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[10/10 AM10:23 中東某所 前線やや後方 指揮車内<the first person of LILIA>]
 はぁ?
 指揮台の上。あたしは、また一つ消えた輝点に眉をひそめた。
 敵なら別に気にしないんだけど、味方の輝点が消えるっつーのは何とも気になる。
「なー、オッサン。何が起こってんだ? 前線ってば」
 電探妨害用のダミーでも介入しているのか、レーダーはやけにでかい影を表示させたま
まだ。レーダーと通信の周波数は違うから、電探に妨害があっても前線の連中の通信は聞
こえてくるはずなのに……。それも聞こえてこない。
 不可思議極まりない。
「分からん。今後方のダイサスティールに聞いちゃいるが……ち、また消えたか!」
 今度は、戦闘車両が3台まとめてだ。これもダミー情報なんだろうか?
 いくら戦車が主力兵器たりえなくなった現代とはいえ、3台がまとめて潰されるっての
は尋常な事態じゃない。
 強襲装兵は戦車の活動を効率よく停止させる兵器であって破壊するための兵器じゃない
から、戦車の反応そのものは消えないはずだ。『能力者』って可能性もあるけど、仮に最
強クラスの『S級』がいたとしても……戦車3台まとめてなんてそうそう倒せるもんじゃ
ない。
 いや、そういえば、そんな事が出来るのが一つだけあった。
「ならバ……『U』?」
「……まさか。あんなの噂話だろ」
 同じ事を考えていたのだろう。ぽつりと呟いたシグマを、即座に否定するあたし。
 『U』。不可触能力者……絶対に触れてはならないとされる、人外の能力者の伝説。片
手で戦車大隊を一掃し、その気になれば『S級』10人をも一瞬で圧倒するという。
 とは言え、人のサイズでありながら戦車大隊を片手で葬り去るなんて、どう考えたって
あるわけがない。ただの……そう、ただの噂だ。
「ネイン! あんた、通信か何か拾ってない?」
 こんな時頼りになるのはやっぱり最新の電探設備を備えたネインのメガダイバーだろう。
「聞こえてたらとっくに流してる! バカか!」
 げ、性格変わってやんの。いるんだよなぁ、こういう奴。コックピットに座ったら性格
変わるややっこしいの。
 ま、用が済めばそーいうお子ちゃまに付き合ってるヒマはない。
「オッサン、どうする?」
 問題は、現状だ。
「な……前進だと!?」
 そんな感じであたし達がごちゃごちゃやってると、通信機にかじりついていた副官ども
が騒ぎ始めた。
「こんな敵相手に……我々を殺す気か?」
 席を離れてちょっと見に行ってみると、衛星からの映像だか何だか、何ともいえないも
のがディスプレイに映ってた。
「何だい、こりゃ。ハリウッドの新作かい?」
 石油プラントの港湾部の中心部にある、何か巨大なオブジェクト。位置的にはレーダー
とぴったりだ。上からの映像だからよくは分からないが、どうやら『立っている』ように
も見える。
 ……ちょうど、半年くらい前に見たパニック映画にこんな感じの風景があったっけ。
「分からん。だが、後方からの指示は『殲滅させよ』だそうだ」
「は? これを? 巡航ミサイルでも持ってこないと無理じゃないの?」
 もし『これ』が映画と全く同じ構図なら、サイズは50mくらいあるはずだ。お偉い軍
人さんの判断なら、即時撤退とか言うかと思ったんだが……。よっぽどの事情があるんだ
ろう。
 傭兵の知った事じゃない。
「巡航ミサイルはもちろんないぞ。やるのは……俺らだ。シグマ、遊撃隊に援護を通達。
ラン、ネイン、俺達も出るぞ」
 へへ、両脇の副官が顔青くしてやんの。あたしら傭兵を見下した目で見てた連中が。
 分の悪すぎる戦いだけれど、それだけはいい気味だ。
「……やれやれ、しょうがないね!」
 あたしはワザと崩れた笑いを浮かべて運転席に戻ると、アクセルを乱暴に叩き込んだ。


[10/10 AM10:30 中東某所 <the Third Person>]
 広い砂漠の中。
 冷房の効いた大型のランドクルーザーの中で、それはぽつりと呟いた。
「へぇ。『ディビリス』を起動させたか……。頭の固い絶闘の上層部にしては、いい判断
ね」
 中東の強い日差しを避けるためか目元以外を薄い布で覆ったそれは、高めの澄んだ声で
若い女性と知れる。
 彼女がのぞき込んでいるのは、場違いにも観劇用のオペラグラス。
 対象は中東第644オイルプラント。
 そう。彼女が見ているのは、起動した『ディビリス』と、それの足下で攻撃を仕掛けよ
うとする強襲装兵達の戦いなのだ。
「……あれが、ミューアの言っていた『災厄の種』か?」
 女は1人ではなかった。
 露出度の高い服をまとった妖艶な美女と、広いクルーザーの中ですら身を屈ませずには
いられない、巨躯の男。
「ええ。その一つ。今の人類には過ぎた力……災厄の種」
 巨躯の男の質問に、女は簡潔に答えた。
「その一つ、って……『種』は一つじゃないの?」
「『種』……『守護神』は、私達の持っている情報では全部で10体。詳細は不明」
 彼女達が持っている情報は、それだけ。
 だが、たったこれだけの情報を得るためだけに、一体どれだけの犠牲が払われたのか。
組織のエージェントだけではない。ミューア・ウィンチェスター大佐、ロボット工学の権
威である巌守博士、世界的ジャーナリストである千海西雄氏……彼女の組織と直接関係は
なくとも、命を落とした者は挙げればキリがない。
 人は、この世界では簡単に死ぬ。
「10か……」
 もちろん『部外者』である美女にはそんな事は関係がなかった。仮に関係があったとし
ても、気にしたかどうか……。
 重要なのは、その10という数字だけだ。
「もっとも、中立だったりこちらに付いていたりしてるのも少しはあるから、実際に問題
なのは半分くらいかしら?」
 のぞき込んでいたオペラグラスから視線を外し、女は二人の方を見遣る。
「……どう? 勝てそう?」
 ちなみに目の前の『ディビリス』は、その危険な方の『守護神』の中では弱い部類に入
る。これを「苦戦する」などと言うのであれば……
「雑魚ね」
 美女は、軽く一蹴。
「ミスター。貴方は?」
「『災厄』は狩る。俺は死んだ奴との約束は、果たす」
 巨漢の返事も、短い。
 どちらも女の満足する解答だ。
「だが、俺はあいつらを狩る、それだけだ。誰ともつるむつもりはない」
 が、男はそれに簡潔に付け加えた。
「そーね。あたしも利用されるのはキライ」
 利用するのは好きだけど、と付け加え、美女も同じ返事。
 そんなつれない返事に女は苦笑を浮かべた。表情は布に隠れて分からないが、蒼い瞳が
如実にその感情を露わにしている。
「別につるめなんて言ってないわよ。あなた達は自分の判断で『守護神』を狩ってくれれ
ばいいの。私達はあなた達にできる限りのバックアップをする。そういうのでも、ダメか
なぁ」
 二人の活動に協力を申し出た側としては、そんな表情を浮かべるしかない所だろう。
「……」
 そう言っても、男は無言。
 あまり精神衛生に宜しくない沈黙が、巨漢のおかげで狭っくるしくなったランドクルー
ザーの中を支配する。
「あーもう、分かったわよ!」
 その沈黙に耐えかねた女が、切れた。
「ホントならあーいうのはウチの連中が何とかするんだけどね。色々あって抜けてて、戦
力がぜんぜん足りてないの」
 主力は先代の時に起こった大規模な作戦で大半が殉職し、再建の真っ最中だ。当面は非
常勤とバイトで凌いでいたのだが、そいつらも抜けてしまった。その理由が数年分の有休
だとか産休だとかと言われては、女としても怒る気になれない。
 まあ、仮に怒ったとしても……あのマイペースな連中が休みを取り下げるとは思えな
かったけれど。
「そういうわけで、アンタ達みたいなのが動いてくれればそれだけで十分な利益なのよ。
