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[5/15 PM 0:28 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 輸送機内 臨時指揮所]
「劣勢ね」
 戦術ディスプレイをのぞき込み、ウィアナはそれだけを呟いた。
「ああ」
 ジムの返事も半ば上の空。戦況の把握と何か逆転となる策がないかに気を取られている
のだろう。
 キャリアーに数本の予備があったメタルジェットランサーも既に残り一本。キャリアー
が援護に放つ戦車砲が通用するはずもなく、今は敵の攻撃をかいくぐって相手の動きを牽
制するのが精一杯だ。
 足下ではヴァイス……3年前、『ディビリス』と呼ばれた守護神を倒した男……が剣で
戦っていたが、こちらも致命傷を与えるには至っていない。何しろ対象はそれぞれが樹齢
1000年を越える大樹の如き太さ。ディビリスのような細い二の腕など存在しないのだ。
「勝てそう?」
「……」
 対するジムは、無言。
「聞き方が悪かったわね。蘭は、生き残れそう?」
「ミス・ウィアナ!」
 さすがのウィアナの発言に黙っていた雅人ががたん、とパイプ椅子を蹴って立ち上がっ
た。自らの部下を使い捨てにするような言葉など、誰であろうと許されるものではない。
「……撤退させます。相手が悪すぎる」
「ダメ。許可しないわ」
 即答。
 だが、ジムはウィアナを無視してインカムの通話スイッチをオンにする。
「リリア、聞こえるか。おい、リリア!」
 返事はなかった。
 返事の代わりは、何の前触れもなく響いた射撃音が一発。
「撤退は貴方が決める事じゃないわ。逃げ回るのも、機体を捨てろって指示も文句は言わ
ない。けど、撤退だけは許さない」
 インカムのマイク部分を吹っ飛ばした拳銃をゆっくりとずらし、WPの才媛は冷たく言
い放った。どれだけ射撃に自信がなくとも、指揮官の男を打ち抜くには造作もない間合だ。
「私には貴女の考えている事が分かりません」
 役に立たなくなったインカムを外してジムが絞り出したのは、押し殺すような言葉。
「分かって貰えなくて結構」
 拳銃をジムの頭に突き付けたまま、ウィアナは時折はげしいノイズの走るディスプレイ
に視線を戻す。もちろん、視線をずらしたからと言ってつけ込める隙など存在していない。
「それより、指揮はどうするのかしら?」
「!」
 指揮官とオーナーが対立している間に戦況はさらに悪化していた。画面に映っているの
はメインカメラの高精度な映像ではなく、数機のサブカメラからの映像を補正した荒いも
のに変わっている。キャリアー側のカメラに切り替えると、攻撃がかすったのか頭を吹っ
飛ばされた無惨な最新鋭機の姿が見えた。
 いかに超弩攻級の出力を得た最強の強襲装兵であろうとも、かすっただけでこのダメー
ジだ。直撃を喰らえばおしまいなのは、言わずもがな。
「ミス・ウィ……」
 そう言いかけて、雅人は動きを止めた。
(蘭……この戦い、貴女が決めなさい)
 なぜなら、ディスプレイを食い入るように見つめるウィアナの視線は冷徹なWP機関の
総帥の目ではなく、親友の危機に何も出来ない一人の娘の瞳だったから……。
(『希望』たる、貴女が……)


[5/15 PM 0:30 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 駐機場]
「蘭! 撤退しな!」
 8つのタイヤを駆使した全速の蛇行運転をしながら、リリアは入りっぱなしの通信機へ
勢いに任せて怒鳴りつけた。
「おやっさんだって分かってくれるさ。ていうか、何で撤退指示出さねえんだい、あのク
ソオヤジっ!」
 怪獣退治のプロフェッショナルが聞いて呆れる……と口の中で悪態をつき、極端な急ハ
ンドルで相手の衝撃波をやり過ごす。急な姿勢制御を感知したタイヤが自動で安定を求め
てくれていなければ、確実に転倒している動きだ。
 3年前の相手と同じ。あの時のヤツが両腕の剣から衝撃波を放ったのと同じように、こ
のバケモノは口から衝撃波を吐いてくる。8つ頸の全てが放つわけではないのがせめても
の救いだが、かすっただけでも無事では済まない衝撃波だ。『せめてもの救い』も文字通
り気休め程度にしか感じられない。
「蘭! 聞こえてんだろ!」
 一瞬の隙を逃さず、再び怒鳴りつける。
 機体もキャリアーも限界だ。メインカメラをやられた蘭の回避力は大きく下がっている
だろうし、こちらも急な回避運動の連発で足回りがおぼつかなくなっている。対する相手
は全く消耗していないのだから、攻めるにしても一度戻って体勢を立て直した方が、今の
状況よりはマシになるはず。
 だが、帰ってきた返事はリリアの予想もつかないものだった。
「……突っ込むわ。支援、お願い」
 普段の蘭なら絶対にあり得ないことだ。こちらの腹が立つほど冷静に物事を判断する、
いつもの彼女であれば……。
「何考えてるんだい! 馬鹿か!」
 至近距離からの衝撃波を強引に避けつつ、ハンドルを回す勢いで力任せに叫ぶ。戦車並
の強度を持つはずのフレームはきしみ、サスペンションも不吉な音を立て始めている。も
う2〜3回も避ければ強度の限界を超えてしまうだろう。
「ごめん。でも……お願い。もう、決めたことなの……」
 沈黙。
 次の衝撃波は男の方を狙ったもので、こちらには届かなかった。
 はるか向こうの飛行機が巻き込まれたのだろう。唐突に起こった爆音をバックに、はぁ、
とため息。
 それは諦観ではなく、転換の合図。
「あーあ、分かったよ。でも、あと一回だけだからね!」
 一転、リリアはいつもの荒っぽい調子で怒鳴りつける。
「ありがと。帰ったらおごる」
「言ったね。忘れんじゃないよ!」
 その声と共に車体に衝撃が走った。もちろん衝撃波ではない。蘭の『キャメロット』が
低空のジャンプから着地した衝撃だ。
「そこのでかいの! あんたも乗りな! 斬り込む手伝い、やってもらえると嬉しいんだ
けど!」
 外部スピーカーに切り替えてそう怒鳴っておいて、遠慮なくアクセルを踏み込むリリア。
手伝ってくれと言ってはみたが、本当に手伝って貰えるなどとははなっから期待していな
い。
 意外にもがん、っと軽めの衝撃が来たときも、スピードをゆるめる気配は全くなかった。
「全力で行く! 外したらもう逃げるからね!」


[5/15 PM 0:31 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 駐機場]
 全速で走るキャリアーに着地した蘭は、シートの隅にある水筒を取りあげると残ってい
た水を一気に飲み干した。
 ストローから口を離し、小さく息を吐く。
 急な水分補給は体に良くないし疲れもどっと出てくるのだが、これからの事を考えると
そうも言っていられない。
 この最後の一撃を逃せばチャンスはないのだ。帝都の誇る超弩攻が来るか、防衛隊が出
てくるか……いずれにせよ、一介の傭兵である自分達の出る幕はない。
(シグマ……)
「蘭、来るよ!」
 リリアの声が蘭の意識を現実に引き戻し、キャリアーと直結したカメラや電探機の情報
が『守護神』との間合がもう無いことを知らせてくる。
「SRドライブ、フェイズ5起動完了……。了解!」
 人馬一体の強襲装兵。後に『強襲装騎』と呼ばれる最強の兵器は、圧倒的な相手を前に
最後の突撃を開始した。

