-Back-

9.ゆきのふるまちを

 華が丘の街に、街灯は少ない。
 商店街まで行けばもちろん十分な明かりがあるが、そこから少し離れれば、道を照らすのは家々の窓から漏れる照明と、降り注ぐ月の光だけとなる。
「ごめんね……悟司くん」
 四月朔日家のパーティーを終えた帰り道、並んで歩く少年に百音は小さくそう呟いた。
「いいよ。それが百音の決めた事なら……」
 少なくとも、覚悟をした上での告白だ。
 その証拠に、レイジも彼も、会場に戻った後は会場を抜ける前と変わらぬ態度で過ごしている。もちろん、彼女がレイジを選んだとしても……その態度を変える気はなかった。
「ええっと……そうじゃなくって、ね。これ……」
 そう言って百音がそっと差し出してきたのは、一枚のカード。この時期のそれなら間違いなくクリスマスカードだろうが……。
 受け取って開いてみれば、そこに記されているのはクリスマスを祝う洒落た文言などではなく。
「…………スタンプカード」
 かつて彼女の秘密を知った時に見せて貰った物に似たデザインが施された、真っ新なカード。
 もちろん枠があるだけで、一つのスタンプも押されていない。
「プレゼント、だって」
 あの戦いの後、魔女になったという知らせもなく、かといって修行の続きの話もなかった所にこれだ。祖母からしてみれば気の利いたサプライズのつもりなのだろうが、もちろん当人としては……推して知るべし、である。
「…………そりゃ、告白どころの騒ぎじゃないよなぁ……」
 あの秘密を守るために奔走した日々が再び始まる事を予感して、悟司も百音と一緒にため息を吐くしかない。


 暗がりの多い華が丘の街。
 少女の傍ら、彼女を護るように歩くのは、二回り近く大きな巨漢の影だ。和装にインバネスコートを羽織る姿は明治や大正の小説からでも抜け出たようだったが、彼もれっきとした華が丘の現役高校生である。
「レイジさんは……良かったんですか?」
「ああ。一人で帰りたいそうじゃ」
 パーティー会場から一度抜け出て戻ってきた後の様子を見れば、何となくだが察しはついた。そんなパートナーに掛けられる言葉を良宇は何一つ持ち合わせていなかったが……そんな彼でも、気付かぬふりをするくらいは出来る。
「そうですか……」
 呟き、それからはどちらも言葉を紡ぐことなく、無言で歩き。
 やがて着くのは、分かれ道。
「あの……ここで、ですよね?」
 ここから右に進めば撫子の家に通じ、左に進めば良宇の家に至る。
 だが、良宇が迷い無く足を踏み出したのは右の道だった。
「……送っていく」
「え、でも……父に、言われますよ?」
 お付き合いを始めたと言っても、まだその事を父親には話していない。娘に甘く、その辺りに関しては過保護とも言える父親であるから……良宇の存在を認識した瞬間に大騒ぎになるのは、火を見るよりも明らかだった。
「遠野を一人で帰すより、ずっとええ。……迷惑か?」
 よく考えれば、撫子の家で騒ぎになれば、迷惑を被るのは撫子なのだ。良宇としては何を言われようが引くつもりはないが、それで撫子が嫌な思いをするのなら、そこは上手く考えなければならないだろう。
 考えるのが苦手だからと、誰かに任せてはいけないところだ。
「………大丈夫です」
 その答えが来たのは、それから少しの時間が経ってから。
「おお……っ?」
 それと同時に良宇の指先を掴むのは、少女の冷たい指の感触だった。
「怒られるなら……ついでです」
「………………おう」
 恐る恐るといった感じで指先を掴む撫子の手を、大きなその手でそっと握り直し。
 ほんの少しだけ距離を詰めた二人は、穏やかに降る雪の中、撫子の家へとゆっくりと歩き出した。


 暗がりの多い華が丘の街。
 けれど、そんな事をまったくもって気にしていない者達も、一部にはいた。
「楽しかったぁー!」
「楽しかったじゃないよ、晶ちゃん」
 まだテンションが高いままの晶とは対照に、疲れ切った表情を浮かべているのはハークである。
「プレゼント交換を言い出した本人がプレゼント持ってきてないとか何なの……」
「いいじゃない。あたしはツイスター持っていったんだし、参加はしたけどプレゼントは取らなかったでしょ」
 確かにあの争奪戦で、プレゼントはもらっていなかったが……考えたらそれも当たり前の話だ。
「てかそれ運んだの、ボクだから……」
 さらに言えば、今も晶は手ぶらのままで、ハークはツイスターの入った袋を下げている。晶は何でも入る魔法のポーチを持っているのだから、それに入れてくればいいとも思うのだが……どうやら今回の件でそれを使う気はなかったらしい。
「そうだ。はいこれ」
 そんなハークから晶の元に突き出されたのは、手の中に収まるほどの小さな紙袋だった。
「何?」
「プレゼントだよ。プ、レ、ゼ、ン、ト! クリスマスでしょ」
「あー。ありがと!」
 可愛らしいリボンの掛けられた袋を開ければ、中から出てきたのは鈴蘭の付いたストラップである。
「へぇ、ハークくんのストラップとお揃いなんだ」
 さらりと口にされた瞬間、ハークの表情が露骨に曇り、髪を留めていた鈴蘭がモノトーンの世界に焦ったような明るい光を灯し出す。
「………何でもう見てるわけ……」
 鈴蘭の意匠だから、髪飾りとお揃いと言われるのは予想済みだった。
 けれど、どうしてこっそり携帯に下げていたそれまで、彼女が把握済みなのか。
「あれだけぶら下がってれば、分かるって」
「普通分かんないでしょ」
 ひとつやふたつなら、ストラップが変われば気付くだろう。
 けれどハークの携帯にぶら下がるストラップは、その程度の数ではない。一つ二つが入れ替わることは日常茶飯事だし、そこに鈴蘭のストラップが紛れ込んでも普通なら絶対に気付かないはずだ。
「そうだ。プレゼントは嬉しいけど、お返しがないや。どうしよっかなぁ……」
 晶は手ぶらで、持っているのは財布と携帯くらいのもの。持ち合わせもそれほどないから何か買いに行くのも微妙だし、かといって携帯や財布をプレゼントするわけにもいかない。
「別にいいよ。期待してな……………」
 本音を呟きかけたハークは、そこで言葉を止めざるをえず。
 動きの止まった二人の周り、ゆっくりと雪が降りしきる。
 やがて。
「………………あたしの初めてなら、それなりにレアでしょ。じゃ、先に帰るねっ!」
 くるりときびすを返した晶は、一歩、二歩と踏み出して、三歩目に空へと飛翔する。
「……そこは、一緒に帰ろうって言うところじゃないのかよ」
 薄暗い空へと消えていく細身の背中を見送りながら。
「……もぅ」
 ハークは小さくそうぼやき、唇にそっと指を触れさせるのだった。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai