5. セルジーラ王都ビッグブリッジ、ガイドギルドの夜は遅い。 夜景の案内や、夕食の手配、夜に行動する冒険者の支援まで引き受けるこのギルドには、どんな時間であれ誰かしら人が残っている。 とはいえ、当然ながら所属している全員が二十四時間営業なわけではない。 「お疲れー」 フェレット族の少年も、今日の仕事を終えたメンバーの一人だった。 「はーい。ヒューロ、また明日ねー」 馴染みのネコ娘への挨拶も早々に、窓からギルドを後にする。移動用の革鞭を外に放ち、姿を消すまで、時間などほとんどかからない。 「何だ。ヒューロ、もう上がりか?」 そうしてヒューロが姿を消してから。 ギルドの奥からふらりと姿を見せたのは、金髪の青年だった。 「あれぇ、ギル。ひさしぶりー」 遊び相手がいなくなって暇になったのだろう。物憂げにカウンターに突っ伏した少女は、そのままの姿勢で青年に答えを放り投げる。 「そいや、ヒューロが探してたわよ」 「あれ、そうなのか? 何だよ、間が悪いなぁ」 苦笑するが、ギルはこれから夜の案内だ。ヒューロの用が急ぎでも、彼の家まで行くわけにもいかなかった。 どちらにしても、今まで待ったのだ。明日になっても別に構わないだろうと妥協する。 「でもあいつ、この時間ならここでメシ食ってるハズじゃねえ?」 「この一週間、あの子ってばここで夕飯食べないのよねぇ」 「へぇ。女でも出来たか?」 何となくそう口にしてみたモノの、ギルにはヒューロと女の子が連れ立って歩く場面が思い浮かばない。 せいぜい、旅行者の娘に街の案内をするのが精一杯、といったところだろう。 「道具屋のバーリンとか、酒場のソーニャが見たってー。可愛い娘だったみたいよぅ」 「バイトや仕事じゃなくって?」 へぇぇ、と心底感服した声を出し、金髪の青年はギルドの窓へと視線を移す。 「あのヒューロに、ねぇ」 空いたままの窓は、穏やかな潮風が入ってくるだけだ。 セルジラ橋下街の一角。 渡された横材の上にふわりと降り立ち、ヒューロは軽く伸びをした。 材に絡めた鞭を解き、腰に戻す。 深呼吸を一つし、立て付けの悪い扉を開け……ようとして、鍵をかけたままだった事に気付く。 最近になってようやく付け始めた鍵だ。ポケットからキーを取り出し、慣れぬ手つきで解除する。 「ただいま」 いつもなら口にしない言葉を口にしたのは、 「おかえりー」 返事がある事を知っていたから。 少年を迎え入れたのは、褐色の肌の娘だった。今まで眠っていたのか、ベッドの上で半身を起こしただけの姿だ。 「何だ。また寝てたのか?」 ヒューロが知る限り、ナンナは一日の三分の二は眠っている。後は食事をするか、ヒューロに悪態を吐いているかのどちらかだ。 「しょうがないでしょ。まだ本調子じゃないんだから……」 「まあ、いいけどな」 ポケットに鍵をしまい込み。乱れた服を整えるナンナを見ないようにして、荷物を部屋に放り投げた。 「じゃ、夕飯、食べに行こうか。ソーニャんとこでいいよな?」 「んー」 縄ばしごを降ろし、ナンナと二人で部屋を後にする。 ヒューロがナンナを連れて出る姿を、静かに見つめる姿があった。 少年の家がある梁からやや離れた場所にある補助材の影だ。十分な距離を置いているから、勘の強い少年に気取られる気配もない。 「……へぇ。また、随分と可愛いコじゃない」 少年に手を引かれていく娘の後ろ姿に、影の一人は悪戯っぽい笑みを浮かべた。 言うまでもない。ギルドのネコ娘、ジニーである。 「だなぁ。堅物かと思ってたけど、結構やるじゃないか。見直したぜ」 そして隣にいるのは金髪の青年、ギル。 「……仕事はいいの? ギル」 「ああ。ちょっと遅れるって伝えといたから」 ヒューロがナンナをリードする様子は手慣れたものだ。そこらの観光客を案内する時とは扱いが違う。 「にしても、あのヒューロがなぁ。たいしたもんだ」 この短期間でここまで出来るようになるとは……。 「さて、と。それじゃ、俺は行くぜ」 少年の成長ぶりに満足したのか、ギルは腰から長い革鞭を取り出した。 鋭く上方に放ち、移動経路を確保する。 「うん。あたしもギルドに戻らなくちゃ」 少女も軽く手を振り、その場を跳躍した。身軽なネコ族は、この橋下街でも革鞭を必要としない。 「ああ。いいモノ見せてもらったぜ。ありがとな、ジニー!」 「じゃねー!」 跳びさっていく少女の後ろ姿を見送り、金髪の青年も元気良く手を振って答える。 「全く……こんな近くにいるとはな。スクエア・メギストス」 それに続いた呟きは、少女に届く事はない。 |