こっちの手の内はそれで全部。OK?」
 だーっと一息に言い終わり、女はぜいぜいと肩で息をしていたりする。
「……あの鋼鉄兵は? あれもお前の所の兵器なのだろう」
 その割に、男のリアクションは淡泊だった。
「あたしの強襲装兵は『守護神』みたいな非常識なヤツに勝てるようには出来てないの」
 息を整えながら、女。
 強襲装兵はあくまでも戦車を相手に開発された戦闘兵器だ。機動性があるぶん戦車より
は有利に戦えるだろうが、それでも互角に戦えるとは言い難い。
 多分、いや、間違いなく全滅するだろう。
「はぁ……あなた達には悪くない取引だと思ったんだけど……悪かったわ。こうなったら
長距離巡航ミサイルでも出前するしか……」
「『剣』を貰おう。こちらに来る前の世界に置いてきてしまったのでな」
 一瞬の沈黙。
 奇妙に間の抜けた、間だ。
「……そう。なら、あなた達二人が『守護神』を追う限り、組織は資金、装備、情報、移
動、その他諸々……あらゆるバックアップを惜しまない。約束するわ」
「分かった」
 男はそれだけ答えると、ランドクルーザーのドアを無造作に開いた。女は吹き込んだ砂
漠の砂っぽい熱風に、やや不快げに眉をひそめる。
「当面の物資は後のトランクに入れてあるわ。ただ、剣はともかく……そっちの貴女の使っ
てたような武器は準備できなかったけれど」
「ま、いーわ。別に期待してなかったし」
 美女と巨漢、それぞれがそれぞれの武器を手にした後、女は小さく目を細め。
「それじゃ、ヴァイス・ルイナー、リーンシェラー、異世界モンド・メルヴェイユからの
来訪者よ」
 その奥の美貌を薄い布に隠したまま、女は優雅な一礼を送った。
「ようこそ、我がWP機関へ」


[10/10 AM10:40 中東某所 前線<the first person of RAN>]
「……特撮映画?」
 私は、目の前の光景に目を疑った。
 "全高30mの巨大な怪獣が、剣になっている右腕を振るって大暴れしている"
 そんな光景が、目の前に広がっていたのだから。
 しかも、剣からはコミックやゲームのように衝撃波が出るらしく、斬撃の射線上に引っ
かかった戦車は木の葉のように吹き飛んでいる。
 ああ、子供の頃は特撮映画の戦車って弱いなぁ……って思ったけれど、ホントに戦車っ
て怪獣相手には役に立たないのね……。などと思ってしまうほど、非現実的な光景だ。
 とても人の生死がかかっている状況とは思えない。
 かぁんっ!
 だが、これは現実。
 可動装甲にはじき飛ばされた戦車砲弾の衝撃に、現実感を一気に取り戻す。
 まずは、向こうの怪物より目の前の敵戦車だ。
 軽くダッシュ。相手の砲撃の射線は一瞬で計算できるから、可動装甲が効率よく使える
ように身体の動かし方を微調整しながら、疾走。
 戦車の砲塔が火を噴いた。
 命中までは一瞬。でも、現代のコンピューターの処理速度からすれば、永劫の一瞬。
 発射音から砲弾種を即座に判断し、着弾部の装甲を着弾のタイミングに連動させて可動
させる。炸裂弾ならわざと正面から受け止め、徹甲弾なら装甲を限界まで水平に近くし、
受け流す。角度が足りない場合は、身体そのものを動かしてさらに効率を高める。
 弾種は徹甲弾。
 もちろん、受け流す。
 かんっ、っという軽い衝撃。
 それだけ。
 この可動装甲がある限り、戦車は強襲装兵にとって脅威とはならない。
 正面にまで隣接し、軽いフットワークで左へサイドステップを踏む。それに追従して勢
いよく動く砲塔を確認し……足を元に戻した。
 フェイントだ。
 この激しい機動に付いてこれる砲塔はない。60度くらい行き過ぎたところで、慌てて
制動、引き返してくる。
 その間、こちらは余裕で右のキャタピラに『メタルジェットランサー』を突き付け、射
出。ランサーの先端から発生する超高温の熱衝撃波は合金とゴムで作られたキャラピラを
悠々と貫通し、裁断した。
 ぎゃるがるぎゃるがるがるがるるっ!
