上空から、流星の如き蹴りが叩き込まれた。 方向は直下。重力によって極限まで加速された破壊の一撃が、公園の真ん中に居座る巨大な異形に突き刺さる。 一撃でジ・エンド ……のはずだった。 「なっ……!」 受け止められたのだ。 −イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!− 流れる毛が揺らぎ、その奥から放たれた咆吼。衝撃を伴った叫びより生み出された、姿なき壁に。 音速超過の衝撃波だけが爆裂し、あたりの遊具をなぎ払う。 立ちこめる砂煙が払われた後に残ったのは……。 その場に呆然と腰を下ろした力王の姿だけだった。 第07話 『必殺技を会得せよ! 発動テラストライカー』 「ちーっす、店長」 コンビニのガラス張りのドアを開けると、そこにいたのは丸々と太った中年親父だった。 「ああ、力王君。なんかまた怪物が出たみたいだけど、大丈夫だった?」 大柄な少年の姿を見るなり、男の細い目がもっと細まり、人なつっこい笑顔が浮かぶ。ほとんど寸法的にギリギリといったふうのコンビニの制服の胸元には、店長と書かれたバッチがピン一つで危なげにぶら下がっていた。 「ええ。何とか……」 とりあえず敵は退けたし、今日はバイトもない。ただ、夕飯だけは都合しないと腹が減ってしまう。 ついでにミナの様子も気になった。 「店長。ミナ、帰ってますか?」 一番安い弁当とオニギリを何個か取り、さっさとカウンターへ。店の品揃えは一通り知り尽くしているだけに、メニューを選ぶといった動作は全くない。 「冬絵かい? まだだと思うけど……。何かあったの?」 太った腕で小さなバーコードリーダを扱いながら、店長。こちらも力王の確認を取る事もなく、業務用の電子レンジの中へ弁当を放り込む。 「なんか風邪っぽいみたいで、セイキチと一緒に帰ったんですけど……」 スイッチを押そうとする指が、ぴたりと止まった。 「誠一君かぁ。だったら、まだ荒柴先生の所なのかね?」 ぴちぴちに張ったポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきで病院の番号をプッシュする。太い指でどうしてそんなスピードが出るのかと思えるほどに早い動きだ。 プッシュは早いクセに、携帯の住所録の使い方は全く覚えようとしない。そのへんのアンバランスは、店長のポケットにどうやって携帯が収まっているのかと合わせ、このコンビニの謎の一つになっている。 そんな事を力王がぼんやりと考えていると、どうやら電話が繋がったらしい。 「はい。源河酒店の源河ですが……はい。はい。あ、そうですか。はい。どうもー」 短い会話の後で一礼してポケットに携帯を押し込むと、店長は少し困った表情を浮かべた。 「いま誠一君に送ってもらってるそうだよ。でねぇ、力王君。悪いんだけど、もうすぐ夜だし……」 「いっスよ」 内容すら聞かず、力王は即答した。子煩悩で評判のこの店長のこと。付き合いも長いし、ここで言いたい事など予想済だ。 それに、まだ怪物を倒したわけではないから……襲われる危険もある。 「悪いね。後で肉まん一つおごるからさ」 「じゃ、行ってきます」 そう言い残し、力王はコンビニを後にした。 そろそろ点き始めた街灯の下。男は辺りを見回すと、手元のメモに再び視線を落とした。 書かれているのは一つの住所と走り書きのようなものだった。ついでにクリップで数枚の写真が留められている。 「ハルキのヤツ……なんでこう、いい加減な調べ方しかしてねえんだよ」 メモは知り合いの探偵に頼んで調べてもらったものだ。住所はかなり正確なものだったが、学園都市に来て日が浅く、土地勘のない男にはどこがどこだかさっぱり見当がつかない。 地図くらい買っとけばよかったかなぁ、と少し悔やみ……目に入ったのは一軒のコンビニだった。 「おい、ちょっと君」 掛けられた声を、とりあえず力王は無視した。横目に見れば、まだ9月も末だというのにコートなど着た怪しげな男だ。基本的にも応用的にも、関わりたい相手ではない。 「そこの君」 無視したまま、軽くアスファルトを蹴る。運動神経には自信がある。少なくとも、目の前の中年親父くらいは余裕で引き離せる自信はあった。 だが。 「蒼い闘士のお前」 「な……っ!」 その足が、止まった。 呆然と立ちすくむ力王を、コートの男は人の悪い笑みで見渡していた。 年は30も半ばを過ぎているだろう。ぼさぼさの短髪に、かぎ裂きのある古ぼけたコート。表情によっては精悍に見える顔つきも、微笑ヒゲとにやけた笑みのおかげで台無しになっていた。 「あんた……何者だ?」 「謎の男……じゃ、イカンよなぁ」 へらりと笑う男。力王はまだ若く、男の瞳の奥に浮かぶ猛禽の如き鋭さに気が付いていない。男の下らない冗談に、眉をひそめているだけだ。 「お前が前に戦った鋼鉄のサソリ……メガダイバーのパイロットだよ。後、お前が最初に出てきた時、上を飛んでたヘリコプターにも乗ってた」 「……へぇ」 前で戦っていた二機のうち一機は祖父である元応が、もう一機はよく分からないが子供が乗っていた気がする。そうなれば、後で休んでいた三機目のサソリがこの男……というわけか。 「で、そいつが何用だ?」 「もう敵じゃねえよ。辞表も出したし、台場とは無関係だ」 慌てて手を振る男だが、力王が警戒を緩めた様子はない。 当然か、と男は苦笑。自分が同じ立場でも、自分のような怪しいヤツをうかうかと信じたりはしないだろう。 「ただ、ここを去る前にお前と少し話がしてみたくてな。ああ、歩きながらでいいぜ。急ぎだろ?」 「話?」 そう言いつつ、力王は歩き始めた。並んで男も歩き始める。少し後ろに行こうとすると巧みにかわされてしまうあたり、力王の警戒はかなりのものらしい。 そんな相手に前置きは面倒なので、いきなり核心に切り込んだ。 「お前、何のためにあのギガダイバー共と戦ってる?」 「……ギガダイバー?」 「ああ。ギガダイバーっつーのは、あのバケモノどもの仮称だよ」 お世辞にもいいセンスとは言えないが、トップの決定なら反論の余地などなかった。それに、もともと名前にこだわる意味もないし、そういう性格でもない。 「あいつら、ギガダイバーってのか」 と、妙に納得したふうの力王に男は少し呆れた。 「名前も知らないで戦ってたのか。俺達も本名は知らないから、コードネームみたいなもんだろうけどな」 男の例によっての苦笑に、力王は無言。 思考の沈黙の後、男より頭半分大きい少年は、ぽつりと呟いた。 「成り行きだよ。あと、頭ん中で声がするんだ。あいつらは敵だ、ってな」 敵だから倒す。それに、蒼い戦士でいる間はそれが正しい事のように思えてしまうのだ。 もっとも、力王に戻った後もその感覚は変わりないのだが。 「成り行きねぇ……。一度、よっく考えてみるといい。自分が何のために戦ってるのか、をな」 その瞬間、力王は足を止めた。 「……出た」 「ギガダイバーか?」 男の問いに、こくりと頷く力王。 「この忙しい時に……くそっ」 「探してるのは誰だ? 何なら、探しといてやるが」 コートのポケットからくしゃくしゃのメモと共に数枚の写真を取り出す男。写真には力王を筆頭に、ミナやセイキチ、静達など、あの事件に関わった五人の少年少女が写っていた。 「お前のついでに調べて貰った奴らだ。この中にいるか?」 男の言葉に力王は無言。 何かを考え…… 「考えるヒマはねぇだろ。頼るなら頼れ。信じないなら信じないでいい。一瞬で決めろ」 少しだけの間をおいて、男は続けた。 「死ぬぞ」 真実味を帯びたその言葉に、ようやく力王は二枚の写真を選び取る。 「……こいつと、こいつだ」 セイキチとミナ。間違いなく、二人の写真を。 「分かった。探しといてやる。行けよ、テラダイバー!」 「頼む」 そして力王は天を見上げ、名も知らぬ男の前で吼えた。 「……ダイブ!」 リキオウが直感のままに着地したのは、河原の土手だった。 敵には防護壁がある事が分かっているから、また頭上から蹴り込むような真似はしない。 今度は真っ向から対峙する。 −イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!− 再び放たれた絶叫が身を揺さぶる。水面が激しく震え、河原の岩が振動で砕け散るほどの振動波も、同じく鉄壁の守りを誇るテラダイバーには全くの無意味だ。 長く続いた声が収まり、川面に息絶えた魚がぷかりと浮かんできても、蒼き闘士は悠然と構えたまま。 正面には、頭上から足元に広がる長い毛に覆われた8mの白き巨獣……ギガダイバー。 何のために戦うか。 構えた拳の先、叫びのギガダイバーは動く気配すらない。 何のために戦うか。 夕焼けの最後の残光がふと、血の色に見えた。 何のために戦うか。 未だ見つからぬ、セイキチとミナの事が心をよぎる。 あの男、ちゃんと二人と合流できただろうか……。 そういえばハルを静の所に置いてきたけれど、大丈夫だろうか。 何のために戦うか。 何のために戦うか。 何のために戦うか。 ……苦笑。 そうだ。 拳を握る。 何を迷う事がある。 気を長く吐き、肩の力を抜いて左の拳を正面に。右腕は引いたまま、半身に構える。 辿り着いたのは単純な理由。 単純な答え。 「あいつらを放っちゃ、おけねぇよなぁ」 だから護る。 だから戦う。 だから砕く。 打ち砕く。打ち砕く。打ち砕く。 打ち砕く! 打ち砕く!! その瞬間、構えた右腕が激しく吼えた。 「……ッ!」 リキオウは右腕を打ち砕かれ、ズタズタに引き裂かれるような破壊の衝撃に絶叫を上げた。暴風雨のような破壊のエネルギーが、右腕をその周りに駆け巡っているのが分かる。 エネルギーは乗数的に膨れあがり、暴風の中心である右腕はおろか、指一本動かせない。駆け巡るエネルギーに負け、引き裂かれぬよう押さえつけるのが精一杯だ。 「集まれよ」 リキオウの超常の力をはるかに凌ぐ、破壊の奔流。 「集まれよ……」 けれど、リキオウには分かっていた。 これが『力』なのだと。 「集まれって……」 ジリジリと歩を進め、白き絶叫のギガダイバーめがけにじりよる。 一寸でも気を抜けば、たちまち右腕が砕かれ、その余波で全身が引き千切られてしまうであろうにも関わらず。 砕くため、歩みをゆるめる事はなく。 対するギガダイバーは気圧されたか、ぴくりとも動く気配がない。 「集まれっつってんだろうがァァッ!」 四度の咆吼。 咆吼の勢いと全身に溜め込んだ力の全てを解き放ち、暴風の右腕を一気に正面のギガダイバーめがけて叩き付ける。 その瞬間、張りつめた糸が切れたように、ギガダイバーも悲鳴を上げた。 「テラァァッ! ストライカァァァァァァァァァァァッ!」 −イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!− 咆吼と絶叫。 一点に収束した破壊の咆吼は、絶叫の盾など容易く打ち破り。 次の瞬間、白き巨大な魔獣をズタズタに引き裂いていた。 一夜が明け、学校。 「……そうか」 「ああ。ただの風邪だったよ。とりあえず、今日は休めって親父が」 力王にそう言って、セイキチは静かに席に着いた。 結局例の男とは出会えなかったらしいが、無事ならば何も言う事はない。例のギガダイバーも倒したし、力王としては十分だった。 と、教室に入ってきた姿を見て、再び口を開く。 「あ、鞠那ぁ」 鞠那静だ。こちらに静かに歩いてくるセーラー服姿を見て、長く伸ばした黒髪にはやっぱり和服の方が似合うな、と素直に思った。 「……何?」 「昨日は悪かったな。いきなり押しかけたりしてよ」 繊丸の事は放っておいて、それだけを謝る。 「……ええ」 今日の返事はいつにも増して短い。 感情を表に出さない彼女にしては珍しい不機嫌そうな答えに、力王は苦笑を浮かべるしかなかった。 台場重工の誇る最強陸戦兵器『メガダイバー・ゲンオウ』。 完全な力を手に入れた『ゲンオウ』の破壊の閃光が、リキオウの無敵障壁を粉々に打ち砕く。 元応の熟練の戦技が、力王の戦いの技をねじ伏せる。 全てにおいて勝機を失ったリキオウに、逆転の術はあるのか? 次回 テラダイバーリキオウ 第08話『逆襲のゲンオウ』 |