男は、自信を胸にそこへ立った。 縦横に暴れ回った鎮西(要するに九州)から帝都に上京して半年。自慢の能力を生かせる求人をついに見つけたからだ。 面接官の前に堂々と立つ。 「あー。座らないで結構です。すぐ終わりますから」 面接官は4人。ひょろひょろの中年男と、怪しげな白衣と、能力の気配さえ感じないひ弱そうな若者と、自分よりも幼く見える小娘という、対能力者戦の最前線とはとても見えない貧相な面構えだった。 「応!」 怒号で4人を圧倒。 ……したつもりが、向こうはどこ吹く風といったふう。気にする気配すらなく、最初の質問を投げかけてきた。 「立場は嘱託……アルバイト扱いになります。構いませんか?」 「ああ。それでいい」 暴れられれば十分だ。アルバイトでも正社員でも、大して差などない。 「死んでも責任取りませんが、文句言いませんよね」 ……まあ、ケンカ屋だしな。危険手当くらいもらえれば……。 「ちなみに賃金は業界最低ですよ。労災もおりませんので」 ……危険……。 「あ、危険手当も無いんで、期待しないよーにね」 ……。 九州に帰ろう。 男はぼんやりとそう思った。 男はスパイだった。 世界を股に掛け、誰に知られる事もなく様々な機密情報を手に入れてきた。自慢ではないが、合衆国秘蔵のXファイルだって7度ばかし盗みに入ったことがある。 今回の任務は、帝都で極秘に開発された新型の着戦を奪う事。 ならば、奪ってやろう。 たまには派手に、正面から。 完璧なルートで存在そのものから偽造し、新たな顔を創り上げ、男はその場所に立っていた。 「あー。座らないで結構です。すぐ終わりますから」 「はい」 誠実に、真摯に。日本人はそれで騙される。 好印象を与えたのか、面接官らしい4人も穏やかな表情だ。 その瞬間、男の視界が歪んだ。 「というか、スパイの人は帰って下さいね」 責任者らしい中年の手に握られているのは、大口径のデリンジャーだった。 馬鹿な。 撃った瞬間どころか、構える動きさえ見えなかった。 「……貴様……は」 世の中は広い。 男はそう思い、それきり意識を失った。 「てかかかりちょー。何てモノを……」 係員に運び出される産業スパイを見送りながら、平穏は呆然と呟いた。気合の入った能力者はヒイロで見飽きているからどうという事はないが、魚沼係長はただのひょろひょろした中年親父だ。 「ああ、これ?」 背広の袖から飛び出したデリンジャーをすいと引っ込め、ナウムはへらりと笑う。 「前に通販で買ったの。象をも殺す麻酔銃だって。なかなか便利でしょ」 次の受験者がすごすごと退室する頃には、受験者の数は10人を切っていた。 奇跡が起きた。 「奇跡だ……」 平穏が呆然とそう呟いた。 「奇跡だわ……」 コマチも驚きを隠せなかった。 「信じられないけど、現実だねぇ」 係長さえも、コーンスープを持つ手が震えていた。 一次試験に通ったバカが、5人もいたのだ。 1人は予想出来た。どこからか潜り込んだヒイロだったからだ。 しかし、残りの4人はヒイロ以外の一般人だ。しかもその内1人は女の子だったりする。 奇跡以外の何物でもなかった。 「で、重要な問題が一つあるんだけど……いいかな」 「はいな」 「何すか?」 今まで見た事もない係長の深刻そうな様子を察し、平穏とコマチはただならぬモノを感じ取る。誰が言うでもなく3人で頭を付き合わせて円陣を組んだ。 「次の試験、どうしようか」 まさかヒイロクラスのバカが他に4人もいるとは思っても見なかったから、一次試験しか決めていなかったのだ。 段取りはない。備品もない。ついでに時間も予算も人手さえもなかった。 一瞬で準備出来て、簡単で、お金がかからなくて、ついでに適正者をサクッと見極められるグッドアイデアはないものか。 3人寄った文殊の知恵でも、そこまでご都合主義なアイデアは浮かばなかった。 「こんなこともあろうかと!」 そこに現れたのは4人目の審査員・多久カズヱ。 「第2の試験は既に用意してあります。ご覧あれ!」 いまこの地に救世主が降臨した。 「多久君!」 「なんでしょう?」 魚沼係長はこれ以上ないくらい真剣だった。 「それはウチの課の予算からかね?」 「ご安心を。ぼく個人の経費で落とします」 適正者をサクッと見極められるグッドアイデアかどうかは分からないが。 