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[5/16 PM21:27 帝都外縁北 住宅街]
 帝都の夜は明るい。かつてのバブルの頃ほどひどくはないにせよ、満天の星空が見える
ほどの暗さは相変わらずない。
 その夜空の下、リリアと蘭、鋼の三人は駅に向かってのんびりと歩いていた。彼女達に
とってはそれほど遅い時間ではないし、丁度いい散歩の距離だ。
「で、アンタはこれからどうすんの?」
 背伸びをしながら、リリアは後ろを歩いている蘭にそう声を掛けた。今日の説明会とい
い、話し合いというヤツはどうも苦手だ。どちらかといえば、戦場や盛り場の方が性に合っ
ている。
「どうするって? いちお、明日は鋼が友達呼んでくれるっていうから……」
「ンな事聞いてんじゃねえよ、ラン・ミヤノウチ」
 足を止め、だん、っと手近なブロック塀に拳を打ち付ける。
 その激しい音に、残る二人も足を止めた。
「昨日の大活躍でよ、何かモテモテだそうじゃねえか。そこのアンタといい、あのローラっ
て嬢ちゃんといいさ……」
 がさつで大雑把に見えても、リリアとて傭兵の端くれだ。情報収集に長けていなければ
生き残ることは出来ない。
 僅か一日半前の戦いだというのに、蘭には台場を始め、各地の軍需メーカーや軍、果て
は地下組織までからのアプローチが相次いでいた。いわゆるヘッドハンティングというや
つだ。
 昨日の戦いでは目立った戦果こそ上げていないが、あの『ペンドラゴン』の使い方その
ものは常人の技量を遥かに越えていた。昨日は単に相手が悪かっただけで、強襲装兵や戦
車など一般的な相手であれば……一対一で戦って勝てる者は世界でも数人と存在しないだ
ろう。
 装備された絶対数が少ないせいで集団戦らしい集団戦のない強襲装兵戦では、個人の技
能は相当に重視されている。この社会では、エースと呼ばれる存在が未だ求められている
のだ。
「……ああ、あれね」
 情けないことに、蘭の所属しているウェルド・プライマリィからも……彼女は今でも同
社の実戦テストパイロットである……各地の研究所からバラバラにアプローチがある始末。
 ちなみに鋼は、東条財閥の研究機関の一員として彼女に計画への参加を持ちかけていた。
『時雨』の後継機を開発する計画が既に持ち上がっているのだ。
「で、真面目な話どうすんだよ? ジムは国に帰っちゃったしさ。あたしだってここにそ
うそう長くいるつもりもないよ」
「ローラの誘いで、ヒェッツガルデンの研究所に戻ろうかと思ってるわ。今、あそこって
新型の動力機関を開発する話が動いてるそうだし」
 超弩攻クラスの大型機と強襲装兵の両方に載せる動力炉の開発。さらに、載せる側の機
体も同時進行で開発するのだという。
 もともと強襲装兵の開発計画に参入していた彼女だ。技術者としても、パイロットとし
ても、出来る仕事は大きい。
「Vリアクター、ってやつですか? 先輩」
「耳が早いわね。……けど、ごめんね、鋼」
 謝る割には妙にさっぱりとした表情の蘭に、鋼は苦笑。
「いえ。先輩の決めたことですから」
 こうなることは予想していたが、やはり残念という気持ちは拭えない。しかし、同じ新
型機を作るライバルとして仕事が出来ることがうれしくもある……鋼個人としてはまあ、
そういう複雑な気分だ。
「そっか……それじゃ、アンタとの腐れ縁もここまで……かね」
 やれやれ、と一息つき、リリアも苦笑。
 だが、そんなリリアに蘭は予想も付かない言葉を口にしていた。
「それでね、リリア……あなたも、一緒に来ないかって話があるんだけど」


[?/?? 土の刻(約PM21時) 異世界『狭間』 鏡の森 入り口付近]
 異世界『狭間』の夜は暗い。照明器具といえば松明かランプしかないし、そもそも普通
の村人は朝日と共に目を覚まし、日没と共に眠りにつくような生活を送っているのだ。
 明るくなりようがない。
 そんな夜の中。満天の星空の下に、少女達はいた。
 ルルとルーティアである。
「ねー。見張りって、朝までなの?」
 柔らかく暖かな毛皮にもたれかかったまま、ルーティアは退屈そうに呟いた。
「そうよ。退屈なら、寝たら? ここは私とゾッドだけで十分だから」
 同じく毛皮にもたれかかったまま、ルル。もたれかかっているのはもちろん謎の獣のゾッ
ドである。
 今日はルルが夜の森の見張り番を引き受けていたのだ。それに、面白そうだからとルー
ティアが加わっていた。
 ゾッドは単にこの辺がねぐらなので、護衛がてらに付き合っているだけだ。
「真っ暗だしさぁ。あーあ。何か持ってくれば良かったなぁ」
 伸びをして、再びゾッドの背中に身を預ける。見張りをしている緊迫感などカケラもな
