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[5/15 PM 0:22 帝都外縁北 住宅街]
 少年の意識は、闇の中を漂っていた。
 と、目の前を横切る、小さな光の粒がある。蛍のように仄かで、弱々しい光。
 そっと手を伸ばしてみる。
 光。
 触れた途端にぱっと弾け、一瞬のイメージを残す。
「緒方さん……」
 緒方雛子。風、衝撃波の能力使い。勝ち気で、何が気に入らないのか事あるごとに自分
に突っかかってくる少女だ。
 イメージはそれだけ残し、消える。
 再び流れてくる、光りの粒。
 今度は光景であった。
「インプレイド作戦……」
 インプレイド作戦。3年前の戦い。ハルキより紹介された台場グループの長の指示のも
と、メガ・ダイバーを駆ってシグマと共に参加した、極秘作戦。この戦いで自分はエイム・
Cと『再会』したのだ。
 また、消える。
 同様に、光の粒は次々と流れてくる。
 黒逸ハルキ、『守護神』、千海カナン、巌守穿九郎、宮之内蘭、ジム・レイノルド、東条
学園、シグマ・ウィンチェスター、『玖式』、塩川鋼、『U』、東条校長、台場元応、リリア・
ヴォルフィード、メガ・ダイバー『ゲンオウ』……。
 会った時期も事件もバラバラに、知っている顔、知らない顔、『知っているはずの顔』。
イメージが次々と流れ、弾け、消える。
 記憶が戻ってくるのが、感じられる。
 そして。
「ザッパー……」
 ザッパー。
 4年前。そう、4年前だ。
 自分たちを生み出した『計画』から誕生した、最凶のイレギュラー。彼を倒すためだけ
に作り出されたのが、自分。
 4年の前、自分と『玖式』は『組織』から脱走したそいつと戦い、相打ちとなったのだ。
相打ちとなった自分はそのまま組織から捨てられ、穿九郎とハルキに拾われて今に至る…
…。
「そうだ……ボクは……」
 戦う事が、自らの存在意義。
 その想いを得、新たな粒に手を伸ばす。
 今度は二つ同時。
 それは、音を伴ったイメージ……いや、音のイメージと、人のイメージであった。
 見たことのある人と、聴いたことのない音。聞いたことはないはずなのに、記憶の最も
深い部分が揺さぶられる音……歌。
 音と姿が重なり……
「ボクは……」
 生まれたイメージは、歌う少女。
 記憶を呼び起こす歌を歌うのは、伊月遥香。少年を慕い、共に歩まんとしてくれる存在。
 遥香の歌に併せ、周囲をぐるぐると舞い始めた蛍の灯火が、絡まり、連なり、大きな輝
きの渦へと変わっていく。
 欠片にしか過ぎない記憶が集まり、一つの記憶……村雨音印ではない自分の記憶が形作
られていく。不思議な音によりそれが結合し、遥香の歌によってそれがさらに昇華してい
く……。
「ボクは!」
 新たな想いとして!
「エイム! Gディスク『紫』フェイズ6起動! 起動達成と同時に『草薙領域』全力展
開。ザッパーを今度こそ……殲滅するぞ!」
 覚醒していく意識の中、村雨音印……否、『ナイン』は力強い声でそう叫んでいた。
 大切なものを護るために。


[5/15 PM 0:25 帝都港湾部 海上]
 一方、海上の戦いは終焉を迎えようとしていた。
 ぉぉぉぉぉぉぉぉん!
 30mの巨神と50mの怪生物の、想像を絶するぶつかり合い。押し寄せる圧倒の力を
螺旋を描く極限の戦技が受け流し、巌の名に相応しい強き意志から叩き出された驚愕の力
が倍に値する魔獣の巨躯を弾き飛ばす。8つの首の激しい攻撃に重厚な装甲板が食いちぎ
られ、唸りをあげて天を走る巨大な戦闘錨が鱗に覆われた太い首に巻き付き、強引にねじ
伏せる。
 拳が吠え、牙が唸り、鋼の動力機関と獣の咆吼が互いの出力の大きさを競い合う。
 度重なる投破で機構が限界に達し、鋼の意志力だけで動作している『時雨』には介入で
きぬ、熾烈を極めた戦いであった。
 8つ頸の巨獣の頸は残り4本。
 大穿神は左の腕を飛ばされ、破損した装甲の一部が火花を放っている。
 優勢なのは、『大穿神』か、『ザッパー』か。
 破壊と殺戮のみを求める破壊の意志が勝るのか、何者にも曲げられぬ強き信念が勝るの
か。
 決戦の時が来た。
「『運命』は変えて見せよう……。これで終いだ!」
 閃く大穿神の右の拳が唸りをあげ、変形を開始したのだ。展開したカバーの内より姿を
現したのは、巨大なドリル。戦艦の形態では艦首に取り付けられていた、巨大な戦闘衝角
だ。
「Gディスク『藍』フェイズ4起動! 大穿神! ドリルクラッシャー!」
 高らかにして重厚なタービン音を海原に響き渡らせ、ドリルが、そして大穿神そのもの
が咆吼をあげる。巨大な足が、移動を開始する。
 戦法は単純明快。
 『直線』
 真っ向からの一撃。ただ、ひたすらに突っ込み、貫く。貫き通す。己の信念そのままの、
強烈な一撃。
 海が割れた。
「おおおおっ!」
 全身全霊を込めた一撃は勢いのままに巨獣の中心へと吸い込まれ……
 衝撃!
「!」
 止まった。
 いや、止められたのだ。
 巨獣の鱗の内に秘められた、強靱で柔軟な筋肉によって。
 全身の強度を筋肉によって維持する軟体動物の如き筋力。『ザッパー』が復活した時に
吸収した巨大海獣、第4の守護神『フォース』より獲得した特性であった。
 退くことも進むことも出来ぬ『大穿神』に、4本の巨大な頸が容赦なく牙を立てる。
 牙からの圧に装甲板がひしゃげ、深海の高圧にも屈しない全体の構造が悲鳴を上げる。
 だが、
「フッ……」
 穿九郎は、笑み。
 最大の危機の中においてそれでもなお笑みを放つ、黒き白衣の男。
「巌守さん! 脱出なさい! あとは私と『時雨』で何とかしてみせるから!」
 鋼からの緊急通信にも、笑みを崩すことはない。
「心配無用。退けぬ、進めぬとあらば……」
 ついに圧に負け、肩部装甲が砕け散った。
「進むのみ!」
 だが、『大穿神』は一歩前進。
 脚部が噛み砕かれようとも、穿九郎の笑みが消えることはない。それが、勝利を呼ぶ一
歩だと確信しているからなのか。それとも……
「大穿神! Gディスク『藍』フェイズ5起動!」
「何ですって! あなた、死ぬ気!?」
 悲鳴を上げたのは、通信回線を介した鋼の方だった。
 超弩攻の動力機関であるSRドライブ。その起動状態はフェイズという単位で区切られ
ている。一般に移動はフェイズ2、戦闘出力はフェイズ3がそれに該当し、機体の限界出
力を出す時でさえフェイズ4までしか起動されない。
 それを、フェイズ5とは。
「心配……無用!」
 次の瞬間、大穿神が螺旋の輝きに包まれた。穿九郎の意志に応じ、『螺殺』の力が『大
穿神』に注ぎ込まれたのだ!
 先に踏み出した一歩で完成したかたちこそ、『螺殺』発動の構えであった。
「往くぞ! 大穿神!」
 咆吼。
 そして、炸裂!
 螺旋の輝きが突き刺さったままのドリルに収束し、一撃のもとに『ザッパー』の体を貫
いたのだ。回転する『練氣』の奔流は貫くだけでは飽きたらず、『ザッパー』の周囲の空
間すらねじ曲げ、引き裂き、残された4つの頸を巻き込んで粉砕していく。
 その全てが瞬きする間の出来事であった。
「……大穿神・轟腕粉砕『螺殺』」
 一撃粉砕。
 まさに運命を切り開く一撃。まさに流派の名前を冠するに相応しい、最強の一撃であっ
た。


[5/15 PM 0:28 帝都外縁北 住宅街]
 少女は、歌を歌っていた。
 バックバンドは近くのCD屋から失敬してきた中古のプレイヤー。舞台は無愛想なエア
コンの室外機が立ち並ぶビルの上。観客は能力者の少女一人のみ。しかも、周囲に気を取
られ、歌をまともに聴いている気配はない。マイクに至っては、何と拡声器だ。
 しかし、そのステージは少女にとって何よりも大切なステージだった。
「音印先輩……私に出来ること……」
 曲はZionの……『one's wish is granted』でもなければ、『"A!" Shock-Wave!!』でもな
い。
 『Get back!』(取り返すもの)
 音印に貸したアルバムに入っている、7番目の曲。鋭いテンポは健在なまま、どこか懐
かしい雰囲気を秘めた、そんな曲だ。
 この曲を経てZionはメロディラインの違う『one's wish is granted』に路線変更する
のだが、それはまあいいだろう。
 選曲理由は特になかった。強いて言えば遥香がZionの歌で一番好きだったから。そし
て、曲の印象が音印のイメージにぴったりだったから、と言えばいいだろうか。
「遥香! 怪物がこっちに気付いた! 逃げるよ!」
 『ザッパー』の動きを関知し、雛子が叫ぶ。
「ダメ! もうちょっとだけ!」
 だが、遥香は歌をやめない。反応のない音印に届けとばかり、声に力を込める。
「ダメだって! ヤバくなったら逃げるって、約束でしょ!」
 『ザッパー』が、頭の一本をゆっくりとこちらに巡らせた。動く気配もない『玖式』で
はなく、耳障りな歌を奏でる遥香達を先に始末する腹づもりらしい。
 巨獣の首が伸び、こちらに迫ってくる。
「遥香!」
 叫び、猛然とダッシュを掛ける雛子だが、彼女の『風』たる瞬発力、跳躍力をもってし
ても、既に逃げられる間合ではない。
「音印センパァイ!」
 悲鳴と鋼鉄の音は同時だった。
 悲鳴は遥香のもの。
 鋼鉄の音は……
「……ったく。遅いって。馬鹿」
 村雨音印!
 鋼鉄の手の平が少女達と8つ首の魔獣を隔てる、文字通り鉄壁の守りと化していた。い
や、手の平そのものではなく、そこから迸る光のようなものが、少女達と魔獣、二つの間
に厳然たる壁を築いているのだ。
 『草薙領域』
 それが、その力の名。
「雛子さん。遥香さんを頼みます」
 『玖式』から響くのは、穏やかな声。飄々とした音印ではなく、好戦的なネインでもな
い。声の質は同じだが、二人のどちらとも異なる、そんな声だ。
「……あんた、誰?」
「僕はナイン。村雨音印にしてネイン・ムラサメ。そして、この『玖式』と『Gディス
ク』の真の奏者たる『もの』です」
 『ナイン』と名乗った存在は、雛子の質問に静かにそう答えた。


[5/15 PM 0:28 某所]
 突如響いた振動に、青年は眉をしかめた。
「……共振!?」
 刺すような痛みが走った左腕を軽く押さえ、小さく呟く。
「お客様。どうかなされましたか?」
「いえ、別に。ちょっと古い傷がね。良くあることですよ」
 青年の様子を見つけた添乗員に軽く礼を言って下がってもらい、長い息を吐く。
「草薙……いや、ナインの『模造品』か。あいつ、ついに巫女を得たな……」
 既に痛みはない。あるのは、兄弟たる力の覚醒に静かな歓喜を上げる左腕の震えのみだ。
「この勝負、決着は着いたな」
 その歓喜が兄弟の覚醒によるものなのか、戦いを喜ぶものなのか。それは青年にも分か
るものではなかった。


[5/15 PM 0:30 帝都外縁北 住宅街]
 そこには、音楽が響いていた。
「Gディスク『紫』……」
 世界に七枚しかないと言われる、虹の色……光の7つの要素の名を持つ、超弩攻のオリ
ジナルの動力源。その一枚、『紫』の色を与えられたディスクが、内に秘められた音楽を
歌っていたのだ。
 ナインも、そして遥香も知らなかったが、それはZionの『Get back!』のメロディライ
ンと全く同じ。流れ出すメロディと遥香の歌がシンクロし、一つの歌を構築させている。
 それはまさしく、ナインのための歌であった。
「エイム。遥香さん達は?」
「いま、200mくらいかな。とりあえず、『草薙領域』の守護半径内にいるからだいじょー
ぶだとは思うけどね」
 『草薙領域』は剣。そして、護るべきものを護る絶対の盾。その力の及ぶ範囲内にいる
限り、遥香とその隣にいる雛子には一片の傷が付くこともない。
 伊月遙香が、伊月遙香である限り。
「そう。なら、そろそろ行こうか」
 軽く砕け散った右手を『再構築』させ、軽く一振り。ゆっくりと立ち上がる。
 対する『ザッパー』も、8つの頸の内の7つをさらなる異形に変質させ、相対する。『螺
殺』のかわりにまとうエネルギーの力場は、例の衝撃波を収束させた破壊の大槍だ。
「巫女なき英霊剣にドリルクラッシャー……。プロトナインの技を模倣するか。その程度
で、今の『草薙領域』に敵うと思うか……」
 『ザッパー』が相手の力を吸収・学習し、己の体に似た形で再現する力を持つのは承知
の上。
「一撃で決める! エイム。第6起動、フルパワー!」
 その言葉と共にダッシュを掛ける玖式。限界を超えた力が『玖式』を包み、装甲を、存
在そのものを変質させていく。一歩踏み出すごとに機体が鋭角化し、腕を振り抜くごとに
力強さが増していく。
 脚部は重厚かつ細く。腕には淡く輝く光の刃……伸縮自在の手刀が。さながら降魔の剣
を携えた勇ましき騎士の如く、大地を舞うように駆け抜ける。
 その変化は、『ザッパー』を確実に仕留めるために。そして、より己の力を発揮できる
ように。
 己の大事なものを護れるように……。
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