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3.奴の名はローゼ

 雲の切れ間から覗くのは、白い月。
 地上からマナが減ろうと、異世界たるメガ・ラニカが滅びようと……彼方にある白いそれは、恐らく何も変わらないだろう。
「分かったな? ちゃんと安全なところにいろよ、百音」
 そんな事を考えていた少女だが、傍らの少年の言葉に意識を引き戻す。
「それは分かったけど……レイジくんは?」
 召喚魔法や結界魔法など、レイジは幾つかの魔法を使えるが……そのいずれも、戦闘に長けたものではないはずだ。単純な戦闘能力となれば、レイジも今の百音もさして変わらない。
「俺の魔法でもやれる事はあるだろうし、邪魔にならない程度に上手くやるさ」
 戦場であっても、腕っ節や攻撃魔法の数で全てが決まるわけではない。特に魔法使いの戦いとなれば、イメージと想像力がその力を何倍にも引き出してくれるのだ。
 そしてレイジの考えが確かなら、倒せないまでも、彼の力は天候竜に十分に通用する……はずだった。
「………気を付けてね?」
「分かってるって。そうだ、百音。この戦いが終わったら、どっか遊びに行かね?」
 だがその誘いに、百音の顔が露骨に曇る。
「だからそういうのは……」
「違うって。良宇と遠野、見ただろ?」
 それを不謹慎と思われたと取ったのだろう。レイジは慌てて手を振り否定。
「アイツらの仲も取り持ってやりてえしさ。そういう意味でだな……!」
 告白の件には百音も噛んでいるのだから、レイジの言いたいことは分かる。分かるのだが……。
「そういう意味じゃなくって……うぅ、もういいよぅ」
 大抵のドラマやゲームでは、そんな誘い方をした者から散っていくのだ。縁起が悪いことこの上ないのだが、メガ・ラニカ育ちのレイジに死亡フラグの話をしても、どこまで理解されるかは正直微妙な所だった。
 ため息を一つ吐き、百音は一つ確かめておきたい事があったのを思い出す。
「そうだ。あの世界の事だけど……」
 過去の世界で見せられた、可能性の世界。もし92年の現状を維持したままこの時代に至ったら、という『もしもの』世界の話である。
「あの世界のって……ああ、おまえがハルモニィだったアレか?」
「あぅぅ……」
 慌てて辺りを見回して、祖母や彼女の使い魔がいないことを確かめる。
 もし聞かれでもしたら、それこそ一大事だ。
「あの世界、水月がメガ・ラニカ人だったりセイルが地上人だったり、グダグダだったじゃねえか。ったく、どこがどう間違っておまえがハルモニィになったんだか……」
 実はその一点に関してだけは何一つ間違ってはいないのだが……レイジはその一点も、間違いの一分だと認識してくれているらしい。
「そういや偽ハルモニィみたいなのもいたな」
「ドミナンスのこと?」
 黒い魔女っ子。メガ・ラニカを救う方法を見つけるという試練を与えられなかったハルモニィの、別の試練の形。
「そうそれ。ハルモニィが百音なら、ドミナンスの正体は……………」
「………正体は?」
 ごくり、と小さく息を呑む。
「……マヒルだったりしてな」
「あ、あはは……」
 冗談が冗談になっていない事に、当事者である百音としては乾いた笑いを上げるしかない。事実は小説よりも奇なりと言うが、それにも程があるだろう。
「まあいいや。それより、戦いが始まったら危ねえんだから、リリ達と一緒に安全な所にいろよ! 絶対だからな! いいな!」
 先ほどから耳にタコができるほどに言い続けられた言葉に、百音は困ったように頷いてみせる。
 それで百音が納得したと思ったのだろう。レイジはその場を去ろうとして……ふと、足を止めた。
「けど、あのグダグダな世界だけどよ………」
「?」
「…………百音が俺のパートナーだったのだけは、ラッキーだったな」


 それから、少しの時間が流れ。
「それじゃ、みんな頑張ってね!」
 円陣の中央で響き渡るのは、元気一杯の少女の声だ。
 伸ばし、中央で重ね合わされた手を通じ、その場にいた皆に少女の魔法が伝わっていく。
「お前ら、怪我すんじゃねえぞ!」
 大した効果がある魔法ではない。ただ、ほんの少し、勇気を後押しするだけの魔法だ。
「お前もな!」
 けれど限界の力が要求される戦いにおいては、そのほんの少しの勇気が最後の切り札となる。
 故に、その申し出を断る者は、彼らの中には誰一人としていなかった。
「女の子は必ずボクが助けに行くからね!」
「いや、ハークくん、男の子も助けてあげなさいよ……」
「男なんて殴っても死なないから平気だよ。それか、良宇くん辺りにでも守ってもらってよ」
「おう! なら、男はオレに任せろ!」
 そして、名指された良宇は明らかに素だった。
「それ何かニュアンスがおかしいから!」
 どこからともなく上がったツッコミにも、良宇は首を傾げるだけだ。
「分かったよ……死なれても気分悪いから、助けてあげるよ。だから、せめてボクのいない所で酷い目にあってね」
「それもっとひどいから……」
 いつも通りのハークと晶のやり取りに、一同に湧き上がるのは力の抜けた笑い声。
 そう。
 必要なのは、緊張ではない。
 それをこの二人が意識して振る舞っているのか、それともただの素なのかは……二人以外の誰にも分からなかったけれど。
「怪我したらわたしが絶対に治してみせるから! みんな、安心して…………いや、だからって怪我されても困るけど……」
「……ファファも無理に何か言おうとしなくて良いから」
「はぅぅ……と、とにかく、がんばろーっ!」
 応、という声が夜空に響き、円陣が弾ける。
「まあ、レディは私も助けるから、任せておきたまえ!」
「おいおい、ウィルまでそんな…………」
 レムの言葉を遮るように閃いたのは、夜目にも鮮やかな白いマントと白銀の髪。ウィルの結い上げていたそれが、結束を失いばらりと大きく広がったのだ。
「………………は?」
 結束を司っていた髪留めは、細かな意匠の施された細身の剣に。
 白く広がるマントは背中に。
 そして、穏やかな微笑みは仮面の下に。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「ちょ、百音、うるせえ……」
 驚きの声を上げたのは、百音一人。他のメンバーは、そこに現われた姿に呆然としているだけだ。
「薔薇………仮面………?」
「この姿の時は、マスク・ド・ローゼと呼んで欲しいな」
 口ぶりはいつものウィルと同じだが、声の質がわずかに違う。どうやら仮面には、声を変える機能も備えられているらしかった。
「え、いや、ウィルくん、そういうのって秘密じゃないの!? 正体がバレたら何かあったりしないの!?」
 ローゼの正体が謎なままなのは、ずっとそんなペナルティがあるからだと思っていたのだ。正体を知られれば周囲に累が及ぶという、魔女っ子の掟のように。
「……別に」
「ないの!?」
 ウィルの知る限り、正体を知られて困ることは何もない。
 強いて言えば、普段の姿でもヒーロー呼ばわりされる事くらいだろうが……それとて、特に問題があるとも思えなかった。
「あーあ。おまえ、こんな所で変身して……」
 そんな中でたった一人、驚く様子も見せなかったのは、彼のパートナーだった。
「八朔は知ってたのか?」
「前にメガ・ラニカに行った時にな」
 軽く頷くウィルのパートナーに、悟司も「へぇ……」と驚きとも呆れともつかぬ声を上げるだけ。
 その辺りの線引きは流派によって違うとは聞いていたが、彼のパートナーが所属する流派の厳しさとは、確かに天と地ほどの開きがあった。
「別に秘密にするつもりも無かったのだけれどね」
 だが、ローゼの正体がウィルなら、戦いの場に彼がいなかった理由も説明が付く。そして過去の世界でローゼが姿を見せた理由も、彼が十分に戦う力を備えている事も。
「ただ、謎のヒーローの方が格好良さそうだったから」
 だが、さらりと流された秘密の理由に、百音はその場にへなへなと崩れ落ちてしまう。
「そ、そんな理由で………」
「百音、おめぇアニメとかマンガとか見過ぎじゃね?」
 助け起こしてもらいながらのレイジの言葉に、百音は力なくうなだれ、悟司は複雑な表情をするしかない。


続劇

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