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2.X'mas/X'days

 それから数日の後。
「四月朔日んちでクリスマス会?」
 十二月を迎えた華が丘高校魔法科一年A組の教室で上がったのは、誰かのそんな声だった。
「うん。二十四日、道場を使って良いって言われたからさ。みんなでどうかなと思って」
 四月朔日家の道場なら、パーティー会場としても十分な広さがある。周囲にも家は少ないし、もともと武術の稽古で朝早くから夜遅くまで賑わっている場所だ。少々騒いだところで、どこからも文句は出ないはずだった。
「楽しそうだね! ボクも行って良い?」
「ん。じゃ、ハークは参加……と。晶も参加で良いわよね」
「なんであたしがハークくんのオマケみたいになってるのよ……」
 不満げな晶に知らんぷりをしておいて、冬奈が次に声を掛けたのは、近くの席に座っていた小柄な少女。
「柚子も来る?」
 つい先日パートナーと共に復学した、華が丘高校魔法科一年A組の二十二人目の生徒である。
「あ……ごめんなさい。その日ははいりちゃん達に誘われてて……」
「そっか。残念」
 彼女が華が丘高校に入学したのは、十六年も前の事。さる事情で登校できなくなった彼女は、以来ずっと特例での超長期休学扱いになっており……ようやく生徒として戻ってこられたのだ。
 その時の同級生と、当時で止まっていた時間を取り戻したいのだろう。恐らくは冬奈が同じ立場でも、当時の仲間達と……。
「…………何かあたしの顔に付いてる?」
「別に」
 まあ、友人によりけりだ。
「ねえ、マクケロッグさん。クリスマスってメガ・ラニカにもあるの?」
 と、ふと湧いた疑問を口にした悟司に、ハークはわずかに眉根を寄せてみせる。
「あるけど……」
 メガ・ラニカにも、クリスマスはある。
 もちろん開国以降に流れこんできた風習だから、定着しているとは言い難いが……少なくとも地方出身のハークでも、それなりに知っている程度には広まっていた。
「クリスマスって、ケーキを食べて、女の子とプレゼントを交換する地上の風習でしょ。そのくらい知ってるよ」
 憮然としたまま答えるハークの説明は、けっして間違ってはいなかった。
「あとよく分かんないけど、おヒゲのお爺さんのコスプレもするんだよね?」
 ファファのそれも、やはり間違ってはいない。
「……………うん、そうだね」
 明らかに歪んだ部分のみが強調されて伝わっている気がしたが……悟司も、軽く流すに留めるだけ。少なくとも、今回ばかりは日本のいい加減な所が良い方向に働いている、そんな気がしたからだ。
「……悟司くん、ボク達のこと馬鹿にしてない?」
「そんなことないけど……」
 もちろん悟司がメガ・ラニカ住民の事をそんな風に思っているわけではない。
 気になったのは、クリスマスの本質が、神が人として生まれてきた事を祝う日であるからこそ。
 魔法世界メガ・ラニカは、魔法使い達が拓いた世界だ。
 だがその魔法使い達が地上世界から魔法世界へ移り住む原因となったのは、さる神の信徒達が彼らを迫害し、駆逐したからゆえ。その事実は、授業で学んだメガ・ラニカ史の最初の項にも書いてあるはずなのだが……。
「でも、なんでお爺さんのコスプレなんだろう……。冬奈ちゃん、知ってる?」
 真剣に悩んでいる様子のファファに、冬奈も苦笑するしかない。
「……いや、悟司。俺らだって、クリスマスがキリスト教の祭って事くらい知ってんだぜ?」
「そうなの? レイジくん」
「……………おめぇなぁ」
 真顔のハークに、レイジはため息を一つ吐き。
「初めて知った……」
「…………ハニエもかよ」
 やはり驚いた表情をしているファファに、力なく肩を落としてみせる。
 もっともレイジも、以前図書館で調べ物をしているついでに何となく目にしただけの情報ではあったのだが……。
「だったら、何ていうか……………………いいの?」
「別にいいんじゃねえの? 建国までには色々あったみてぇだけど、もう五百年も前の話だぜ。覚えてる奴なんざいねぇっての」
 レイジにとっても、建国神話は一つの物語でしかない。その発端となった迫害や流浪の旅も、先祖の苦労は分からないでもないが……自身の体験として重ね合わせるには、いささか時が経ちすぎていた。
「そうよねぇ。日本の五百年前って言うと……室町時代とか、戦国時代とか、その辺りか……」
 メガ・ラニカよりも歴史資料が残っていると言われる日本でさえ、五百年前の資料を集めるのは至難の業だ。記録として伝えられた資料はもちろんあるが、それが真実かと問われれば……確かめる術など、あるはずもない。
「例えばよ。その頃にいた悟司のご先祖様が、どこかの戦争で大負けして国を追い出されたからって……その相手を延々と恨み続けられるか?」
「……まあ、確かに」
 大変だったろうな……くらいは思うだろうが、せいぜいその程度だ。例え相手の子孫が現われたとしても、その奇縁を驚きはしても、恨みを抱く理由が思い浮かばないのだった。


