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「一龍。お前、合唱戦……集団戦は初めてだったよな?」
 上空から鋼の機体と異形の蟲の交錯する様を見下ろしながら。通信機から聞こえてくる
隊長機の声に、一龍は小さく頷いた。
「どんな感じがする?」
「……退くヤツが多いな」
 ぱっと見、蟲と戦っている機体が7割、後方に逃げつつある機体が2割。残りの1割は
そのまま動きを止めているか、味方に引きずられて後退している破損機体といったところ
か。
 しかし、戦う7割が退く3割を責めている様子はない。むしろそれを支援するように戦
っている感じがする。
「ああ。絶対奏甲戦じゃ、敵前逃亡は銃殺刑じゃない」
 そう言われて、ようやく一龍は答えを見つけ出した。
「……稼働時間か」
「そうだ」
 常識で考えれば、数万の蟲を駆逐する戦いに時間がかかるのは当然だ。
 しかし、そんな戦いに身を投じる絶対奏甲には致命的な欠陥があった。英雄でも歌姫で
もなく、他ならぬ絶対奏甲自身に。
 稼働時間が極端に短いのだ。
 長いものでも1時間、短いものであればわずか数十分。
 そのため、絶対奏甲の集団戦は、稼働時間に余裕のなくなった機体はどんどん下げ、そ
の間を埋めるように他の機体を投入していく戦い方が基本になる。下がった機体も回復す
れば別の機体を補うようにして戦列に復帰していく。
 それが戦いの基本だと隊長は説明してくれた。
「なら、前の俺の戦い方は……」
「独唱戦からの生還なんざ、奇跡に近いな」
 稼働時間が尽きた絶対奏甲は奇声蟲に蹂躙されるのを待つだけのただの鉄クズでしかな
い。先日の一龍の戦い方……稼働時間が尽きるまでに敵を殲滅する……など、相手がまと
もであれば絶対に通用しない戦法の一つといえた。
「ま、そういうこった。とにかく、歌姫が疲れたら退く、稼働時間が近くなったら退く、
周りの連中とチームを組む、大物は対貴族用の奏甲に任せる……無理に戦うより、死なず
に生き残る事を考えろ。特にお前はスイちゃんもいるんだからな」
「……ああ」
「それじゃ、お前を切り離したら俺達は別行動に入る。上手くやれよ、一龍」
 そう言う間にもどんどんと機体は降下し、地表が迫ってくる。係留解除、の合図と共に
ワイヤーが切り離され、一龍の駆る土色の絶対奏甲『シャルラッハロート』は大地へと一
気に着地。
 パラシュートなどという気の利いたものはない。どおっ、っという落下直後の大きな衝
撃を何とか堪えきると、次の瞬間には悪路を走る時のような小刻みの衝撃が容赦なく襲っ
てくる。戦場のど真ん中に数百mもの溝を一気に刻み込んでおいて、ようやく機体は静止
した。
「スイ……大丈夫か?」
「あ……はい。この子も大丈夫です」
 周囲を確認しようにも、落下の衝撃でもうもうと立ち上る砂煙であたりは何も見えない。
 とりあえず、シャルラッハロートに背中の斧を外して構えさせた。
 聞こえるのはスイの小さな歌声と、機体の駆動音と……。
 動く気配。
 ……殺気!
「……む」
 短い発声と共に踏み込んだ右足。そちらの方へ重心を一気に動かしつつ、一龍は大ぶり
の斧を迷いなく振り切った。機体の反応は悪くない。初めて動かしたあの日よりも力強く、
鋭い動きが出来そうな気がする。
 事実、疾風と化した刃が飛びかかってきた下位奇声蟲『衛兵』の甲殻を断ち割るのにも、
抵抗というものをほとんど感じなかった。振り抜かれた斧の風は立ちこめる砂煙をも切り
裂き、あたりの光景を再び白日の下へとさらし出す。
「なるほど……」
 その下に広がるのは、無数の奇声蟲の骸、相打ち砕け散った絶対奏甲、紅蓮の炎とあた
りを灼く熱気、互いを相容れぬ果てしない殺意と狂気……。
「これが……」
 戦場の姿であった。


 あたりで戦っている絶対奏甲に声を掛けて戦いつつ、攻める事6度、退く事5度。振る
った斧の数と屠った『衛兵』の数は、60を超えたあたりからもう覚えてはいない。
 時計を見れば参戦から5時間が過ぎようとしていた。
「……疲れたか? スイ」
 参戦から2時間も戦った後、食事を兼ねた仮眠を1時間ほどは取っている。しかし、既
にそれからも2時間が過ぎた。間に機体の稼働時間回復を兼ねた休憩を入れているとはい
え、疲労は確実に溜まってきている。
「……いえ」
 スイからの答えは短い。
 けれど、いつもは小さいが穏やかで澄んだ声は、何となくささくれ立っているように聞
こえた。何せ、休憩の合間と水を飲む時以外はずっと歌っているのだ。一龍でさえ疲れを
感じているのだから、小さなスイは何倍も辛いだろう。
「……休む」
「いえ、まだ……」
 そう言いかけ、軽く咳き込む。
「無理するな。きっと、見つかるから」
「……はい」
 いつの間にか2人は前線から逸れ、周辺地域に迷い込んでしまったらしい。周囲に敵味
方の姿はなく、戦いの喧噪も少し遠くなっている。
 味方がいないから仮眠までは無理だろうが、喉と体を休めるくらいは出来るだろう。
「……ふぅ」
 スイはよくやっている、と思う。普通なら歌姫は後方の安全なところから英雄を支援す
るものなのだ。揺れる操縦席の中では歌いづらいだろうし、文字通りの命がけ。プレッシ
ャーも大きいだろうに……。
「怖いか?」
 ふとそんな事を思い、小さく問うてみる。
「……いえ」
 だが、水袋から水を口にしている少女から返ってきた答えは、否。
 そう。姉達はこの戦場に絶対奏甲もまとわぬまま取り残されているはず。絶対奏甲と一
龍に護られている自分が、怖いなどと言ってはいけないのだ。
 本当なら、休んでいる暇だってないのに……。
 そう思うと、自然と口から歌がこぼれ出た。
「……スイ」
「あ、すいません」
 一龍の言葉に慌てて口を閉ざす。休みたくはないが、機体にも一龍にも、そして何より
自分に休息が必要なのは彼女にもよく分かっていたから。
「いや、その歌は?」
「あ、えと……姉様達とよく歌った歌なんです。これを歌えば、姉様が見つかるような気
がして……」
 もちろんそんな可能性は限りなくゼロに近い。でも、歌を歌えばゼロの可能性がゼロで
はなくなりそうな気がしたのだ。
「……そうか」
 それだけ言って、一龍は口を閉ざす。バカにしているわけでも、ましてや怒っているわ
けでもない。ただ、体を休めるために黙る。
「一龍さんは……怖くないんですか?」
 スイが見る限り、一龍はただ淡々と、そして冷静に相手を見据え、落ち着いて戦ってい
るように見えた。必要なときに必要なだけの行動しかしない彼でも、怖いと思う事はある
のだろうか。
「……一龍さん?」
 しかし、背中の青年からの返事はない。
 答える必要がないからではない。
「……スイ」
「……はい」
 聞こえたから。
 歌が。
 それも、スイの歌い慣れた歌が。
「案内を頼む」
「はい」
 休憩状態にしておいたシャルラッハロートを起動させ、スイの案内に従って歩く事少し。
「……あれは?」
 一龍の言葉に返事はない。返ってきたのは、外の光景を写す画面の一点を指した細い指
の動きだけ。
「あ……」
 その指の向こうには、崩れた建物らしき跡と……。
「姉……さま?」
 壁から小さく頭だけ覗かせる、1人の女性の姿があった。
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