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[Notice Chapter]
 並ぶは、見果てぬ天上の闇へと続く無数の柱の列。
 そこに、重々しい声が響き渡った。
「で?」
 幾千の齢を重ねた老爺の如き重みと、歴戦の戦士の威を備えた、強い声だ。
 続くのは若い男の声。
「ザッパーの消失した今、G計画の10体のガーディアンも消滅したのだな」
 居並ぶ柱の列に木霊し、声の主の居場所は何処とも知れぬ。だが、仮に声の源を見つけ
たとしても、それが誰かは分からぬはずだ。
 彼等は闇に潜むもの。
 姿など、見えるはずもない。
 そんな中でただ一人、人の姿があった。
「はい。数体、行方不明の個体がありますが……この世界で確認されている主力級の個体
は、ロキ様のフェンリル以外に残っておりません」
 赤い絨毯の敷き詰められた広間の中央、背広姿のサラリーマンが立っている。手に持っ
ているのは書類整理に使うごく普通のクリアファイル。それもメイドインジャパンだ。
 神殿の如き荘厳な、そして邪神の住処の如き闇に包まれた空間に、この男の存在は逆に
異様であった。
 とはいえ、それを咎めるものはいない。
 ただ、続きを促す声が入れ替わり立ち替わりに響くのみ。
 今度は聖母のような慈愛に満ちた、女の声が。
「報告書は読みましたよ。『U』が2人にGディスクが4枚、さらに迎撃都市とWP、東
条、台場……。迎撃都市に住まう『大王』が動かなかったのが不幸中の幸いでしたわね」
 コーラスの独唱に応じるかのように、しわがれた老婆が聖母の言葉を継ぐ。
「失うものも多かったが、得るものはそれにも増して多かった。問題はなかろうて……」
 今度は狡猾そうな中年男の癇に障る高い声。
「まあ、彼等には良い尻拭いであったろうよ」
 金属的な品のない笑い声が、厳粛な空間をしばらくの間満たす。
 笑い声がひとしきり落ち着いた後、最初の厳粛な声が場の空気を一言で元に戻した。こ
の厳粛な声の主こそが、『彼等』の筆頭に位置するものであろうか……。
「それで、次の計画は進んでおろうな?」
 だが、それは『組織』の幹部たるこのサラリーマンすら知らぬ事。知らずとも、良いこ
と。
「は。既に、この春よりエージェントの一人が東条に入学しております」
 否。
 知るべきではない事だ。
「……ナインを破り、Gディスク『紫』を回収したという彼ですね? 確か、名は……」
 その名を正確に言い当てた聖母を補足するよう、サラリーマンが再びファイルをめくる。
「は。現在は12獅補佐、極東支部第4位に位置しております」
「そうですか」
 聖母の気配は、満足げなその言葉と共に、闇の中へと消えた。
 既に存在すら感じられない。
「ならば問題はない」
 癇に障る声も、聖母に続いて気配を立つ。
「これより我らの基幹計画を」
「G計画よりテトラ計画へと移行する」
 老婆と若い男の声が続けざまに台詞を口にして、闇へと溶けた。
「全ては、来たるべき日の為に」
 最後に残った厳粛な声がその言葉を告げ。
 全ては……サラリーマンの男すらも……瞬きする間もなく、闇の中へと没していた。


[Notice Chapter]
 同じ時。違う場所。
「動き出したか。全てが……」
 燃えさかるたき火を前に、皺だらけの老人は静かにそう呟いた。
 年は既に還暦を超えているだろう。皺だらけの顔に、たき火の赤を綺麗に映し出す白髪。
髭と手入れなどされてもいない髪の奥にある瞳だけが、ひたすらに鋭い。
 たき火を囲む姿は三つ。
 老爺と、孫らしい少年、そして黒髪をポニーテールに結った若い女性だ。
「はい。WPも『青』の動作試験を終了、『Vリアクター』の開発と『青の極光』の改装
を始めています。我が東条も時雨のデータを用い、『橙の斬爆』の建造をスタートさせま
した」
 サブバックから一束の書類を取り出し、女性は老爺へと渡す。
 ぱらぱらとめくり……一通り目を通したと見るや、老爺は無造作に書類の束をたき火の
中に放り込んでしまった。
「台場も動くか……元応老がいない今、どうなるかと思ったが……。まさか孫が戻るとは
な。なるほど……」
 せっかくこんな辺境まで苦労して持ってきた書類を……とは顔に出さず、女性は老爺の
言葉に相槌を打つ。どちらにせよ読み終わったら処分しなければならない書類だったのだ。
今目の前で燃えたところで、痛くも痒くもない。
「はい。彼等の力も出来れば欲しいところですが……」
 炎の中、すぐに黒く変色し解読不能になっていく感熱紙の束を眺めながら、女性。
 しばらく会話もなく、ぱちぱちと燃える炎を眺めていると……隣に座っていた少年が口
を開いた。
「お師さん。これから迎撃都市へ?」
 年の頃は中学生程か。義務教育は受けさせた方がいいのでは……とも思える若さだが、
その辺は万事つつがなく済んでいるらしい。
「いや、まだ早い。あと2年……そうだな、あと2年で機も熟そうて。お嬢さん。東条や
剣滝にはそう伝えてもらえるかの? 全ては来たるべき日のために……」
 少年の問いに老爺は指を折りつつ二、三言呟くと、女性に大してそう答えた。
「はい。全ては来たるべき日のために」
 そう言われた女性は短い返事と共に頷くと、たん、っという軽い蹴音と共に姿を消す。
 気配が急速に遠ざかっていく所から、彼女は自分の主に老爺の言葉を伝えんとしている
事が分かる。
「では、寝るとするか。峡介。明日も早いぞ」
「はい」
 そして、物語は老爺の宣言した2年の後。
 2003年へと移る……。

 続く!
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