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[Notice Chapter]
 発端は一つの言葉だった。
<『叢雲』……我が内に眠る汝が力、我が下に示せ……>
 蒼穹を遥かに望む大地。
 そこより放たれし、蒼穹を切り裂く一条の閃光。
 その光が、ある男の数奇な体験の始まりだった。


[5/7 PM 3:30  ウェルド・パシフィック航空 ウィタニア行き第735便 付近]
 痛む頭を振りつつ、御角雅人は体を起こした。
 全身が痛い。これほど全身が痛いのは、昔仕事の都合でやる羽目になった柔術家の稽古相手
の次の日……以来だ。
「鋼さんとか言ったっけ。美人だったな……結構」
 全然関係ない事を思い出し、とりあえず襲ってくる痛みから気を紛らわせようとする雅人。
 無論、その程度で治まる痛みではない。が、だからと言ってこのまま寝込んでいていいもの
でもないだろう。
 無理に、周囲を見回してみる。
「……これは」
 雅人は探偵の中でも相当に修羅場をくぐった方だろう。飛行機の墜落現場にも、足を踏み入
れたことが事が何度かある。
 だが、目の前の光景は今までのそれを絶していた。
 爆撃か砲撃か。落下以外の圧倒的な力を持つ『何か』で打ち砕かれたとしか思えない、無惨
な姿をさらす鋼鉄の塊。そしてそれを取り巻くようにある……
 焼け焦げ、あるいは砕かれた無数の骸。
 動くものは、ない。
「テロリストでも乗り合わせたか、それとも……」
 呟く。
 痛いはずの全身から痛みを忘れるほどに、呆然と。
「と、とにかく生き残りを捜さないと……」
 痛む身体を引きずり、2歩、3歩、歩き。
 つまづき、転ぶ。
「何で……」
 足下を見、静かに一言。
「何でこんなものが……?」
 足下に転がっていたのは。
 一挺の、拳銃だった。

木曜日 ―風と、雨と、鏡待つ森―
[?/? 光の刻(AM 11:00) 『鏡の森』付近] 「ルーティア・ウェアラット。汝、何処へと向かうつもりか?」  樹上から掛けられた厳かな声に、少女……ルーティア・ウェアラットはくるりと身を翻した。  振り返る頭に追従し、長く美しい栗色の髪が新緑の森に流れる。 「いい加減、そのしゃべり方やめたら? ルルってば」  揺れる髪の爽やかさと共に返す、軽い声。  声の主は分かっていた。  ルル。  字名だけで、名字はない。森の分身、全にして個たる『ウッドロウ』には、家族という概念 が存在していないから。 「ルーティア・ウェアラット。我が質問に答えよ。今日は汝等『風読み』が森を訪れし日では ないはず。我、長より聞いてはおらぬぞ?」  だが、返事は硬質なものだった。聞き知った少女の声ではあるが、儀礼じみた口調でそれだ けを返してくる。 「だからぁ、今日は遊びに来ただけだって」  ルーティアの口調は、あくまでも軽い。  森を抜ける風に涼やかに遊ぶ、彼女の長い髪のように。 「汝等が立ち入りを禁じられている『鏡の森』へか?」  ルルの口調は、あくまでも硬い。  森の番人として任じられた、自らの責を果たさんがため。 「何を今さら。いつも遊んでるじゃない」  柔と硬。二つの声がぶつかり合った結果は。 「……承認した。さて、と」  砕ける。 「久しぶりね、ルーティア。それで、今日は何して遊ぶ気かしら?」  とりあえず『森の番』という仕事を果たすだけ果たしたルルは、木の上から小柄なその身体 をひょいと現していた。 [?/? 金の刻(AM 12:10) 風読みの村・ソルフェージュ メインストリート] 「あら? ルーティアちゃん、帰ってないんですか? いつもお昼ご飯には帰ってくるのに」  買い込んだ瓶詰めやら紙袋やらを大きなバッグに詰め込みながら、少女は店主の老爺にそん な言葉を掛けた。  どこかの使用人らしいが、奇妙な風体の娘だ。まず、メイドの着るような服を来ているのが、 この小さな田舎町では大層浮いていた。  が、コレに関してはそれ程の問題ではない。  問題は……小さな二本の角と、左右に垂れ下がった大きな耳。  獣。それも、牛の耳と、角だ。 「らしいね。まあ、よくある事らしいから親父さん達も心配してないみたいだけど」  だが、老爺は少女のその異様な風体を気にもしていないようだった。  この世界では、獣人はそれなりにありふれている。目の前の老爺が小さい頃に聞いた話では、 彼自身にも龍人だか何だかの血が混じっている、という話だった。  目の前の少女ほど顕著に獣人的特徴が現れる者は珍しいが、まあ、その程度の扱いなのだ。 「ああ、メイさん。ラヴィちゃんも一緒かね。探していたんだよ」  と、老爺とそんな話をしていると、一人の男が姿を現した。  件のルーティアの父である。 「探してた、ですか? 『風読み』のウェアラットおじ様が珍しい」  ルーティアは『風読み』と呼ばれる家の娘だ。この世界で『未来』を象徴する存在『風』を 感じる事で世界の流れを読み、世界の行く末を占う者の総称。高位の者であれば、風……即ち、 世界を操る事すら可能だという。  もっとも彼女達の家はそういう世界の運命レベルの大陰謀に関わるのではなく、もっぱら近 隣の村々に必要とされる仕事……例えば明日の天気を占うとか、日照りの時に雨を降らせると か……と中心に活動しているのだが。  とは言え、一人前の『風読み』であれば、人一人捜す事など造作もない事のはず。世界を巡っ ている探す相手の風を見つければいいだけの事だし、最悪、邂逅の運命を『詠めば』いい。 「ちょっと大きな風の乱れがあってね。小さな風の流れはほとんど読めなくなってるんだ」 「そうなんですか……」  要は調子が悪いという事なのだろう。ごくごく簡単なものではあるが『魔法』を使えるメイ にも、その気持ちは分からないでもない。 「ねー。おじ様ぁ。ルーティアちゃん探してるんじゃないの?」  そんな男の袖をくいくい、っと引っ張る、小さな影。  5〜6歳くらいの子供だ。 「おお、ラヴィちゃんもこんにちわ。それなんだが、二人ともルーティアを探すのを手伝って もらえんだろうか?」  子供……ラヴィのサラサラとした短い髪を軽く撫でておいて、男はメイの方にそう問う。 「ええ。それは構いませんけど……ラヴィもちょっと帰るのが遅くなるけど、いい?」 「うん♪」  ルーティアはラヴィのトモダチだ。トモダチを助けるのは当然…………などとまでは考えて いないのかもしれないが、とりあえず異論はないらしい。 「それでおじ様。私達、どこを探せば?」 「うん。ちょっと言いにくいんだが……」 「? 公衆浴場とかですか?」  言ってから、公衆浴場ならルーティアの母親が入ればいいじゃないかと気付き、メイは苦笑 を浮かべる。 「違うよ。出来れば、『鏡の森』の方を頼みたいのだが……。今日は我々は入る許可を貰って いなくてね」  この世界の森は『ウッドロウ』と呼ばれる種族が治める領域だ。彼らの許可を得なければ、 人間は立ち入る事さえままならない。  それは、この世界の『ルール』の一つ。  ただ、そんな『ルール』の支配する世界の中で、この二人の少女は常に『鏡の森』へと入る 事が許されていたのだ。 「ええ。私達なら大丈夫ですけど……何かあるんですか?」  とは言え、そんな事はこの村の人間なら誰でも知っている事だし、森へのちょっとしたお遣 いが彼女達に頼まれるのも良くあること。ルーティアの父のように『出来れば』などと前置き をする必要はない。メイが訝しげな質問をするのも無理のないことだった。 「ああ。『鏡の森』の方に向かう君の風の流れがあまり良い流れではなくてね……。正直に言 えば、かなりの波乱が視える」 「小さな風の流れは読めないのでは?」  先程の彼の話では、風の大きな乱れがあって小さな流れは読めない、という話だったはず。  メイの『波乱』とは相当に大きい物なのだろう。それが分かっている父親の口調は、相応に 不安そうなもの。 「うん。