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[4/13 PM7:15 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号機関室]
「くしゅんっ!」
「ん? 誰か風邪か?」
 響き渡った小さなクシャミに、護衛艦トロゥブレス号整備班班長、エスター・ミヤザヤは不
審げな声を上げた。
 他の部署の兵士達と同じく、4人いる彼の部下にも健康管理は常に厳しく言い聞かせている。
そんな彼の教えを守れない愚か者など、自分の部下にはいなかったはずだが……。
「……おやっさん。ここ、オレとおやっさんしかいないんスけど……」
 残りの3人は他の箇所の整備やら何やらで、この機関室にはいない。
「じゃ、テメエかピニッツ。風邪引くなっていつも言ってるだろ。オレに感染すんじゃねえぞ」
「いや、オレじゃないっす」
 慌ててそう答えるピニッツの声は健康そのものだ。なるほど喉をやられているようにも、鼻
をやられているようにも聞こえない。
「でも、ここにゃオレとテメエしかいねえんだろ。オレが風邪引いてないんなら、テメエしか
いねえじゃねえか」
「いや、だからオレじゃないですってば」
「じゃあ、ジョージか。あの馬鹿野郎、仕事どころか健康管理もろくに出来やしねえのか……」
 先程までエンジン整備を手伝っていた新兵の名前を引き合いに出し、さらに怒りを倍増させ
るエスター。
 名前から分かる通り、エスターは日系人だ。爺様の話からすれば、2世だか3世だという。
そういうわけで、彼の中には古き良き時代の日本人の……頑固職人の血が衰える事無く流れて
いた。
「ジョージはメシ取りに厨房に行かせたじゃないスか、さっき。まだ当分は帰ってきませんっ
てば」
 料理長のスコードロンは腕はともかく話が長いのが玉に瑕だ。まだ要領を掴んでいない新兵
のジョージの事、料理長にとっつかまって10分……いや、30分は帰ってこないかもしれな
い。
 その間、この爺さんの相手をオレだけでしないとイカンのか……ちきしょう、ベオもクライ
ツも上手くやりやがって……と、今さらながらピニッツ・レキサンドラ整備兵は真摯にそう思っ
た。
「くしゅんっ!」
 また、クシャミ。
 整備中であっても半分は動き続けるエンジンの駆動音の間にあっても、その声は鮮明に響い
た。
「またかっ! やっぱお前だろジョージ! 嘘だけはつくなってオレがあれほど……」
「だから、オレ違いますって! って、スパナなんて振り上げないで下さいってばおやっさ
ん!」
 愚かで不毛な言い争いは、これから見習い整備兵のジョージが帰ってくるまで続けられるの
だった。

水曜日 ―散る波濤に潜めよ悪夢―
[4/15 PM3:30 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号甲板] 「はぁ? 『ザシキワラシ』?」  掃除に上がってきた船員の話を聞き、男は呆れたような声を上げた。  アメリカのホームドラマでパパ役でもやっていそうな中年男である。英字新聞でも持たせれ ばさぞかし似合うだろう……という大方の予想通り、デッキチェアに寄りかかって広げている のは英字新聞だ。 「『ザシキワラシ』っていや、日本のクリーチャーだかモンスターだかだろ? 誰が言ったの か知らんが……そいつ、ラフカディオ・ハーンの読み過ぎじゃないのか?」  前に同僚だった日本女性から借りてみた本の中に、確かそういう固有名詞が出てきたはず。 もっとも日本語の原書だったので、中年男は半分も読まずに彼女に返してしまったのだが。 「いや、ジョージだけじゃないんですよ。エスターのおやっさんやピニッツの野郎も見たらし くって。船長もスパイじゃないかって言ってたから、そろそろジムさんにも声が掛かると思い ますよ」 「…………まあ、スパイならな」  海外のモンスターより1割増くらいの信憑性はあるだろうな。その言葉を胸の奥にしまい、 ジムは半月前の英字新聞を閉じる。  周囲は見渡す限り一面の海だ。超高空を飛ぶ戦闘機相手ならともかく、対船舶の周囲警戒な ら目視だけで十二分に出来る。前に寄った軍港からももう半月近く過ぎているし、船内に乗務 員以外のスパイが潜伏していた可能性もあるとは思えない。  仮にスパイが厳重に検査された荷物の中に潜んでいたとしても……多分程良く腐敗した細菌 兵器にでもなっていることだろう。  ……どこかから降ってわいたか、ゾンビであれば話は別だが。 「って、それじゃホントにモンスターか」 [4/15 PM4:00 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号艦橋] 「あまり考えたくは無いがな、副長。スパイというのは」  必要最低限の人数で固められた静かな艦橋で、トロゥブレス号艦長は沈痛とすら聞こえるた め息をついた。 「今回の計画は我が艦の単独・完全極秘任務のはずですから……考えられるとすれば、『Z』 の手の者かと」  少なくとも、乗員がスパイという可能性はないといっていい。何しろ、艦長や副長以下艦橋 に詰めているのはそもそもそのスパイと敵対する側の人間なのだから。  無論それ以外の乗員に関しても、経歴から個人レベルの交友関係まで細心以上の注意を払っ てある。これでもしスパイがいれば、艦長は自らの所属する組織そのものを疑ってみなければ ならないだろう。 「だろうな。彼らとて、そう何度も出し抜かれる気はないだろうし……3年前のようにはいか んだろうよ」 「ええ。守護神か能力使いか。いずれにせよ、我々に感付かせずに侵入する程の相手であれば、 勝ち目は……」 「言うな、副長」  副長の言いかけた言葉を途中で遮り、艦長は半ば諦めの入った口調でぼやく。 「私も3年前に中東研究所を襲った時のようにいかん事くらい、分かっている」  一応、このトロゥブレス号にも護衛の兵士や傭兵は乗員させてあった。  だが、それはあくまでも常識的な相手……インド洋に出没する海賊や他国の特殊部隊……を 想定したものであって、非常識極まりない異能の力を持った連中『能力者』を相手にするよう には編成されていない。一般の戦闘員が能力者を相手にすれば、『セカンド』たった一人に壊 滅的打撃を受けた先日の第23傭兵分隊のようになるのは……火を見るより明らかだ。 「帝都に着くまでですよ。帝都に着きさえすれば、極東支部経由で補充要員が搭乗してくれる 手はずになっていますから」  極東の小国、日本。そこは史上空前の超兵器『超弩攻』を筆頭とし、他国には無いほどの『能 力者』を擁する能力者大国である。距離的に短い大西洋経由ではなく大幅な回り道になる太平 洋経由で米国へ向かうのも、この能力者大国へ寄港せんがためなのだ。 「報告書は見せてもらった。正直、信じられんメンバーだというのが感想だな」  補充リストに描かれてあったのは調査機材に数名の技術者、そして3名の組織外人員。  技術者の方は問題ない。彼らは極東支部に駐留している組織の技術者で、艦長も何度か顔を 合わせたことがあるからだ。  信じられないメンバーというのは、もう3名の方である。 「まさかあの巌守君が協力してくれるとはね。……言っておくが、我々に義はないぞ?」  その筆頭、巌守穿九郎。彼は義によってのみ戦いを望む男であり、艦長達の所属する『組織』 とも幾度かは思想的な面で対立した事がある。もちろん、全面的な対決、というわけではなかっ たが。 「はい。ですが、我々の窮状を見かねて協力してくれるようです」  それも、彼流に言う『義』なのだろう。何にせよ、協力してくれるのならこれ以上頼りにな る戦力もそうはない。 「そうか……。それと、このヴァイスというのは……やはり彼か?」  次にあった名は、ヴァイス・ルイナー。こちらは穿九郎と違い、艦長にも覚えのない名だ。  だが、彼の写真や持つ装備・経歴には、幾らかの覚えがあった。 「艦長のお察しの通りです」  それをごく簡潔な言葉で肯定する、副長。 「そうか……3年前の幻の英雄をようやく見つけたと思ったら、いきなり傭兵として招かねば ならんとはな……」  数年前の出来事を思い出したのか、艦長はため息をまたもや一つ吐き、小さく呟く。 「帝都まで一週間の辛抱か。常に余裕がないのだな、我々には」 [4/15 PM4:30 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号船倉] 「くしゅんっ!」 「……誰だっ!?」  だだっ広い倉庫に響き渡ったクシャミに、ジムはハンドガンを構えた。が、逆に音が反響し ているために音源の特定までは出来ない。  銃口を向けた方向は、かなり当てずっぽう。 「くしゅんっ!」  ここは火薬庫ではなく、長い無補給航行で消費し続けている食料や雑貨類だけ。射撃はそれ ほど得意ではないが、少々発砲が外れたところで引火する物はない。 「手荒な事をするつもりはない……だが、出てこないのなら発砲する気がないわけじゃない ぞ」  ジムも傭兵だ。誰に習ったわけでもないが、少々の時間さえ貰えれば気配の大雑把な位置く らい読める。  銃口をゆるゆると動かし、位置補正。  まだ相手はいる。  だが、返事はない。 「…………?」  変だ。  相手に敵意がないのであれば、ここは出てくるべきだろう。逆に、敵意があるのであれば向 かってくる方が賢明と言える。このトロゥブレス号の警戒の目を逃れて侵入できるほどの手練 れだ。ジムの気配を感じ、気取られぬ間に彼を倒すことなど造作もあるまい。  もし仮に、潜入能力だけで戦闘能力のない相手であれば……話はもっと簡単だ。  逃げればいいのだから。 「……ダレ?」 「!?」  聞こえたのは、声だ。  警戒を解かぬままに歩を進め、雑貨と書かれた箱の角を曲がる。 「…………何だ、これは」  そこにあったのは、一つの巨大な檻と。  巨大な、熊のような獣の姿だった。 [4/15 PM4:40 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号船倉] 「そうか……。お前、ゾッドっていうのか」  ジムは、檻の中に入っている巨大な熊のような獣に『日本語』で話しかけた。 「そう。ゾッド」  一見、熊に似ている。しかし、熊ではない。  身長は2mより少し大きいくらい。人間にも似ているし、強いていえば狼など犬科の獣にも 似ているように見える。悪い言い方をすれば、よく分からない……とも言う。  類似点はある物の、少なくとも地上に現存するいかなる動物にも見えなかった。 「で、何でこんな所にいるんだ? お前は」 「ゾッド、ずっとアツいマルがノボってシズんでたころ、ヤマにいた。ヒカリくぐったら、ユ キのケのニンゲンがゾッドツカまえた。ずっとヒカるクラくなるソラのセマいトコロいたけど、 たくさんユれたらヌマのケのニンゲンキて、ここ、ツれてこられた」  ……さっぱり分からない。発音がたどたどしいというのに加えて、分からない表現が多すぎ る。ゾッドは自分の分かる範囲で説明してくれているのだろうが……。 「よく分からんな……。アツいマルって何だ?」「アツいマル、ソラにある。ミると、メ、イ タい」 「……太陽のことか。それじゃ……」  この調子である。  まあ、ジムももともと暇だったのだ。「ザシキワラシ」は今だ捜索中だったが、あらかた設 備内を回った今も見つかる気配はない。その捜索の合間を縫って、彼はこの不思議な生物の相 手をしているのだ。  慣れない日本語を理解するのは骨が折れるが、それも小さい子供を相手にしていると思えば 苦にもならない。二人の子供が小さかった頃は、こうして……ごくごくたまにだが……話をし たものだ。 「ふむ……毛っつーか、そりゃ服の事か。こんなのだろ?」  今度の話題は「ヌマのケのニンゲン」。自分の着ている支給品の迷彩服を差し、問いかけて みる。よく分からない物の時は実物を介して話をするのが一番だ。 「そう。それ、ケ、チガう?」  ゾッドの観念からすれば体の表面は全部毛なのだろう。動物で服を脱ぎ着出来るのは脱皮す るヘビやカブトムシくらいだから、当然といえば当然といえる。 「違う。こりゃ、服っていうもんだ。カタツムリとかが背負ってるだろう?」 「おマエ、カタツムリ?」  不思議そうに首を傾げてみる、ゾッド。体の表面に何かを着用する……『服』という概念が どうしても理解できないらしい。 「いや、違うけど……ああ、毛でいいや」  まあ、この点については間違った知識のままでもそれほど支障はあるまい。毛だと思ってい れば、もし彼が遭難者を見つけて助けたとしても、『服』と間違えて人皮を引き剥がしたりし ないだろうし。 「そう。ヌマのケのニンゲンとユキのケのニンゲン、ゾッド、ココにツれてキた」 「沼の毛っつー事は、俺みたいな迷彩色って事だよな。雪の毛ってのは白服……まてよ?」  この時点にいたって、ジムはようやく事の重大さに気が付いた。  そして、彼が何者なのかも薄々。 「お前、もしかして『守護神』とか呼ばれた事……ないか?」  調査班にいた旧友からこっそり流して貰った情報の中で、この作戦で最も警戒すべき相手… …そう呼ばれた存在の名を、口にしてみる。 「ある。ユキのケのニンゲン、ゾッド、『シュゴシン』、あと『ゾディアック・ガーディアン』 ヨんでた。いつも、『ナガくてめんどくさいから、ゾッドでいい?』イったから、ゾッド、ゾッ ドなった」 「いつも? 誰だ、そいつは」  普通、この文脈では『何時も』という名詞は入らない。あまり日本語に堪能でないゾッドの 事だから少々の間違いはあるのかもしれないが、ジムも一応は聞いてみる。 「いつも、ゾッドにコトバ、オシえた」 「人間か?」  その単語が『いつも』という名前なら答えは簡単だ。単に自分の一番よく使う言葉を教えた のだろう。  無論、それ以前の「何故日本人がこんな場所にいるのか」、そして「何故ゾッドに言葉を教 えなければならなかったのか」という問題は片づかずじまいなのだが。  だが、そんな些細な疑問はゾッドの次の言葉でどこかへ吹っ飛んでいた。 「そう。クシュンイうとイて、クシュンイうとイなくなる」 「クシュン……って、こんなのか?」  軽くクシャミの真似事をしてみるジムに、ゾッドはその太い首をゆっくりと縦に振る。 「そう。おマエ、キえない?」 「ああ、消えない。お前も消えないだろ?」  しかし、消えない事に関して延々と説明をしてもゾッドにとってはあまり意味のある事では ないだろう。極めて短時間でその結論にたどり着いたジムは、そんなごく簡単な否定をするに 留めた。  それに、人が消える消えないよりももっと重要な問題が、目の前にある。 「そうか……。大体、事件は解決してきたな……」 [4/15 PM5:15 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号船倉] 「くしゅんっ!」  近くに隠れて気配を殺していたジムは、その様子を見て息を呑んだ。  可愛らしいクシャミの声と共に現れたのは、一人の少女。それも、予想通り日本人だ。  年の頃は10代前半ほどか。中学生か、ヘタすれば小学生かもしれない。 (こんな子が工作員だとはな……)  驚きはするものの、子供の工作員というのはそう珍しい話というわけでもなかった。倫理的 な問題に目をつぶりさえすれば、周囲から油断される傾向にある子供が工作員に向いていると いうのは裏社会の常識だったからだ。  ジム個人も14歳で強襲装兵を操る少年傭兵の事を知っている。 「こんにちわ、ゾッド」 「こんにちわ、いつも」  親しげな笑みを浮かべ、少女はゾッドの大きな背中にぽすっと顔を埋めた。 「今日も元気そうね。何か面白いことでもあった?」  愛犬にでも甘えるかのような少女の姿は、厳重な警戒をかいくぐって敵地に潜入した工作員 には見えない。 「トモダチ、デキた。ジム」  ゾッドの方も警戒した様子もない。動物故の自己防衛本能が欠如しているのではないか…… とも思えるほど、少女のするがままになっている。 「……へぇ。おじさんか。喋るの、変な顔されなかったんだ。よかったね、ゾッド」 (!?)  今度こそジムは息を呑んだ。  ゾッドはジムという名前だけしか言っていない。