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[10/7 PM6:30 機甲揚陸艦ダイサスティール号 艦上 <the first person  of  RAN> ]
 私が紅海上を航行する機甲揚陸艦ダイサスティールの艦上の人となったのは、予定されてい
た合流時刻を半日も過ぎた、作戦標準時1830の事だった。
「ようこそ、機甲揚陸艦ダイサスティールへ。ミス・ミヤノウチ。お待ちしていましたよ」
 着艦した大型輸送ヘリを出迎えたのは、海軍の軍服を数名の男達。ヘリ内で読んだ調査ファ
イルによれば、この機甲揚陸艦の艦長とその幕僚達だ。
「ラン・ミヤノウチ以下15名。作戦に必要な補充物資と人員、お届けに上がりました」
 報告を兼ねた挨拶を済ませる。私は軍属ではないから、敬礼はやらないでおく。
 男達の先頭に位置していた初老の艦長が乗艦許可と敬礼を返し、それに私は軽く一礼。その
まま艦長の案内で艦橋へと向かう。
「さてと。そんなに緊張しなくても構わないよ、ミス・ミヤノウチ。この艦は軍事行動中だが、
構成は傭兵が中心だからね」
 どうやら歩き出す前に時計へちらりと目をやった私に、緊張の気配を見ていたらしい。私に
向けた艦長の笑みは、こちらの緊張をほぐそうとした穏やかなもの。
 こういう心配りがさらりと出来るあたり、艦長としての経験も相当に長いのだろう。
 とは言え、私は緊張などしていない。緊張していたのではなく、ただ単に気になる事があっ
ただけだ。
「ランで結構です。それよりも作戦のタイムスケジュールはどうなっています? 予定から半
日も遅れてしまったのですが……」
「ふむ、君が心配するほどの事はないと思うが……副長?」
 艦長がそう言って後ろを向いたのと、副長と呼ばれた細身の男は手元の通信機をポケットに
仕舞い、大型の軍用時計から視線を上げたのはほぼ同時だった。
「現在、搬入行程の30%を消化。スケジュール遅延としては全体の約5%ですが、明後日ま
では最大25%の遅延が修正範囲内です。全く問題はありません」
 タイムテーブルの全ては頭の中、後は現状時間と照らし合わせるだけ。
 艦長もその事をよく知っているのだろう。軽く頷いて返しただけで、それ以上の事を問う気
配もない。
「そうですか。なら良かった」
 もちろん、部外者である私も同じ。短い相づちを打ち、それ以上の事を問う事はしない。
 作戦の全てを把握している者が問題なしと判断したなら、進行に問題はないのだ。それに不
要な異議を挟むなど時間の無駄でしかない。
「ちなみに、今日のような悪天候での強行軍はお勧めできませんな。天候悪化によるヘリの事
故等での物資損失率は約1%。例え搬入を明日に伸ばしたとしても、そちらの方がまだしもデ
メリットは少ない」
「こらこら、副長。悪いね、彼は効率でしか物事の判断が出来ない男なのだよ」
 表情一つ変えない副長とは対象に、艦長は苦笑を浮かべる。しかし、そう言ってはいるもの
の副長に対する悪意は感じられない。
「いえ、副長さんの仰る事ももっともですから。次回からは気を付けます」
 冷静な判断力と処理能力を持つ知的な副長と、それを穏やかにフォローする温厚な艦長。正
反対だが好対照な二人は、良い組み合わせだ、と思う。
「艦長。あと15分で作戦会議が始まります。少し急がれませんと」
 そんな事を考えていると、無言だった副長が口を開いた。
「副長……。せめて、ラン君にシャワーなりと浴びてもらう時間を取ってあげてはどうかね? 