普段なら『詠んで』もいいんだが……今『詠む』と逆に事態が悪化するかもしれんの でね」  『詠む』とは、『読む』の対極に位置する行為だ。自ら風を生み出し、世の風の流れを変え る『風読み』の真の力。生み出せるのは小さな風でしかないが、それは最終的には世界を揺る がす嵐の源となる事もあるという。  ただし、歴史の分岐点を生み出すその行為には代償も大きい。特に今のように風が不安定に なっている時に使えば、何が起こるかは全く予想が付かない。 「だいじょーぶだよ」  だが、男の不安を一蹴したのは、小さな女の子の声だった。 「ラヴィがいっしょだもん。ね?」  真剣な表情で父親の話を聞いていたメイにぺたりとしがみつき、にっこりと笑み。  その笑みに、メイも相好を崩す。 「……そうね。それじゃ、ちょっと行ってきますね」 「悪いな。とにかく、何かありそうだったらすぐ戻ってきてくれ」 [?/? 金の刻(AM 13:00) 『鏡の森』]  そこは、『鏡の森』という。  別に本物の鏡が森のように林立しているわけではない。見た目はごく普通の森だ。この世界 の他の森と同じく、番人である『ウッドロウ』に許可を得さえすれば、森に用のある人間…… 炭焼きや猟師、薬草取り達……も出入りする事が出来る。  他の森に比べれば森の分身にして番人、守護者たる存在『ウッドロウ』の数がやや多くはあ るが、違いを挙げるとすればその程度。  だが、その奥に秘められた真の秘密を知る者は……少ない。 「ねえ、ホントにこんな所まで来て大丈夫なの? ルルもこんな所まで来た事ないんだけど」  ルルは、当然そんな秘密を知っていようはずもないルーティアに心配そうな声を掛けた。  ほんの一刻(約2時間)では、広大な『鏡の森』の入り口にも満たない場所までしか踏破で きない。森で生まれ育ったルルに問うても、「散歩道にもならない距離」と答えるだろう。  普段なら。  だが、目の前の栗色の髪の娘は、ルルが鏡の森のウッドロウ達を束ねる『長』から「なるべ く立ち入らないように」と言われている方言われている方へどんどんどんどん足を踏み入れて いくのである。  ウッドロウの『長』が森で持つ力は絶対的だ。比喩ではなく、全知全能と言って良い。ルル が森番を昼寝したあげくにエスケープかました事はおろか、今のこの状況も知っているに決 まっている。その事に関しては疑う余地すらない。  「あなた、知っててやってない?」とルルが突っ込もうかどうしようか考えを巡らせた、そ の時。 「大丈夫よ。森の分身のルルがなーに言ってんの」  頭のてっぺんから足の先までお気楽極楽に、ルーティアがさらりと答える。 「……分身って言っても長じゃないんだから。そう何でも出来るってわけじゃないのよ?」  ルルは人間年齢に換算して、まだ15にも達していない。言っちゃえば子供なのだ。森の中 では全能の力を持つとすら言われる『ウッドロウ』とはいえ、彼女レベルで使える力など人間 の精霊使い……例えば、『風読み』のルーティア……と比べてもそう大差ない。 「風も穏やかだし、ルルだって何かあったら森とか精霊さんが教えてくれるんでしょ?」 「まあ、そうだけれど……」  というわけで、その『風読み』の娘が「大丈夫な風」と断言するのだ。ルーティアが安請け 合いするのはいつもの事だけれど、まあ、大丈夫なのだろう……と、ルルもそう思う事にした。 「そういえばルル、あなた、門番の仕事はいいの?」  足下は適度に草が生い茂っているが、森慣れしているルーティアにとって大した障害ではな い。かき分けかき分け、そんな話を思い出す余裕すらある。 「ああ、そっちは大丈夫。どーせ何か悪いモノが入ってきたらルル達より先に『長』が気付く んだから」  それにとっくにバレてるし。  その言葉を胸の奥に飲み込んで、知らんぷりで答えるルル。何にせよ『長』の方が先に気付 くのは紛れもない事実だ。 「ふ〜ん。でも、なら何で門番なんてやってたの?」 「長がめんどくさいから、なんだって」  まあ、『鏡の森』は一番短い箇所を横断するだけで一週間は掛かるような無駄にバカでっか い森だ。そこのありとあらゆる情報が常に流れ込んできているのだから、たまらないだろう。  長が少しでも楽をしたい、という考えは分からないでもない。 「あ!」  その時、頭の中に唐突に閃いた重大な情報に、ルーティアは草をかき分けていた手を止めた。 「……どしたの?」  草をかき分ける様子もなく、ルル。かき分けるのが面倒なのではなく、草をかき分けずに進 む歩行手段を得ているのだ。 「しまったなぁ……どうしよ」  何やらバツの悪そうに、ルーティア。 「悪い『風』でも視えたの?」  ウッドロウであるルルにとって森の精霊と語り合うのは造作もないが、風を読むのは木火土 金水空の六種族が一つ、今は喪われし空の種族『レアウイング』の得手とする術。  要するに、ルルの専門外という事だ。 「う〜ん。そう言えばそうなのかなぁ。いや、そういうワケじゃないんだけど……困ったなぁ」  何だかワケの分からないことを言っているのは彼女の方だが、ルーティアの長い髪は森を抜 ける風に相変わらず涼しげに弄ばれているだけ。  風を読むアンテナの役割を果たすその髪をルルの素人目で見た限りでは、悪い風ではないの だろう、と見える。 「気になるじゃない。早く言ったら?」  ちょっとだけイライラしながら、ルル。 「う〜ん……怒らない?」 「内容次第では、怒る」 「じゃ、やめた」  あっさりと断念したルーティアに、ぽつり、呟く。 「…………『けしかける』わよ」  ウッドロウの特殊能力の一つである。  森そのものであるウッドロウが森の中で『けしかければ』、周囲の動物が大挙して標的をい ぢめに掛かってくるのだ。しかも相当タチの悪いことに、感知能力のまだ高くないルルが『け しかけ』たら、周囲のどんな動物が出てくるか本人だって分からなかった。ルーティアが何度 か身をもって実証済みだから間違いない。  ウサギ程度でも闘争本能をむき出しにされたら意外と脅威だったりする。当然、クマなど出 てこられたらアウトであろう。 「…………あのね」  珍しく慎重に言葉を選び、ルーティアはルルに言葉を紡いだ。世界を変える風を『詠む』時 よりも慎重に。出来るだけ彼女を怒らせないように、そして自分の立場を悪化させないように。 「ええ」  しかし、彼女基準で極めて慎重に選ばれたらしい言葉はあまりにもストレートで即物的だっ たりした。 「ゴハン、忘れちゃった。ルル、何か持ってきてなぁい?」  そして。  今日は、アウトだった。それも、木から落ちた時にとっさに掴んだ枝がぽっきりと折れてし まった時のような、致命的アウトだ。  何せ、ルルの召喚に答えて現れたのは。  一頭の熊だったのだから。 [?/? 天の刻(AM 14:05) 『鏡の森』]  がさがさと、茂みが動く。  中から現れたのは、メイとラヴィの二人組。 「そろそろ、追いついてもいい頃なんだけどな……」  彼女達の前には誰かが通った跡が残されている。  森の分身であるウッドロウなら森を傷つけずに渡る術を知っているのだろうが、人間である 『風読み』の娘はそうはいかない。どれだけ森に親しもうと、必ず跡を残してしまう。目の前 のそれはまだ新しいし、ルーティアの通った跡と見ていいだろう。  そんなこんなで追いかけて、既に一刻(約2時間)。半刻の遅れはあるものの、向こうは切 り開く側、こちらは追う側。そろそろ追いついてもいい頃だ。 「なんか声がきこえるよ? ほら、あっちの茂みの向こう。メイちゃんはきこえない?」  そんな事を考えていると、ラヴィが何かを聞きつけたらしい。奇妙なカバーの掛かっている 耳を澄まし、そう言う。  ちなみに、見るからに子供であるラヴィだが、追跡には全く足手まといになっていなかった。 むしろ、彼女の方がメイよりも強力に道を切り開いてたりするくらいだ。 「う〜ん。