 教室に並ぶ長机に置かれたのは、A4サイズのプリントの山。
 薄いわら半紙に刷られた二つ折りのそれは、内容を同じくする束ごとに重ねられ、机の上にずらりと並べられている。
「なあ、真紀乃さん」
 それを山から一枚ずつ取って重ねていきながら、ぽつりとパートナーの名を呼ぶのは細身の少年だ。
「なんですか? レムレム」
 答えた真紀乃は、重なって冊子状になったプリント束の中央を巨大なホチキスでがしゃりと留めていく。その動きはレムのそれに比べて迷いが無く、かつ早い。
 ありていに言えば、慣れていた。
「これ……どれだけやればいいの……?」
 本来はA3サイズだったプリントを二つ折りにし、重ねて中央をホチキス留め。単純な作業ではあるが、単純であるが故に量はそのまま面倒さと苦痛の量に比例してくる。
「全部ですけど」
「全部ぅ!? だって、ムチャクチャあるぜ……?」
 学期末の委員会で使う資料だと聞いてはいたが……それにしても、恐らくは百部単位で残っていた。しかもその作業をしているのは、レムと真紀乃の二人だけなのだ。
 委員会の仕事なのだから、祐希や悟司たち他のクラス委員たちも手伝ってくれて良さそうなものなのに……。
「あたしが全部やるって言ったんです。レムレムにもコピー本の作り方、慣れといて欲しかったですし」
 言われた意味で分かったのは、最初のひと言だけ。
「…………こぴーぼん? 慣れるって?」
 後の台詞は文脈の流れからして、その理由らしかったが……。
「コンビニの両面コピーのやり方はともかく、紙折りやホッチキスくらい、手際よくやってもらわないと。たぶん今回も会場製本あると思いますし」
「いや、なんでそんなもんに慣れる必要が……」
 真剣な真紀乃の表情からすれば、それなりに重要な事のようにも思えたが、こんな冊子の作り方に習熟して一体どうなるというのか。
 そしてやはり、単語の半分以上が理解できないまま。
「言ってませんでしたっけ? 今年からあたし達もサークル参加できるからって、お手伝いで呼ばれてるんです。夏は足りてたらしいんですけど、冬はお手伝いさんもサークル参加するから、手が足りないらしくって……」
「さーくる? 夏?」
 どうやら、何かの手伝いが必要らしい。
 そして、その手伝いにはこんな冊子を作る技能が必須なのだろうということも、何となくだが推測できた。
「あ、三日目じゃありませんよ! 一日目ですっ!」
 真紀乃が全力で否定した三日目という単語から、手伝いを要求されているらしき何かは、三日以上に渡って行われる何かである事も分かる。
 ついでに言えば、夏と冬に定期的に行われているらしい。流れからすれば、何らかの集会か、祭の類なのだろうが……。
「……………なおわからん。最初から説明して貰っていい?」
 けれど理解……いや、推測できるのはそこまでだ。
「ええっと…………。帝都でイベントがあるから、レムレムにも手伝って欲しいんです」
「帝都って……」
 そこは、この国の首都。メガ・ラニカで言えば、王都メガラニウスに相当する場所だ。
 そして同時に、真紀乃の故郷でもある。
「向こうにいる間はウチに泊まって、華が丘は年明けくらいにゆっくり帰ればいいかなぁって思ってるんですけど。都合、悪いですか?」
「いや」
 冬休みの予定は、まだ決めていなかった。
 メガ・ラニカへの渡航許可はとりあえず取ってあるが、帰らなければそれはそれで構わないのだ。このまま華が丘で過ごすという選択肢を選ぶ事も、もちろんできる。
 だが……。
 帝都までは、この街から新幹線で約五時間。
 たった五時間の距離ではあるが……レムにとってそれはある意味、メガ・ラニカ以上に遠い距離だった。
 その遥か彼方への切符が、いま目の前にある。
「じゃあ……真紀乃さんの家族に、挨拶させてくれるのか?」
「はい。あたしの両親に、娘さんをくださいって……」
 冗談めかしてそう返した真紀乃の言葉に、レムはわずかに無言を保ち。
「………そっか」
 やがて呟いたのは、ツッコミではないそんなひと言だ。


 華が丘高校、校門前のロータリー。そこに低いアイドリング音をまとって停車したのは、大型の四駆である。
 華が丘高校でこの手の大型車に乗っているのは、子供と見紛うばかりの養護教諭だけだが……今日降りてきたのは彼女ではない。
 青年である。
 車を運転しやすいようにだろう。裾を短めに詰めたメガ・ラニカ様式の騎士服をまとい、懐かしそうに校舎を見上げてみせる。
「……何しに来たの」
 だがそんな青年を迎えた声は、酷く冷淡なものだった。
「酷いなぁ………。迎えに来たのに」
「冗談にしては面白くないわよ、それ」
 スーツ姿の女性の言葉に、青年は苦笑を隠せない。
「別に冗談ってワケじゃないんだけどなぁ……」
 放課の時刻は既に過ぎ、帰宅部の生徒の波は引いた後。部活の生徒はいまごろ部室か運動場で活動の最中だろう。故にロータリーを通りかかる生徒も、青年の言葉を聞く生徒も、辺りには一人として居ない。
「……え?」
 ただ一人聞いているのは、わずかに目を見張る目の前の女性のみ。
「大神もやっと帰ってきただろ? だからさ、葵さえ良かったら、もう一度……」
 囁く言葉に、ため息を一つ。
「………あんまりこの辺ウロウロしてたら、警察呼ぶからね」
 葵はゆっくりと背を向けて、そのまま静かに校舎の中へと戻っていく。
「ひどいなぁ……」
 ぽつりと残された青年は、女性の態度に苦笑いをするしかない。青年はそのまま再び空を見上げ……ジャケットの内ポケットから取り出した小さな宝珠を、そっと空へと掲げてみせる。
「…………そろそろか」
 透き通った宝珠の内に宿るのは、空と同じ澱んだ灰色だ。
 覗き込む瞳は、先刻までの元パートナーを口説く青年のものではない。鋭さを孕んだ戦士のそれだ。
 掌の上で一つ転がした宝珠をポケットに仕舞い、代わりに取り出したのは携帯電話。彼が学生だった頃には無かったものだが、その割には慣れた手つきで番号を呼び出し、耳元へと当ててみせる。
 七コール目で、相手は出た。
「ああ……もしもし、森永くんかい?」
 口調は既に、普段の青年のそれに戻っている。
「ちょっと葵に振られちゃってねぇ。よかったらデートに付き合ってくれないかな? ああ、もちろん維志堂くんも一緒にね。…………そう。教員駐車場に回すから、すぐ来て」
 けれど、その瞳は……。
「ああ。竜退治だよ」
 灰色に翳る宝珠を覗き込んだ時と同じ、真剣なもの。


続劇

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