彼女とて疲れているだろうに……どうせ、傭兵の彼等は定時には集まらないのだから」
「いえ、私はお気になさらずに」
 作戦会議については何の問題もない。
 個よりも全。作戦を円滑に運営するために必要な最低条件だ。もちろん、私のシャワーの時
間など些細な『個』でしかない。
「そうかね? なら、ついでにレイノルド大佐の部屋に寄って行こうか。今回の作戦の指揮官
で、君の直属の上司になる人だ。会っておいて損はないだろうからね」


[10/7 PM7:50 機甲揚陸艦ダイサスティール号 食堂 <the first person  of  RAN> ]
「何てメンツだい、この隊は……」
 隊別に割り当てられた座席に着くなり、大柄な彼女はそんな声を上げた。
 ファイルによれば、彼女の名はリリア・ヴォルフィード。傭兵歴は3年、年齢は一つ上の2
2。性格は明朗で直情的・感情的。銃撃戦に関して天才的な才能を持つが、現場の判断が非常
に多く、軍規違反、命令違反は日常茶飯事だという。
 命令違反の罰則を手柄で穴埋めする、典型的な熟練傭兵の一例だ。
 そんなベテランの彼女の機嫌が悪いのも、分からないではない。
 理由は、先程終わった作戦会議にある。
「そんなに心配かしら?」
 私やリリアが配属された隊は司令部隊。この第47独立戦隊の総合指揮を行う中枢部隊だ。
 構成は総指揮官のレイノルド大佐を中心とし、戦術オペレーターが2人、司令車両の制御と
近接防御に目の前のリリアを含めて2人、強襲装兵が私を入れて2機の計7人。指揮部隊とし
てはやけに少ないとも思える人数だが、最小の戦力で最大限の効果を求めるのが最近の戦術だ。
 それに、実際の戦術指揮は総指揮官ではなく、各部隊の指揮車が行う。7人という人数は適
正といえるだろう。
 もちろん、リリアが怒っているのはそんな事ではない。
「心配なんかしてないよ。指揮官とオペレーターは陸軍のお偉いさん、護衛の強襲装兵は二人
揃って一流企業の主戦力。まあ、ダイバ側の方はまだ見てないけど……あたしにはあーいう堅
苦しい連中はどーもウマが合わなさそうでね……」
 そう言って、渋面。
 技術的な問題というより、彼女にとっての性格的な点で問題があるようだ。確かに、チーム
ワークに問題があるのは好ましいことではない。
 車両制御と強襲装兵に回される台場のメンバーについては、私がドイツを発つ直前にもらっ
たファイルにも書かれていない。心配してもどうにもならないとはいえ、これ以上チームワー
クを乱す輩が来ないことを祈るのみ。
「多分、大丈夫だと思うよ?」
「何だい、ボーヤは」
 と、唐突に背後から掛けられた声に振り向き、リリアは呆気にとられた声を上げた。つられ
て見て、私も一瞬呆気にとられる。
 一人は少年。まだ15にはなっていないだろう。東洋系の顔立ちに、大きめのパーカー。耳
に付いているヘッドホンのケーブルは、パーカーに付けられた大きめのポケットの中にある
ポータブルCDへ繋がっている。
 全体的に、穏やかな雰囲気を持つ子供だ。
 そして、もう一人は……
「シグマ・ウィンチェスターとネイン・ムラサメ。台場グループより出向してきました。以降、
第47独立戦隊に合流させてもらいます。よろしく」
 いつもの古ぼけたコートに身を包んだ、あの野良猫の青年だったのだ。


[10/7 PM8:30 機甲揚陸艦ダイサスティール号 強襲装兵甲板 <the first person of RAN>]
 機甲揚陸艦ダイサスティール。
 今までの揚陸艦とは違い、強襲装兵を運用することを前提に開発された専用の強襲揚陸艦だ。
 その揚陸艦の格納庫で、私は搬入されたばかりの『ランスロット』の動作チェックを行って
いた。
「センサー類は正常、と」
 モニターに映る格納庫も広い。12機の強襲装兵と4台の指揮車両、10台の砲撃車両。本
来の搭載数の半分ほどの戦闘車両類がまばらに置かれた格納庫には作業員の姿もなく、閑散と
している。
「次はアクチュエーター……」
 無数の欄が浮かんだ液晶ディスプレイのいくつかにチェックを入れ、今度はフットペダルに
足を載せた。
 軽く力を込めると、低いモーターの振動が僅かに強まっていく。丁度良く強まったところで
隣のペダルを同時に踏み、数歩前進。同時に腰椎を連動させて半回転。機体の重心を保つバラ
ンサーにも異常はない。
 急停止。のち、半歩後退。
 また前進。
 半身を再び回転させつつ、今度は腕も動かし、右腕に備えられた新型の対戦車槍『メタル
ジェットランサー』を大きく横に薙ぐ。バランサーの補完能力に余裕がある上で、周囲に他の
機体がいないからこそ出来る芸当だ。
 横薙ぎから一歩前進しつつ槍を引き戻して刺突、前進と同時に振り上げて、歩みを止める。
片足を支点に身体を半回転させ、今度は振り向きざまに袈裟懸けに振り下ろす。
 反応は悪くない。
