6. 「ねえ。ロッドガッツさん」 狐色に焼かれた魚のパイ包み焼きを頬張りながら、ネコ族の娘は向かいの席の老犬に問い掛けた。 「なんじゃ?」 「ロッドガッツさんの聖痕は、鼻じゃないの?」 犬族のビーワナは総じて鼻が利く。特に聖痕が強く出ている者なら、偵察や追跡の専門家として召し抱えられる事も多い。 ルティカ自身も、そんな冒険者と出会った事が幾度もある。 「ふむ。残念ながらの」 無論、老犬も犬族の聖痕を持つものだから、鼻は並のビーワナより利く。しかし、匂いだけで追跡できるほど強くはない。 「そっかー。残念」 取り分けられたパイを食べ終わり、もう少し食べようと大皿に手を伸ばす。 「僕達の分も置いといてよ」 苦笑と共に掛けられたのは、黒髪の少年の声だった。とはいえ、それ以上の文句を言うでもなく、老犬とネコ娘の席に静かに腰を下ろす。 「大丈夫、エミュちゃん達の分はもう注文してあるにゃ!」 「ああ、なら大丈夫だねぇ」 元気良く答えるルティカに応じたのは金の髪を持つ少女だ。こちらも黒髪の少年の隣に腰を下ろす。 「レアル。今日も、か」 「ええ。そちらも芳しくなかったようですね」 食事を楽しむ少女達を横目に、少年と老犬は現状を確認する。 「難しい所じゃの」 たった四人で人捜しをするには、このビッグブリッジは広すぎた。ここ何日かはガイドギルドの案内も頼んでいるが、それでも限界がある。 時間はあまりない。 それを打開するため、これからどうするべきか。 「……ねえ、レアちん。あれ」 男二人で考えていると、夕食を食べていたはずのエミュがレアルの袖を軽く引っ張ってきた。 「……むぅ」 エミュがこっそり指差す方を見てみれば。 「ソーニャぁ。いつものセット、二人前なー」 そこにいるのは、ガイドギルドの少年と……。 「……ナンナズ様!?」 彼らが探していた、少女の姿だった。 酒場に入るなり、ナンナはヒューロの袖を軽く引っ張ってみせた。 「ヒューロ……」 「ん? どした?」 不安げに呟くナンナに、ヒューロも小声で返す。 ここはヒューロ行きつけの食堂兼酒場だ。ナンナもこの数日で何度か来た店だし、今までも嫌がっている様子はなかったのだが。 「あれ……」 「あれ? ああ」 ナンナの指差す方向を見れば、そこには黒髪の少年と金髪の娘がいた。先週あたりから、ヒューロが街を案内している冒険者の二人組だ。 仲間なのか、犬族の老人とネコ族の娘と一緒にいる。 挨拶がてらに手を振ろうとして、ナンナに制された。 「あの人達よ。黒マントの連中」 「……はぁ? 本当か」 黒髪の少年に金髪の少女、そして犬顔の男。 ネコ族の少女が抜けているが、それ以外は確かにナンナの言っていた特徴と合致する。 「そうか。ありゃ、ナンナの事か」 それに、少年達はさる名家の令嬢を探していると言っていた。 確かに、双方の条件は合う。 「よし。出るぞ、ナンナ!」 あの二人が悪人には見えなかったが、裏の事情を聞かされていない冒険者という可能性もある。 ここは、まず逃げるべきだろう。 「うん!」 ナンナの答えを聞くやいなや、ヒューロは少女の手を取ってセルジラの雑踏に飛び出した。 「拙い。気付かれたか」 「……追います。皆さんは、後で」 ロッドガッツが立った時、レアルは既に席を飛び出している。元盗賊だけあり、人混みの中を走ってもスピードが落ちる様子はない。 「ポクも行くよ!」 続いて飛び出したエミュは、やや人混みに戸惑う様子。 「ルティカ、後は任せたぞ」 それをフォローすべくロッドガッツも飛び出して。 「あ、え!?」 ただ一人残されたルティカは。 「……えっと。ルティカ、今日はお財布持ってきてないんだけど……な」 追加料理の運ばれてきた席に残ったまま、呆然と呟くのだった。 夜なお賑わうビッグブリッジの雑踏を駆けながら、ナンナは目の前の少年に声を投げ付けた。 「ヒューロ! どうするの?」 後からは追跡者の気配が近付いてくる。いくらガイドギルドのメンバーとはいえ、人混みの中をそう速く走れるものでもない。 「とりあえず、橋下街に入る!」 だが、橋下街に入れば状況は逆転する。 無秩序に改築された天然の立体迷宮は、たかが数日案内された程度で踏破できるほど甘くない。 「でも、あたし……」 走りながら、ナンナは言葉を詰まらせた。 彼女の移動手段は徒歩だけだ。ヒューロのように、鞭を使って素早く移動する事は出来ない。 「大丈夫。歩きだけでも十分巻けるさ」 そう言った所で、ヒューロ達は人混みを抜けた。狭い路地を一気に駆けて、下に降りる階段に走り込む。 「セルジラのガイドギルドを甘く見るなよ。誘拐犯め」 |