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5.クリスマスがやってくる

 グラスボールにガーランド。小さな天使やサンタに、コードに電球が連なったコードライト。
「さて、と。これくらいあれば足りるかな……」
 倉庫の奥で今年の出番を待ちわびていたダンボールの山を抱え、冬奈は小さく呟いてみせる。
 飾りの類は問題ないだろう。コードライトは動作チェックをする必要があるが、恐らくは予備の電球を幾つか替えるだけで済むはずだった。
 そんなダンボールの山を道場に運び込めば、そこにいたのは小柄な姿。
「あ、冬奈ちゃん……」
 板張りの道場の真ん中。ちょこんと腰を下ろし、何やら真剣な表情で目を閉じていたのは……彼女のパートナーだ。
「ごめんファファ。邪魔しちゃった?」
「大丈夫だよ。すぐ手伝うね!」
 冬奈は抱えていたダンボールを道場の隅に置き、慌てて駆け寄ってきたファファに穏やかに微笑んでみせる。
「いいよ。すぐに晶や真紀乃達も来るから、みんなでやれば」
 それに荷物の大本命、二メートルを超えるツリーは、まだ倉庫の奥で眠ったままだ。もちろんさして重いものでもないが、周囲に積まれた荷物を片付けるのが二人では少々面倒くさい。
「それより、魔力の鍛錬は順調?」
「うーん」
 あの短くも激しい夜の戦いで、ファファの魔力は戦いが終わるまで保たなかった。もちろん神ならぬ人の身、それも一介の学生でしかないファファ一人で全ての怪我人を救う事など出来るはずもないが……もし彼女の魔力が最後まで保てば、もっと多くの怪我人を助ける事が出来たはずだ。
「よく分かんない……」
 だが、パートナーの問いにもファファは首を傾げてみせるだけ。
 魔力の最大量は、体力と精神力に比例する。故に、最近のファファは冬奈の元で体を鍛えてみたり、先程のように瞑想をしたりと色々試してはいるのだが……。
「まあ、大きな怪我人なんてクラスマッチの時にちょっと出たくらいだしねぇ……」
 そう。
 肝心の、怪我人が出ないのだ。
 数人の怪我人であれば、今のファファなら十分に癒しきることが出来る。その意味では、ファファの持久力の最大値は確かに上がっていると言えた。
 けれどファファが知りたいのは、その限界なのだ。
「後は天候竜が暴れた時くらいだろうけど……そっちも、そんなに苦戦してないみたいだし」
 天候竜の黒化する回数は明らかに増えていたが、さすがにあの夜のように数十匹が同時に現われるようなことはない。あの晩を最後まで戦い抜いたメガ・ラニカの騎士達だから、たった一匹の黒竜に後れを取ろうはずもなかった。
「あ、怪我人が出ればいいなんて思ってるワケじゃないよ!」
「……それくらい分かってるって」
 慌てて手を振って否定するファファに、冬奈はやはり苦笑いを浮かべるだけだ。
 外を見れば、広がるのは青く澄んだ冬の空。
 その中央に見えるのは、ゆっくりと空を舞う舞う晴天の化身。


