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6.祭の始まり

「こんにちわー!」
 四月朔日家の玄関で掛けられた声を迎え撃つのは、続けざまなクラッカーの炸裂音と、
「メリークリスマぁぁぁス!」
 力一杯のメリークリスマス。
「め、めり……?」
 その唐突な歓迎に、祐希の後ろにいたキースリンは呆然としたままだ。
「地獄で会おうぜ! っていう意味です!」
「違いますから……。クリスマスおめでとうって意味ですから……」
 胸を張っての真紀乃の説明もよく分からなかったが、かといって祐希のおめでとうの意味も実はよく分からない。そういえばクリスマスは、誰かの誕生日だったとも聞いた気がするが……。
 そして、分からないことはもう一つ。
「真紀乃さん、その格好は?」
 真紀乃が着ているのは赤と白のコートのようだが、コートにしては裾がやけに短く、お世辞にも防寒具の役割を果たしているようには見えなかった。
 馬や竜に乗るための騎士服であれば裾が短めになっている場合もあるが、華が丘で馬や竜に乗る機会はほとんど無いし、それにしても短すぎる。
「キースリンさんも着ます? 予備も持ってきてありますけど……あ、サイズ合うかなぁ?」
 寒くないのかしら、とも思うが、元気いっぱいの真紀乃は特に気にしてはいないらしい。
「あの、勘弁して下さい……」
 そんなやり取りに、差し入れのジュースやお菓子を預けていた祐希が浮かべるのは微妙極まりない表情だ。
「へぇ、さっすが森永くん。独占欲強ーい」
「こんな格好、自分の前でだけしてくれればいいって? うーん、それはそれで、アリかなぁ……」
「…………もう、それでいいです」
 もちろん、そんな思いがないわけではない。けれどキースリンにそんな格好をさせたくない理由として、祐希にはもっと明確な理由があった。
 とはいえ、それは口には出せないし……そうなればもう、祐希は場の流れを諦めて肩を落とすしかない。おそらくそれが、二人にとって一番ベターな選択のはずなのだから。
「そうだ。私もお菓子をお持ちしたんですが……」
 そんな当事者の少女が差し出したのは、小さな紙の箱だった。
 けれど恐るべきそのひと言に、場の一同は揃って表情を凍らせる。
「え………?」
 調理部のメンバーで作ったケーキやお菓子の類は、既に百音が会場に持ち込んでいた。ということは、キースリンの差し入れは彼女自身が作ったものという可能性が高いわけで……。
「それって、キースリンさんが………作ったの?」
 そしてキースリンの独特の料理センスは、幾度もの披露の機会によってこの場にいた全員が理解しているわけで……。
「いえ、父が送ってくれたのですが……」
 だが蓋を開ければ、そこに入っていたのは広葉樹の葉を象ったプチケーキだった。
「世界樹の葉のケーキか……」
「…………良かったぁ」
 メガ・ラニカではどこの家庭でも作る、定番のお菓子である。
「…………?」
 一同の見せる安堵と懐かしさのない交ぜになった表情に、キースリンはやはり首を傾げるだけだ。


 四月朔日道場の面々が命の無事を喜び合っている頃。
 団地の並ぶ華が丘の住宅街に、戦いの気配をまとう二つの影があった。
「よく来たな、マスク・ド・ローゼ!」
 芝居がかってすらいる口調で朗々と叫ぶのは、白衣の男。
 恐らくは、悪。
 だが、普通ならば仮面や化粧で隠すであろうその素顔を、彼は堂々と晒している。それが自らに対する絶対の自信によるものなのか、自らの力を過信しているだけなのかは……その立ち居振る舞いを見れば、考える必要もないものだ。
「フッ……。世界中の恋人たちが楽しみにしている愛の祭典を中止にさせようなど……許すわけにはいきませんよ。先輩!」
 もう一人は白い仮面に白いマント。
 やはり芝居がかった口調で叫ぶその姿は、間違いなく善。
 華が丘でも最も高い団地の屋上。避雷針の上にすいと立つその姿は、寒風吹き荒ぶ冬の空にも一分の揺らぎを見せることもない。
「ははは。そんな悠長な名乗りをしている暇があるのかな? マスク・ド・ローゼ!」
「何だって……?」
「見るがいい!」
 高笑いと共に白衣の男が背後の布を剥ぎ取れば、そこから現われたのは巨大なタンク型の物体だ。
 普通に見れば、団地の上にある給水タンクだと思うだろう。けれどそこかしこに備え付けられたレトロ調のメーターやゲージの類、そして危険物を示す黄色い紋章が、その物体がただの給水タンクでない事を分かりやすく示してくれていた。
「この、クリスマスを一人で過ごさざるを得ない男女の怨念を収束させた『今年のクリスマスは中止になりました爆弾』が爆発すれば、華が丘に漂うマナを媒介にアルケミック的な何かが発動する。そしてクリスマスは即死する!」
 白衣の男が指したゲージは、既に半分ほどを過ぎている。今もなお少しずつ上昇していくそれは、このペースだと一時間も経たぬうちに最大値まで達してしまうだろう。
 そうなればどうなるか……恐らくは、つい今しがた白衣の男が宣言したとおり。
「さて。このゲージが一杯になるまでに、止める事が出来るかな……?」
「止めてみせるさ……この世に、愛が尽きぬ限り!」
 叫んだその時、避雷針の上に薔薇の剣士の姿は既に無い。
 舞い散る薔薇の嵐の中、タンクに向けて一直線に駆け抜ける!


続劇

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