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 はるかなる天空。大上段から振り下ろされた戦斧の一撃は、奇声蟲の強固なはずの外殻
を一瞬で叩き割っていた。
 蟲の頭部を破砕貫通した斧が大地に突き刺さる寸前、沈みかけた上体を強制的に引き上
げ、下方向に向かう斬撃の勢いをゴルフスイングの要領で円周軌道に乗せる。
「2匹目!」
 両足を踏みしめ、返す刀で飛びかかってきた2匹目を粉砕。
 2匹目を砕いた衝撃で斧の慣性を相殺し、構え直した所で動きを止める。
 全ては一瞬の出来事。
(……軽い)
 戦いの場には似合わないのんきな草刈り歌をスイと歌いながら、一龍は素直にそう思っ
ていた。
 軽い。自らの体を動かすのと寸分違わぬ感覚で、今のシャルラッハロートは彼の意志に
答えてくれる。
 スイの声も先程までの必死さはなく、一龍を導くように軽やかなソプラノを響かせてい
た。一龍に関しては……言うまでもない。
 人の操る歌術とは桁違いの戦闘力。
 先程までの鈍重な動きとは全く違う。人を超える程の迅さ。鋭さ。
「一龍。周囲に残り5!」
「む」
 スイの口調には既に『さん』も『です』もない。その一瞬すら惜しく、スイと一龍は歌
を歌い、鋼鉄の騎士は大地を駆ける。
 3体目は目の前。
 軽く跳躍して前脚の打撃をかわしつつ、頭に着地してさらなる跳躍。頭を踏み抜かれた
3体目の最後を確認する事もなく、神殿の直前に迫っていた奇声蟲を自由落下の加速を加
え、背中の重装甲ごと打ち砕く。
 斧の重さも、既に苦にはならぬ。
 いや、重さも武器の一部とし、腕の延長として縦横に振るうことすら出来た。
「上空に敵!」
「む!」
 4体目の死骸を丘の下へ蹴り倒して、迫り来る敵への目くらましにして時間稼ぎ。その
間に跳ねて襲いかかってきた『衛兵』の顔を掴み、大地に打ち倒す。外骨格性の生物を潰
した時のぐしゃりとした嫌な感触が自分の手にも伝わってきたが、気にしている場合では
ない。
「スイ。次は頭を潰す」
「はい!」
 死骸を押しのけてようやく登ってきた残りの1体を仕留め、さらに跳ぶ。
 跳ぶ。
 跳ぶ。


「勝ちましたね」
 『貴族』と呼ばれるひときわ巨大な奇声蟲を打ち倒すシャルラッハロートを眺めながら、
女性はほっとしたように呟いた。
「ええ」
「これでスイも歌姫、というわけですか……」
 司令官である『貴族』を失った奇声蟲の群れは脆い。『貴族』が倒された今の時点で、
一龍達の勝利は7割方確定だった。
「寂しくなるの」
「そうですね……」
 流れるような、そして時に苛烈な動きで混乱する蟲たちを次々と葬っていく一龍に、神
殿長もため息。
 そのうち、東の空に小さな影がいくつも見えてきた。
「ようやく援軍……か」
 黄金の工房からやってきた輸送隊の護衛騎だろう。この村に奇声蟲の群れが出現した事
を感知し、やってきてくれたに違いない。
 だが、彼等がたどり着く頃にはこの村からは奇声蟲は一掃されているはず。
 それが年老いた神殿長には少し誇らしく、また少し寂しくもあった。


「目標沈黙。周囲に敵影、ありません」
 その声と同時に、重量のある機体ががくり、と膝を付いた。
 気が抜け、機体の稼働に限界が来たのだろう。これでしばらくは動けない。
「……ふぅ」
 一龍の膝の上でスイが小さく息を吐き、一龍もまた息を吐いた。
「お疲れ」
「はい」
 本格的に戦いを始めてから、一龍が受けた傷はない。それ以前に受けた傷もそろそろ血
が止まり始めている。本格的な処置はもう少し後でも問題ないだろう。
 軽く念じると、操縦席のハッチが開いた。
 外から吹いてくる穏やかな風が、室内の血のにおいが籠もった空気を押し流してくれる。
「一龍……さん」
 一息ついた所で、スイが小さく呟いた。
「あの……ごめんなさい」
「何だ?」
「一龍さんにあんな口きいちゃって……それに、名前も一龍って呼び捨てで……」
「問題ない」
 あの状況でスイの下した判断は正しい。一龍としてはその判断力に感謝する事こそあれ、
気を悪くする事などなかった。
 それに、もともと名前を呼び捨てにされた程度のことで気を悪くする性格でもない。
 感謝の言葉を長々と述べるのは苦手だ。
 代わりに少女の小さな頭に手を載せ、軽くなでる事にする。
「……はい」
 視線を落とすと、スイの動きはふらふらとおぼつかなかった。一龍ですら操縦席から降
りるのが億劫なほど疲れているのだ。ずっと精神を集中させて歌っていた幼い彼女が、疲
れていないはずがない。
「疲れたのなら寝ろ」
 撫でていた手で軽く幼子の身体を抱き、胸元に引き寄せてやる。
 ついでに額に唇を軽く触れさせた。
 スイから教わった、お休みなさいの挨拶だ。
「……いいんですか?」
 既にスイの声は途切れかけ。
「気にするな」
 一龍がそう答えた時には、小さな寝息を立てていた。
続劇
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