「……あら?」
 と、突如警告を放った対人センサーの反応に、私はぴたりと機体の動きを止めた。可動範囲
に民間人が急に入ってきた時の対処とそれに伴う急激な動作停止は、動作試験の基本だ。頭が
動作を判断するより、身体の方が先に動く。
 高回転を叩き出していたモーターが一瞬で低い音へと変わり、余分な出力消費を押さえるた
めのアイドリング状態へ移行する。
「モーター系も異常なし、と」
 ただし、『ランスロット』の癖か、腕の反応がほんの少しだけ遅れた。それをメモしておい
て、カメラアイの仕込まれた頭部を動かす。
 対人センサーを追従するように動いたカメラアイの先にいたのは、片手に袋を提げたシグマ
とリリアの姿だった。


[10/7 PM8:40 機甲揚陸艦ダイサスティール号 強襲装兵甲板 <the first person of LILIA>]
「シャワーね……。普通、その位は浴びさせてもらって当然なんじゃないかねぇ?」
 あたしは空になったビールの缶を潰しながら、そう答えた。
 作戦行動中とはいえ、待機命令もかかっていない移動時間なんてのは暇でしかない。昼間の
うちに銃の手入れや訓練もやっちまったし、書庫には面白そうな本がなかった。ホントに暇に
なったから、寝る前に酒保に寄って新人の強襲装兵乗りに差し入れを持ってきたんだ。
 シグマのヤツは暇そうにしてたから、ついでだ。
「そうなんですか?」
 けど、ランのヤツは「仕事中にアルコールは入れない主義なの」とかスカした事言って結局
ビールなんか受け取ろうともしない。酔い覚ましに放り込んできたスポーツドリンクだけひょ
いと取って、静かに口に運んでるだけだ。
 寝酒をするとかで酒保にいた指揮官のオヤジはまだ話が分かりそうだったけど、こっちのラ
ンは同じ真面目系でもガチガチ。腕はともかく、とても仲良くなれそうにない。
「作戦遂行中は個よりも全、って考え方は分かるけどね。今回みたいな時なら、少々遅れたっ
て誰も文句言いやしないって」
 ちなみに今の話題は『作戦会議前にシャワーを浴びる10分の遅刻が許されるか否か』。何
かそういう話がランが来た直後にあったらしい。
 もちろん、あたしは浴びるに一票。丸一日かけた長旅のすぐ後に作戦会議なんて、よっぽど
切羽詰まった状況でもない限りゴメンだ。それも艦長自らが勧めてくれたのなら、そりゃ受け
ないって方がどうかしてる。
「な? シグマもそう思うだろ?」
 そう言って、陰気に黙ってビール呑んでたシグマにも振ってやる。こいつはもともと傭兵だ
から、それなりに見知った顔だ。けど、腕はともかく、性格がどうも愛想がないっつーか、他
人と迎合してばっかっていうか……。まあ、話は分かるヤツだから、基本的にイイヤツではあ
るんだけど。
「そうですネ。シャワーでリラックスした方ガ、後の会議にも集中できるかもしれませんネ」
 こうだ。
 今日もあたしとランの意見の中間あたりの意見を無難に言いやがる。半分はジャップの血が
流れてるとか聞いたけど、多分、ホントの話なんだろうな……。
「どちらにせよ、任務最優先という考え方はあまり誉められた物ではありませんヨ」
 おや?
 シグマが人の意見に反論する所なんて始めて聞いたぞ。珍しいこともあるもんだ。
「そうですか? 私は任務を果たしてこその大人、だと思っていますが」
 あたしがそんな事を考えてると、ランとシグマの間に何やら怪しげな雰囲気が漂い始めた。
 こりゃまずい。
 格納庫で酒呑んだ上に喧嘩沙汰にでもなったら、いくら無法が通じる傭兵部隊って言っても
懲罰モノだぞ。
「まあ、人の好意は受けとっとけ、って事だよ。ほら、あんたもビールの一つでも呑めってば。
な?」
 無理矢理にオチを付けて割り込んだあたしに毒気を抜かれたらしい。よーしよし。
「いえ。休憩も終わりましたし、今日中に基本チェックだけは済ませておきたいので」
 そう言って立ち上がるラン。
 どうせ近接戦の出来ない海上じゃ、強襲装兵なんて戦車ほどの役にも立たないんだ。明日に
してもいいじゃないか。余裕があるから整備班の連中も今日はもう上がってるんだろうが……
なんて思ったんだけど、ランの考えはまた別物らしい。
 まあ、ケンカがうやむやになっただけでも良しとしよう。
「そっか。まあ、適当に頑張ってな」
 それだけ言うと、あたしはシグマを連れてさっさと引き揚げることにした。喧嘩の原因は、
さっさと取り除くに限る。
「おやすみなさい」
 ランの声を背中に、片手を軽く振る。
 やれやれ、酒保にまだレイノルドのオッサンはいるだろうか。ちょっと、飲み直したい気分
だ。


[10/8 AM10:35機甲揚陸艦ダイサスティール号 強襲装兵甲板 <the first person of RAN>]
 二日目。
「お金?」
 私はそう呟くと、首を傾げた。
 コンソールの端に映っているのは、例の少年、ネインの姿だ。今日は彼も朝から自らの駆る
