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[Notice Chapter]

親愛なるジムへ
 お元気ですか。あの戦いから半月が過ぎましたが、いかがお過ごしでしょうか? 無事
に家族の元へ帰れましたでしょうか? 貴方の事だから、また巨大なイカに船を沈められ
ていないか心配です。

 あの戦いの後、結局私はヒェッツガルデンに戻ることにしました。ウィアナや他の人達
の紹介もあり、新型の強襲装兵と動力システムの研究員兼テストパイロットとして招かれ
たのです。研究の内容は、多分貴方の予想している通りなので控えますが……。
 ちなみに、私と一緒にリリアもヒェッツガルデンにテストパイロットとして来ています。
あの時の強襲装騎の戦いぶりが評価されての招待ですから、当然といえば当然なのですが、
彼女は「ビールが甘いのは嬉しいけど、暇なのは面白くないねぇ」とあまり楽しそうでは
なさそう。もっとも、社の諜報部員も兼任しているので、ヒェッツガルデンの不満はそち
らで解消しているようですけれど。

 それでは、またお手紙します。たまにはこちらに遊びに来てください。私もリリアも、
楽しみにしています。
(宮之内蘭の手紙より抜粋)

前略、千海カナンさまへ  こんにちわ。伊月遙香です。何回か電話をしようと思ったんですが、その度に留守か切 られてしまったので、こうしてお手紙しています。  先日は猫をありがとうございました。雛先輩にカナンさんから、とあの子を貰った時、 さすがにびっくりしてしまいました。最近はペット療法というセラピーの方法もあるとか で、病院の方もちゃんとキレイにしておけば入れてくれます。まあ、毎日のシャンプーは 大変ですけど……(笑)  あの子も音印先輩に懐いていて、目を離すとすぐ先輩のベッドの上で寝ています。ちょっ とうらやましいかなぁ……なんて。  そうそう、音印先輩はまだ目を覚ましません。先生の話では身体の方はもう完全に治っ ているそうですが……。何が悪いんでしょうか。  それでは、またお手紙します。 PS.いま、あの子の名前を考えています。 (伊月遙香の手紙より抜粋) [Notice Chapter] 「ふぅ……」  彼女達は一息つくと、テーブルの上に広げていた便箋を傍らの封筒へ畳んで入れた。  料金分の切手をぺたりと貼り、丁寧に糊付け。封の所にボールペンでバツ印を書き入れ るのも忘れない。 「にゃぁん」  ベッドの上で呑気に鳴いた猫に小さく微笑み、外のポストに投函しようと、立ち上がる。  その時だった。 「その猫、名前なんて言うんです?」  声を掛けられたのは。  僅かな驚きの後、ゆっくりと声のした方へと頭を巡らせる。それはベッドの上かも知れ ないし、通りに面した窓だったかも知れない。  だが、そんな事はどうでもよかった。  大事なのは、その声。  その言葉。  何と言ってやろうか……とは少しも悩まなかった。けれど、答えるまでには、たっぷり の間を置いてやる。 「……って言うんですよ」  くすりと悪戯っぽく微笑み、わざと他人行儀に答えを返す。空いた間は、私が待たされ たのはこんなものじゃないのよ……という、言外の抗議だ。 「……非道いな」  答えを解する時間を置いて、男は苦笑。いかに男という生き物が皮肉に鈍感だとはいえ、 ここまであからさまな皮肉を投げられれば理解もするだろう。 「何でまた、僕と同じ名前を……」  そして。  やれやれ、と笑う男に、彼女達はゆっくりと手を伸ばした。  そっと頭に腕を回し、きゅ、と抱きしめる。  紡ぐ言葉は後一つでいい。  そう。 「……おかえりなさい」  それだけで、十分。 「……ただいま」  明けない夜はなく、止まない雨も、希望なき絶望もない。  剣はいつかは鞘へと戻り、人はいつかは家へと戻る。世界は自ら安定を求め、氾濫した 川もいつかは穏やかな清流を取り戻すだろう。  天下は太平。  全て世はこともなし、であった。
親愛なる、貴方への手紙 ―剣は鞘に、人は家に。全て世は事もなし― −了−
< Before Story / Ending & Prologue >



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