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6.パティシエールと、フランボワーズと

 携帯から鳴り響くメロディに応じてゆっくりとその身を起こすのは、辺りに並べられたソフトビニールの人形達だ。
「ほぅ。見事なものだね」
「いえ、大したことはありませんが……」
 起動した数は四体。
 それぞれの人形に別々の動作をさせながら、祐希は指揮を執るために本部に戻ってきたギースにそんな答えを返してみせる。
「ですが、ホントにこれも使うんですか?」
 祐希が同時に扱える人形は、四体が最大。もちろん制御の及ぶ範囲は一体の時に比べれば狭くなるし、細かな動作も危うくなる。
 しかしその弱点を知ってなお、ギースはその魔法を戦線に投入したいという。
 偵察要員として。そして、戦況を見守る瞳として。
「この戦い、おそらく我々が思っている以上の激戦になる。打てる手は全て打っておきたいんだ。……力、貸してくれるかね?」
「はい。………あの、その代わりというわけじゃないんですが。ギースさん、一つ聞いて良いですか?」
「簡潔に頼むよ?」
 本陣に掛けられた時計は、作戦開始時刻を示している。山頂の神殿では、儀式が始まっている頃だろう。
 あと少しすれば、緩められた封印の隙間から漏れ出す魔力に呼応し、空から竜達が現われるはずだ。
「騎士団に入るためには……どうすればいいんですか?」


 はいり達の元を去った百音がやってきたのは、ゲート付近に設置された魔法庁の本部ではなかった。
「ママ! ばーば!」
 そこから離れた、華が丘山の北の外れ。
「百音、お疲れさま」
 彼女を待っていたのは、彼女の母親と……大魔女の称号を持つ、彼女の祖母の二人である。
「お疲れさまじゃないよ。働いてもらうのはこれからなんだからね」
 彼女たちの足元には、奇妙な形のオブジェが突き立てられていた。天に向けて光の柱を放つそれは、蚩尤の魔力をその内に留め、現われた竜達が外へと逃げ出さぬようにするための、結界の一角だ。
「ばーば……」
 こちらをじろりと睨む老女に、百音は小さくその身をすくめてみせる。なにせ、師たる彼女に逆って過去への旅を強行してきたのだ。
 行った選択に後悔はないが、かといって叱られる覚悟が出来ているかと言えばそういうわけでもなかったりするわけで……。
 だが。
「メガ・ラニカを救う鍵、よく見つけてきたね。見事だったよ」
 百音の小さな頭に載せられたのは、細い老女の手のひらだ。
「ばーば………」
「百音、カードを確かめてみるがいい!」
 そして老女の肩に留まる小さなフクロウの声に、ポケットに忍ばせていた小さなカードを取り出してみれば……。
「これ……!」
 カードに記されていた紋章は、五つから八つへ。
 埋まるべき所に全ての紋章が刻み込まれたそれは、黄金色に輝いて……クリアすべき試練の全てを終えた事を示してくれる。
「なら、もうひと働きしてくれるね」
「うんっ!」
 元気の良い声と共に取り出したレリックも、ほんの少しだが意匠が変わっていた。それが、百音が新たな段階に達した証ということなのだろう。
「……ハルモニィ☆スウィート♪ ドレスアップ!」
 杖をかざし、叫ぶのは、レリックの力を解き放つ呪文。
 着スペルでは意味を持たぬ。己自身の声で詠唱してこそ意味を持つ、ドルチェの流派の出発点にして終着点となる呪文。
 掛け声と共にその身を包むのは、魔法の杖から生み出された魔法の衣装だ。
「オラン。わたし達も行くよ」
「はい。……パティシエール・スウィート・ドレスアップ」
 続くのは、娘から返してもらったばかりのペンダントを胸元に構えた、母親の静かな詠唱だ。
「えっ!?」
 ホイッパー型のペンダントトップから溢れ出るのは、百音のそれをはるかに凌ぐ、それでいて静かな魔力のほとばしり。同時にそれは、オランの体を包む法衣として形を成し……。
「フランボワーズ! スウィート……ドレスアップ!」
「いや、ちょっと!?」
 さらに続くのは、大魔女の名を持つ老女の声だ。強く張りのある声と桁外れの魔力の炸裂に、世界そのものが呼応する。
「え、ええっと…………」
 変身を終えた百音の前に立つのは、二人の魔女。
「ママと……」
 百音の衣装よりも幾分か落ち着いた法衣……偶然か必然か、菫の戦闘服に似たデザインを持っていた……をまとうのは、オランである。
 そして、その傍らに立つ美女は……。
「…………ばーば、だよね」
 文字通りの『変身』魔法も併用したのだろう。そこに立つのは、オランより若くさえ見えるグラマーな美女だった。
「この姿の時はフランと呼んで欲しいわね。……あのお婆さんのままで変身すると思った?」
「ははは………」
 出るところは出て引っ込むところは引っ込んだボディラインを容赦なく強調するその衣装は、どちらにしても強烈な破壊力を持つものだ。
「けど、そういう逃げ道もアリなんだ……」
 衣装のマイナーチェンジに、変身魔法。それらの力を駆使すれば、仮に魔女見習いのままでこの格好をずっとする羽目になったとしても、何とかなっていたのかもしれない。
 もっとも、八つの試練を終わらせた今となっては、関係のない話では……。
「あら。レリックの外観調整って、結構難しいのよ?」
「そうよ。今の百音の腕前じゃ、変身なんかまだまだね」
「……ぜ、善処します」
 八つの試練で、百音の修行そのものが終わったわけではないらしい。
「なら二人とも、任せたわよ!」
「え? ばーば……じゃない、フランさんは?」
「この結界も放ってはおけないしね」
 華が丘山を囲むように張られた結界の起点は四つ。維持するだけならうちの三つも動いていれば十分だが、かといって守り手を誰も置かないわけにはいかない。
 恐らくは他の三カ所にも、メガ・ラニカから来た三人の大魔女やそれに比肩する使い手が守護についているはずだ。
「なら、行くわよ。百音」
「うんっ!」
 そしてフランをその場に残し、二人は山の上へと移動を開始する。


 華が丘山の西側、裏参道へとやってきたレムを迎えたのは、同じく刀を下げた少年だった。
「刀磨も錬金術部って、真紀乃さんから聞いてはいたけど……ホントだったんだな」
「ゴメン。一応、秘密の部活だったから……」
 魔法と科学を組み合わせた錬金術は、魔法世界たるメガ・ラニカには存在しない魔法技術だ。乱用と悪用を防ぐために華が丘でもその存在は隠されているそれを、おいそれと話すわけにはいかなかったのである。
 例えそれが友人や、パートナーであったとしても……だ。
「気にすんなって。秘密のひとつやふたつ、誰だってあるさ」
 真紀乃の事がなければ、レムもその存在を知る事すらなかっただろう。無論、その組織に刀磨がいたからと言って、彼の事をどうこう思うはずもない。
 が、その少年の背後をのんびりと歩いて行く少女を見て、さすがにその表情も固まった。
「ってあの子………良宇の……?」
 確か、文化祭で良宇に告白したとか何とか言っていた、普通科の女生徒だ。過去に旅立つ前にも見た気はするが、バタバタしていたせいで良く覚えていない。
「あ、撫子ちゃん?」
 刀磨達と一緒にいるということは、彼女もまた錬金術部の一員なのだろう。
「あの子のこと……良宇は知ってるのか?」
「近いうちに説明するとか言ってたけど……」
「………そっか」
 少なくとも、自分と真紀乃のような事にはなっていないらしい。ただそれを知って、良宇がどうするかは……想像できなかったけれど。
 そんな時だ。
「…………来た」
 ぴり、と頭に響くのは、今まで何度も感じた痛み。
「分かるんですか? レムレム」
 そう問うた瞬間、真紀乃とレムの携帯から同時に鳴るのはメールの着信音。
「大神さんが、儀式が始まったって……」
「うん。空気の中のマナが強くなって…………って、何だ……これ……っ!?」
 真紀乃に答えようとして、レムは思わず膝を折る。
「どうしたの!?」
「いや、何か、イライラっていうか、凄い腹立つ感じがして……っ! これ……蚩尤の……感情……っ!?」
 痛い。
 苦しい。
 妬ましい。
 胸の奥を締め付けるような苛立ちと、全身を駆け抜ける破壊の衝動。ありとあらゆる、そして今まで感じた事もない程に強く激しい黒い感情に、レムはその身をうずくまらせて。
「が………あぁあぁぁああああああああああああああっ!」
 細身の少年を包むのは、渦巻く風と表面を走る紫の雷。
 辺りに響き渡るのは、人ではなく、獣に近い咆哮だ。
「どうした! 大丈夫か!?」
 周囲にいた錬金術部の面々も、慌てて集まってくるが……。
「放電!? 魔法の暴走か!」
「よ、よく分からないけど、レムくんが……!」
 響く叫びに、辺りも……そして、パートナーの少女も、何もすることが出来ずにいる。


続劇

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