メガ・ダイバーの調整を行っている。
 とは言え、機体の調整の大半は専門の整備士の仕事だ。私達は基本的に調整された部位の動
作確認を行うだけであり、調整作業の大半は待ち時間に費やされる。
 重要な作業なのだが、これと言ってやる事もなく、私は暇を持て余していた。中途半端になっ
てしまうから、作戦計画書や報告ファイルなどを読むわけにもいかない。
 そんな時、ネインが通信機で声を掛けてきたのだ。
「うん。そうだよ。ちょっと直したい物があってね」
 例によってCDを聞いてはいるものの、ネインの方も暇だったらしい。私もこれと言って拒
む理由もなく、何となく話を続けている。
「知り合いに儲かる仕事を聞いたら、紹介してくれたんだよね」
 今日の天気から始まって、この船の事、それぞれのメンバーに対する印象のこと。私も彼も
映画や音楽は聴かないのでそちらの話が出る事はなかったが、話好きらしいネインは次々と話
題を振り、他愛もない話はいつしかまだ14歳のネインが傭兵になった目的へと移っていた。
「傭兵の賃金って結構いいと聞くけど……そんなお金をもらって何を直したいの?」
 傭兵の賃金相場に詳しいわけではないが、軍ではなく大企業に雇われるケースであれば、相
当に実入りの良い仕事になると言う。そんなハイリスクハイリターンな仕事をしてまで直すな
ど、よっぽどの物であるに違いない。
「それはちょっと秘密なんだけどね。でも、大事なものだから。それに、僕は預かってるだけ
で、僕一人のものじゃないんだ」
 よく分からない表現。ただ、久々に聞く彼の日本語(そう。ネインは日本に本社のある台場
のテストパイロットだけあり、流暢な日本語を喋ることが出来たのだ)のそういう表現が懐か
しい。
「ふぅん……。凄いのね」
 彼がどれほどの実力を持っているのかはともかく、こんな事までして果たすべき目的がある
というのは、ある意味うらやましい。
 そういえば、私、忙しくて忘れていたけど。留学していたウィタニア王立大を中退して強襲
装兵のテストパイロットになったのは……。
「蘭さんは、何で強襲装兵なんて乗ってるの?」
 !
 心を読まれたかと、思った。
 読心系の能力者でもあるまいに。そんな事などないと言い聞かせ、小さくため息。
「そうね……何でだったかしらね。それじゃ、調整が忙しくなるから切るわね」
 小さく私はそう答え、通信機のコンソールを閉じた。


[10/8 PM7:40 機甲揚陸艦ダイサスティール号 食堂 <the first person  of  LILIA> ]
「戦う理由ぅ?」
 また何を唐突な。
 ランの言い出したそんな言葉に、あたしは呆れたような声を出した。
 普通のヤツなら、あたしの口調からあたしの意志を悟って聞くのをやめる。ディナーの話題
にそぐわない、ばかばかしい話題って悟ってね。
 でも、ランはいろんな意味で真面目だから、そんな事を思いもしない。
「ええ。私は仕事だからこうしてここにいるけど、リリアさん達ってどうしてここにいるのか
な、と思って」
 正直言って、そういう問いは苦手。いや、嫌いって言った方がいいくらいかもしれない。そ
ういう小難しい事は哲学者にでも任せておけばいいのであって、あたし達が考える事じゃない。
 ただ、ランはそれじゃ納得しないだろう。
 だから、正直に言った。
「強いて言えば適正ね。あたしの生まれた国って内乱がひどくてね。まあ、それから色々あっ
てね、今に至るんだけど」
 もう5年くらい前の話。その時からあたしは銃を持って、人を撃っていた。まあ、どーせ今
も大して変わらないけど。
「ごめんなさい。悪い事、聞いちゃったかしら?」
 悪いと思ったのか、素直に謝るラン。なかなかいい所もあるじゃない。
「別に。もう新政権とやらが立って内乱も終わってるしね。昔の話よ。で、シグマは?」
「ワタシ、ですカ?」
 当然。あたしだけ言わせといて自分はだんまりなんて、許せるわけがない。
 出来ればジムのオッサンとかも聞き出さないと気が済まないところだけど、陸軍士官のあい
つは艦長達と夕食を食べてるらしくって、ここにはいない。まあ、あの人のは仕事だし、国か
家族のため、とかいうオチがつきそうだけどね。
「そうですネ……。ワタシは誓約、ですかネ」
 そんな事をあたしが考えていると、シグマはぽつりとそう言った。
「何? 約束?」
 "promise"じゃない。"vow"。同じような意味を持つ"oath"よりも、意味は強く、重い。
「ええ。色々ありまして……色々と、ネ」
 さすがにあたしの時のオチが効いているのだろう。ランもそれ以上問いただす事はなかった。
< Before Story / Next Story >



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