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 その日、学園都市は平和であった。

 アスファルトの一郭がふと盛り上がり、その中から異形の『角』が姿を見せようとも……。

 まだ、学園都市は平和であった。

テラダイバーリキオウ
第01話
『覚醒! その名はテラダイバー』


「で、さぁ」
 小飼春人はそこまで言いかけて、腰を下ろしていた机の上から転がり落ちた。高校生とはいえ小柄な春人だから、床までの距離は結構ある。
「痛……。何だよ、オイ!」
 痛む頭を押さえつつ、身軽に起きあがって窓際までダッシュ。既に話をしていた二人の少年と一人の少女は窓に取り付き、少年が転がり落ちた原因……爆音の主を見定めるべく、頭上を見上げている。
「リキ、セイキチ! 友達甲斐がねぇぞ、お前ら!」
「5機……だな」
 リキと呼ばれた大柄な少年は、春人を無視して青い空を見上げたまま。セイキチの方も春人に答える気配もなく、呆然と呟く。
「……ああ」
 頭上を通り過ぎたのはヘリコプターの編隊だった。それも、機体のそこに描かれた迷彩が見えるほどの超低空だ。
「TF−13だろ、あれ。親父から演習なんて聞いてないぞ!?」
 この学園都市には、様々な研究機関がある。中には軍事関係の研究所もあり、『演習』と称した飛行訓練が行われる事も……ないわけではない。
 春人の父親はそういった研究所に勤めており、『演習』のある日を先行で友達に伝えられるのは、春人の自慢の一つだったのだ。
「息子の俺にも内緒かよ、親父ぃ!」
 ポケットからPHSを取り出し、研究所の電話番号を呼び出し、通話ボタンを押し込む。春人の『演習情報』の正確さは周囲の知る所だから、リキやセイキチだけでなく、他のクラスメイトも少しずつ集まり始めている。
「親父? ああ、俺。今日なに? 演習だったの?」
 周囲の視線に、ややもったいぶって言葉を紡ぐ。
「……え?」
 その言葉が、凍った。
 電話中だというのに、春人は無言のまま。
「どうしたんだ? 演習じゃないのか?」
 PHSからツーツーという通話終了音が響いていても、小柄な少年が電話を置く気配はない。
 しびれを切らしたらしいセイキチの声に、ようやく春人は口を開いた。
「ああ……。あれ、演習じゃなくて……」
 震えている。ある事ない事吹き散らしても友達から憎まれない、お調子者の彼の声が。
「実戦だってよ」
 その言葉の意味を裏打ちするように、近くのビル街で爆発が起こった。


 いくつかの悲鳴が重なったのは全く同時だった。
 わずか1キロしか離れていないビル街からは、断続的な衝撃音が響いてきている。時折混じる爆発音は、試作型戦闘ヘリTF−13の機体下部に付いているミサイルのものだろうか。
 爆音に重なり、けたたましい火災報知器の音。
「全校生徒に連絡します。市街にて事故があり、市役所にて避難勧告が発令されました。生徒の皆さんは速やかに整列して、指定の場所に避難……」
 もちろん放送の声など聞こえるはずもない。
 爆音と悲鳴が混乱を呼び、火災報知器がそれに拍車を掛ける。あくびをしながらやらされた避難訓練など、物の役にも立たない。
「ハル! ミナ!」
 台場力王……リキと呼ばれていた大柄な少年……は、混雑する廊下で友達の名を呼び続けていた。呼ぶと言うより、叫ぶと言った方が正しいか。
 力王を入れた4人組のうち、セイキチは見かけた。中背で剣道部に所属している彼は体力もある。頭も良いし運動神経もあるから、少なくとも人の流れに押し負ける事はあるまい。
 だが、ハルとミナは事情が違う。身長順に並んだ時は常に先頭あたりだし、自分達が言うほどに体力もない。運動神経もハルに至っては、先程机の上から転げ落ちたのを見れば……自ずと予想も付く。
 力王が、先に行ってるのかな、と思ったその時。
 ふと、視線があった。

