-Back-

イマドキのリストラ事情



その3 イマドキの部下

 「でよ。そのファイルの膨大なこと……。やってらんねえぜ」
 ビールをハジメのコップに注いでやりながら、カズマは面倒臭そうに呟いた。今日は
カズマの家ではなく、会社の近くの居酒屋である。
 「ま、ミユキちゃんの言う通りだぜ。最近はコンピュータ使うのは常識だからな」
 「そりゃ、分かってるケドよ……」
 ハジメは就職組のカズマと違い、独立組だ。カズマの行っていた大学を中退してデザ
イン関係の会社に就職していたのだが、最近そこから独立して、小さなデザイン事務所
を開いている。
 「っていうかさ、最近お前……」
 コップから溢れそうになったビールの泡をすすりつつ、ハジメは呟く。
 「ミユキちゃんの愚痴って言わなくなったよな。16歳の上司はイヤじゃなくなった
のか?」
 ハジメの言うとおり、今のカズマは一週間前のカズマと比べたら、思いっきり別人の
ようになっていた。ヤケ酒をして泥酔する事もないし、ミユキに関する愚痴も言わなく
なっている。
 「まぁ……な」
 自らもコップを置き、カズマは小さく呟く。
 「ミユキちゃん、俺が失敗しても怒ったり何かしないで、親身になってはげましてく
れたり、一生懸命解決法を考えたりしてくれるんだよな……。何か上司っていう気がし
ねえっていうか何ていうか……」
 「へぇ……」
 10歳も年下の上司の事を嬉しそうにそう語るカズマを見遣り、ハジメも思わず笑み
を浮かべていた。


 「麻生君。武井君の様子はどうかね?」
 営業一課の奥にある営業部長の所に呼び出されるなり、ミユキは部長にそんな声を掛
けられた。
 「はい。武井君はよく働いてくれますが……それが何か?」
 営業六課での業務が始まって既に二週間が過ぎていた。最初はやる気なさそうに見え
た武井だったが、意外によく働いてくれている。2、3日に一度は二日酔いで死にそう
な顔をしているが、それさえ気にしなければ彼女にとって優秀な部下といってもいいだ
ろう。
 だが、部長の返事はミユキの理解の範疇を越えるものだった。
 「困るんだな、それじゃ……」
 声のトーンを最大限まで落とし、部長はミユキのごく耳元で囁くように声を掛ける。
 「最初に彼はリストラの対象社員と言っただろう? 出来るだけ悪い点を見付け、厳
しく叱り付けて貰わないと困るじゃないか」
 麻生ミユキが営業部に新設される営業六課の課長になるという事は既に決定された事
項だ。アメリカ時代の華々しい実績があるし、何より十六歳の新課長ともなれば話題作
りにも事欠かない。ルックスも悪くないし、営業部……いや、この会社の絶好の公告塔
となってくれるだろう。
 「折角日本での実績の少ない君の箔付けに彼を付けてやったというのに……もうちょ
っと有効に彼を活用したまえ」
 しかし、武井カズマが新進気鋭の営業六課に配属される予定は……なかった。カズマ
は営業六課の準備段階にのみ必要な、俗に言う『人柱』であったのだ。
 「それに、あまり彼を甘やかすようならば、君の管理能力も疑わなければならないか
もな……」
 太った中年部長はそう言うと、相変わらず愛敬も何もない、奇っ怪な笑みを浮かべた。


 「ありゃ。雨かぁ……」
 居酒屋を出るなり、ハジメは空を見上げて呟いた。
 真夜中の空から降ってくるのは、激しい雨。
 「何、オレ傘持ってねえぞ……」
 会計を済ませ、ハジメの後から出てきたカズマも苦笑いを浮かべる。この店から彼の
アパートまでは結構距離があるのだ。一応は駅前だからタクシーが拾えないわけではな
いが、残念ながらそんな金は持ち合わせていなかった。
 「仕方ねぇ……。スーパーは閉まってるから……コンビニでビニール傘でも買うか…
…。確か駅の所にあったよな、コンビニ……。行くぞ、ハジメ」
 「おう……。って、終電近いな。俺も急がねえと……」
 隣町に家のあるハジメは電車に乗らなければいけないから、自然と駅前のコンビニに
行くカズマと同じルートになる。
 と、駅に向かってダッシュしようとした所で、カズマは唐突に足を止めた。
 「ど、どしたぁ? カズマ」
 タイミングを狂わされて転びそうになったハジメが、抗議の声をあげる。
 だが、カズマからの返事はない。車通りも少しだけ減ってきた道の向こうの一点を、
馬鹿みたいに見つめているだけだ。
 「何だぁ……?」
 カズマの視線を追いつつ、訝しそうに聞くハジメ。酒のせいで今一つ焦点の定まらな
い瞳でゆっくりと追っていくと……
 「こんな時間に女子高生かぁ? 大変だなぁ……」
 そこにいたのは、一人の女子高生らしい娘。この降りしきる雨の中、傘をさす事もな
くぼぅっと立ちすくんでいる。
 こんな時間まで塾にでも行っていたのだろうか。その割には……
 「悪ぃ、ハジメ。金……貸してくんねぇか?」
 と、その女子高生を見つめたまま、カズマは呆けたように口を開いた。
 「? 何を突然……」
 「いいから、貸せるのか、貸せねえのか!」
 先程とは打って変わっての激しいカズマの口調に、気圧されるハジメ。
 「そりゃ、二、三万なら貸せるが……まさか、女子高生に手ェ出そうとか思ってるん
じゃないだろうな……」
 中学校時代から一緒に色々とバカをやってきたが、カズマはそういう事をするような
人間ではなかったはずだ。さすがに険を含んだ口調でハジメは問い返す。
 「ンなんじゃねえよ……」
 今の一言で攻撃性が抜けたのだろうか。いくぶん穏やかになった声で、カズマは真剣
に呟く。
 「ありゃ、ミユキちゃんだ……。どうしたんだよ、あいつ……」
続劇
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai