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[5/15 AM 11:45 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 輸送機内]
「これは……」
 大型輸送機の中。中央に固定された巨大な物体を見上げてそう呟いたのは、蘭だ。
「強襲装兵……。見たことない型だけど……新型かい?」
 数名の技術者に囲まれて沈黙を守っているのは、一騎の強襲装兵だった。外観的には蘭
の愛機である『ランスロット』に似ているが、メタルジェットランサーのような大型の装
備が付いていないため一回りほど小さく見える。
「懐かしいでしょう」
 そのさして広くもない部屋に、声が響いた。
「あなたの提唱した『強襲装兵』の一番機。ようやく完成したのよ」
 コンテナの影から現れたのは一人の女性だった。懐かしい旧友に再会したように、蘭の
方に微笑みかける。
 初対面のリリアもそれが誰か分かった。
 何度か雑誌や新聞の表紙で見たことがあるその女性の名は………
「ウィアナ……あれはやっぱり、シグマが?」
 ウェルド・プライマリィの若き経営者にしてウィタニア・パナフランシス旧王制共和国
の女王。
 名は、ウィアナ・パナフランシス。
「……少しは再会を喜ぶとか、機体完成に感動するとか……はぁ」
 ドライな蘭に世界の才媛女王は困ったような表情を浮かべると、それを苦笑に変えた。
宮之内蘭という女性がどういう人物か今更ながらに思い出したからだ。
 まあ、どちらにしても時間はない。今は蘭の判断の方が正しいのだろう。
「……ええ、そうよ。あれはシグマ・ウィンチェスターの仕業。で、貴方にはこれを使っ
てアイツを阻止して欲しいの」
「何で私が? 『キャメロット』にもテストパイロットくらいいるでしょうに」
 蘭がこの強襲装兵『キャメロット』に関わっていたのは傭兵業を始める前の話で、もう
何年も前の話になる。それも基本コンセプトと基礎設計くらいだ。いくら強襲装兵で前線
を戦ってきたベテランと言っても、『キャメロット』に使われているであろう最新技術に
追いつけるかどうかは怪しい。
 そう考えれば、機体に慣れているテストパイロットを実践投入させた方が『まだ』戦果
を上げられるような気がする。
「……『キャメロット』のテストパイロットに、『ランスロット』でジャンプ出来る子は
いないわ。それに……」
 一呼吸置いて、ウィアナは言葉を紡いだ。
「貴女でなければならない訳も、あるの」
「……そう」
 ぽつり、返す。訳はともかく、ウェルド・プライマリィ社の現状は先の一言で十分に分
かった。
 そして、自らの提唱した『真の強襲装兵』というものがパイロット『達』に何を要求し、
その代償としてどれだけの力を発揮するものであったか、という事も。
「分かった。乗るわ」
 必要な事を理解した以上、返答は短い。その言葉だけを残して蘭は技術者達のもとに小
走りに駆け出す。
 それを目で追っていたリリアにも、ウィアナは声を掛けた。
「それから、ミス・リリア。貴方にも協力して欲しいのだけれど」
「高いよ」
 ウィアナが突き出した指の数は、3本。
 リリアはウィアナの手を取ると、畳んでいたもう2本の指をまっすぐに伸ばさせる。
「OK?」
「……OK」
 相場の5倍で、ウィアナは承諾。
「それから、指揮はアンタが執るのかい? それとも、あっちの細い兄ちゃん?」
 目の前の相手に集中しなければならない蘭やリリアでは、全体の状況を把握するのは限
界がある。たとえたった一機の部隊であろうとも、優秀な指揮があるに越したことはない。
 別に人を外見で判断するわけではないが、いかにもお嬢様然としたウィアナや雇われ探
偵の雅人に、戦闘の指揮が執れるとは思えなかった。
「大丈夫。あの世から怪獣退治のプロフェッショナルを一人、スカウトしてきたから」
「?」
 ウィアナの合図で姿を現すやつれた影に、リリアは息を飲んだ。
「……よぅ」
 男の方もばつの悪そうな苦笑を浮かべ、リリアに軽く声を掛ける。
 男の名は、ジム・レイノルド。
 先日部隊を引退した、リリア達のもと指揮官。確かに二人の指揮を執るにはうってつけ
の人材ではあるが……。
「……ジム。あんた、生きてたの?」
 何しろこの男の葬式に、つい先日参列したばかりなのだ。
「おいおい……」
 あまりといえばあまりな再会の挨拶に、ジムはやっぱり苦笑を浮かべるしかなかった。


[5/15 PM 0:05 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 滑走路]
 沈黙に支配された空港の滑走路を、一台の車が疾走していた。空港で作業を行う特殊車
両というほど大きくはなく、かといってトラックというには大きすぎる。
 8輪の大型タイヤで疾駆するそれは、キャリア部分に強襲装兵を載せた戦闘車両であっ
た。
 飛行機の姿の見えない滑走路を抜け、搭乗設備の整った発着エリアに突入する。
「ホントにいいんだろうね!? こいつの車高じゃ、発着エリアは抜けられないよ!」
 その運転席でマイクに怒鳴るのは、リリア。
「問題ないわ。ここが最短ルートだもの」
 もちろん、静かに答えるのは蘭だ。
 強襲装兵を載せた車両の高さは約6m。強襲装兵がいなくなればともかく、このままで
はそこら中に駐機してある飛行機に体当たりでもして通路を切り開くしか道はない。
 最初の障害物まで、あと10m。
 車両に乗せられた小口径戦車砲でも撃って何とかしようかと、リリアがトリガーに指を
かけたその時。
「じゃ、行くわよ。通常モードスタンバイ。跳躍3秒前……2……1……開始!」
「何!?」
 唐突な衝撃が車両を襲った。
 とっさに上を見ると、そこにあるのは障害物を優雅に飛び越す強襲装兵『キャメロット』
の姿。
「……なるほどね。ったく、趣味の悪い!」
 背中の動力用タービンを推進器代わりにし、通常の数倍もの跳躍を行ったのだ。一歩間
違えればタービンが爆発しかねない暴挙だが、使いこなせさえすれば強襲装兵の機動力を
数倍にまで高めることが出来る。もっとも、こんな自殺行為を平気でするのは蘭くらいの
ものだが……。
 普段より跳び方が安定している所を見ると、どうやら『キャメロット』にはジャンプ専
用の推進ユニットが備え付けられているらしい。完全に蘭用にカスタマイズされていたわ
けだ。
 ちらりと上を見て、リリアは着陸の軸あわせ。ハンドルをわずかに切る微妙な動作もほ
んの一瞬の動きだ。
 直後、衝撃。
「リリア。またマニュアル読んでなかったわね」
 キャメロット着地の衝撃にハンドルを取られることもなく、リリアは再びアクセルを全
開に叩き込む。
「大きなお世話! さて、タネが分かったからには……一気に抜けるよ!」
 リリアの叫びに答えるように、『キャメロット』のスラスターが二つ目の障害を飛び越
えるための鋭い咆吼を上げていた。


[5/15 PM 0:08 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 駐機場]
 ひゅぅん……
 空気を虚ろに切る、力無い音が響いた。
 きぃ……ん……
 続いて響くのは、ガラスか楽器を思わせる、澄みきった硬質の音。
 硬質の音が数度響いた後、がらがらという金属的な品のない音がその場を締め括る。
 音の主はアスファルトを転がる大剣の切れ端であった。
「その音……出雲の一品物ですカ。安いものではナイでしょうニ……」
 ほぅ、と呆れたようにシグマ。
 純度の極めて高い金属はガラスなど及びもつかない程に澄んだ音を響かせる。それを用
いた剣……冶金で知られる神剣都市『出雲』で打たれる最高級の剣……ともなれば、最高
の技術と最高の切れ味、最高の価格は保証付きだ。
「それも……お前の知識ではあるまい」
「エエ。確か……ナガレ、とか言いましたカ。彼の知識ですヨ」
 時価数千万は下らぬはずだった銘刀『だったもの』を未練無く捨てるヴァイスの呟きを、
シグマはあっさりと肯定。
「もっとも、今のアナタに残された手はないでしょうガ。違いますカ?」
 その肯定と同時に片手で支持したランチャーが圧搾空気を放ち、周囲に漂う砂埃を激し
く渦巻かせる。射出されたのはもちろん、炸裂式の小型榴弾だ。
 炸裂!
「む?」
 至近弾による爆風を防ぐため、ランチャーを提げていない腕で顔を覆いつつ、シグマ。
 着弾に手応えがないところを見ると、ヴァイスは榴弾を避けてどこかへ逃げ去ったらし
い。すっかり忘れていたがあのリーンシェラーとかいう女もどこかへ姿を消している。
 とは言え、今彼等の居場所を知ることは造作もない。足下の爆風でついた痕跡の少ない
方……すなわち、ヴァイスの体躯のぶんだけ爆風の被害を免れた方……に向かっていった
はずだ。
「……アチラですか」
 視線を巡らせると、50mほど向こうに機体下にある貨物室の口が空いたままの機体が
停まっているのが見えた。荷物の搬入中で避難命令が出されたのか、周囲に貨物車両の姿
は見えない。
 まあ、今の彼には関係のないことだ。
 相手の有無を確かめることさえせず、無造作にランチャーから数発。人がいてもいなく
ても破壊の対象であることに変わりはない。
 有質量弾が宙を走る風切り音がしばらく響き……
 だが、炸裂音はいつまで経っても聞こえてくる気配がなかった。
「……ほぅ」
 再び空中で両断された榴弾を遠くに見、シグマは感嘆の声。
「英霊剣の気配はそれでしたカ……。草薙かと思いきや、まさか龍殺しの魔剣とは」
 彼の視線が注がれていたのは悠然と歩み来るヴァイス・ルイナーではなく、その片手に
鈍く輝く1mほどの両刃剣の姿だった。
 『龍殺しの十拳』。
 『龍』たる己を葬る名を持つ、忌々しき剣。
「必ず、滅ぼしマすよ」
 シグマより立ち登るは漆黒の殺気。殺気が凝縮して赤き青年の姿を包み、巨大な八つ頸
の龍へとその姿を転じさせていく。
「ザッパー……。今度は、負けん」
 対するヴァイスより立ち登るは鈍色の闘気。闘気は鉄壁の鎧となり、男の姿を覆う。
 視界のはるか果て、響き渡る甲高いタービン音がひときわ力強い咆吼をあげた瞬間。
 繰り出されたのは同時だった。
 全てを切り裂く戦士の斬撃と、
 全てを打ち砕く魔龍の咆吼と……。


[5/15 PM 0:13 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 輸送機内 臨時指揮所]
 14インチほどのディスプレイに映っているのは、八つ頸の巨大な怪物の姿であった。
「……あれが、『守護神』と呼ばれる兵器ですか?」
 想像を絶する異形の姿に、雅人はただただ唖然とするばかり。
 目の前の画像は『キャメロット』のメインカメラからのもの。さらに今雅人達のいる輸
送機の臨時指揮所からは1kmも離れているというのに、その圧倒的な存在感がひしひし
と伝わってくる。
「そういえば、雅人は実物を見るのは初めてだったかしら?」
「ええ。データだけなら何度も読みましたが」 
 ウィアナの問いに、わずかに震える声で雅人。
 人型、動物型、果ては人と動物を掛け合わせた遺伝子合成生物まで多種多様な姿かたち
を持つ『守護神』であるが、八つ頸の龍などという固体はいなかったはずだ。
「3年前のヤツとは随分形が違うな……分かるか?」
 対するジムは、3体の『守護神』と遭遇し、うち2体とは戦った経験がある。その辺り
も今回彼等が対守護神用の戦闘部隊してウィアナに呼び出された理由の一つ。
 3年前のヤツというのは、その戦った2体のうちの1つ。両腕に刃を持った『No.6』
と呼称されるタイプの事だ。
「外部因子を取り込んで自己進化するタイプ……7番のザッパーというやつですよ」
 後ろに控えていた事務官の注いでくれた水を一息に飲み干してようやく落ち着いたのか、
雅人はジムの言葉に簡潔に答えた。もっとも、普段よりもいくらか硬く、ではあったが。
「進化……? なるほど。なら、外見も変わるだろうな」
 巨大生物はキャリアーが近付くにつれてどんどん大きくなり、細部もはっきりとしてき
た。
 鋼鉄のような質感を持つ鱗に、無数に並ぶ牙。周囲を漂う霧のような『気』の中、8対
の複眼らしき目を彩るのは……明確な殺意すら潜む、刺すような赤き色。
「2番のシグマと4番のクラーケンは最低でも取り込んでいるはずですからね。3年前の
『ディビリス』とはワケが違いますよ」
 そのディビリスでさえ最新鋭の強襲装兵と戦闘車両の混成部隊で歯が立たなかったのだ。
それを、今回は強襲装兵1騎で相手にしなければならないとは……。
 ウィアナにどんな秘策があるのかは知らないが、無茶にも程があると雅人は思う。
 だが、ジムが反応したのは雅人の心配した箇所ではなかった。
「……シグマだと? お前、あいつがシグマを取り込んだって……そう言うんだな?」
「ええ。2ヶ月前の熱砂作戦……あなた達も参加していたあの作戦で、ザッパーは覚醒し
たんです。その場面にシグマ・ウィンチェスターとクラーケンは居合わせていた」
 その作戦はジムも覚えている。クラーケンという敵に会った覚えはなかったが、シグマ
という名は十分すぎるほどに。
 何せ、制圧対象の研究所に侵入した友軍をたった一人で殲滅したのが彼、シグマ・ウィ
ンチェスターという男だったのだから。
 ちなみにジムが『クラーケン』なる個体がトロゥブレス号を襲った巨大イカだと知るの
は、もう少し先の話になる。
「しかし、空爆された研究所の跡からは守護神の遺体は見つからず仕舞い。守護神の中で
も最高の耐久力を誇る『クラーケン』でさえ、ね」
 ニュースソースはそこから脱出した研究者の一人。『組織』からの保護を条件とした情
報収集は十分な収穫をもたらしてくれた。
「? ミスタ・レイノルド?」
 しかし、ジムの関心はここでもなかったようだ。
「……蘭」
「……大丈夫よ」
 その遣り取りで、雅人は全てを理解した。
「……すみません」
 シグマ・ウィンチェスターが、一時期『人間の傭兵』として活動していたという事に。
 そして、通信機の向こうの女性パイロットもまた、傭兵であるという事に。
 今回の作戦発動は難航を極めた『守護神』達の調査の手がかりが見つかった直後だった
のだ。シグマと蘭の関係も、あと一週間……いや三日あれば完全に調べられたはず。
「ラン・ミヤノウチ。強襲装兵『キャメロット・ペンドラゴン』、通常モードからSRモー
ドに移行します」
(俺はあの時のまま……か。くそっ)
 僅かに唇を噛んで悔やむ間も、蘭は感情の動揺など微塵も感じさせない口調でオペレー
ションを続けていく。
「Gディスク『青』接続確認。SRドライブ、フェイズ1で起動完了。フェイズ3移行完
了まであと7秒」
「蘭」
 6。5。無機質なカウントダウンが続く中、ウィアナが無遠慮に口を開いた。
「あの部屋ね、まだあの時のままにしてあるから。この意味、分かるわね?」
 ジムや雅人には理解できない言葉が、一瞬、蘭のカウントを止める。
「0……フェイズ3起動完了。『キャメロット・ペンドラゴン』、離脱します!」
 蘭の口からウィアナへ言葉が返される事はなく。
 誰も口を開く者がないまま、キャメロットの初陣を告げる背部タービンの咆吼だけが司
令室に響き渡っていた。


[5/15 PM 0:15 帝都飛び地一区 新帝都国際空港 駐機場]
(SRドライブ……か)
 上からかかる強烈なGの中、機体の安定をマニュアルで取りながら蘭は考えていた。
 SRドライブ。
 超弩攻と呼ばれる巨大戦闘兵器に搭載されている動力機関の名だ。もっと簡単に、超弩
攻機関とかYリアクターと呼ばれることもある。
 人の精神力を源とし、戦闘車両に使われている旧来のガソリンエンジンや強襲装兵のセ
ルモーターの数百倍という桁外れの力を引き出すことが出来るらしい。
 だが、無論万能というわけでもなく、それを使いこなせるのは『何故か』日本人のみで
あった。その辺が今回のパイロットに蘭を選んだ原因であるのだろう。
(それにしても、何を考えてるの、ウィアナは……)
 搭乗者を限定するうえ維持管理にも莫大な費用を必要とするSRドライブは、本来なら
強襲装兵の様な量産兵器に載せるべき物ではない。蘭の設計案でも、キャメロット型の動
力源は通常の機体と同じバッテリーだったはず。
 急上昇が止まり、ゆるやかに下降が始まる。
 動作と落下地点を微妙に制御しつつ、さらに思考。
 相手が強力だから、という理由は分かる。実際、蘭も前に戦った『守護神』には手も足
も出ずに惨敗しているわけだし。
(まあ、いいわ。これが終わったら、ゆっくり聞かせてもらうから……)
 そろそろ余計なことに気を取られていい時間は終わりのようだ。着地点……標的の背中
の上が近い。
(まずは……シグマ。あなたを、倒す)
 先程のウィアナの言葉。それと胸の中に沸き上がってくる『何か』を静かな意志で無理
矢理に押さえ込み、蘭は右腕のメタルジェットランサーを構えさせた。
 相手は3年前の『守護神』よりはるかにでかい。ふと、蘭は古代日本神話に出てくる龍
退治の英雄の名を思い出し、呟く。
「『スサノオ』より本部へ。着地と同時に攻撃……開始します!」
 着地と同時に構えた槍を相手の背中に叩き付け、トリガーを引き絞る。
 超高硬度鋼で作られたランスの先端から、最新鋭戦車の重装甲すら貫く高熱金属粒子の
奔流が放たれ……
「!」
 砕け散ったのは。
 蘭のメタルジェットランサーの方だった。
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