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3.窮奇顛末記

 真紀乃のレムに対する過剰なネタ振りは、さして珍しい事ではない。ただ、その振りに対してレムが顔を真っ赤にしてツッコミ返して来ないのは……真紀乃が知る限り、初めての事。
「あ、あの…………ええっと…………」
 ネタに本気で返された、というわけでもない。
 けれど、軽く流されたわけでもない。
「挨拶させてくれるんだろ?」
 あるのは、穏やかな同意の呟きだけ。
「そう……ですけど…………あれ?」
 間違ってはいない。間違ってはいないのだが……。
「定番の『娘さんをください』でいいのかな。こういう時は……」
 プリントを重ねる手を止めて思案を始めたレムに、真紀乃は即座に切り返せる台詞を思い付けずにいる。
「あの……レムレム?」
 勘違いではないはずだ。
 いつもなら、同じようなネタ振りにレムは過剰に反応してくれる。と言う事は、少なくとも真紀乃の言葉の意味は理解してくれているわけで……。
「………いいんですか? 本気に………しちゃいますよ?」
「本気も何も、こっちも本気で…………っ」
 答えかけたその言葉の途中。
 がたりと鳴ったのは、レムが体のバランスを崩し、その場に崩れ落ちた音だ。
「大丈夫ですか! レムレムっ!」
 脇にあったプリントの山がばさりと舞い上がり。
 レムの体の表面を、ぱりと紫電が駆け抜ける。
「く………っ! バカ……野郎………っ!」
 少年の意識の内。狂ったように咆哮を上げ、雷と旋風を撒き散らすのは……。
 黄金の羽を広げた、鳳のイメージだ。


 華が丘高校では数少ない畳敷きの部屋。リラックスした様子で腰を下ろしたぽっちゃり気味の少年は、後輩の言葉を口の中で転がしてみせた。
「八朔くん達もクリスマス会をするのかぁ……」
 メガ・ラニカ出身の彼だが、華が丘の冬は二年目になる。無論、華が丘のクリスマスも去年のうちに経験済みだ。
 もっともそれでも大半のメガ・ラニカ人と同じく、クリスマスはみんなで集まって鳥やケーキを食べるイベント……という程度の認識でしかなかったけれど。
「玖頼先輩も来ます? 四月朔日からは、多ければ多いほどいいって言われてるんですが……」
「うーん。クリスマスは先約があってね……」
「あ……すんません、気が利かなくて」
 苦笑する玖頼に頭を下げる八朔だが……。
(用事って……春香さん達のクリスマス会ですよね)
(そうだよ? 刀磨君もでしょ)
 ぽそりと傍らから来た刀磨の言葉に、軽く頷いてみせる。
(気が利かないって、何だろうねぇ?)
 むしろ謝るなら、誘いを断った玖頼の側だろう。そのはずなのに『気が利かない』とまで言って謝られても、むしろ玖頼が困ってしまう。
(え、ええっと……部室で、散切ちゃんに聞いて下さい………)
 もちろん刀磨はその理由を分かっていたが……さすがにこの場で説明する気にはなれなかった。代わりに、今日は礼法室に顔を出していない友人に押しつけておく事にする。
「じゃあ、この中で行くのは俺とウィルとセイルか。近原先生も良かったら……」
「わたしもはいり達とお酒飲むから、パス」
 上座に座っている小柄な娘は、八朔の誘いに軽く手を振ってみせる。
 はたから見れば少年達と同じかより若くにしか見えないが、これでもれっきとした茶道部の顧問である。もちろん酒の飲める年齢など、とうの昔に過ぎているのだが……。
(補導されないのかな……)
 その場にいた誰もがそう思い、口には出せずにいる。
「そ……そうだ、レイジは?」
「お、おう……俺ぁ別にどっちでも良かったんだけど、百音が行くって言うからよ……」
 無言の顧問から放たれる微妙な空気の漂う礼法室で、空気を変えようと二人が務めて声を出せば……それを助けるかのように響き渡るのは、軽いノックの音だ。
「失礼します。維志堂くん、いますか?」
 入ってきたのは室内の大半が知った顔。
 魔法科一年A組の、クラス委員長だ。
「どうした、委員長」
「マーヴァさんから呼び出しです。教員駐車場で待ってるって」
 祐希のひと言に、その場にいたほぼ全てのメンバーが表情を硬くする。
「おう」
 先程とは全く別の張り詰め方をした空気の中。大柄な体を引き起こすのは、顧問の隣で腰を下ろしていた少年だ。
「……そういうわけなんじゃが」
 中座を申し出た良宇に向けられるのは、心配と応援の入り交じった視線達。中座を認めるものこそあれ、それを咎める者は誰一人としていない。
「わたしは行かなくて大丈夫?」
「大丈夫じゃ。任せといて下さい」
 顧問の申し出に軽く頭を下げて、良宇は迎えの少年と共に茶道部の部室を後にする。
 彼女が戦場に向かうなら、それで決着はつくだろう。
 だが、それでは意味がない。
 彼ら二人が戦場に立つ事にこそ、意味があるのだ。
「良宇、気を付けてな」
 故にパートナーも、彼を咎める事はない。代わりに心配の多めにこもった言葉は掛けたけれど。
「おう! ………そうじゃ。四月朔日のクリスマス会、オレも行くからな」
 だが。
「はぁぁ!?」
 彼の残していったひと言には、礼法室にいた誰もが異論の声を上げてみせるのだった。


 ほぼ同刻。
「え? 撫子ちゃん、クリスマスって維志堂くんと二人っきりじゃないの!?」
 調理室に響き渡った声は、むしろそれを放った百音が慌てて口を塞ぎ、辺りを見回してみせるほど。
「別に……」
 だが、大声を上げたかったのは百音だけではない。たまたま百音が大声を出したから出しそびれただけであって、例え彼女が叫ばなくても他の誰かが叫んでいただろう。
「えーっ! 維志堂くん、ひどい……」
 良宇は撫子の告白を受け入れたと聞いていた。それからの進展は特にないようだったが……だからこそ、クリスマスはその関係を一気に進めるチャンスではないか。
 いや、一気に進めるチャンスに決まっている。
 なにせ、クリスマスなのだ。
 そうでなくてはならないのだ!
「キースリンさんはともかく、撫子ちゃんは一緒に住んでるワケじゃないのに……!」
「え? わたしも冬奈さんのパーティーに参加しますけど……」
 キースリンはヒートアップする女子達の中では珍しく、撫子の件についてもいつもの様子のままだった。もっとも、周りがどうしてこうも騒いでいるのかが、よく分かっていないせいもあるのだが。
「キースリンさんはいいの! ってか、森永くんとはこれ以上進んじゃったらヤバいから!」
「そうそう! むしろ、ちょっとブレーキ踏むくらいでいいから!」
「これ以上………? ………はぁ」
 相変わらずよく分かってはいないものの、とりあえず力説する晶達の言葉に頷いておく事にする。
 だが。
「でも、良宇さんとは、いつでも一緒にいられますから……」
 ほんのりと頬を染めて呟いた撫子の言葉に。
「………あー。そっちね」
「うぅ、良い子だねぇ……撫子ちゃん……」
 周囲の熱気が一瞬のうちに冷めていく音を、キースリンは確かに耳にしていた。
「はいはい。じゃあこの面子はみんな参加って事でいいわねー」
 撫子のひと言を聞いた後の一同のテンションは、状況を半分ほども理解していないキースリンでさえ分かるほどに下がっている。
「晶ちゃん。なんか暑いから、窓開けていい?」
「そうねー……って、ホントに開けないでよ! 寒いでしょ!」
 窓から吹き込む十二月の風の冷たさに、ハークも慌てて窓を閉じようとして。
「あれ?」
 教員駐車場に向かい、裏庭を走っていく二人の少年の姿が目に入る。
「あ、祐希さーん! 気を付けて下さいねー!」
「維志堂さーん!」
 彼らが教員駐車場へ走っていく理由が分かっているのだろう。窓から手を振ってみせる彼らのパートナーと想い人の様子を見て、ハークは少しだけ羨ましいと思ってしまうのだった。


続劇

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