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10.プロローグ 2009

 華が丘の夜空に響くのは、百と八つの鐘の音だ。
「で……だ」
 そんな鐘の音の源、華が丘八幡宮の参道でため息を吐くのは、華が丘高校一年B組三学期のクラス委員長だった。
「悟司は仕方ねぇとして、なんでおめぇらまでいンだよ! あぁ!?」
 百音がいるのは問題ない。
 ライバル宣言をした副委員長がいるのも、仕方ないだろう。
「なんでもなにも……お参りならするに決まってるだろ」
 けれど、想い人を連れに行くと別行動を取ったはずのパートナーや。
「お参りなら八幡宮だしねぇ」
 冬奈たち女子グループの面々までいるのは想定の範囲外だ。
「てか、二年参りデートとか定番でしょ、定番」
 言われればまあ、もっともではある。
 メガ・ラニカでも新年の祝いは重要なイベントだし、そのオリジナルである地上でも重要なイベントであろうことは想像に難くない。
「みんなー! おーい!」
「何だよ、セイル達もか。どんどん増えるな」
 人混みの向こうから駆けてきたのは、小柄な少女とそれよりさらに小さな少年だった。どうやら少女の両親と一緒にお参りに来たらしいが、こちらを優先する気らしい。
「そういやレムと子門は?」
 そんな中で、ふと気が付いた。
 これだけの人数がいて、あの二人を誰も呼んでいないはずがないのだが……。
「あの二人なら、クリスマスのすぐ後から帝都に帰ってるよ。何かバタバタしてたみたい」
「そういやクリスマス会も終わってすぐ帰ってたな。原稿がどうとか言ってたけど……」
 いつもなら、最後まで残って手伝いなり二次会なりに参加する二人のはずなのに、あの日だけは会が終わるやいなやすぐに帰っていた。だが、実家に帰るのであれば慌ただしくても仕方ないだろう。
「さっき真紀乃からあけおめメールが届いてたし、ホリンくん達の携帯にも届いてるんじゃない?」
 晶の言葉に携帯を見れば、確かに新着メールが二件届いている。
「うわマジだ。けどまだ年明けてねぇぞ?」
 本文には『来年もよろしく』と書いてあるから、送信時間を間違えたわけではなく、意図的にそうしているようではあるが……。
「この時期は通信規制がかかるから」
「へぇ……」
 規制と言われてもよく分からなかったが、地上の慣習ではそう変わった行動というわけでもないのだろう。年が明けたらメールを返しておくことにして、レイジは携帯をポケットに戻す。
「まあいいじゃない。ライスが年越し営業してるっていうから、ついでだしそっちで新年会でもやりましょうよ」
「そうね。祐希とキースリンもいるでしょうし」
「キースリンちゃんもバイトなの?」
 祐希が華が丘で一軒しかないカフェでバイトをしているのはハークも良く知っていたが、彼のパートナーはバイトはしていないはず。
「わたしと冬奈ちゃんがおやつ食べに言った時、ちょうど話してたの。忙しいからお手伝いするんだって」
「そうなんだ! じゃ、キースリンさんもあのメイド服を……」
 ライスの女子スタッフの制服は、メイド服である。オーナーは着ないからそれを目にすることはほとんど無いが、夏休みにさる事情で何度か目にしたそれは、なかなかに可愛らしいデザインをしていたはず。
 それをキースリンが着るとなれば……。
「よし行こうすぐ行こう早く行こう速攻でみぎゃー!」
「はいはい。お参りが済んでからね」
 耳を掴んだハークを引きずりながらの晶について、他の面々も石畳の参道を歩き出す。


「あ、お前らー」
 そんな一行が階段の所で出会ったのは、やはり見知った顔だった。
「ウィルと八朔……と、大神か」
「今日は先生達と一緒じゃないんだ?」
 柚子が一緒と言うことは、先生組も一緒にいるのかとも思ったが……今日は珍しく、大神家の三人だけらしい。
「うん。今日はみんな忙しいっていうから……。八朔ちゃんとウィルくんにお願いして」
 十六年前のクセでちゃん付けで呼んでしまう柚子に、八朔は何か言いたそうな顔をしたが……ある程度諦めているのだろう。
「もうお参りは?」
 文句を言う代わり、そんな言葉を口にするだけだ。
「これからだよ。お前らも一緒に行くか?」
「そうだね。柚子さん、構わない?」
「うん。そっちの方がいいよね……。あ、ブランオートくん。ルーナちゃんは?」
 柚子は華が丘高校の一年で唯一、パートナーと違う家で暮らしていた。十六年越しの復学という事情もあるし、ルーナにも既婚者という事情があるが故の特例だ。
「…………寝てる」
「そっか………」
 ここに来る前に、パートナー達と様子だけは見てきていた。父親の話だと、年越しそばを食べて紅白を見た後、眠いといって寝てしまったらしい。
 起きるのはおそらく、日が昇ってからだろう。
「大神」
「おう」
「はい?」
 そんな中。良宇の呼ぶ声に答えるのは、大神八朔と大神柚子がほぼ同時。
「……………どっちだ」
 良宇は普段、八朔のことは名前で呼ぶ。しかし八朔を名字で呼ぶ者も多いから、大神と呼ばれればついつい反応してしまうのだ。
 特にこんな人混みの中で歩いていれば、誰が呼んだか即座に判断することは難しい。
「どっちもじゃ。初釜には、お前らも出るんか?」
 初釜は、新年の挨拶を兼ねた年始めの茶会である。当然大神流の門下生である良宇も、参加する予定になっていたが……。
「出ますよ」
「………出ろって言われた」
 肝心の大神一族の反応は、それぞれらしいもの。
「あと良宇。今日は良いけど、柚子さんも名字じゃなくて下の名前で呼んでくれると分かりやすいんだけど……」
「…………考えとく」
「まあ、まずは撫子ちゃんを名前で呼ぶ方が先だと思うけどねー」
 呟く良宇を混ぜっ返すのは、女子達から投げられた言葉だった。
「な、なななっ!」
 良宇も傍らの撫子も、顔を真っ赤にしてそれ以上の言葉を紡げずにいる。もっともそれでも、人混みの中ではぐれないようにと繋いだ手は離すことはなかったのだが。
 やがて階段を昇りきれば、人の頭の先に見えるのは本殿だ。普段はあっという間の距離が、今日ばかりはやけに遠い。
「そうだ。帰りにお兄ちゃん達の受験祈願のお守り、買っとかなきゃ!」
「そういえば、紫音先輩、受験するんだっけ……」
 魔法庁の現場に入るという話も聞いていたが、結局受験をすることになったらしい。生徒会を引退した今はそちらに顔を出すこともなく、受験勉強に専念していると聞いていた。
「うん。第一志望は、県外なんだって」
「へぇ……」
 美術部にいる彼のパートナーは、メガ・ラニカに帰るとも聞いた。お似合いだと言われていたコンビだったが……そんな二人でも別れてしまうのだ。
(三年までには、何とか決着つけないとな……)
 そんな話をしながら列を待っていれば、やがて本殿の前へと辿り着く。
 賽銭箱に賽銭を投げ、柏手を打ったところで……。
 その場を包む空気が、変わる。
 鐘が止み、周囲に漂うのは一瞬の沈黙と……形容しがたい高揚感。
「お、新年だ!」
 誰かの声が、その高揚感の理由を一瞬で周囲に知らしめる。
 そして祈りを終えた一同は、口々に叫ぶのだ。

「今年も、よろしく!」


続劇

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