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[Notice Chapter]
「来るね」
「うん」
「へぇ。知ってるのね」
「何となくだけど」
「それじゃ、それも……使うの?」
「使わない。使い方が分からないから」
「じゃあ、何で直してるの? 戦うわけでもないのに」
「僕の『昔』を知ってるのは、こいつだけだから……」
「記憶の……道標?」
「うん」
「そう……」
 少女の声と気配は、それを限りに途絶えた。
 そして、少年はメンテナンスハッチから顔を上げ、呟く。
「……あれ? 今の、誰だったんだろう……」

土曜日 ―帝都大決戦―
[5/15 AM10:33 帝都外縁北 住宅地]  朝。 『まず、怪獣についての速報です。怪獣は本日午前6時ごろに日本海溝直上で遠洋警備を 行っていた海自護衛艦を撃破した後、日本海溝沿いに南下中です』  清々しい朝……というには、やや遅い時間。 『現在、科学技術省が中心となって緊急対策チームが編成されており、対策チームの進路 予測では、目標は『帝都』……』  清々しい…………  だというのに、TVから流れてくるニュースからはこれっぽっちも清々しい雰囲気が感 じられない。  空を見上げれば雲一つない青空が広がり、風に頬を寄せればそろそろ初夏の僅かに熱を 帯びた風が感じられる季節だというのに。 『それでは、これ以降は番組を変更しまして……』  たまにそれ以外の物があるかと思えば…… 『怪獣についての報道特別番組をお送りいたします』  同じ話題でしかない。  無論、少女にとってはどのニュースも関心をもたらすものではなかった。もちろん帝都 住民である彼女だから、関心がないと言えば嘘になる。が、具体的な進路情報以外は生物 学者の先生の意味のない話だとか、科学技術庁あたりのスタッフの見解だとか、さしあたっ て必要のない話題ばかりなのだ。  それに、今の彼女にとっての最大の関心事は……。 「遙香! このバカに何か言ってやりなさいよ!」 「緒方さ〜ん」  この二人だった。  少女の方は緒方雛子。東条学園攻科の3年生で、遙香とは同じ委員会に所属している。 いわば、仲の良い先輩という奴だ。  そしてもう一人は、村雨音印。雛子と同じ攻科3年で、こちらは遙香の……彼氏、であ る。 「あの、それで、何で雛先輩と音印先輩がウチに……?」  昨日はつい夜更かししてしまい、まだ頭がはっきりと回っていないのだ。それに怪獣襲 来とそれに伴う避難勧告が重なり、さらにこの二人の襲来、である。 「そう、それよ!」  びしぃっと遙香を指さし、雛子。こちらは朝っぱらだというのに妙にテンションが高い。 「帝都に怪獣が来るってんで、学校が休校になって、『ついでに』避難勧告が出されたの は知ってるわよね?」 「あ、はい」  学校が休校になったからこそ、今まで寝ていられたのだ。 「でね、あたしんちってこいつの神社と近いじゃない。先生からも見てこいってTELあっ たし、遙香の彼氏だし、仕方ないからちょっと見に行ったのよ。OK?」 「はぁ」 「そしたら、会うなりコイツ何て言ったと思う? ほら、言う!」  音印にヘッドロックかましたまま、雛子。相当頭に来ているようだ。後もう少しロック を強くすれば、完全にキまってしまうだろう。  だが、音印からの返事はない。  器用に片腕だけのヘッドロックに切り替えると、彼のベルトに付けられているポータブ ルCDの電源を切り、今度は音印の耳元で叫んだ。 「もう一回、言う! OK!?」 「は、遙香ち゛ゃん゛を、宜しぐ頼む゛……」  微妙に発音が濁って聞こえるが、もちろん雛子は気にも留めない。困ったようにCDの 電源を入れ直す音印をちらりとにらむと、両手のヘッドロックに戻しただけだ。  どちらかと言えば遙香の方が困り顔だったりする。 「ほ〜ら〜! 最低だと思わない!? よりにもよって、自分の彼女を他人に任せるのよ。 オトコノコなら自分の彼女くらい自分で守りなさいよ!」 「いや、あの、いいですから……っていうか、ずっとヘッドロックでここまで来たんです か?」  こっくり頷く、雛子。 「だってこいつ、スキあらば逃げよーとするんだもん。攻科生徒じゃなかったら、電車の 中で何言われたか……」  攻科生徒じゃなくっても何も言われないんじゃないかと遙香は思ったが、当然口には出 さない。キレている雛子には、たぶん何を言っても通じないと思ったからだ。 「ていうか、遙香ちゃんの家にも、来たくなかったんだけど……」 「なんだとぅ!」  ぎぃ、っという息の詰まるような音を立てて、雛子のヘッドロックがキまった。  だが。  次の瞬間、雛子のヘッドロックはあっさりと解き放たれる事になる。  他ならぬ、雛子自身の手によって。 「だから、コイツを巻き込みたくなかったんだよ。この、お節介が」  片腕に遙香を抱きかかえたまま空中で一回転。危なげなく隣の家の屋根の上に着地する、 村雨音印……いや、ネイン・ムラサメ。  先ほどの電源の再投入で、セットされていたプログラムが解除されたのだろう。遙香の 耳にかすかに届くポータブルCDの音はいつも音印の聞いている『one's wish is granted』ではなく、鋭いアップテンポの『"A!" Shock-Wave!!』。 (そっか……音印先輩、わたしの貸したCD、聞いててくれたんだ……)  非常時だというのにそんな事をつい思ってしまう遥香。まあ、恋する乙女、というやつ だから仕方あるまい。 「……そういう事は早く言いなさいよ!」  対して、雛子の方も反射的にバックステップを取り、衝撃波に巻き込まれる事を防いで いた。もちろんただ避けるだけではなく、自らも鋭くロールを打ち、勢いで振り抜いた右 腕を使って衝撃波を打ち返している。  そう。『衝撃波』、である。  アスファルトで舗装されている道路を穿ち、音印と雛子、そして遙香の三人を巻き込む 位置に放たれた、破壊の一撃。雛子が放ったパンチ程度の威力しかないものではなく、相 手に致命傷……いや、粉々に粉砕できるほどの威力を秘めた、純然たる破壊エネルギーの 斬撃。  二人が特殊部隊並の訓練を受けた『攻科』生徒でなければ。そして、常ならぬ力『能力』 を持つ者……能力者でなければ。傍観者の遙香共々間違いなくそれに巻き込まれ、死んで いただろう一撃だ。 「……誰の知り合い?」  自らの衝撃波からの手応えを感じつつ、雛子が叫ぶ。基本となる技ではなく、研ぎ澄ま せ、『能力』と呼べるまでに昇華させた一撃だ。どの程度の威力が入ったかの手応えなど、 それこそ手に取るように分かる。  カウンターで叩き付けた疾風に吹き払われた土煙の向こうに目をやれば、そこに立って いるのは一人の影だった。初夏だというのに真冬に着るような分厚いコートを羽織った、 やや大きめ、太めな体躯の男である。  掛けていた色の濃いサングラスは雛子の衝撃波に砕かれたか、からりと足下に転がって いた。  その姿を見、ふと、呟く。 「あれ……どこかで見たことがあるような……」 「あー。そういえば、新聞か何かで……」  だが、幾ら考えても雛子と遙香は男が何者なのかを思い出す事が出来なかった。喉まで 出かかっているのに出てこない、そんな感じだ。  二人が彼の怪奇なる正体を思い出すのは、もう少し後の事となる。 「俺は知らねえぞ。ま、昔の記憶なんてないから、その時あった奴なのかもしれんが……」 「記憶って……そうなんですか?」 「音印は言ってないのか……やれやれ」  もう一撃放たれた衝撃波をひらりと避け、ネイン。重量など全く感じさせない動きで、 雛子の隣に降り立つ。 「そっか! 村雨音印! あんたの知り合いねっ!」 「……成り行き見りゃわかるだろーが。遙香、頼むぞ」 「あ、ちょっと待ちなさいよ! 音印ってば!」  呆れたように遙香を雛子の方に突き飛ばすと、三度飛んできた衝撃波を躱し、ネインは 三件向こうの屋根へと姿を消していった。それを追い、コートの男も重いであろう体躯に 似合わぬ身軽さで屋根の向こうへ姿を消していく。どうやら本当に狙いは音印一人である らしい。  残されたのは、呆然と立ちすくむ二人の少女。 「……雛先輩。これから、どうするんです?」 「どーするって……あいつじゃ、あんなヤツに勝てないもの。何とかしないと」 「勝てないって? 何でですか?」  やや困り気味に呟いた雛子に問いかける遥香。遥香を抱えてあれだけの運動性を誇る音 印だ。いかに衝撃波が強力だとしても、そうそう引けを取ることはないだろうに。 「だって、あいつC級よ」 「!」  C級とは『練気適格者』の通称だ。適格者といえば聞こえはいいが、実際は「素質はあ るものの、これといった具体的な能力を使うことはできない」といった類の不安定な存在 である。  要するに、決め手となる攻撃手段を持っていないのだ。  ちなみに雛子はB級。『汎用能力者』……具体的な能力、彼女の場合は衝撃波を使うこ との出来る、中堅クラスの能力者だ。多分、先ほどの黒コートも同じB級だろう。 「だからさ、アイツ放っとくのも寝覚め悪いし……」  一般に、使い方が違うだけで、AからCまでの力の総量は同じだ、と言われる。だが、 実際にはその総量をどれだけの技として使えるかどうかの点で、各クラスの間には厳然た る壁が存在しているのだ。  仮に戦闘力は互角だったとしても……C級の音印が黒コートに勝てないというのは、そ ういうわけだ。 「だったら先輩。ちょっと、手伝って欲しいことがあるんですけど……」  珍しく思い詰めたような遙香の言葉に、雛子は不思議そうに首を傾げる。  ……帝都外縁北にも避難勧告が発令されています。まだ避難しておられない方は、至急 避難してください……  ぼんやりとした間を、区役所からの放送が間抜けに響き渡っていった。
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