 のたうつ右キャラピラだったものを避けるためにバックステップで退き、望まぬ信地旋
回を始めた戦車に残された左キャタピラも打ち抜いてやる。
 その頃になって戻ってきたのは、今度は左側にいる私を狙いに来た砲塔だ。
「所要時間20秒……まあまあね」
 打ちかかってきた砲身の回転半径より内に踏み出し、開いた左手で砲身を受け止めた。
さすがにパワーだけは勝てないから、砲塔の回転にギシギシと機体が押されてしまう。
 もちろん、こんなヤツと力比べする気はない。砲塔の回転部をランサーで打ち抜いて回
転を止める。ついでに砲身基部も壊しておこうかと思ったが、メタルジェットの特殊弾が
勿体ないのでやめた。どうせ半ば砂漠に埋もれた機体だ。戦闘は出来ない。
 瞬時に判断し、標的を2台目に移行。
 間合はやや遠い。
 だから……『跳んだ』。
「……ジェットタービン出力最大。ハイ・ブースト、ON」
 跳躍の最高点で背部に搭載された補助発電用のジェットタービンを全開にし、さらに跳
ぶ。
 出力を制御し、着地点を固定。着地点はもちろん……戦車砲塔だ。
 全高8m、自重15tもの兵器の20mに及ぶ跳躍は凶悪な弾道弾となる。無論、戦車
砲塔ごときに耐えられる物ではない。
 だぁんっ!
 着地の瞬間に関節部の連結を解除し、落下の衝撃をアブソーバーとなる人口腱に一任、
関節部への負担を無くす。人口腱のおかげで、潰れた砲塔とは対照的にこちらの機体には
何の損傷もない。
 念のために両方のキャラピラをランサーで打ち抜いておいて、終了。
 2台目も沈黙。
 見れば、4台あった戦車の残りはネインのメガダイバーの圧倒的なパワーでひっくり返
されていた。
 周囲にこれ以外の戦車隊の反応はない。
 これで、終わり。
 その時、丁度良いタイミングで通信機が鳴った。
[蘭サン……大丈夫ですカ?]
 日本語?
[どうしたの? シグマ]
 何故今頃になってシグマが日本語で話しかけてくるのか分からなかったが、車内の誰か
に聞かれたくない理由でもあるのだろう。とりあえず日本語で返してみる。
[司令が、『逃げたければ逃げても良いぞ。機体損壊による撤退にしておく』だそうデス]
 なるほど。そういう事か。
[……シグマは私に戦って欲しくない?]
 もちろん、私に退くつもりはない。でも、ちょっとだけ聞いてみる。
[エエ。出来れバ……]
 彼の声はいつもと同じ。本心なのか、それともそうでないのかは……分からない。
 苦笑。
[大丈夫。引き際を間違えるような馬鹿な真似はしないわよ]
 苦笑しつつ、言う。
 そう。それだけは確かだ。少なくとも、私は死にたいとは思っていない。
 死ぬつもりも、ない。
[……]
 対するシグマは、無言。
[それに、あんな怪物相手に情けは無用。違う?]
[怪物……ですカ?]
 ?
[遺伝子改造の産物か何かでしょうけど……少なくとも、私は学者でも人権論者じゃない
から」
 海洋生物でもあるまいし、世の中に30mを越える陸上生物が現存するとは思えない。
それに、恐竜ならまだUMAとか何とかいう理屈付けも出来るけど、あれはどう見ても『人
の形』を意識して生み出された人工的な存在だ。
 倫理上の問題をどうこう言うつもりはないけど、そんなモノがあっていいはずがない。
[エエ……そうですネ……]
 静かにそう相槌を打つシグマに私は眉をひそめた。普段は感情を出そうとしないシグマ
が、感情を隠そうともしていなかったから。
[? シグマ。どうかした?]
[いえ……それでは、司令にはそう伝えておきまス……御武運を]
 それだけ言って、通信は一方的に切れた。
 既に露わになっていた感情はない。いつもの、感情のないシグマの声だ。
[え、ええ……]
 この時、私は私が『彼』に何を言ったのか、全く理解していなかった。いや、言った事
にすら気付いていなかった。
 だが、私はこの時の会話を後々まで後悔する事になる……。
< Before Story / Next Story >



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