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13.破邪の刃

 放たれた魔法をかいくぐり、間合が詰まるのは一瞬の事。
「ちっ! 迅い……っ!」
 身体能力のブーストの発動を小刻みに切り替える事で動きに緩急を作りつつ、魔力の消費も最低限に抑えてみせる。そして最後の踏み込みと共に発動させたのは……二倍掛けのブーストだ。
 即ち、ブーストの発動を織り込んで紙一重で避けたはずの攻撃は……もう一発分のブーストの間合だけ、避け足りなかったという事になる。
「!」
 魔力の籠もった掌底を交差させた腕で受け止め、弾き、その反動で後方へ大跳躍。掌底そのものは大したダメージではないが、魔法の使い方は学生のレベルを超えている。
「やるじゃないか!」
 相手としては、悪くない。
「柚子葉!」
「こいつら…………小姫子。やめだやめだ」
 だが、掌底を叩き付けた柚子葉は、突き出した右手を軽く振りつつ、戦う意思を解除する。戦意も殺気もないそれは、ブラフではない。
「ん? もう終わり?」
「終わりってーか、お前らあの竜と関係ねーだろ」
「………あら。結構早かったですね」
 呟く猫たちにも、既に殺気は微塵もない。事態を把握できない小姫子だけが、大鎌を構えたまま呆然としているだけだ。
「早いも何も、お前らそれメガ・ラニカの魔法じゃねーだろ。マレフィキウムって奴か?」
 前に書物で読んだ、メガ・ラニカが拓かれる以前の魔法体系……マナを使わない魔法である。メガ・ラニカ式魔法に比べてあまりに高度で難解なそれは、既に伝えるべき使い手もなく、歴史の闇に消えたと記されていたが……。
「へぇ……。分かるんだ」
「魔法解除が通じなかったからなー。一応、黒竜にも効くんだぜ、これ」
 柚子葉が放った掌底に込められていたのは、魔法を構成するマナの構造そのものを砕き、魔法を強制的に消滅させる魔法。
 本来であれば猫たちのまとう防御や強化の魔法を消し去り、マナを存在の拠り所とする魔法生物であればさらなる痛打を、そうでなくとも防御を失った体を吹き飛ばすくらいは出来るはずだったのだ。
 しかし、その一撃にマナを砕く手応えは無かった。
 防御魔法が崩せなければ、当然ながら少女の掌底のダメージなどたかが知れている。
「こら、陰! 陽! 人の魔力で召喚されといて何やってんのよ!」
 そんな奇妙なにらみ合いに割り込んだのは、長身の少女の声。
 黒猫の主、冬奈である。
「げ、気付かれた!」
「………ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
 繰り広げられた短くも激しい戦いの事など知ってか知らずか、冬奈は対峙していた柚子葉達にそんな声を掛けてくる。
「ああ。戦力になるみてーだからいいけど、ちゃんと手綱持っといてくれな」
「すいません。怪我とかしてませんか? 先輩」
 そして柚子葉の傍らに駆けてきたのは、猫たちよりも小柄な少女。
「大丈夫だって。……行くぜ、小姫子」
「ええ」
 メガ・ラニカからの留学生でこんな小さな子が居たかな……などと当人が聞いたら落ち込みそうな事を考えながら、柚子葉はその場を後にする。
「へぇ。華が丘にも、あんなのがいるんだねぇ……」
「………何やったのよ、あんたら」
「べっつにー。じゃ、他の所に行くねー」
「あ、ちょっと! ……ったく、護衛してもらおうと思ったのに」
 そして、さらなる遊撃のため、森の奥へと姿を消した猫たちに……冬奈とファファは顔を見合わせるしかない。


「被害状況はどうだ?」
 指揮所の机に拡げられた華が丘山の地図には、幾つかのチェスの駒が置かれていた。魔法で作られたそれらのうち、幾つかは倒れ、あるいはその形を歪に欠けさせている。
「シャーデンフロイデ隊の損害がかなり……現在、隣接するプロスペロ隊と合流していますが、それでも足りていないようです」
 軍師の言葉に盤上を見れば、クイーンの駒は顔の半分が欠け、抱いていた錫杖も失われている。傍らに寄り添うようにルークの駒が置かれていたが、強固なはずのその壁面も所々に穴が空き、万全の状況とは言い難い。
「ふむ。最前線だしな……」
 盤上で欠けがない駒は、華が丘山の北西部に構えるキングの駒だけだ。尤もそれも周りにいるはずのポーンを失い、裸も同然ではあったのだが。
「出るか」
 呟いたその時、キングのさらに北西にあったナイトの駒がことりと動き。
「ユミルテミル隊、黒竜の長距離砲撃が直撃!」
 通信兵の報告とナイトの駒が倒れるのは、全く同じタイミング。
「マーヴァさんの所の……!? 他の皆は!」
 マーヴァの隊にはレイジも良宇も居る。そして、祐希のパートナーも……。
 携帯が通じないわけではないが、そんな状況で出る隙があるとは思えないし、ヘタをすればキースリンの気を散らす原因になりかねない。
「損害不明。最寄りの隊はベリンダ隊ですが……」
「手が足りそうにないな」
 倒れたナイトの近くにあるビショップの駒も、法衣は崩れ、錫杖も折れて万全とは言い難い。もちろん、倒れたナイトよりもはるかにマシではあるのだが……。
「はい。通信兵の代わりだけでも欲しいと」
 通信の魔法は騎士団に所属する全ての騎士が会得しているが、剣を振るっている最中に本部からの指示を聞いていられるはずもない。
 本来の通信兵が倒れた今、騎士の一人が通信役を代行しているが……この状況でのそれは、貴重な戦力をさらにもう一人失っているに等しい。
「……祐希くん。我々は前線の副長達の援護に向かわねばならん。君はこれを持ってベリンダ隊に合流した後、マーヴァ隊の援護に向かってくれないか?」
 そう言いながらギースが祐希に握らせたのは、一枚の呪符だった。
 刻まれた文様は、通常のエピックの呪符よりも細かく複雑なものだ。恐らくただの呪符ではなく、集中するだけで封じられた魔法を起動させる事の出来る、呪具の一種なのだろう。
「分かりました。でも、本部はどうするんです?」
 既に支援に回せるポーンはいないから、キングが動かなければならないのは分かる。だが、かといって軍師だけを残して行けば、指揮所が攻撃を受けたときどうなるか……。
 竜はともかくガルムもうろつく戦場で、防衛戦力もないまま軍師を置いていく事など出来るはずもない。
「本部は現時点をもって放棄する。軍師達はゲート前で、魔法庁の支援を受けて指揮を継続」
 指揮所を魔法庁と騎士団で分けていたのは、単に互いを非常時の指揮所として機能させるためで、別段仲が悪いというわけではないのだ。魔法庁を支援するつもりだった騎士団としてはやや不本意な結果だが、プライドと隊の存続を秤に掛ければ、選ぶべきはただ一つしかない。
「…………了解です」
 戦闘中に配置して回った人形の目を通じ、騎士達の動きはある程度把握している。それに華が丘山は彼のホームグラウンド。チェス盤の配置だけでも、だいたいの位置は分かる。
 そして。
「……娘を頼むよ、祐希君」
 耳元に囁かれた父親の言葉に、祐希は静かに頷いてみせた。


「いたた………。何が起こったんじゃ……?」
 目の前で閃いた、強い光。
 とっさに周囲にいた二人を抱きかかえ、防御の魔法を叫んだのまでは覚えている。
 直撃コースではなかったのだろう。全身に軽く力を入れてみても、鈍い痛みこそあれ、それ以上の異変は感じられない。
「良宇、大丈夫か……?」
「おう……。大丈夫じゃ」
 腕の中のレイジにそう答えて顔を上げれば、光の飛んできた方向に浮かぶのは淡く輝く光の盾だ。恐らくはキースリンの召喚魔法なのだろう。
「けれど、何だったんでしょうか。今の……」
 光の盾を元へと戻しつつ、同じく良宇の腕の中にいるキースリンは小さく首を傾げてみせる。意外な所で目にする羽目になった少女の美しい顔のアップに、レイジは動揺を隠しつつ。
「え、ええっと……だな。多分黒竜のブレス……っつーかありゃ、もう砲撃のレベルだな」
 漏れでた蚩尤の力が黒竜の力に直結するなら、黒竜の大きさや攻撃力が上がっているのも理解できる。
 ということは、封印の調整作業……水道の蛇口を緩める作業はまだ緩めている段階で、締めるまでには至っていないということか。
 手元の時計では、既に二十分が過ぎている。どうやら当初からの予想通り、八朔の報告はアテにならないらしい。
「みんな無事か! 無事なら返事をしろっ!」
「レイジと良宇は無事ッス! あとハルモニアも……」
 どうやらハルモニアの騎士達も、砲撃を凌ぎ切れたのだろう。マーヴァの声に報告を返したその時だ。
「さらに竜、二匹接敵! 総員、任意に散開して竜を迎撃しろ!」
 騎士達から来たのは、さらに絶望的な報告だった。
 レイジ達もだが、騎士達も既にかなりの戦力を消耗している。その状況で、果たして三匹の竜を同時に対処できるのか……。
「あ、あの……」
 そんな中、目の前でキースリンが浮かべている表情は、驚きとも戸惑いとも取れぬもの。
「どうした、ハルモニア。……良宇、おめぇ!」
「な、何も触っとらん! オレは無実じゃ!」
 慌てて立ち上がる良宇の反応は本物だ。もっとも、どさくさに紛れて女の子の尻の一つも触れるような男なら、撫子との関係ももう少し上手く運んでいるだろうが。
「い、いえ………あれ…………」
 しかし、キースリンが指しているのはレイジでも、良宇でもない。
「……何だこりゃ」
 いつの間にあったのだろう。
 大地に真っ直ぐ突き刺さるのは、全長4.6メートル、刃渡り3.5メートルの巨大な刃。わずかに湾曲した細身のそれは、スケールの差はあれ日本刀と同じ形をしているのが分かる。
「破邪の……大太刀じゃ」
「破邪の……って、八幡宮のお社にあった奴か。そんなもんが、なんでこんなとこに……?」
 恐らくは戦闘の爆発か何かに巻き込まれて、ここまで飛ばされてきたのだろうが……。
「分からん。じゃが……」
 半ばまで地面に突き刺さった刃の茎を掴み、良宇は両手に力を込める。
「おめぇ、まさか!」
 刃の重量は七十五キロ。体力強化の魔法を併せた良宇なら、確かに持ち上げられない重量ではないが……!


続劇

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