○

 それは、駆け抜けていた。
「まだ……」
 襲い来るのは自らに数倍する巨大な姿。古代神話の怪物に似た、巨大な龍の頸。
 数は、4。
「まだ……」
 眼前に迫るそれに注意を払うこともなく、それは疾駆。回避は己の役に非ず。回避は相
棒に任せ、己はわずかに姿勢を変えるだけで、それらは龍の首の傍らをすり抜けていく。
 傍らに控える剣士が舞い降り、抜いた4つの頸への迎撃へと向かう。その光景など視界
になく。
 視界にあるのは、ただただ、進むべき前のみ。迫り来る、新たな龍のみ。
「まだ……」
 正面の龍が吼えた。
 生まれいずるは全てを薙ぎ払う、二条の衝撃の鎚。
 だが、全てを薙ぎ払う衝撃の波すら、いまのそれには通用しない。
 さらなる高み。
 フェイズ6。
 青き輝き。意志を力へと変える神のカケラ、Gディスクの輝きをまとい、駆ける。駆け
る。駆ける。
 ぎぃ、ん。
 わずかに強度の及ばなかった片腕が千切れ飛び、舞い散った部品が衝撃の奔流の中で塵
へと変わるとも……ただ、ひたすらに速度を上げ、駆ける。
 疾駆する。
「まだ……」
 残る頸は2。
 うちの一つが巨大な顎門を構え、迫る。
 一撃は漆黒の電光の如く。イカズチは疾風よりも早く、剣の如き牙が輝きめがけて吸い
込まれてゆく。
「まだ!」
 だが止まらぬ。止められぬ。
 残る片腕、鋼鉄の槍を備えた腕を襲い来る龍の顎へと叩き込み、全弾斉射。
 咆吼。
 同時、内側より砕け散る。
 龍の頭と、残された片腕と槍、
 そして、駆り手の命の盾とも言える胸部装甲が。
 内と外、双方より掛けられる強いチカラに耐える事が出来ずに。
「まだ! お願い!」
 蒼い奔流の中、彼女は叫ぶ。
 ただ一度きりのチャンスに賭けて。
 残る頸はあと一つ!
「私に、力を!」
 叫びが想いを生み、想いは力を生む。
 力が起こすは咆吼と爆裂。
 それが生むは……
 飛翔!
 過負荷に爆裂したタービンの炎は蒼き光の翼へと姿を転じ、力強い羽ばたきで鋼の騎士
をはるかな蒼穹へと押し上げていく。
 いた!
 ただ一つ、天にそびえる猛き龍の頸。
 7つの頸が戦うを悠然と見つめる、8つめの龍の頸だ。
「シグマ……」
 ちらり、視線が動く。
 見下ろすは赤き瞳。
 見上げるは黒き眼差し。
 遮るもののない空間の中、ふたつの視線が絡み合う。
 通じ合う。
 そして。
「ごめん、なさい」
 蘭はぽつりと、その言葉だけを放った。

○

「3年前、私が『怪物相手に情けは無用』って言ったとき……シグマ、寂しそうな顔した
でしょう?」
 輝く翼で大空に留まったまま、静かに言葉を続ける蘭。
「だから……ごめんなさい。遅くなっちゃったけど……それだけ、言いたかったの。どう
しても」
 既に『キャメロット』には先程までの蒼き輝きはない。両腕もなく、胸部とて原形を留
めていなかった。ただ、背中に広がる優雅な翼のみが、時折思い出したように羽ばたいて
いるだけ。
 それは、翼持つ祭壇のようにも、見えた。
「……」
 対する龍の頸……シグマは、赤い瞳で静かに蘭を見下ろしているのみ。だが、その瞳に
は燃え上がるような殺意は、ない。
「それに、今でも私……」
 蘭の言葉に龍の頸がゆっくりと下がり、祭壇の娘の眼前へとやってきた。まるで蘭の言
葉に耳を傾けようとするかのように。
「シグマ……貴方のことが……」
 そっと手を伸ばし、蘭も己の数倍はある龍の頭を抱き寄せる。
 ……その腕が、宙を掻いた。
 砂と化した龍の頭を貫いて。
「……シグマ?」
 見下ろせば、周囲に広がっていた7つの頸も砂となって崩れ始めている。
 『龍殺しの十拳』
 神世の時代、八つ頸の魔獣を葬り去った神の剣。その剣の力がついに龍へと届いたのだ。
 神に至らぬ獣がその力に抗う事、能わず。
「シグマ……」
 滝の轟音を放って崩れていく砂の巨龍をどうすることも出来ないまま、蘭はただそう呟
くだけ。
 強い意志。
 己の力の源を失った『キャメロット』も蒼き翼を空の青に溶けさせながら、ゆっくりと
墜ち始める……。
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