 久々に訪れた温室の真ん中。
 そこに居座っている姿に、ルーナは思わず我が目を疑っていた。
「………なんだこいつ」
 ひと抱えほどの植木鉢である。
 もちろん園芸部の温室なのだから、植木鉢があるのは当たり前。
 当たり前……なのだが……。
 問題は、そこから生えている物体だった。
 ガラス越しに降り注ぐ陽光を受け止めるのは、左右に広がる大きな葉っぱ。大きな双葉の中央から伸びる細くしなやかな茎と、その先端にある大きな膨らみ。
 そして、膨らみが割れた所から覗く鋭い歯列と。
−しぎゃああああああああっ!−
 小さくもしっかりと低音の効いた咆哮。
「終業式の後、裏庭の花壇の隅に生えているのを見つけてね。寒そうにしていたから連れてきたんだ。可愛いだろう?」
「可愛いい………のかなぁ?」
 明らかにこちらを威嚇しているその様子を見てウィルは穏やかに笑っているが、問われた柚子は微妙な表情を浮かべるしかない。
「可愛いっつーか、薔薇獅子の幼生だろそいつ」
 裏庭の花壇といえば、ルーナ達が休学する前に一時期薔薇を植えていた場所だ。おそらくはその時に植えていた薔薇の苗の一部が地下深くに根を残し、十六年の刻をかけて自身の姿を地表に顕わしたのだろう。
 薔薇獅子も魔法生物の例に漏れることなく、その生態は不明な点が多くある。百年以上の寿命があるという説もあるから、十年そこらの間を地中で過ごしていたところで、不思議でも何でもないが……。
「………ちょっと待てよ」
 そこで、ルーナはわずかに思考。
 記憶の彼方に残っている、十六年前の情景を思い出す。
 確か、十六年前に裏庭の花壇に薔薇の苗を提供したのは……。
「早く大きくなるんだよ、パッくん」
「名前、あるんだ」
「つか全部お前のせいじゃねえか。大きくなっても知らねえからな」
 唐突なルーナの剣幕に、さしもの薔薇獅子の幼生もわずかにその身を怯ませてみせる。もちろんその後、負けないとでも言うかのようにその歯を剥いて威嚇し返していたが。
「その時はウチで引き取るから大丈夫だよ。責任は取るさ」
 そんな咆哮を上げる魔法植物の頭部らしきものを撫でながら、十六年前の花壇に薔薇苗を残した張本人は穏やかな表情を崩さないまま。
「………まあ、それならいいけどよ」
 だが、その表情がわずかに曇る。
「どした。メールか?」
 幼生を撫でる手を止めぬまま、左手で器用に取り出したのは自身の携帯だ。
「ああ。……『クリスマス中止のお知らせ』?」
 展開した液晶画面、表示された簡素な表題を思わず口にし、そのまま本文を目で追っていく。
「ん? 四月朔日の道場でやるって言ってたあれか?」
「中止になったの?」
 当日になっていきなり中止というのも急な話だが、何の理由があるにせよ、あの彼女達がパーティーを大人しく中止にするとも思えない。四月朔日の道場が使えなくても、別のどこかを探し出して何事もなかったかのようにパーティーを執り行うだろう。
 それとも、それ以上の非常事態が起きたのか。
「いや……ごめん、誰かの悪戯メールだったみたいだ。それじゃ、私も先に失礼させて貰うよ」
 ぱたんと携帯を閉じたウィルの表情は、いつものように穏やかなまま。
「ん。なら、片付けはあたしらでやっとくか」
「そうだね。ローゼさん、お疲れ様」
 四月朔日道場のパーティーは、今日の午後からだと聞いていた。そしてルーナ達の参加するパーティーが始まるのは、校内にいる親友達が仕事を片付け終えてからになる。
 そういう意味では、用具の片付けは彼女達にとって良い暇つぶしになりそうだった。
「ありがとう。そうだ、柚子さん。年明けには大神先生の所に戻ってくるんだろう? 先生、楽しみにしてるみたいだから」
 親友の家に下宿している少女にそう声を掛けて、マントの代わりに白いコートをふわりと羽織り。
 ウィルはクリスマスの街へと、その姿を消していく。


 四月朔日家の道場に足を踏み入れた晶が目にしたのは、板の間に腰を下ろしたまま微動だにしない冬奈とファファの姿だった。
「………何やってるの、二人とも」
 冬奈のそれは見慣れているが、ファファのそれを見るのは初めてだ。小柄な彼女が神妙な様子でじっと座っている様子は、冬奈のそれとは明らかに違う何かにしか見えないが……。
「ざぜん?」
 正座でそう言われても、あまり説得力がなかった。
 しかも、何やら半疑問形だ。
「……ただの瞑想よ。あんたもやる? 心が落ち着くわよ」
 晶には坐禅と瞑想の区別がつかなかったが、いずれにしても浮かべる表情は苦笑いだ。
「冗談。これ以上あたしが落ち着いたら、世の中が大変な事になるじゃない」
「…………」
「…………」
「…………」
「………何とか言いなさいよハークくんも!」
 とりあえず座ったままの二人よりも、より近い距離にいたパートナーの無言に突っ込んでおくことにする。
「だって、晶ちゃんが落ち着いてるなんてむぐぎー!」
 返した台詞の後半は、引っ張られた口のおかげでまともな言葉の体裁を保てない。
「何を言おうとしたの、この口は! この口はっ!」
「むぎぎー! 落ひる、落ひる、パイが落ちるってば!」
 口を引っ張られながらも、ハークは抱えた荷物を必死に守ってみせる。玩具の類はともかく、荷物の中には昨日から仕込んだ特製のメガ・ラニカ風ミートパイもあるのだ。可愛い女の子につまみ食いされるならまだしも、板の間にぶちまけるなどハークの意地が許さなかった。
「はいはい。イチャイチャしてる暇があったらツリー出すの手伝いなさい。あんた達の作業するぶんもちゃんと残しといたんだから!」
 そんな二人に笑いながら、冬奈はゆっくりと立ち上がる。もちろん慣れた修練だから、傍らで転がっているファファのように足が痺れた様子もない。
「え、いや、イチャイチャなんかしてないっ!」
「………ん? まあ、別にいいけどね。どっちでも」
 いつもより強い晶の否定に軽く肩をすくめつつ、さっさと母屋へ歩き出す。晶とハークを加えた四人なら、ツリーの発掘作業も少しは楽になるだろう。
「そ……そう、よね………」
 軽く流された事に毒気を抜かれたのか。先程の激昂もどこへやら、晶も冬奈を追い掛けて母屋の方へ。
「……晶ちゃん、どうかしたの?」
「さあ………?」
 足が痺れたまま動けないファファも、それを助け起こしていたハークも、そんな少女の様子に首を傾げるだけだ。


続劇

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