一瞬で準備出来て、簡単で、何よりお金のかからないご都合主義が、ここにあった。 「よし。それでいこう」 審査員すら内容を知らない第2審査は、こうして始まった。 「これが、第2次審査です。分かりましたか?」 駐車場のど真ん中で長々と説明したカズヱの話を聞いて、一同は脱力した。 正確に言えば、審査員の2人が脱力した。既に平穏は王虎を着せられてこき使われ、脱力どころの騒ぎではない。 確かに一瞬で準備出来て、簡単で、お金もかからなくて、一瞬で見極められるグッドアイデアだったが……。 「……結局、戦って勝ち残った奴が合格って事でしょー」 会場も役場の裏の駐車場を占拠しただけ。王虎で車を強制移動させて強引にスペースを確保すれば、リングのできあがりだ。 「なあ」 受験者の一人が熊も裸足で逃げ出すようなゴッツイ手を上げる。帝都番外地でストリートファイト無敗という触れ込みの、全身筋肉のような巨漢だ。 「能力の使用は、アリか?」 「いいですよ。事後処理が面倒なんで、死なない程度にお願いします」 「どんな能力でもいいんだな? 火炎放射とか、破壊光線とか」 さらりと答えた多久に、二人目の男が問いを放つ。自衛隊出身と経歴にあった、角刈りにサングラスの男だ。ご丁寧に迷彩服まで着込んでいる。 いっそ機関銃かショットガンが無いのが残念なくらいだった。 「まあ、その辺は辺りの迷惑にならない程度に。他のかた、質問は?」 見回すが、日本刀を提げた痩躯の男と学生らしい少女からの質問はないらしい。ヒイロに至っては豪快にいびきなどかいている。 5人のド突き合いに巻き込まれない(と思いたい位置)までだだっと逃げ去ると、多久は片手をさっと上げた。にわかに立ち上る殺気に気付いたか、ようやくヒイロも重い腰を上げる。 「なぁ。もう始めなのか?」 大きくアクビをしながら、尻をかく。緊張感のカケラもない。 「博士が始めって言ったら遠慮無くやっていいんだとよー」 いっそ死ねとか思いながら、一応フォローしてやる平穏。 「では、戦闘を開始します。よーい」 多久が腕を振り下ろし、始めと言った瞬間。 もう戦闘は終わっていた。 「勝者、さとうあきお君」 「正義……ヒイロだっ!」 「あのー」 ギャラリーの誰もが理解できなかった。 詳細を聞こうにも、倒された4人の受験者はその場で気絶したままだ。ヒイロじゃあるまいし、蹴り起こす訳にもいかない。 「写真判定が欲しいんですが」 「任せたまえ。ビデオでちゃんと撮ってある」 多久がハンディカムをどこからともなく取り出し、『ポケットから』出したテープを放り込む。 異様に鮮明な映像で、さっきの戦闘の光景が映し出された。 「ここからスタートだね」 多久が腕を振り上げた所で、一時停止。 再生ボタンをプッシュすると、男は白衣の腕を振り下ろした。 終わっていた。 「…………」 スローにしてみた。 多久が腕を振り上げた所で、スロー開始。 文字通りスローの動きで、多久が腕を振り下ろす。 やっぱり終わっていた。 「…………」 コマ送りにしてみた。 多久が腕を振り上げた所で、コマ送り開始。 文字通りコマ送りの動きで、多久が腕を振り下ろす。 当然のように、終わっていた。 「…………」 意味がなかった。 「まあ、そういうわけだから。2次試験の勝者はヒイロ君という事で」 当然のようにぎゃーぎゃーとわめき出す職員以外のギャラリー。一次試験で辞退した連中とはいえ、ここまでワケが分からないまま終わっては納得がいかないといった所なのだろう。 「あー。早く帰りたいよぅ」 「だなー」 ここで観客を鎮めるべき職員は休日出勤でやる気がなかった。 だが。 「まあ、いいや。あきおくん、もっかい『電攻石火』よろしう」 その瞬間、世界が静まり、荒れた。 「待て!」 待ってくれ。話せば分かる。勘弁してくれ。もう帰る。ゴメン俺が悪かった。かーちゃんかんべん。カツオおまちー。 怒号と泣き叫ぶ声が響き渡り、あっという間に会場からは誰もいなくなった。残っているのは職員4人とヒイロ、転がったままの4人だけ。 「……『電攻石火』って?」 どうやらとんでもない脅し文句だったようだが、一同にはさっぱり分からない。平穏も、コマチも、ナウムもそろって小首を傾げた。 ……コマチ以外は全然可愛くなかった。 