唄が、吹いている。 −王は炎を伴と成し− 言葉を載せて緩やかに流れるのは、潮の香りを含む風。 海鳥の甲高い鳴き声と共に、詩人の詩が風の中を吹き抜ける。 −后は風を従える− 潮風に乗り、海面を駆けていく海鳥の先には、巨大な構造物があった。 海鳥の視界ではただの壁にしか見えぬ。 しかし、海鳥は羽根を一打ちして新たな風を捕まえると、壁沿いに急上昇を掛けた。 頭上には広い空。駆け上がって見下ろせば、眼下には壁の正体が見える。 −王は貫抜き 后は太刀斬り− 橋だ。 数百メートルの高度から見下ろしてなお、細部まで見渡せるほどの大きさを持つ橋。 北の外洋、南のセルジラ内海の狭間。東西に碧玉の道を戴く巨大橋架。 −無塵と化した荒野を往くは− 全長四キロ。 橋幅五十メートル。 碧玉の道最大の構造物にして、セルジーラ王国最大の都。 −其れ、王の中の王のみ……− 王都セルジラ。 またの名を、ビッグブリッジ、という。 Excite NaTS "EXTRA" セルジラ・ブルー #1 セルジラに吹く風 「大きい、ねぇ……」 金色の瞳に映る光景に、少女は素直な感嘆の声を上げていた。 ココ王都の大通りに匹敵する石畳の舗装路に、左右に並ぶ店の列。見上げれば、道沿いに並ぶ鋼の塔が長大なワイヤーを優雅に広げている。 「……そう、だねぇ」 隣に立つ片目の少年も、この時ばかりは少女の単純な感想に同意するのみだ。 「そりゃあ、四キロあるセルジラ海峡を一息に渡ろうって橋ですから」 二人の言葉に少年達の三歩前、少女よりも小柄な少年は誇らしげな笑みを浮かべた。左腕に巻いた腕章には、王都セルジラのガイドギルドの紋章が描かれている。 どうやらこの小さな少年は、旅行者である二人の案内人らしい。 「ビッグブリッジの異名は、伊達じゃないって事ですよ」 碧玉の道をエノク側から入れば、旅館街に商業区、王城を通って職人街に至る。そこを過ぎればイェドに繋がる碧玉の道だ。 その首都と街道の要衝としての機能全てが、セルジラ海峡の上、長さ四キロの橋の上一本に収められている。この橋を渡る間に、休息や食料の補充から旅装の修理、武具の買い換え、その気になれば国王への謁見まで全てが行える寸法だ。 基本構造は単純だが、橋上都市の密度は異常に高い。職人街などは看板の掛かっていない店も多く、土産物屋の奥で鍛冶屋をやっているなどのケースもザラにある。慣れぬ者では、一つの店を探すだけで一日かかってしまう事も珍しくない。 故に、少年達ガイドの出番となる。 「……あれ?」 そんな四キロの迷宮を三時間ほど掛けて渡り終えた所で、少年の側が気が付いた。 「どうしたの? 何か、買い忘れた?」 「そうじゃないよ」 名物らしい焼き菓子を頬張る少女の言葉に苦笑しつつ、少年。 「ねえ、君」 「何すか?」 「この街の住人は、どこに住んでるんだい?」 「……あ!」 ビッグブリッジは人口数万の大都市だと聞いた。だが、橋のたもとには城塞しかなかったし、旅館や商業区は店ばかりで住宅らしき場所は見当たらなかった。 橋の両側まで使った店や工場の二階や三階に住むと言っても、数万の住民を収めるには限度がある。 「ああ。それは……」 少年の問いに案内人は、フェレット族らしいふわりとしたシッポを一つ振り。 「こっちに」 橋の端から、ひょいと飛び降りた。 「……っておい!」 小さなガイドの挙動に驚く少年より早く飛び出したのは、焼き菓子を食べていた少女の方だった。 こちらも、た、と跳躍し、海の上、焼き菓子を放り出して背中に両手を回す。 連なる動作で両手を鋭く広げようとして…… 「……はれ?」 どこからともなく飛んできた革紐に絡め取られ、そのままぐいと引き寄せられた。 「ここ、海風が強いから飛ばない方がいいですよ」 「あ。そうなんだ……」 少女が降り立ったのは橋の下、骨組みの部分だ。少女が落ち着いているのを確認してから、腰に巻き付いた革紐はぱらりと解け落ちた。 手元のひねり一つで引き戻し、革紐の鞭はガイドの腰へと戻る。 「なるほど。こうなってるのか」 鉄骨を伝って降りてきた少年も、少し遅れて少女の隣へ。 「です」 目の前に広がるのは橋の構造部。幾何学的な部材で組み上げられた、鋼の迷宮だ。 そしてそこには、街があった。 縦に伸びる柱に貼り付くように。 斜めに走る補強材の隙間を埋めるように。 渡された横材に至っては、上からぶら下がっている家すらある。 「橋脚や塔の上にも、海鳥や水棲の連中が住んでます」 「へぇ! 案内してくれるの?」 「ええ。後で寄りましょうか」 幅五十メートル、全高は二十メートルほどであろう。無数の鉄骨が走るそのスペースに思い思いの形で建てられた家と渡された道こそが、セルジーラ王都・セルジラのもう一つの顔、橋下街。 「ようこそ、俺達の街へ」 |