そこから何故、自分の容姿やゾッドに初め て会ったときの態度まで分かってしまうのだ! (やはり、能力者……読心系か)  だが、周囲の気配を読むような事は出来ないらしい。少なくとも、ジムの気配は悟られた様 子はない。 「うん。ダイジョウブだった。ジム、いいやつ」  そうゾッドが言った、次の瞬間。 「お嬢さん、ホールド・アップだ」  ジムは荷物の影から姿を現すと、構えていた銃を少女の頭に向けて突きつけていた。 [4/15 PM5:20 インド洋付近 護衛艦トロゥブレス号船倉] 「結城いつも。私立東条学園普通科……これ、なんて読むんだ? いちねんさんくみぃ? っ たく、数字くらいアラビア数字で書けよ……んで、ここへは何をしに来てる」  新品同様の学生証の写真と突き合わせても、不審な点はない。学生証そのものが偽造で無い 限り、間違いなく目の前の少女が『結城いつも』なのだろう。 「ゾッドと遊びに」  ゾッドにもたれかかったまま答える、いつも。ジムに向ける表情はゾッドに見せた少女相応 のものとは違い、微妙に冷たかったりする。  銃を突きつけている相手に笑顔を振りまく必要というのも、特にないけれど。 「この船の破壊工作とかじゃないのか?」  そう。未だに拳銃を突きつけられているというのに、少女は顔色一つ変える様子もない。も ともと無表情な子なのか、拳銃など意にも介さないだけの能力を持っているのか……。  いずれにせよ、警戒を解くわけにはいかない。 「何で?」 「何でって……お前、能力者だろう?」  動物園に遊びに来た子供なら、能力者だろうが身の丈30mあろうがこんな警戒などしない。  しかし、ここは軍艦だ。しかも基地公開デーではなく、特殊任務中。さらに海の真ん中で、 あまつさえ船の底の船倉に突然現れた不法侵入の能力者を相手にして諸手をあげて歓迎するほ ど……  軍人は愛想良く出来ていない。 「知らない」  いつもは、それを一蹴。とぼけるにしては、あまりにも演技っぽさがなさ過ぎる。 「さっきのは瞬間転移だろ? そのうえ読心まで使えるんなら、立派な能力者じゃないか」 「『テレパシー』は使えるけど、『テレポート』は風邪引いたから使えるようになっただけ。普 段は使えないわ……今のところはね」  ことさらに英語部分を強調して答える、いつも。あなたもアメリカ人なら、英語くらい使っ たら? 冷めた少女の瞳が、無言でそう物語っている。 「…………で、能力者なんだろ」 「そう言うんなら、そうかもね」  いつもとしては、『能力者』という自覚はさらさらないのだ。テレパシーなどの特殊な力は 生まれたときからの物だし、出生の秘密らしき物も持ち合わせていない。  自分の力が『異能の力』と理解した時期には不安になって両親や親戚の心を読んでみた事も あるけれど、それらを全部まとめあげても出生の秘密は一つもなかったのだから。  体調不良で不安定になった力が生み出した、転移能力。その転移先がたまたまここだっただ けだ。ゾッドと出会えたのも、ほんの偶然でしかない。 「本当に、こいつと遊びに来ただけなのか?」  一方のジムもそのいつもの心を読んだのか、自分の立てた予想がぐらぐらと揺らぐのを感じ ていた。というか、最初っから仮定の上に成り立っていた不安定な予想は、もうガラガラと音 を立てて崩れ落ちそうだ。 「嘘つく必要、ないもの」  ついに、ジムの長年の傭兵の勘が告げた。  この娘は、ただの日本人女子高生だと。  そう。ただほんのちょっと……たまたま他の人とは違う、ささやかな長距離瞬間転移と読心 が使えるだけの。 「じゃあ、ここのザシキワラシ騒動もお前か」  何だかもうどーでも良くなったジムは、一応、確認程度にそれだけを問うてみた。 「目標がずれた事は何回かあったけど。それかしら?」 「………………ん、分かった」  もう、上官に報告する気分さえ萎えていた。  一体、「たまたま転移先を間違えた一般人の能力者が、移送中の機密生物兵器の所に連日遊 びに来てます」なんて報告して、どこの誰が信じてくれるというのだ?
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