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16.怪獣大決戦


「でも……どうして砂獅子が……」
 砂獅子は時の迷宮をさまよう魔物。過去の世界には迷宮から出てきた砂獅子が現われたと聞いていたが……この時代に、彼らを追い掛けてきたという話は聞いていない。
「ゲートの裏口の結界が、黒竜のブレスで破られてですね……」
 かつてと同じ空気を感じ取って現われたか、それとも全く別の個体なのか。いずれにしても、間の悪い偶然というには話が出来すぎている。
 だが、目の前に現われているモノはどうにかせねばならない。
「とにかく君たちはゲートの本部まで下がった方が良い。黒竜はまだしも、砂獅子は相手が悪すぎる」
「……そ、そうさせてもらいます」
「………レイジさん!?」
 だが、傍らのレイジは荒い息を吐き、その場で膝を突いているだけだ。先ほどまでは、ここまでの消耗はしていなかったはずなのに。
「悪ィ。足止めで結界は、幾つか張っちゃあみたんだが……」
 砂獅子が洞窟を抜けて来た時、既にいくつかの結界を張っておいたのだ。けれど触手の力はレイジの想定以上に強く、せっかくの結界も砂獅子が動くだけで半数以上が砕かれていた。
「相変わらず手が早いね」
「なんか引っかかる言い方ッスねそれ……」
 エドワードの言葉に、レイジは小さく苦笑い。
 スピードよりもパワーで圧倒してくる相手に、スピードを利用したカウンターは通じない。さらに単純な力で結界を押し潰せるとなれば、砂獅子とレイジの相性は最悪と言っても良い。
 さらに言えば、無数の触手で手数とパワーを両立させてくる砂獅子は、近接戦を得意とする良宇や、スピードで相手を撹乱するウィルとも相性が悪かった。キースリンの遠隔攻撃なら通じるだろうが、それも決定打になるわけではない。
「そういうわけだ。それに、ゲートでも人は足りていないはずだしね。あちらを手伝ってやってくれ」
「了解です」
 最後まで残れないのは悔しいが、足手まといになるのはレイジ達の本意ではない。
「……けど、本物の砂獅子をお爺さまに見せる事が出来てラッキーだったな」
「そんな呑気な事を言ってる場合じゃ……っと!」
 迫る砂獅子の触手に、慌ててその場を飛び去って。
 やはり別の個体なのか、以前のような驚異的なスピードはない。もちろんこの状況で以前のようなスピードまで持たれていたら、絶体絶命どころの騒ぎではなかったのだが。
「そうだぞ。……だが、確かにあれの野性味もなかなかのもの。良いものを見せてもらったな」
「エドワードさんも!」
 呟くエドワードが跳躍したのは、近くに立っていた樹の上だ。
 その樹に砂獅子の触手が絡みつき、力任せに引き倒される。無論、既にエドワードの姿はそこにはなく、近くの樹へと軽やかに飛び移った後。
「さて、ならマーヴァ君。我々も、子供達に少しは良い格好を見せておかねばな」
「了解です!」
 その言葉と共に短剣型のレリックを構えれば、そこから伸びるのは二メートルを超えるほどの光の刃だ。普段の倍以上のリーチを持つそれをマーヴァが軽やかに操ると同時、辺りに吹き荒れるのは……紅の嵐。
「これ……………」
 視界を覆う赤は、魔力の彩りを示すそれではない。指先にわずかに絡んだそれは、紅の花びら。
 そして足元にがさりと立つ音は、先ほどまで辺りを覆っていた枯れ葉ではなく、一面に広がる薔薇の絨毯だった。
「ウィリアム、見ておきなさい。これが我がローゼリオン家に伝わる、奥義が一つ……」
 足元から吹き上がり、辺りを覆い尽くす薔薇の嵐の中。ただ強く強く、エドワードの声が響き渡り。
 それに併せて朗々と謳われるのは、時に強く、時に優しく、またある時には雄々しい調子で綴られる、ローゼリオンの伝承歌。
 電子的な着スペルではない。メガ・ラニカ式魔法の本来の様式に乗っ取った、正式な呪文詠唱だ。
「おいで………我らが園の番人!」
 吹き荒れる薔薇の嵐の中。
 長い長い詠唱を終えたエドワードの喚び出しに応じ、その姿を顕わしたのは……。


 強い突風に舞い散るのは、地面に落ちていた落ち葉達。
 共に響くのは、軽快なテンポのメロディだ。
 ふわりと軽やかに舞い上がったそれは、メロディが鳴り終わった瞬間、鉛直方向に向かって急降下。間にある存在……闇から生まれた黒い犬……など意にも介することなく、対となる極性を与えられた地面に向けて一直線にその吸着力を発揮する。
「ハルモニィ、ブランオートくん! そっち、行ったわよ!」
 迫るガルム達を一杯まで拡げた磁界で足止めしておいて、晶が呼ぶのは現われた魔女っ子達の名。
「うんっ! でええええいっ!」
 磁力の罠に捕われることなく駆け抜けた黒い犬を打ち据えるのは、構えられた魔法の杖と、巨大な戦鎚の洗礼だ。
「…………行った!」
 そして磁力の網と二段構えの防御網を抜けきれた勇敢なガルムに与えられるのは、その奥で震える少女達の柔らかな肌……ではなく。
 黒い翼の、面の一撃。
「大丈夫? リリちゃん、ファファちゃん!」
「うん。ハークくん、ありがと……」
 ぎゃう、という鈍い叫びの後に叩き付けられるのは、戻ってきた鋼の戦鎚の一撃だった。
「さて、と。これで終わりかしらね……」
 現われたガルム達も、そんな見事な連携の前に残りわずか。
 そして反対側に現われた黒い竜も、強力な魔法の一撃を食らい、既に闇へと散らされた後。
「あなたは……?」
 黒竜を倒したのは、それを投げ飛ばした冬奈ではない。投げのタイミングを教えてくれた、彼女の母親でもない。
 巨大なホイッパーを下げた、ハルモニィに似た姿をした女性である。
「スウィート・パティシエールよ。私の先輩なの」
「ふぅん。……そういえば、過去の世界でも見たような……」
 ガルムを倒し終えて戻ってきたハルモニィの説明に、過去の世界で天候竜と戦ったときも似たような姿があったのを思い出す。
 あの時は冬奈達とさほど変わらない年に見えたが……。
「ほぅ。あの頃は、幾つだったかな……」
「………………」
 ちらりと寄せられた冬奈の母の視線に、パティシエールと呼ばれた魔女はわずかに視線を泳がせ気味に。
「まあいい。冬奈、おまえ達はゲートに行くんだろう? 私はもう行かなければならんが、おまえ達だけで大丈夫か?」
 ゲートにある本部まで、あとほんのわずかの距離だ。何かあれば本部の騎士や魔法庁の使い手達も呼べるだろうし、さすがにもう今回のような奇襲はないはずだ。
「ハルモニィ。あなたは彼女たちに付いていってあげて」
「う……うん。分かった。パティシエールは?」
「大クレリックがゲートに下がっているから、彼女が起動させた結界の様子も見ておきたいし……。いいわね?」
 結界の守備は魔法庁の術者達が引き継いでくれているが、もし何かあれば彼らが再起動を掛けるのは難しいはずだ。ここまで順調に進んでいるのだから、念には念を入れておきたかった。
 頷くハルモニィ達に見送られ、冬奈の母と先代魔女っ子は長い石段の麓へと去っていく。


 薔薇の嵐は既に収まり、辺りもいつの間にか元の秋の森へと戻っていた。そう、まるで全ては夢の中の出来事だったかのように。
「……………なあ、森永」
 そんな光景をぼんやりと眺めつつ。
「……………なんですか」
 目の前で繰り広げられているのは、砂獅子と何か巨大な物体が戦っている光景だ。
 夜の闇にも鮮やかな赤い花弁と、薔薇蔦の触手。色合いこそ違えど、そのシルエットは砂獅子とほとんど変わらない。
 ローゼ・リオン。
 ローゼリオン家の誇る薔薇園に住まう、彼の地の守護獣である。
「子供のころ、こんな映画を見た覚えがあるんじゃが……」
「奇遇だね……僕もだよ」
 砂獅子と薔薇獅子。
 住まうのは時の迷宮と、メガ・ラニカ。
 世界を隔てた二匹の怪物の奇跡の激闘をどこか別世界のもののように眺めながら、二人は相変わらず夢の続きのような気分で呟くだけだ。
 もっとも、夢は夢でも明らかに悪夢ではあったが。
「おい、おめぇら! さっさとゲートに引き揚げるぞ!」
 レイジの声にようやく我に返り、二人も華が丘山の山頂にある魔法庁の本部へと移動を開始する。


続劇

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