い。
「……もう帰ったら? 静かにしてないといけないんだから」
 ルルの仕事は、森への侵入者を見つけて奥にいる仲間に知らせるだけだ。だから邪魔に
なるだけの武器は持っていないし、位置を知らせてしまう灯りも持っていなかった。
 それに、灯りなどなくても困らないのだ。ゾッドは夜目が効くし、ルーティアは風の流
れを視覚化する事が出来る。異種族『ウッドロウ』のルルに至っては森の中は自分の部屋
のようなもの。
 だが、退屈ばかりはどうしようもない。
「そういえばさぁ」
 ルルの文句などカケラも聞いた気配は無く、少女は口を開いた。相棒の言葉を無視して
いるのではなく、ただ単に聞いていないだけだろう。ルーティアは呑気ではあっても、そ
んな底意地の悪い娘ではない。
「?」
「メイちゃんって、いつ来るのかなぁ」
 眠っているらしいゾッドの背中に頬を埋め、こちらに視線を寄越す。
 悪意のない視線に、ルルも肩の力を抜いた。
「先週来たばかりだから、暫くは来ないんじゃないの?」
 メイも異世界人の一人だ。何週間かに一度、この森の奥にある『鏡』を通ってこの世界
にやって来る。
 彼女達の背中で眠っているゾッドともどうやら知り合いだったらしいが、その辺のこと
は聞いていないのでよく分からない。ルルもルーティアも、嫌がる相手からムリヤリ話を
聞くようなタイプではなかった。
「この手紙も渡さないといけないんだけどなぁ」
「ヴァイスさんからの?」
 ポケットから取り出した手紙に、ルーティアも視線を送る。
「そ。何て書いてあるのか全然分かんないけど」
 つい先日、ふらりとこの森に戻ってきた巨漢と美女が残していったものだ。彼が行って
いた世界の住人から、メイに宛てたものだという。
 もっとも、そこに何と書いてあるのかはヴァイス本人も知らないようだったが。
「あーあ。暇だなぁ」
 その二人も、ソルフェージュで一通り支度を整えると、自分達の本来の世界へと戻って
しまった。もともと偶然でこちらの世界に流れてきた彼等だ。彼女達の前に姿を見せる事
も、もう二度とないかもしれない……。
「だから、寝ていいからって」
 異世界の夜は、穏やかに更けていく……。


[5/16 PM23:15 帝都外縁北 病院]
 レースのカーテンに遮られた月光の射し込む部屋に、小さな声が流れた。
「お前、一体いつまでンな馬鹿な芝居するつもりだ?」
 壁に映る影は一つ。ベッドの上、半身を起こした少年の姿。身体のラインがすっきりし
ているところを見ると、パジャマを着ているのだろう。
「いつまでも……かな。これ以上、伊月さんに迷惑はかけられないしね……」
 次に流れたのは、穏やかな声。先程の動的で乱暴な喋り方とは対照的な、静かで落ち着
いた声だ。
 しかし、少し人の気持ちに聡い者が聞けば、その静かな声に深い諦めの色が感じられる
ことだろう。
「っていうか、わざわざ口に出す必要もねぇんだけどな……ショージキ」
 乱暴な声が答えると、壁に映る影に変化が起こった。
 ギプスのはまったままの右手をすっと構えると、そのまま己の頬を力任せに殴りつけた
のだ!
 病院にあるまじき鈍い打撃音が響き、壁に映っていた少年の影が宙を舞う。振り抜かれ
た腕の動きに引きずられ、床に最初に落ちるのは頬のある顔ではなく、右肩口。背中を叩
き付けるように、落下する。
 受け身を取る事も許されず、落下した少年の肺から呼気があふれ出た。
「つーか、お前、いい加減にしろよ。お前がいつまで経ってもこうだから、オレが落ち着
いて死ねねえんだろが……」
「……ごめん」
 どちらの言葉も、己を殴った少年の口が動く事で紡ぎ出される。
 一人の身体に三つの心。それが、『ナイン』たる少年に宿る力。
 だが、その力はすでに失われていた。『ザッパー』との最終決戦で三つの人格の中心と
なる完全人格『ナイン』は消滅し、その余波で戦闘人格の『ネイン』も消滅しかかってい
る。第三人格である非戦闘人格『音印』だけが生き残り、こうして病院のベッドに眠って
いるのだ。
「そろそろ遥香も、あの雛子ってのも安心させてやれって。泣いてたぞ、雛子」
 つい先程のこと。ネインの口から全ての真実を聞いた雛子は、全てを知った上で、それ
でも「バカぁっ!」と叫んで帰っていった。
 彼女の去り際の涙が、ネインに心の内に眠るもう一人を無理矢理にでも呼び出す決心を
付けさせたのだ。
「んでさ、オレを休ませてくれよ……なぁ……音印よぅ」
 『ネイン』の手でソファーに移され、静かな寝息を立てている少女を見やり……少年は
呟く。その疲れたような言葉は、戦いを司る『彼』の本心だったのか……。
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