私は聞こえないけど……」  何しろ、ラヴィは人ではない。それどころか、生物ですらない。  この世界に存在しない雷と鋼の技術で作られた、機械生命。人を容易に圧倒する力を持つ、 機械の民。それが彼女の正体だ。  そんな彼女が人を圧しようとしないのは、人と共に生きようとする『心』があるから。断じ て、バカだから……という理由ではない。 「うん。ルーティア姉ちゃんの声だっ」  話がそれた。  ともかくその人造人間の人並み外れた聴覚でルーティア達の声を聞きつけたらしいラヴィは、 その声の源である森の奥へと走り出した。 「あ、ちょっと待って……」  それを追い、少しだけ遅れてメイも走り出す。森の中を歩くには向かないであろう長いスカー トを邪魔にする様子もない。こちらも、それなりに慣れているのだろう。  がさがさと茂みをかき分け、開かれた向こうにあったもの……。 「え……? 嘘……」  その光景を目の当たりにし、牛耳の少女は動きを止めていた。 [?/? 天の刻(AM 14:10) 『鏡の森』]  森を渡る風が、不安げに巻いた。 「ほえ? メイちゃん……どしたの?」  呆然としているメイの異変に気付いたラヴィは、メイの服の裾を引っ張り、そう問いかける。  普段なら即座に返ってくる優しい声が、今日だけはなかった。 「嘘……。なんで、こんな所に……」  返ってくるのは、そんな虚ろな言葉のみ。それがラヴィに掛けられたものではない事は、洞 察力の優秀でないラヴィにも明らかだ。 「メイちゃんってばぁ」  くいくい……いや、既にばさばさと言ったカンジでスカートの裾をやってみるが、それにも 反応がない。いつもなら下穿きまで見えそうになったスカートを必死に押さえつつ、「やめな さいってばぁ」と困ったようにしか聞こえない彼女のしかり声が返ってくるはずなのに。 「ね、ラヴィ。メイ、どうしたの?」  流石に異変に気付いたらしい。巨大な熊の背中に乗っかって彼女なりにくつろいでいたルル が、そう声を掛けてくる。 「メイ、ルル達なら大丈夫だよ。ね?」  彼女達ウッドロウにとって、動物は同じ家に住む家族のようなものだ。動物の方もそれは心 得ているらしく、如何に腹を空かせた猛獣であろうとも、森を渡るウッドロウを襲うことは決 してない。  彼女の『けしかけ』で姿を現した熊らしき動物も同じ。この辺の動物の顔は知り尽くしてい るルルの知らない獣だったが、ものの5分もあれば仲良くなる事が出来た。  メイもそんな事は知っているはずなのに、ルルの言葉に反応する気配もなく、未だ硬直する のみ。  そんな中、熊とじゃれていたルーティアだけが彼女の状況を把握していた。 「メイさんの風が乱れてる……。混乱……ううん、これは……怖がってるの?」  彼女を中心に渦巻く風の色は、恐怖。  それも並大抵のレベルではない。本物の風ではないからルル達は感じていないようだが、風 を感じる事の出来るルーティアには嵐の晩にすら感じられた。  風が向かう先は、熊。2mを越える巨躯を必死に押し戻そうと吹き付けるが、『風』を感じ る力を持たない熊相手には何の意味も持ってはいない。ただ、熊にしがみついているルーティ アの髪を激しく揺さぶるのみだ。  だが、そんな雰囲気を敏感に感じ取った者が、もう一人いた。 「キミ、メイちゃんをいじめたの!?」  ラヴィだ。  どこからともなく巨大な双刃の剣を取り出し、熊に向けて構える。ラヴィは自らの武器とし て定義された物を、どこからでも呼び出す力を与えられていた。巨大な双刃剣はその武器群の うちの一つだ。 [……エイト?] [嫌! そんな名前で呼ばないで!]  ぽつりと呟いた『熊』……そう。熊が喋ったのだ……に、『一同の知らない言葉』で悲鳴を 上げたメイに反応し、 「この……メイちゃんをいじめたなっ!」  機械の娘は、弾かれたように飛びかかった。
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