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[10/8 Notice Chapter <the first person  of  RAN>]
 私は夢を見ていた。
 昔の夢だ。
 日本。まだ私の髪がおさげの頃だから、中学か高校の頃だろう。
 ……そう、高校だ。都立南外縁工業高校。男子校が共学になってから、あたしは1期目の女
生徒だった。機械科のある工業高校ならどこでも良くって、ここを選んだ理由は……
 そうそう。どこかのデザイナーの作った制服がかわいかったから、なんて理由だったっけ。
「蘭先輩、進路って決めました?」
 夢の舞台は、クラブハウスの一角。
 私の所属していた、メカトロニクス研究会の部室だ。ロボット研と言えば通じた部室の中央
には、どうやって部屋から出すんだろう、と思うほどに大きな、4つ足の不格好な機械が鎮座
している。
「ええ。決めたわよ」
 夢の中、高校生の私は軽くうなずき、目の前の少女……後輩の塩川鋼に屈託のない笑みを浮
かべてみせる。
「やっぱ、ウィタニアに留学、ですか?」
「そのつもり。ウィタニアなら日本人も多いし、王立の大学は留学の受け入れも盛んだって資
料に書いてあったから」
 夢の時間は、3年の頃。ちょうど進路指導の時間が格段に増えて、どこの大学へ進むか、あ
るいはどこの会社へ就職するかが私達の最大の問題になっていた時期だ。
「そっか……寂しくなりますね」
 私の希望は、ウィタニア王立工大。日本とも深い親交のある欧州の小国、ウィタニア旧王制
共和国の王立学校。
 あの頃、私は欧州のMITとも言われるその学校に行こうと決めたばかりだった。
 自らの夢を叶える、第一歩のために。
「鋼は? 前にも聞いたけど、やっぱり……」
 相手の鋼は、2年後輩の1年生。先輩が引退して廃部の危機に陥った我らがロボット研に現
れた、期待の新人。
 私と似たような夢を持っていた彼女は、先輩後輩というよりも、仲の良い友人の関係だったっ
け。
「ええ。学校の先生か、蘭先輩と同じ方面に。どっちにするかまだ迷ってますけど」
「そう。日本の大学に進むのでは、あるのね」
 彼女の夢は、確か高校の教師になる事だったはず。教師になって、生徒達に自らの学んだ柔
道を教えるのだという。
 今の鋼はそんな当時の夢を叶え、高校の柔道顧問になっている。確か、この間の手紙には東
条学園とかいう私立校と書いてあった。
「はい。でもいいなぁ、蘭先輩に夢があって。それに、ちゃんと歩いて行こうって考えてる」
 考えてる?
 違う。
 それは、過去の私だ。
 夢を叶え、夢に向かって歩いているのは今は鋼の方。私は……
「鋼の夢も良いと思うけど?」
「でも、教職者は結構過剰気味ですから。何かしら、業界に大きな動きでもないと……」
 無理っぽいですけどね、と鋼は付け加え、小さく笑う。
 だが、『今の』私は知っている。私がウィタニアへ留学し、彼女が高校2年になったその年、
『受験戦争革命』が起きた事を。
 『ペンは剣より強し』の学歴一辺倒社会から、文武両道な『拳もペン並に強し』の世の中へ
一瞬のうちに書き替えられた社会……『受験戦国時代』。鋼はその柔術の技と教員免許を買わ
れ、東条の教師となった。
「そうね。だったら、ウィタニアに来なさいよ。私と一緒に……」
 何をさせたいの? 私は、鋼に。
 私と一緒に。
 私は……
 私は…………何をしたいの?
「…………夢」
 そこで、私は目が覚めた。


[10/9 AM0:40 機甲揚陸艦ダイサスティール号 食堂 <the first person  of  LILIA> ]
「う〜ん。なあ、リリア」
 酒保から取ってきた何だかよく分からない酒を手酌しながら、目の前の軍服のオヤジはそう
掛けてきた。
 ったく、一人で呑んでんじゃないんだから。癪の一つくらいしてやるって。
「なんだい? オッサン」
 あたしはジムの酒瓶をひったくると、半分まで酒の入ったコップに景気良く注いでやる。つ
いでにあたしの空のコップにも、景気良く注いでやる。水割りなんてめんどい事はしない。ス
トレートだ。
 どうやら高い酒だったのか、ジムの顔色が露骨に変わるのが分かったけど……知らんぷり。
注いだ酒をあたしがくいっと傾けるのを見てようやく諦めたらしいジムは、ぽつりと口を開い
た。
「お前、8年前って言ってたよな、内乱があったのって。それってガルニア連邦の事か?」
 ………………
 一瞬前まで美味しかった酒が、不味くなった。
「古いこと思い出させるね。嫌な中年だよ」
 端的に感想を述べ、残りを一気に飲み干した。強いアルコール分が身体へ一度に流れ込む感
覚で、不快感をまとめて押し流す。
「気になったんだよ。お前を助けた男ってのに心当たりがあってな」
 なに?
 ちょっと待て、おい。それなら話は別だ。
 無くなった酒をつぎ足し、あたしは別の意味で不快感を露わにする。
「そうだよ、8年前のガルニア……あたしがちょうど14の時だよ。首都でゲリラやってた時
にね、その陸軍のお偉いさんに助けられたのさ。あの時、ゲリラは見つけられ次第銃殺刑だっ
たってのに……」
 古い記憶を思い出しながら、今度はゆっくりと味わいながら、飲む。ったく、こういう美味
しい酒を意味もなく一気させるなんて、ヤな男だよまったく。
「ああ。ヤな所だったよ」
 そのヤな男は、あたしの思い出を知っているかのような口調でそう言った。
「何だい、知った風に」
「俺も従軍してたんだよ。新兵だったけど」
 へぇ。けど、正直なところジムがいようといなかろうと、当時のあたしには関係ない事だっ
たろう。それも新兵では、倒すべき敵が一人増えたか減ったか、その程度だったはずだ。
 それに、当面の話題はジムが当時ガルニアにいたかどうかじゃない。
「へぇ……。で、誰なのよ。あの大佐さんは」
 問題は、そこだ。
「ミューア・ウィンチェスター大佐。俺が陸軍で一番尊敬してた人だ」
 『してた』?
「過去形かい?」
 って事は、今は違うって事か? まあ、ヒラだとイイヤツだったのが急にえらくなったおか
げで歪んじまったってのはよくある事だけど……
「違う。次の年に交通事故でな。ドライブの最中に、カーブを曲がりきれずに海へ真っさかさ
ま、だったそうだ」
 あら……そうなんだ。
 事故か……あっけない。人生なんていつどこで何が起こるか分かんないものね。
「へぇ……。それにしても、ウィンチェスターとはね。案外、シグマとかってミューア大佐の
子供だったりするんじゃないのかい?」
「違うだろう。大佐には男の子が一人いたけど、事故で一緒に……だったそうだから」



[10/9 AM1:05 機甲揚陸艦ダイサスティール号 酒保 <the first person  of  RAN> ]
 嫌な夢で眠れなくなった私がふらりと足を向けたのは、酒保。
 普段なら任務中に酒なんか飲まない私だけれど、流石にあんな夢を見たばかりでは、寝酒で
もしなければ寝付けない気分だったのだ。
「傭兵だったのね、シグマは」
 そこに一人いたシグマの隣に腰を下ろし、私は小さく呟く。
「ええ。別に黙っているつもりはなかったんですガ。蘭さんもWPの……テストパイロットだっ
たんですネ」
 シグマも、やや居心地の悪い様子で答える。
 お互いの、知らない一面。それを見てしまったから、今までの数日間、声を掛けそびれてし
まったのだ。
 いや、そんな回りくどい言い方はよそう。
 私は、声を掛けるのが怖かった。
 今までの平穏な……本当に何もない、穏やかな『日常』が壊れてしまう気がして。
「ええ。黙っているつもりはなかったのだけれど」
 沈黙。
 今までの、ヒェッツガルデンのアパートでの食事時のような淡々とした沈黙ではない。
 空気が重く、苦しかった。
 用のない時は話をしなければいい。それで生まれる沈黙は、ただ音のない空間でしかない。
今までそんな事を平気で考えていた自分が、馬鹿みたいにさえ思えた。
「蘭さんは、どうしてテストパイロットに?」
 ?
 唐突に沈黙を破ったシグマの言葉に、一瞬呆気にとられる。
 僅かに間を置いて、反復。
「……どうして?」
 私の答えで、空気が確実に変わったのが分かる。
 重苦しい沈黙が、嘘のように……
「ええ。ヒェッツガルデン村といえば、ワタシ達の社会では有名なんですよ。そこでテストパ
イロットが出来るほどなら、もっといい仕事もあったでしょうに」
 空気が軽い。
 だが、私は空気が軽くなった開放感に気を取られすぎていたようだった。普段なら簡単に気
付くはずのシグマの言葉の疑問点に、これっぽっちも気付かなかったのだから。
「そうね……夢、かしらね」
 浮かれた、私。馬鹿みたいに懐かしい思い出を語る。
「夢?」
「そう。高校の時は……工業高校だったんだけど、ロボットに憧れてね。それ以来よ。大学も
ウィタニアの工大に進んだし……って、なに笑ってるのよ」
 出会ってから初めて笑ったシグマに、私も笑う。
 笑ったのは久しぶりだった。もともと笑うことは少なかったけど、ウィタニアからヒェッツ
ガルデンに移ってからはそれもめっきり減った気がする。せいぜい、時折仕事の都合で訪ねて
くる会長に苦笑を浮かべる程度だ。
 もちろん、シグマと話していて笑ったのは、多分これが初めて。
「いえ、あまりにも意外だったもので。蘭さんはもっとガチガチの現実主義者だとばかり……」
 何にせよ、楽しい時間。今までの4ヶ月の間、何をしていたんだろうと思えるほどに、楽し
い、時間。
「失礼な。私だってまだ去年成人式を済ませたばかりよ。そんな、年寄りみたいに…………」
 また、笑う。
 多分、それが私の最後の心からの笑み。
 そしてその日。
 私とシグマは初めてキスをし……

 寝た。
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