「S級能力の名前だよ。あきおくんの能力」 「……は?」 理解するまで数秒。 理解してから、一同はあらためてのけぞった。 「だって、S級だろ!? S級っていやぁ……」 最強クラスの能力者。能力者のエリート中のエリートの、さらにその上。彼らを戦車や核弾頭とすれば、その辺の能力者など爆竹やカンシャク玉のようなものだ。 「爆竹対核弾頭じゃ、ケンカにもならないねぇ」 「……これが!?」 「頭の中はこっちが爆竹なのにねー」 核弾頭を前にして散々な言いようだった。 「まあ、力だけなら、確かにこれが適任だよなぁ……」 「そうそう。それに雷守ってトップクラスの能力者用に作ってあるから、B級程度が着た所で過負荷食らって死ぬだけだし」 ……。 ……。 ……。 「ま、そういうワケで、これからも正義の為によろしくね。ヒイロ君」 「ああ。任せておけ!」 そして、次の日からも帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班には、核弾頭の掃除夫が付くことになる。 帰りの電車の中、少女は小さくため息をついた。 背後にある気配。ゆっくりと伸ばされる腕。 都役所とのコネを作れるかも知れないバイトの試験にアッサリと落ちて気落ちしていた所に痴漢とは……運がない。 少女は不運な自分より、むしろ痴漢の方に同情した。 だが、そいつは痴漢ではなかった。 というか、漢ですらなかった。 「……お姉さんの痴漢は初めてね。流石に」 「いや、別にエロエロを狙ったワケじゃないんだけどね」 でもしっかり両手は腰に回されていたりする。 「……えーっと。二階堂、キララさんよね」 ガラガラの電車の中。頬に掌の跡を付けたまま、痴漢のおねーさんはサングラスを取った。 知的で凛とした美女美女した素敵な眼差しだったが、頬に張り手の跡がついていては魅力4割引、アホっぽさ7割増だった。 サングラスを元に戻す。 「そうだけど」 炎でも放ちそうな殺気を漂わせたまま、少女。背景効果……ではなく、マジで炎が燃えていた。ネタではなくて、そういう能力者なのだ。 「あなたをスカウトしに来たの」 ビンタ跡さえなければとてもキマった黒いスーツ姿で、美女はポケットから名刺を取り出そうとして……。 「私は、帝都都役所特殊部地域万のぅっ」 舌をかんだらしい。 痴漢をしたうえ頬にビンタの跡を付けられ、あまつさえ名乗ろうとして舌をかむ美女。初登場の掴みとしては印象最悪だった。 「帝都(中略)実働係第一班が何の用? もう試験は終わったんでしょ?」 「第一班なんかに用はないわ」 その名前を蔑むように言い捨て、ビンタ女は静かに名刺を渡し、自らの所属を名乗る。 「私は、帝都(中略)実働係『第二班』オブザーバーの轟リンゼ。ドロップバカな一斑のオブザーバーとは一味違う、ジェット天才な科学者よ」 やっぱりバカか。 キララはそう思った。 あー。キララっす。なんか次回予告任されちゃったけど、いいんかね。あたしみたいなので。 ま、いいや。 なんかすげー経歴が明らかになったヒイロだけど、その正体は依然として謎のまま。あたしらとしても、気になるやら気にならないやら……って所ね。 そんなわけで、 次回。 飯機攻人キャプテンライス 『大追跡! ヒーローの日常』 次回もこのサイトに、遂汎! え? あたしのデビューは? うっそ。まだ出番無し!? 勘弁してよ! 登場人物 高月平穏 帝都都役所(中略)第一班の事務員兼雑用係。ツッコミ役。 通称『タカちゃん』。 魚沼係長 帝都都役所(中略)第一班の係長。細かいことを気にしないおおらかな性格。 通称『かかりちょー』 秋田コマチ 帝都都役所(中略)第一班の事務員兼オペレーター。ツッコミ役というわけでもなく、 わりと傍観者。 多久カズヱ 能力者用着用戦車『飯機攻人・雷守』を造り上げた天才科学者。性格は良くも悪くも『天才』。 ちなみに帝都都役所の職員ではなく、外部の研究者である。 正義ヒイロ(さとうあきお) 成り行き上『雷守』の遂汎者となったラーメン屋の出前。帝都最強クラスの強さを持つが、バカ。 Dr.アンブレッド 悪の天才科学者。今回も出番なし。 二階堂キララ 炎使いの女子高生。 轟リンゼ 帝都都役所(中略)第2班のオブザーバー。痴女。 |