 それは少女だった。
 誰もいなくなった教室から、力王の方をじっと見つめている、少女。
 同じクラスの生徒だ。確か、名は……
(鞠那静……だっけか?)
 落ち着いた表情に、頬と首筋。黒く長い髪が落ち込む胸元。構成する線は、全てが細い。
 周囲のパニックとは確実に違う空間の中に、彼女一人だけが立っている。
 文字通り、静、という名前に相応しい少女だった。
「鞠那ぁ! お前も早く逃げろよ!」
 その静謐な空間を破るように、力王の声が飛ぶ。
「……」
 力王の言葉に静は、だいじょうぶ、と答えた。
 そして、はやくいって、とも。
 耳を覆いたくなるほどの喧噪の中だというのに、大きくもないその声だけが妙にはっきりと聞こえた。
「早く……?」
 そう。はやく。
 おともだちはだいじょうぶだから。
 どこへ行けばいいのかは、不思議と分かっていた。
 何をすればいいのかまでは分からなかったけれど。
「……じゃ、よろしくな」
 うん、と答える静に軽く手を上げて答え、力王はパニックの流れをかき分けて進み出した。
 目的地は、そう……。
 あそこだ。


 男は不運だった。
 台場重工の研究所に入って既に6年。開発される兵器のテストパイロットとして、まずまずの成績を上げてきた。給料はいいし、性格の合わなかった同僚は先日辞表を出し、職場は円満。大学時代に帝都で知り合ったカミさんはまあ美人の部類に入るし、子供も可愛い。家庭的にも順風満帆と言えた。
 今日は有休を取って、3歳になったばかりの子供とカミさんを連れて水族館にでも行こうかと思っていたのに……。
 何故、スクランブルなのだ。
 明日になれば、もと傭兵だという補充のテストパイロットが入ってきたのに。
 しかも、目の前の相手は産業スパイや暴走した試作重機ではなく……
 何故、怪獣なのだ。
 そう。
 『怪獣』である。
 男は、それ以外に『そいつ』に与えられる名称を知らない。
 全長は10mに足らない程度。寸胴の体に、太い4本足。見方によっては、鎧をまとったモグラのように見えなくもない。
 そして、長大な剣。
 鼻先から平たく伸びた、5mほどの角を持っているのだ。
「リーダー! ミサイル第3射、行きます!」
 そういえば、イッカクという海獣がいたな……そんな事を考えながら、男は操縦桿のトリガーを引いた。
 ミサイルの外れる軽い衝撃と、それに続くしゅっという鋭い音。コンピューター誘導の高速弾頭は、白煙を引きながら『怪獣』の巨体へと吸い込まれていく。
 命中。
 炸裂した衝撃に巻き込まれないように機体を立て直し、爆発の煙がビル風に吹き流されるのを待つ。怪獣は飛び道具は持っていないらしく、距離さえ置いておけば反撃を受ける事はない。
「……無傷!?」
 3射目に5機のへりが2発ずつ撃ったのは対戦車ミサイルだ。人類最強の陸戦兵器である戦車ですら行動不能にする10発のミサイルを受けて無事だというのか、この生物は……。
「リーダー。こりゃ、戦車か原爆でも持ってこないと無理ですわ」
 大口径バルカンはもちろん、切り札である対戦車ミサイルすら通じないのでは、戦闘ヘリは出番がない。
 許可が出次第、後方に下がろうと思ったその時。
 距離を置いてホバリングしていた3機のヘリが、真っ二つに切り裂かれた。


「な……っ!」
 力王は、目の前の光景をとりあえず疑った。
 角を持つ怪獣。
 破壊された街。
 飛び交うミサイル。
 そして……炎上するヘリ。
 不思議と、角を持った怪獣が『切り裂いた』のだと分かった。ヘリは20mほどの上空を飛んでおり、怪獣の角は届く高さにないはずなのに。
「君! 何をやっている! 早く避難したまえ!」
 後から聞こえてきたのは警官ではなく、学園都市に詰めていた軍人の声だ。妙に体格がいいのは軍服の下に簡易強化服を重ね着しているからだろう。おかげで、慌てて走ってきたらしい彼が息を切らせた様子はない。
「オッサン。そこ、危ないぜ?」
 ふと、そんな気がして、呟く。
「危ないのは君だろう。学園の生徒か……。学校には伝えておくから、早くシェルター……に……」
 そこまで言って、男は喋るのをやめた。
 銃を持っていた右腕が妙に軽くなったのを感じたからだ。
 銃と言っても拳銃などではない。強化服をまとった彼は、20キロ近くある対戦車用機銃を武器にしていた。
 その重さが、まるで消えた。
 ごとり、という鈍い音を残して。
 視線を移すと、そこには何もなかった。
 20キロの対戦車機銃も、腕すらも。
 半ば呆然としたまま、視線を下に落とす。……あった。
 銃と腕は、怪獣の振った角の延長上、真っ二つに斬られて地面に転がっていた。痛みもなく、血も吹き出てはいないから、現実感はまるでない。
「……だから言ったのに」
 現実感に乏しいまま、視線を横に移した。
 少年がいる。学生。今、戦場には最も場違いな存在。
 その少年は男の断ち切られた腕のあたりに手を伸ばし、『何か』を受け止めていた。
 刃ではない。角でもない。見えない、何かを。
「早く、逃げろっつの」
 少年一人の力ではどうにもならないようだ。僅かずつ押されているのが分かる。
 ふと、すっと何かが食い込んでくる感触が分かった。
 感触のもとを見れば、斬られた腕の断面の延長線上、軍服の胸横に切れ込みが入っている。
 なるほど、これが斬ったものの『正体』か。
「早く逃げろ!」
 ぼんやりとそんな事を考えながら、男は身を翻し、怪獣に背を向けて走り出す。現実感がないからか、少年の言葉に逆らう気にはならない。
 瞬間、腕から大量の血が噴き出し、男は激痛と共に悲鳴を上げた。
 その時には、自分に声を掛けたのが何者だかは分からなくなっていた。


「……使えないな」
 『そいつ』はふと呟くと、指に力を込め、伸ばしていた腕を軽くひねった。
 ぱきん。
 ガラスを割るような澄んだ音が響き、長大な鋭角がまとっていた強力なフィールドが砕け散る。ヘリを両断し、人に痛みを与えぬほど鋭利に切り裂くそのフィールドも、『そいつ』の前では全くの無力だった。
 砕かれたフィールドの痛みか、咆吼を上げる巨獣に、『そいつ』は拳を握り込んだ。
 拳を握り、引き込む。
 その動きだけで、分厚く強固で、恐ろしく重厚な青黒い筋肉が、ミシミシと軋んだ。
 それが、『そいつ』の力。
 恐ろしく小さいはずのその音は、ヘリの音すらかき消し、破壊の予兆を示す唸り声として巨獣の咆吼すら押さえ込む。
 完全に圧倒。
 10mの巨躯を持ち、5機の戦闘ヘリのミサイル攻撃すら意にも介さず、見えない斬撃をもってあたりに破壊の旋風をまき散らした怪物を。
 『そいつ』の身長は、わずか2m。
 5倍に及ぶ敵を、構えだけで沈黙させる力の主。
「砕けろ」
 短い言葉。
 そして、放たれるは、拳の一撃。
 限界まで引き絞られた筋肉から。全身を包む蒼い筋肉は弾けるような咆吼を上げ、脚は大地を穿ち、大地を起点に回る腰は渦を描き、その渦から打ち出される拳は音速を超え、ついには空間すら引き裂いて。
 進む拳は着弾の瞬間、螺旋に舞って相手の体に吸い込まれた。
 全てが一連の動作。一瞬の動作。
 ……わずか一撃。
 10m。蒼い『そいつ』の5倍に及ぶ巨大な体が揺れ、そのまま沈んだ。
 空間を切り裂く鋭角すら、その渦に巻き込まれて砕け散っていた。



−次回予告−

 学園都市に現れた怪物を退けた、謎の蒼い戦士。
 神か悪魔か、正体不明のそいつを退けるため、防衛軍が出動する。圧倒的な力を持つとはいえ、機甲部隊を相手に戦士に勝ち目はあるのか?

 次回 テラダイバーリキオウ
 第02話『リスクファクター殲滅指令』
続劇
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