-Back-

「さて。これで書類は完成……と」
 男は小さくため息を吐くと、再び目の前のキーボードに両の手を戻した。ネットワーク
への接続処理が行なわれている間にメールソフトを起動させ、書いておいた本文に今ワー
プロで作ったばかりの書類を添付し、接続完了と共に送る。
 この間、わずか数秒。
「これで、プロジェクトRの第一段階は終了……」
 そして、男は数日ぶりにコンピュータの主電源を落とし、数十日ぶりにまともなベッド
で安らかな眠りに就いた。
 彼の犯した、一つのミスに気付く事もなく……。


飯機攻人キャプテンライス  第1話 遂汎! 飯機攻人!
「わーはははははは!」  しぎゃぁぁぁぁおん!  ごくごく平和な街に、けたたましい音が響き渡る。 「行けい、ブレディロール! 帝都にこの我輩、Dr.アンブレッドの科学力を示すの だぁっ!」  えらく威勢よく叫んでいるのは、黒いマントに黒い帽子をまとった真っ黒な老人。  しぎゃぁぁぁぁおん!  それに応じるように奇声を上げているのは、両腕に巨大なドリルを装備した3mほどの 奇っ怪なメカ。  きこきこきこきこきこ……きぃぃっ 「あー。そこそこ、ちょっと、いいかね?」  と、元気良く気勢を上げる老人とメカに、のんびりとした声が掛けられた。白い自転車 に、濃い紺色の制服。いわゆる、おまわりさんだ。 「何じゃ、地方官憲」  そういえば首都圏や皇居に勤める地方公務員はやっぱり『地方』公務員なんだろうか… …中央は地方違うやん……とも老人は思ったが、まあ地方公務員なのだろう。この問題は 本編とは何ら関係ないので、とりあえず放っておく。 「あのね、路上でのそういう撮影は、ウチの許可取ってもらわないと困るのよね。えっと、 許可証ある?」  そろそろ生え際の後退化が心配になってきた年頃のおまわりさんは、そう言ってひょい と手を差し出した。  普通、そんなものはあるはずがない。  だが。 「うむ。これで、良いのかの?」  老人……Dr.アンブレッドは、ばさりとひるがえしたマントの内側から『路上活動許可 証』を取り出したではないか。 「はーい、ちょっと、失礼……」  おまわりさんはアンブレッドから許可証を受け取ると、かけていた眼鏡を外して子細に 検分を始めた。そろそろ老眼が出てきていて、近場なら眼鏡を外した方がよく見えたりす るのだ。 「ふむふむ……」  許可証は正規の物だし、判子も必要事項もちゃんと書いてある。最近始まった偽造品防 止の特殊ホログラムプリントも手元の見本と同じもの。 「はい。どうも、ご苦労さん。『悪の秘密活動』、頑張ってね」  まごうことなきホンモノだった。どこをどう取っても非の打ち所がないほどに、ホンモ ノである。このまま登録証の完成見本にしてもいいくらいだ。 「うむ。期待しておけよ」  きこきこきこきこきこ……  任務を忠実に果たしたおまわりさんは、そのまんま自転車に乗ってどこかへ去っていっ てしまった。 「うわはははははは! 官憲、破れたり!」  しぎゃおおおおおん!  おまわりさんを年に似合わぬ元気さで手ェ振って見送りつつ、老人と巨大メカは再び気 勢を上げ始める。  あやうし地球! の、危機であった。  ちりりりりりん……がちゃん 「はい、もしもし。こちら帝都都役所外縁南支所……ちょっとお待ち下さい」  段ボールを肩に担いだままで受話器を取った青年は、電話を保留にすると向こうの机で 作業している中年に声を掛けた。 「かかりちょー。ウチの正式名称って、何でしたっけ」 「帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係だよ。君は第一班。いい加減に 覚えときなさい」 「どもー」  係長と呼ばれた中年からの小言にこたえた様子もなく、青年は保留にしていた電話を取 り直す。 「はい、こちら帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能ぶっ……」  …………。  気まずい沈黙。どうやら舌を噛んだらしい。 『だいじょーぶですか? 帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係……の 方』 「……はは。まあ、何とか。で、何のご用件でひょうか?」  組織の正式名称を言うことをさらりと放棄しておいて、本題に入る。また舌を噛むのは 沢山だ。  それより、どうしてみんなこの正式名称を舌も噛まずに空で言えるのかが不思議な青年 だったりする。 『えと、ですね。何て言おう……そう。悪の科学者が現れて、悪の活動を行ってるんです!』 「えー」  青年は電話口でびっくりした。 『あ、信じてませんね! ちゃんと暴れてるんですから! 今もでっかいロボットで商店 街の壁を……ああっ、お花屋さ〜ん!!!』  電話の向こうの声は当然ながら不服そうだ。電話の向こうからパワーショベルだか何だ かがアパートでも解体しているような音が聞こえてくるところを聞くと、どうやら嘘では ないらしいが……。  だが、青年はそれを信じていないわけではなかった。 「かかりちょー。商店街で怪ロボットが暴れてるそうなんですが……どうしましょう」  何となくトホホな様子で、再び係長に問うてみる。その言葉に電話の内容を疑う様子は 微塵もない。あるのは、夏休み後半の登校日に追加の宿題を出されたような……そんなや るせなさそーな、イヤそーな雰囲気だ。 「どうしましょうって、ぼくに言うなよー」 「だって、まだうちの係、動ける状態じゃありませんよ。っていうか何で町の人がウチの TEL番知ってるんすかー」  まさしく青年の言うとおりだった。青年や係長のまわりは未だ片づいていない段ボール や書類、組み立てられていないパソコンなどがそこかしこに散らばっており、稼働中のオ フィスという気配は全く感じられない。  それもそのはず。この帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係は、つい 今朝方に備品の搬入が始まったばかりなのだ。まともに動くのは今青年が取っている電話 機が一台っきりなのである。 「でもまあ、呼ばれたからには行かないとねぇ。仕事だし。タカちゃん、王虎とか雷守と かがまだトラックに乗ってたでしょ。あれ使っていいから、ひとっ走り行って来てよ」  いまの状況で一番聞きたくない言葉だった。  係長はさらりと言ってのけたが、要するにそれは現場で悪の科学者と戦ってこいという 事ではないか。 「俺、D級で事務職採用っすよ……。雷守は確かB級以上でないと……」 「でも着重の資格は持ってたでしょ? 確か履歴書には……」  ため息。  そうだった。確かに自分は着用重機……服のように着ることでパワーアップできる便利 なメカ。古い言葉で言えば、パワードスーツとでもなるのだろうか……の資格を持ってい た。就職の時に有利になるからと大学時代に何となく取っておいたのが、まさかこんな所 でアダになろうとは……。 「……っていうか、王虎Iて戦闘装備ないじゃないすか。C型ならまだしも……」 「そこはそれ、何とかしてよ」  また、ため息。  高月平穏(たかつき・ひろお)、2X才。その名の通り平穏無事な人生を送ってきたは ずの彼がこんな辺境の支所にいるのは色々とワケがあるのだが、それもまあ、本編とは関 係ないので無視しておく。  ……まあ、色々あったのだ。 「はい、これ車と着重の鍵ね。じゃ、ここはぼくがやっとくから、まあ適当にいっといで」
続く
< First Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai